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休み時間

 

 チャイムが休み時間を(しら)せる。


 劇の配役や役割分担も決まり、学習発表会の日も近づき、準備も佳境となってきている。

 次の時間も劇のお芝居を練習することに当てられているので、僕は衣装を着たまま休み時間を過ごすことになる。


 僕の役は主人公が想いを寄せる青年貴族だ。


 ヒロインの相手役だから、当然のように剛士が本命として推薦を受けたのだけれど、この役も剛士は断ってしまった。


「オレがやったら、主人公より目立っちゃうだろ」


 というのが言い分だった。

 自分で言うことかよとは思ったけど、たしかに役柄を考えると物静かで控えめな落ち着いた雰囲気のする青年なので剛士には不向きでもある。


 クラスメイトたちが何か役をやらせようとするのに反して、「オレ、今回は照明がやりたいな!」などと剛士は言い出していた。

 そのときは「ひかり」なだけに? と心に思ったりしていたのだが、剛士としてはサッカーは別にして、あまり目立ちたいわけでもないという気持ちがどこかにあるのかもしれない。


 普段から着ている服に迷彩柄のアイテムを取り入れがちなのも、そんな心理の現れなのだろうか。


 今日も、インナーシャツに洋上迷彩の柄になっているものを着用している。

 空自機のような濃いめのブルーではなく、ロシア機にありがちな薄めの三色迷彩だ。


 まあ、迷彩としての効果は皆無だけどね。


 剛士が拒否した青年貴族役は、その後、皆川さんにまわされるかと思われたのだけど、皆川さんもこの役を降りたんだ。


「あたしは月光騎士団の騎士隊長に立候補するよ。前から一度はやってみたかったんだ、悪役をさ」


 皆川さんのこの宣言にはクラスから「おー」という声が出た。

 なかなかの、はまり役になりそうだからだ。


「貴族様は、あたしは鷹月を推薦するよ。なっ、由希も、それがいいだろ?」


 同意を求められて「えっ?」と言ったまま、あたふたする森川さん。

 今度はクラスから「あー」という声が出た。


「鷹月、由希のためにも、やってくれるよな?」

「……僕は別にいいけど」

「だってさー。よかったなー、由希。残念ながらキスシーンはないけど、お姫さま抱っこの場面はあるもんな?」

「わ、私は特に……」


 そんな流れで他に候補も出ず、僕も断らなかったので役を受けることになったのだ。


 だから僕は今、そこはかとなくフォーマルっぽくもありながら、どことなくコスプレめいた衣装を着ている。


「鷹月君……」


 か細い声で話し掛けられたので、僕は振り向く。


 そこには、メイドさんがいた。


 かぐや令嬢の屋敷で働いている女中の役で、衣装を着ているのだ。

 かなり似合っていて、小学生だという幼さを別にして考えたら、まさにメイドそのものだ。


 ハッとするくらい美少女な顔立ちながら、しぐさや表情が控えめで前に出ることをしない、おしとやかさを思わせて、どこか大多数がそうなのでないかという理想の女の子像に近く、全力で男心を掴みに掛かってきているかのようだ。


 僕が、日頃から美少女と生活をともにしている免疫の保持者でなければ、あるいは心奪われていたかもしれなかった。

 事実、何人かのクラスメイトがその姿に目を奪われたままでいる。


「変じゃないかな?」


 そう言ってメイド服のスカートを掴む、矢吹隼。


「いや、変ではないが……」

「そうかな?」


 ただもう完成度が高すぎるのが唯一のツッコミどころだろう。

 矢吹は、教室に鏡がないせいで現在の自分の姿がわからないらしかった。


「休み時間の間に、トイレとかに行って見てくれば?」

「えっ、でもこのまま教室の外に出るのは……」

「でもそれで、劇に出るんだろ」

「……そうなんだよね」


 矢吹は躊躇しながらも、やはり気になるらしく教室を出ていった。

 鏡くらいなら小さいのを女子が誰かしら持っていそうなもんなのだが。

 まあ、それを頼めないから、矢吹隼なのだろう。


 僕としては、よく出来すぎた自分の女装に見とれてしまって、このまま矢吹がそっちの道にハマらないことを願うだけだ。


 できそうだとは、みんなが思ったんだけど、まさかあそこまでのクオリティになるとはね。

 原作主人公の実力を目の当たりにさせてもらったな。


 ……待てよ、あいつ。

 あの姿のまま、男子トイレに行ったのか────?




「姫だ」

「姫が来たぞ」


 男子がそんなことを言っているのが聞こえたので、僕はその姫とやらを目で探す。


 すると矢吹が出ていったのとは逆側の教室出入口に姫はいた。

 おそらく僕らのクラスと同じで劇の練習中なのだろう。

 フリフリゴージャスなプリンセスの衣装を着た女子。


 架純ちゃんだ。


 音には出さず口をパクパクして「こ・う・い・ち・くん!」と呼びながら、僕を手招きしている。

 なるべく教室の扉に隠れようとしているかのようにも見えた。


 まったく隠れきれてはないけど。


 とりあえず行ったほうがいいみたいだ。


「あれって、星野架純だよな」


 クラスメイトが言っている横を通りすぎていく。


 近くで見た架純ちゃんのお姫様は、矢吹のメイドさんに勝るとも劣らない出来映えだ。

 思わず、膝をついて「姫!」ってやろうかと思ってしまった。

 手の甲に口づけするやつ。


「どうしたの、架純ちゃん?」


 まさか、お姫様を僕に披露したかったわけではあるまい。


「ごめんね、休み時間に突然邪魔しちゃって」

「それは別にいいけど」

「ちょっと目立たないように話をしにきたんだけど」


 残念ながら、それはもう無理だ。


 教室の内側から無数の視線がこちらに差し込んでくるのが感じられる。

 それにしても架純ちゃんは、お姫様の衣装で出現しながらも目立たないようにしようなんて、言っていることとやっていることがチグハグだ。


 まれに架純ちゃんは、ハイレベルな天然キャラぶりを発揮してくれることがある。


「おっ、星野姉(ほしのあね)じゃないか、どうしたんだよ?」


 更に注目を集める男が教室から姿を現す。


「ダメ! 陽狩君は来ないで!」


 ビシッと、架純ちゃんは剛士を拒絶する。

 お姫様の姿でやると、なんだか有無を言わせない感じが出ている。


「えー」

「いいから教室に戻って!」

「わかったよー」


 トホホ感を出しながら剛士は去っていった。


「だいたい、こうなったのも、陽狩君のせいなんだから……」


 架純ちゃんは、そんなことを呟きながら僕を教室から離れた廊下の外側に引っ張る。

 そこで小さな声で話を始めた。


「孝一君、驚かないで聞いてね。実は、さっきわかったことなんだけど、私と陽狩君が付き合っているんじゃないかって、噂になっているみたいなの」

「えーっ」

「そうよね、やっぱり驚くよね」

「いや、もう二ヶ月くらい前から知ってるんだけど」

「じゃあ、なんで驚いたのよ」

「だから、さっきわかったっていうところにだよ」

「……」


 四年生のあいだで剛士と架純ちゃんが付き合っているのではないかという噂が流れ始めたのは、剛士が僕らの家に再び遊びに来るようになって、しばらくしてからのことだった。


 実は、剛士は女子から話し掛けられると普通に会話するのだが、めったに自分からは女子に話し掛けはしないという特徴を持っている。

 いちいち、両目がハート型になったりするのが面倒だというのが、その理由だ。


 だが架純ちゃんはそんなことにならない上に、サッカーゲームやジョニーシリーズなんかで共通の話題もあるので例外的に話し掛けることのある女子なのだ。

 ちなみにもう一人、例外にあたる女子がいて、それは皆川さんだ。

 もちろん共通の話題はサッカーである。


 だから他人からすると、皆川さんと仲が良いのは理解できても、架純ちゃんと剛士がなぜに仲が良いのかは理解できなかったりする。


 そんな場面をどうやら誤解されているらしく、学年内では、二人はもしかしたらできているのではないかという噂になっているというわけだ。


 剛士と同じで、架純ちゃんも噂なんて気にしないというスタンスなのかと思っていたのだが、まさか知らなかったとは。


「私たち、付き合ってなんてないからね!」

「知ってるよ」


 架純ちゃんは、ホッとした顔をした。

 実際のところ、二人が僕の目を盗んで交際するなんて至難の技だ。


 二人と一緒にいないときには、たいていどちらかと同じ空間にいることが多いからである。

 唯一、寝るときにベッドを抜け出して逢瀬をかさねていたパターンが考えられるが、星野姉妹は寝室が今のところ同じなので、そんなことをしていてあの妹が暴露せずに黙っていられるなんてことは考えにくい。


 あとは実は、潜っているあいだは現実時間が静止してしまう系の迷宮(ダンジョン)とかを二人で攻略しているとかの可能性もあるかもしれないけれど、それだと剛士が僕を誘ってくれそうな気もするから……。


 まあ、単純に二人が本当に付き合っていることはありえないだろう。


「もしかして、それが言いたかったの?」

「……それもあるけど、それだけじゃなくて……お願い、孝一君、一緒にみんなの誤解を解いてほしいの!」


 他ならぬ姫の頼みとあっては断れない。


 こうして僕は貴族の衣装を着たまま、架純ちゃんと二人で、剛士と架純ちゃんが付き合っているという噂を解消するために別のクラスへと向かうことになったんだ。


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