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誘い

 

「ふむ、サッカーか……」


 木津根の反応は肯定的(ポジティブ)とも否定的(ネガティブ)ともつかない。


 とりあえず、完全拒否の姿勢をとられなくてよかった。


「確かに人気のスポーツだが、そんなにやりがいがあるものなのか? よってたかって球を蹴ってゴールに入れるだけの単純な競技だろう」


 彼は原作でも思ったことをはばからず口に出すタイプのキャラだ。

 それが面倒を引き起こしたりする原因になることもあるわけだけれど、今は考えていることを隠さずに、そのまま表に出してくれるのは好都合だった。

 分かりやすいほど、僕としてもやりやすい。


 なかなか本心を外に出さないポーカーフェイスな田貫安晴(たぬきやすはる)のようなキャラのほうが、よっぽど勧誘するのは難しいだろう。


「そこだよ。単純なところに、サッカーの奥深さがあるんだ」

「そんなものかな」

「サッカーは、唯一手を使ってもいいゴールキーパーが活動できるゾーンが決められていることや、待ち構えを禁止するためのオフサイドのルールをおさえておけば、あとは、十人いるフィールドプレイヤーはどこで何をしようと自由なんだよ」

「戦いかたの幅が広いってことが言いたいのか?」

「そうだね。もちろん、自由だって言っても、一人一人が勝手なことをしてたら試合には勝てない」

「勝つためには、それなりの作戦がいるわけだ」

「うん。チームにある戦力を最大限活かすための戦術がね」


 木津根の性格を考えて、僕は戦いかたの違うチーム同士がぶつかる、集団と集団の争いという側面からサッカーを説明した。


 体格や運動能力の高さ、突出した個人技だけでサッカーの試合が決まるわけではない。

 それも大事なことだけど。


 組織力や信頼関係だって重要な要素だし、試合の流れを読む状況認識の確かさや、一瞬の機会を逃さない判断力、機知に富んだ豊かな感性も試合には大きく関わってくる。


 頭の良さがゲームを決めることだってある。

 なるべくそこを伝えた。


 力説する僕の言葉を、木津根は真面目に聞いてくれた。


「なるほど、サッカーか。言われてみれば、興味深いかもしれん」


 よし。

 だいぶ、前向きになってくれているみたいだ。


 剛士と矢吹も、そうだそうだと言う感じで何度も頷いている。

 雰囲気を作ってくれているので二人がいてよかった。


 テレビのバラエティー番組で、テロップや笑い声が入るようなものだ。


「サッカーはいいぞ」と、剛士。

「サッカーは、いいよね」と相づちを打つ矢吹。


「そうだな。一度はどんなものか観戦してみるのもいいか」


 木津根の言葉に、剛士が「観るほうかよ」と呟くのが聞こえた。

 剛士にとっては、スポーツはなんでもまずやってみるところから始めるものだからね。


 でもなんとなく、そう言い出すかもしれない予感はあった。

 だからその場合にはどうするかも考えてある。


「だったら、オススメの試合を記録用ディスクに焼いて持ってくるよ」

「ほう、そうか。しかしなぜ、そこまでするんだ?」

「木津根君なら、サッカーの良さが絶対にわかってもらえると思うからね。サッカーが好きな人が増えてくれるなら、そのくらい大したことじゃないよ」

「そうか。まあ、そこまで期待はしていないが、楽しみにしておくさ」


 そう言い残すと、木津根は去っていった。

 最初の段階としては、まずまず成功とみていいと思う。


 スタート地点が、ほぼ無関心から始まっていたわけだからね。


 僕らは掲示板の前に残された。


 テストの上位者が貼り出された掲示板は、たまに見ていく者はいるものの、みんなすぐに通りすぎていくので、マンガのように人だかりができたりすることはない。

 寂しいもんだ。


 別に、なるべくたくさんの人から「鷹月すごい!」って言ってもらいたいわけじゃないけどね。


 唯一、見せるべき相手として考えていた木津根には見てもらえたわけだから良かったと思うことにしよう。


「あいつをチームに入れようと思うんだ」


 薄々は気づいていそうだけど、親友には言っておくことにした。

 矢吹も聞いてるけど。


「ふうん。ま、いいんじゃないの」

「反対はしないんだ?」

「んー。メガネだし、ヒョロヒョロだし、あとガリ勉だからサッカーができるようには見えないけどな。でも、それを言うなら矢吹だって、できそうには見えないもんな」


 矢吹は苦笑いをしている。


 外見だけで運動できそうかを比べるなら、矢吹と木津根ならできそうレベルはだいたい同じくらいだ。

 二人とも得意そうな第一印象はしていない。


 でも僕は、木津根のあの眼鏡の秘密を知っているからね。

 あれを知ったら、剛士も矢吹も驚くだろうな。


「孝一が見込んだんなら、よくわかんないけど大丈夫だろ」

「そうだよね。だって、鷹月君が選んだ人なんだから」


 二人からの無条件な信頼を感じる。

 剛士の僕に対する過大評価は、最近、矢吹にも感染してしまっているような気がしている。

 なるべく期待は裏切らないようにはしたいものだが。


「あ、まさか孝一、そのために勉強なんかやってたのかよ」


 どうやら親友には、僕の目的がバレたらしかった。




 その日の夜、僕は菱井寮さん宛てにPCでメールを送った。


 木津根に観させる試合をどうするか相談するためだ。


 今でも寮さんは時々、運命の分岐点を見るために参考にできるような試合があると連絡をくれて、それを僕に見せてくれるんだ。

 それほど頻繁ではないけど、僕らは連絡を取り合っている。


 指導者としての勉強をする傍らで、日本からのサッカーメディアの特派員としての仕事もしているそうで、ヨーロッパ中をまわったり、ときには南米に飛んだりもしているみたいだ。


 そんな忙しいなかで、僕のことを気に掛けてくれているのは、なんだか申し訳ないと同時にやっぱり嬉しい。


 しかし送られてくるメールに毎回、仕事の行き先で撮ったらしい写真が添付されているんだけど、必ずなぜか、綺麗なご当地のお姉さんと一緒に写った画像なんだ。

 今までのところ毎回全てが別の美女だ。

 小学生の子供に、いったい何を見せたいんだろうか?


 木津根の性格をふまえて、ポジションはセンターバックとして勧誘したいから、なるべくインテリジェンスの高いディフェンダーが活躍する試合の映像が欲しいことをメールに書いて送信した。

 寮さんなら、きっとそんな都合のいい試合を欲しがっても、ひとつくらいは覚えていそうだから期待してしまう。




 翌日、学校から帰って来てPCを起こすとメールの返信が来ていた。


 寮さんが、そのメールで教えてくれた前の世界大会のグループリーグで行われた熱く激しい対戦は、まさに僕が思った通りのものだった。

 これなら木津根も、もともと原作ではやっていた、彼が目指すべき知性溢れるサッカーの姿を目撃することになる。


 僕は、寮さんに心からの感謝のメールを返しておいた。


 ちなみに、今回のメールに貼ってあった画像の寮さんは、どこだかわからない国のビーチで、ビキニの水着を着た金髪美人と一緒に大きなグラスからドリンクを二人して飲んでいる場面だった。

 ハート型をしたストローでね。


 元気そうで何よりだ。


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