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硝子の白騎士

 

 まだ木津根の加入には成功していないけど、時間(とき)は歩みを止めて待ってはくれない。


 本年度の地域リーグ戦が始まった。


 県内の少年サッカーチームは、地域によって分割されたブロックごとに分けられ、それぞれのリーグ戦を戦う。

 リーグ戦で優勝したチームが各ブロックの代表として全国大会の県予選トーナメントに出場できる。

 見事に予選を勝ち抜いたチームが、全国大会への切符を手にするんだ。


 勝ち上がるためには、僕らのレベルをもっと上げないといけない。


 幸いなことに、白鳥のいるチームとの対戦はもう少し先のことになる。

 それまでには、木津根にも入ってもらいたいところだ。


 チーム力からして、今年の地域リーグでの最強のライバルは白鳥のいる春間少年サッカーグラブと見て間違いない。

 県内全体では、力石の所属するチームが最強だろうけど、あそこは別のリーグを戦うので県予選までは合間見えることはない。


 力石といえば去年、僕が前世の記憶を甦らせることになった試合は、地元企業が主催するカップ戦でのこと。招待された4チームが総当たりで争うサッカー大会だったな。

 もうすぐあれから、一年になるのか。




 今年、最初の公式試合となる地域リーグ第一試合は、お隣さんの小学校、観覧野第一小のサッカーチームだ。

 まずは目の前の戦いに勝つことに集中しないとね!




「鷹月!」


 新六年生フォワードの前野先輩から戻されたボールを、僕はしっかりとトラップした。

 彼は、がっちりと相手デイフェンスに取りつかれている。


 ボールを奪われないためには、いったん後ろにいる僕に下げる他に選択肢がなかったんだ。


「しつこいな、もう!」


 前野先輩は叱咤しながら敵を振りきろうと走り回るが、引き離しきれずにいる。


 あらためてパスを出すわけにもいかない。


 僕よりも前に立つ仲間となると前野先輩の他には、剛士と矢吹の二人がいる。

 二人とも先輩と同じように相手のディフェンスがぴったりと貼り付いた状態だ。

 観覧野第一は守備意識が高い。


「孝一!」


 特別に警戒すべき選手として二人のマークがつけられている剛士が、僕の名を呼ぶ。

 その目を見て、僕は剛士の意図を理解した。


「剛士っ!」


 強いグラウンダーのパスを放つ。


 相手チームの一人が、パスコースのあいだをスライディングで狙い、パスカットを試みたが、スピードに乗ったボールを捕らえきれない。


 鋭く突き刺さるような勢いで、ボールは剛士の足元を目指す。

 相手の守備は、更に人数を宛てて、剛士を囲うように三人が集まる。

 完全に身動きがとれないようにしてしまうつもりなんだろう。


「フッ」


 だが、剛士は僕の出したパスに脚を当てず、そのままの勢いで両足の間を通らせて、ボールを見送った。

 意表をつかれた守備陣はボールに体が反応しきれない。


「スルーだと?」


 地を這って流れていくボール。

 ゴールラインを越えるかと思われたそれに、疾風のように走り込んでくる選手がいた。


 矢吹だ。


 ワントラップして、ゴールキーパーと一対一。

 ゴールの右サイド、角度の無いところから矢吹はシュートを放つ。


「それっ!」


 キーパーの手を掠めて飛んだボールは、狙ったはずのサイドネットを揺らすことなく、ゴールラインを斜めに越えていった。


「惜しいな!」


 前野先輩が悔しがる。

 先輩は、ボールが弾かれてきたら詰め込むつもりで、左サイドに走り込んでいた。

 そういうフォワードとしての嗅覚を持っている人である。


 原作ではほとんどモブキャラだったけど、たまに試合に出ていた人で合っていると思う。

 なんだか申し訳ないけど、あんまり記憶に残っていない人物だ。


「ごめんっ!」


 チャンスを逃した矢吹が謝る。


「そんなに気にしなくていいよ。次を決めることに集中しよう」

「……そ……そうだね」


 切り換えを促す僕の言葉に、なぜか矢吹の返事はぎこちない。


「矢吹、お前、甘いぞ!」


 剛士が寄ってきて矢吹の肩を叩く。


 体を、ビクッとさせる矢吹。


「オレたち、まだ五点しか取ってないじゃないか。いっとくけど、これ以上の差をつけるのは可哀想だとか思わなくていいからな」

「……う、うん……?」


 矢吹は、納得いかない表情だ。


 試合は現在、後半の開始から五分くらい。

 前半のうちに剛士が二得点、矢吹と前野先輩で一点ずつを決めて、4対0で折り返し、後半のはじめに剛士が更に一点を取ってハットトリックを達成している。


「まだまだ、この試合に勝つには点をとらないとな……」


 剛士の顔には焦りの色が見える。

 それは僕も似たようなものだろう。


 この試合が始まってから、なるべく早く得点を重ねようと焦燥感があって落ち着かない。

 本当は冷静な判断をしていかないと、より得点をとることにならないんだけど難しい。


「安全圏は十点差くらいか?」

「いや、十五点はないと安心はできないと思う」

「そうだな」


 剛士は僕の訂正を素直に受け入れる。

 そんなやりとりを、矢吹はやはり腑に落ちない様子で聞いている。


 普通のサッカーの試合なら、たしかに五点差があれば結果は決まったようなものだからね。


 相手チームのゴールキックから試合が再開したので、会話はそれまでになった。


 実際のところ、五点差はついているが観覧野第一の選手たちの闘志はまったく衰えていない。

 輝いた目で、僕らに立ち向かってきている。

 この点差ならまだ勝てるという確信があるんだ。


 矢吹が、ピンとこないのは無理はない。

 あいつは去年に観覧野第一と対戦したときにはまだチームにいなかったから。

 まあ、この後で嫌と言うほど『あの人』の怖さを知ることになるだろうけど。


 少年サッカーは、前半と後半をそれぞれ二十分ずつ戦う。

 ということは残り五分くらいか──。




 疲労の色が濃くなりはじめた矢吹は、同じ新五年生の西と交代した。


 やがて、前野先輩が得点を決め、6対0になったところで、僕らは『その時』を迎えた。


 気づけば、試合会場のまわりは、ひしめくように女性ばかりの姿で占められている。

 開始のタイミングではここまでは居なかったのは間違いない。

 だんだん『その時』に合わせて集まっているみたいだ。

 剛士のファンも多いわけだけど、今いるなかではおそらく三割いるかいないかくらいだろうか。


 とにかく、小学生のサッカーの試合としては有り得ないほどの女性の観戦者数だ。

 小学生からいい大人まで、年齢層も幅広い。


 異様な雰囲気のなか、観覧野第一が選手交代をする。


「「「ギャー!」」」


 黄色い声も、ここまで一斉に発されると、ただの集団からの怒号と化してしまう。

 はじめて経験する矢吹の青ざめた顔が痛々しい。

 矢吹は今、ベンチにいるせいで、この音量の発生源に近いからなおさらだ。


 だが、そんな大音響が響き渡るのも、ほんのわずかな時間だった。


 華麗にフィールドへと現れた彼の姿に、皆が目を奪われ、言葉を失ったからだ。

 うってかわって静寂があたりを包むなか、ひとりの交代選手が自分のポジションにむけて歩みを進める。


 その場のすべての視線を、ただ一身に受けながら。


 激しい球技をするとは想像もつかないようなか細い四肢。

 雪のように白い肌。

 柔らかく少し癖のある髪は風に揺れている。


 作り物めいたほどに整って綺麗な顔の造形は、前世で見たことのある芸術性の高い球体関節人形を思い出させた。

 むしろ、人形作家の魂が宿って妖しい生気を放つあの人形などよりも、かえって人間らしくない美しさを体現している彼のほうが人形(ドール)めいているとも言える。


 彼の歩く地面のまわりに白薔薇が咲いて見える。


 白薔薇は、彼が進むのに合わせて咲いては散り、背後には舞うように花弁が翔ぶ。

 その様は、まるでこの世のものとは思えない。


 それもそのはずだ。

 彼は、他人よりもあの世に近いところにいる。


 めずらしい病に冒されているために医者からサッカーの試合をフル出場することを止められ、一試合に十分間しか出ることを許されていない彼。


 この人こそ、原作『僕タク』の観覧ノ坂高校サッカー部において『硝子(がらす)の白騎士』と呼ばれ、栄光の背番号10番を背負っていた天才ミッドフィルダー。


 名を、貴羽夜人(きばないと)という。


 まるでここに天使が舞い降りたかのようにも思えた。

 そして、天使は口を開く。


「──さあ、反撃の時間だ」


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