演じる者たち
「待ちたまえ。今のところ、もう一度やってもらえないか」
木津根孝高は、劇の衣装を着たクラスの男子に向かってそう言った。
あきらかに桃太郎の姿をした彼は、木津根の要望に応じる。
それを観ながら、眼鏡の端を光らせる木津根。
「台詞はいいが、動作に問題がある。犬娘にきびだ──ああ、萌えだんごか……を、渡すときにはもっとはっきりした動作をしないと後ろの席にいる人には伝わらないだろう」
「そっか、じゃあこんな感じ?」
「それもなかなかだが、桃太郎転生の桃太郎は昔話のものよりも自己顕示欲が強く傲慢な人格をした人物設計になっている。このくらいわざとらしくやって見せたほうが、らしさが出るぞ」
「なるほどなー」
どうやら演技指導のようなことをやっているようだ。
こうして実際に生で監察してみると、思った以上に小学生離れした言葉づかいをする子供だ。
原作でも、賢い系のキャラではあったんだけれど。
それにしても、こっちのクラスも『桃転』をやるのか。
木津根たちも、別のクラスが同じ演目を上演することを知っているらしく「うちのクラスのほうがいい『桃転』をやるぞ」と、声を掛け合いながら準備に勤しんでいるみたいだ。
うちのクラスは『桃太郎転生』を選ばなくて助かった。
決めるのに時間が掛かったのが、結果としていい方に転がったみたいだ。
発表会では、観る側も同じ劇ばかり見せられた日には苦痛でしかなかっただろうとは思う。
「どうしたの孝一君? 早く戻らないと」
「ああ、うん。そうだね」
僕は、架純ちゃんに促され、的確な演技指導を同級生に続けている木津根の声を後ろに聞きながらも、そのクラスを後にした。
木津根孝高は、原作と同じように勝負事にはこだわりを持つ性格みたいだ。
彼の執念と折れないプライドが原作のチームを救った場面は少なくなかった。
観覧ノ坂高校サッカー部の、不屈にして不動のセンターバック。
それがあいつなんだ。
彼を仲間に加えることができたら、きっと戦力アップになるだろう。
とはいえ、矢吹と木津根では性格が違う。
僕が「サッカーやろうよ」と誘ったところで「なぜ、僕がそんなことをせねばならんのだ。論理的かつ合理性のある説明をもらえるかな」とか言い出すに違いない。
そういうキャラなはずだ。
原作では菱井麻衣が結構な強引さを発揮して勧誘して、なし崩し的にチームに入れていたんだけど、僕には同じやり方はできそうもない。
別のアプローチを考えないといけない。
なんとか手を尽くして、木津根が自分からサッカーに関心をもってくれるように持っていきたいとは思っているんだけど……。
鐘の音とともに教室に戻った僕を待っていたのは、氷のような作り笑いを浮かべて、後ろに森川さんを連れた皆川さんだった。
「やあ、鷹月。さっきはなぜゆえに別のクラスの星野さんがお前を訪ねてきたのかなー?」
目が全く笑っていない。
悪役である騎士隊長の姿ともあいまって、なかなか威圧感を出している。
これから授業といっても、今からは演者で揃って台本の読みあわせをするところなので話を避けることもできない。
別にやましいことは何もないので、僕としてはありのままを伝えるだけなんだけど。
「説明してもらいたいよなー。なー、由希もそう思うだろ?」
「え、私?」
話を振られて焦る森川さん。
手にしている台本には細かい文字と凝縮された密度で書き込みが入っている。
几帳面で真面目な彼女の性格が滲み出ていると思った。
「だってさー。鷹月が、あの可愛~いB組の星野架純さんと休み時間にどこかに行ってたんだぞー。気になるよなー。聞いてみたいよなー?」
「私は別に……い、今は劇の練習をする時間でしょう?」
そう言って、森川さんは右手の指で左耳の裏をなでる。
しばらく見てきて判明したのだが、この動作は森川さんが人を傷つけないために嘘をついたり誤魔化したりするときに、ついやってしまう癖なんだ。
だけど皆川さんは、僕が架純ちゃんと同居している話はすでに知っているはずだ。
以前に、剛士から伝わったことがあって、その時にはまた呼び出されて念を押した確認をされているんだ。
「本当に、何もないんだな?」
何度もそう聞かれたけども、僕はありのままを答えるだけだった。
架純ちゃんとは一緒に住んでいるし、仲良くもしているけど、少なくとも現時点で僕には恋愛感情は何もないということをだ。
「本当だな。信じるからな。由希は、まだ諦めなくていいんだよな?」
皆川さんは、見た目こそ爽やかボーイッシュなれども、中身はというと、かつての昭和の時代には生息が多数確認されていた世話好きのおばちゃんみたいな性格をしている。
森川さん当人が、これを多少なりとも喜んでいるのか、ただ迷惑に思っているのかはよくわからないけど。
「いやー。鷹月と星野さんの関係がわからないと、気になって劇に集中できないなー」
知っていることをわざとらしく言う皆川さんの様子に、僕はようやくその意図を察した。
どうやら、僕の口から森川さんに対して、僕と架純ちゃんの関係を説明してほしいということらしい。
前のときには、皆川さんから森川さんには僕らが家庭の事情で同居している件は話していないみたいだ。
何も予備知識なしに、お姫様姿の架純ちゃんが僕を連れていくという、それなりに衝撃的な場面を見てしまった森川さんに、皆川さんからではなく僕から真実を伝えてほしいということなんだ。
承知した。
と、目配せすると、皆川さんは「頼んだ」という顔をする。
僕は、皆川さんの質問に解答するスタイルで間接的に森川さん向けに鷹月家の家庭環境と、それを取り巻く人間関係、そして剛士と架純ちゃんの噂から端を発した、先程の架純ちゃんの行動までを解説した。
「そうなのかー。へー。なるほどなー」
それにしても、皆川さんの返しがどうにも不自然だ。
騎士隊長を演じるときの、劇の演技はかなり上手いだけに余計に気になる。
ただ森川さんは僕の話のほうに集中してくれているようで、皆川さんのわざとらしさには気がつかないみたいだった。
「納得したー。これで、劇の練習にも身が入るわー。なー、由希?」
「えっ? そ、そうね。鷹月君も、義理とはいえあんなに可愛らしい兄妹がいるなんて羨ましいわ」
そう言って、森川さんはまた右手の指で左耳の裏をなでるのだった。
その後、学習発表会では、森川さんの迫真の演技もあり、観ていた女子のなかには手にしたハンカチを濡らす子もいたほど『かぐや令嬢』は好評だった。
矢吹のメイドさん役には、その場で一目惚れしてしまう他のクラスの男子が続出してしまったのだが、のちにあれは男の娘だったということが判明して波乱を生んでしまった。
もしかすると、新しい道を見つけてしまった者もいたかもしれない。
それはそれで、勘違いじゃなければ別にいいのかなとも思うけど。
人それぞれだもんね。
木津根が演出を務めた『桃太郎転生』の完成度もなかなかのものだった。
引き続き二回連続になる『桃転』をやらさせられた隣のクラスの連中は気の毒という他なかったけれど。
お姫様だとばかり思っていた架純ちゃんの衣装だったが、あれは聖女様役だったということが本番になって初めてわかった。
どっちにしても可愛いかったし、本番でドジキャラを出さなかったのには義理の兄としてホッとした。
でも、架純ちゃんは知らないのだ。
剛士と付き合っているという噂がデマであるということが広まると同時に、なぜだか、架純ちゃんが剛士と僕の二人を揃って誘惑し手玉にとってしまっている小悪魔キャラだという新しい噂に、現在進行形で書き換えられていってしまっているという事実を。




