二人の関係
幾重にもフリルのついた衣装で肩を落とし、深く溜め息をつく架純ちゃん。
「あの陽狩剛士と噂になるなんて、こんな恐怖体験にあったのは初めてかも……」
「そうかな?」
「孝一君は、女子の人間関係の恐ろしさを知らないのよ。このままだったら陰湿で執拗な嫌がらせの数々が私を待っていたところだったんだから……」
架純ちゃんは、噂が始まってもう二ヶ月以上経っているという話をすでに忘れているみたいだ。
女子が、自分たちの剛士を奪われた腹いせに何かしてくるなら、とっくに始まっているはずなんだけど。
普段から架純ちゃんは漫画やアニメに影響され過ぎて、現実を実態より誇張して考える癖がある。
僕の知る限り、架純ちゃんと剛士の噂については、学年の中でも好意的なニュースとして、これはビッグカップルの誕生か? みたいな受け止められかたをしている印象だ。
ファンの子たちも、あの星野架純ならば、いたしかたなしといった感じだとは思う。
まあ中には、藁人形に五寸釘を打ち付けているような女子も影にはいるのかもしれないけど。
僕らは架純ちゃんの希望で、剛士のファンで中心的な役割を果たしている女子がいるクラスに行くことにした。
リーダーである彼女に説明して、ファンのあいだに二人が付き合っていないということを周知してもらえるよう頼んでみるつもりなのである。
「早くしないと休み時間が終わっちゃうね。急ごう、孝一君!」
そう言って、大きく前に踏み出した架純ちゃんは、お姫様の衣装の裾を見事なくらい踏みつけて前のめりに倒れそうになる。
「あっ──!」
「おっと」
おおかたそうなるんじゃないかと予想がついていた僕は、素早く動いて架純ちゃんを倒れる前に抱き止めた。
「やりそうかと思ったら、案の定だね」
「エヘヘ」
僕は、てへぺろしている架純ちゃんをそのまま抱えあげた。
「おっ? おおっ?」
「衣装がなんだか歩きづらそうだから、このまま連れていってあげるよ」
「い、いいの?」
僕は架純ちゃんを前に抱えたまま歩いていく。
思った以上に軽いというのが感想だ。
あと柔らかい。
「なんだか、こんなの……いいのかな?」
「いいんだよ。だって、劇でもこうやってお姫様抱っこをする場面があるから、ちょうど練習になるからね」
「劇でも?」
「うん」
少し恥ずかしかったのだろう、桜色に頬を染めていた架純ちゃんだったが、なぜか唐突に表情を曇らせる。
「誰のことを、こうして抱っこするの」
「ん? ──森川さんだけど」
「そう……。そっか。……ありがと、もうここまででいいよ」
架純ちゃんが言うので、僕は彼女をそっと降ろす。
スカートを両手でつまみ上げて歩き始めたのを見て、僕は映画やアニメで見たことあるやつだと思った。
架純ちゃんは僕を振り向いて微笑む。
「私も、この衣装に慣れる練習をしとかないとね」
「それもそうだね」
たしかに本番でさっきのように衣装に躓かれても、同じ舞台に立つわけではないので助けられない。
それを思えば、今のうちに慣れておいたほうがいいのは間違いないよね。
「私たち、一緒に暮らしているの!」
剛士ファンのリーダーに面会すること開口一番、架純ちゃんはそんなことを大きな声で言った。
まあ嘘ではない。
むしろ客観的事実といえる。
だが別のクラスを訪問して、声を大にして宣言するようなことではない。
当たり前だけど、リーダーはあっけにとられてしまっている。
「ごめん、私、なんだか勢いに任せちゃった」
架純ちゃんはうって変わって低めのトーンで話し始めた。
だがもうすでに周辺の関心はしっかり引いてしまっている。
「ちゃんと説明しないとね。実は、私と孝一君は──」
「親の再婚で同じ家に住んでるんでしょう?」
「──えっ。知ってるの!」
リーダーは「フッ」と笑うと、何でもお見通しよとでもいうような顔をした。
「私たちの情報網を甘く見ないことね。陽狩君のまわりの人間関係はほぼ完全に把握しているわよ」
自信満々の様子のリーダー。
聞いてみると、架純ちゃんと剛士が付き合っていなくて、僕を介して仲良くしていることはファンのあいだでは知らないものはないレベルの情報なのだという。
どうやら、剛士のファンは諜報機関並みのネットワークを有しているらしかった。
「最近では、陽狩家のルーツが室町時代に活躍した関東地方の武士にあることがわかったの。安土桃山時代に仕えていた、とある大名家の転封にともなって九州地方に移っていたでしょう?」
「そうなの?」
「だから調べるのに時間がかかってしまったわ」
首を横に振りながら、私たちもまだまだねとでもいうような様子を見せるリーダー。
どうでもよかった。
親友のこととはいえ、僕にはその情報に何らかの価値を見いだすことはできないのだが、ファンにとっては大事なことなんだろう。
たぶんマニアックなネタがオンパレードな、陽狩剛士クイズとかで一晩中時間を潰すことだってできてしまうのだろう。
ある意味、ファンというのは恐ろしいものだ。
「それで、私たちに何か用なの?」
「うん。できたら架純ちゃんと剛士が付き合っていないって話を女子のあいだで広めてもらえたりできないかな」
「なるほどね。いいわよ、他ならぬ、鷹月君の頼みとあらば」
架純ちゃんは、両手を叩き合わせたかと思うと、そのまま合わせた手でリーダーを拝み始めた。
「ありがとう。お願いしますっ!」
「まあ、星野架純と付き合っているっていう噂のおかげで、素人が陽狩君を煩わせることが減っていたから良かったんだけどね」
素人?
なんだかよくわからない気がするが、そう言えば僕にも剛士宛の手紙がまわってくることが減ってきていたのは確かだ。
あれが再開されるのだとしたら、少しばかり気が滅入るけど。
でもなるほど。
剛士本人のためになるという判断から、ファンは噂を否定せずに放置していたんだな。
「そのかわり、鷹月君にはこれからも陽狩君のよき親友でいてもらうという条件があるわ」
「言われなくても、そのつもりだよ」
「ふふっ。そうよね。二人は赤ちゃんのときから、ベビーカーを横に並べていたほどの仲なんだから」
僕は思わず苦笑する。
そんなこと、どうやって知ることができるんだろうか。
まあ、これで架純ちゃんも一安心といったところか。
「よかったね、架純ちゃん」
「うん! じゃあ、そろそろ、教室に戻らないと」
「そうだね」
再び、スカートをつまみ上げて歩き始める架純ちゃん。
足取りも軽くなったその後を追いながら、僕は横目に、一人の眼鏡をかけた男子の姿を捉える。
全体に細身で清潔感がありながら、どことなく冷たい雰囲気を漂わせている少年。
彼の名は、木津根孝高。
原作『僕タク』における、御覧ノ坂イレブンのレギュラー選手の一人であり、作中序盤においてヒロイン菱井麻衣により秘めていたサッカー選手としての適性を見出だされスカウトされた人物なのだった。




