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ファーストコンタクト

 

 さすがはマンガの世界というべきか。


 僕らの通う、観覧野第二(みらのだいに)小学校ではテストの成績上位者が掲示板に張り出されたりする。

 前世の現実世界ではそうそうお目にかかることはない種類のイベントだったが、アニメやマンガでは不思議とよくあるやつだ。


 といっても、学年のなかから上位五人の名前のみを貼り出すだけなので、ほとんどの児童には関係のないものとも言える。

 特に、サッカー中心の生活を送りつつも余りの時間は貪欲にオタクライフを営んでいる僕には縁のないものだった。


 これまでというものは、なんだかマンガっぽいなあと思うだけで特に意識していなかったんだ。

 森川由希の名前が常連になっているのを見ていて、すごいなあとか、木津根孝高の名前を見て、彼が同じ学校にいることを知るのに役立ったくらいのことだった。


 だけど僕は、これを木津根に対して、僕という存在を意識させるきっかけとして利用することにしたんだ。

 たぶん原作のあいつなら喰いついてくるだろう。


 そんなわけで、今、目の前の掲示板には鷹月孝一の名が五年生のところの、一番上に堂々と載っているという結果が出ている。


「あー。本気で一番になったなー」

「でしょ? 通りかかって何となく見たら、鷹月君の名前があったからびっくりしちゃったよ!」


 剛士は関心なさそうだが、それに反比例するかのように、矢吹は興奮気味だ。

 まるで自分が宝くじか何かにでもあたったかのようなテンションにも見える。

 実際に、◯oto◯IGとかで六億円とかが当たった場合にはもっとテンションは違う感じにはなるだろうけどもね。


「鷹月君は、サッカーだけじゃなくて勉強もできたんだね!」


 今までは勉強はできないやつだと思われていたんだろうかという疑問はさておき、たまたまこの掲示板を見た矢吹に僕ら二人は連れてこられたんだ。

 五年生になって、別のクラスになった矢吹だが、ことあるごとに剛士と僕がいるクラスに顔を出してくる。

 他にこれといった友達がいないんだから仕方ないけど。


 別に、剛士や矢吹に自慢するつもりはなかったんだけど見つかってしまったものは隠しようがない。


 それに剛士にしてみれば、僕が「今回、ちょっと勉強してみる」と言ってテスト前に、それまではやったことのなかった準備をしていたことを知っている。


 それがあっての掲示板なのである。


 本気を出せば、そこに名前を出せることには自信があった。


 前世においては、あらゆる年代において「やればできる子」と評され続けてきた僕である。

 実際には、さっぱりやらなかったから、事実上はできない子と同じだったりしたわけだけども。


 まさか生まれ変わってから、本当にできる子なのを証明することになるとは思わなかった。


 鷹月孝一の名の下には、予想通り、木津根孝高の名がある。


 森川由希はギリギリで、五人目か。

 森川さんは昨年度に劇で主役を演じて以来、なんとなくボーッとしている機会が多くなった。

 天然ドジキャラなところも可愛いし、五年生になっても同じクラスだから何かとフォローはするんだけど心配だ。


 別のクラスになった皆川さんから「由希のこと頼んだからな!」と頼まれてもいるので、近いうちに悩み事でもあるのかと話を振ってみようとは思っている。


 それにしても、森川さんが物思いに耽るなんて原因は何なのだろうか。


 まさか僕のこと考えてくれているとか?

 なんてね。


「おいっ!」


 背後から掛けられる少年の声。

 僕ら三人は揃って振り返る。


「貴様が、鷹月孝一とやらだな」


 眼鏡のレンズの端をキラつかせる細身の少年。

 木津根孝高だ。


 本当に来たなあ。


「そうだけど」

「ふん。今回は思わぬ伏兵の奇襲に隙を突かれた格好だが、まあ僕自身が最高の結果さえ出していればこうはならなかったわけだし、もう過去は変えられないからな。いいだろう負けを認めてやる」


 木津根が勝負にこだわるやつなのは知っていたが、こうも喰いつきがいいとはね。

 それにしても、名前が下にあるにしては上から目線な態度だが。


「誰だ、お前? 知ってるか、矢吹」

「ごめん、知らないよ」


 そんな剛士と矢吹のやりとりに、こめかみの血管をピクつかせる木津根。

 マンガでよく見るやつだ!


「知らなければ教えてやろう。僕の名は木津根孝高だ」

「ああ。掲示板の二番目のやつか」

「ダメだよ陽狩君。それ気にしてるみたいだから」

「お、そうか。悪いな、木津根!」


 眼鏡を指で押さえる木津根。

 その指先は小刻みに震えている。


「いや、いいんだ。すべては僕の未熟さが生んだこと。若さゆえの過ち……」

「大袈裟なやつだな」

「だが、僕はそれを認めよう。この屈辱すら我が身を高みにへと導くための試練として受け入れるのさ」


 次第に自己陶酔し始める木津根。

 剛士と矢吹は小声で意見交換をするようになった。


(何が言いたいんだろうこの人……?)

(ようするに、次はがんばるってことじゃないか)

(難しい言葉を使う意味は?)

(わかるかよ。オレが聞きたいくらいだ)


 二人がなんかヤバイやつに捕まった気になりはじめた(そば)で、ブツブツと呟いていた木津根だったが、やがてその両目が見開かれ僕を捉えた。


「さて、鷹月孝一!」

「何かな、木津根孝高!」


 フルネームで呼ばれたので、せっかくだからフルネームで返した。

 なんとなく昔の、◯野作品アニメみたいだ。


「次は貴様に遅れをとることはないからな。覚悟を決めておきたまえ!」

「次はもう勉強してテストを受けないから掲示板に載ることはないよ」

「──なん、だと?」

「あんまり意味はないからね」

「意味が──ない?」


 理解できないものを見る目をしている木津根。

 ここからが僕にとっては本番かな。


 彼に僕の言葉が届くといいけど。


「だってそうだろう。僕ら小学生のしている勉強なんて、基礎も基礎なんだから。しっかり内容をわかっている必要はあるけれど、テストで重箱の隅をつつくように満点を取っていても、それ程は将来に役に立つ勉強にはならないと思うな」

「いや、だがしかし……」

「完璧主義なのは悪いことじゃないし、なんでも最高の結果を求めることはいいと思うよ。僕も、自分に全教科満点がとれるのかを試したくて今回はチャレンジしたんだからね。見てのとおり、できることはわかった。でも、毎回はやろうとは思わないな。僕には、もっとやりがいがあって難しくて、全力でチャレンジし続けていようと思えることが他にあるからね」


 興味という名の輝きが、木津根の目に宿っているのを僕は見た。

 心から知りたいと思わせることさえできれば、自分の意思で僕たちの世界に足を踏み込んだと信じさせさえすれば、木津根はその面白さ、奥の深さにのめり込んでくるのは間違いない。


 言葉に説得力があれば、きっと木津根は僕が差し出した手を握ってくれるだろう。


「──なんだ? なんだと言うんだ、それは?」


 僕の両脇で、剛士と矢吹がニヤリと笑っている。

 次に僕が発するであろう言葉が事前に予測できているからだ。


 僕は、木津根孝高に歓迎の扉を開く気持ちで、その言葉を口にした。


「それは、サッカーだよ」


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