決断
「どうしたの、森川さん?」
学校の昼休み。
僕が森川さんに声をかけたのは、彼女がどう見ても思い悩んでいる様子だったからだ。
「鷹月君……」
「僕でよかったら何でも言ってよ」
「うん、大丈夫。そんなに大したことじゃないの。ほら、昨日のHRのときに、学習発表会でする演劇の演目が決まらなかったでしょう?」
確かにそんなことがあった。
悩み事の内容が個人的なことではなくて、クラスのことなあたり、やはり森川さんは生粋の委員長気質なのだと思う。
「候補を二つに絞ったあと全然決まらなかったんだよね。たしか、タイトルは『桃太郎転生』と──」
「──『かぐや令嬢』ね」
そうだった。
ほとんどの男子は『桃太郎転生』を推すけれど、女子は『かぐや令嬢』を推すので、完全に男女でクラスが二分されてしまったのだ。
多数決で決めることになりそうだったのが、一部男子の「今日は滝川が休んでるから不利じゃんか」の声もあり、決定は後日に見送られることになったのである。
滝川は何故か『転生』推しの前提になっているらしい。
「滝川君がいてもいなくても、うちのクラスは男子のほうが多いから、結局は『桃太郎転生』になると思うの」
「森川さんは絶対に『かぐや令嬢』のほうがいいと思ってるってこと?」
「そうじゃなくて、このまま『桃太郎転生』に決まった場合、クラスの女子が協力してくれないんじゃないかって。ほら、どうしてかわからないけど『桃太郎転生』って、仲間が犬娘と猿娘と雉娘の半獣人?な女の子ばかりじゃない」
「そ、そうだったね……」
他にも、鬼娘たちなんかも登場して、女子の出演なしには成り立たないはずだから、あまり反対を押しきってまで決定させると、実際にやる段階になって困るのはありそうな話だ。
「私は女子だけど『桃太郎転生』のほうがいいと思うの」
「そうなの?」
「だって役の数が多いからみんな出演できるじゃない。それに比べて『かぐや令嬢』は主役がずっとしゃべっている印象だし。明治の貴族令嬢が似合う、古風なイメージの女子で、しかも長台詞を完璧に覚えられる子なんて、このクラスにいるのから……?」
該当者なら僕の目の前にいるような気がするのだが。
それに森川さんの悩みの答えは、今、彼女が言っていることのなかにあるんじゃないかと思った。
「そういうことを、次のHRで話し合えばいいんじゃないかな」
「?」
「みんな単純にどっちの話が好きかしか考えてないんじゃないかって思うんだ。でも、演じるのと観るのは全然違うんだから、このクラスでやるのならどっちがいいのかは、実際に誰がやるのかとかを考えてみたほうがいいと思う」
森川さんは、何度も頷きながら僕の話を聞いている。
「両方ともに、良いところと悪いところがあるだろうし、それを平等に出しあって、その後に名前を隠して投票して、多数決を取れば本当は『かぐや令嬢』が良いと思っている男子や、その逆の女子だっているかもしれないし良いと思う」
例えば、空気を読みすぎる少年である矢吹なんかは、自分の意見などなしに、自分が男子であるという条件をもとに右から左に『桃太郎転生』を支持するだろう。
あいつはそういうやつだ。
「うん、そうね、それがいい」
「あとで後悔しないように、納得できるほうを選ばないとね」
どうやら森川さんの悩みは晴れたみたいだ。
力になれて良かった。
ただ、あまりにも熱い眼差しで僕を見つめるので、自分の顔の表面温度が上昇するのを止められない。
「ねえ、思ったんだけど、鷹月君って……」
「な、何かな?」
僕は、森川さんの瞳に映る自分自身の姿を見た。
森川さんも、その逆を見ているのだろうか。
今は昼休みの教室だ。
僕は背中に、クラスメイトたちの視線を感じた。
「鷹月君って、なんだか先生みたい」
「……そうかな?」
あのとき僕は言った。
後悔のない選択をすることをだ。
そして、今もまた、そのときなんだ────
意識が、鮮やかすぎるほどシャープな感覚で現在に戻る。
よし、いける。
こんな感じのフラグならシュートが決まるだろう。
少なくとも前のより大分よくなった。
自分を信じよう。信じるしかない。
右か、左か。
それは、仮にシュートが外れた際のことをイメージすれば、決めるのが難しい選択でもなかった。
答えは右だ。
右なら、シュートミスはキーパーに弾かれる可能性が高い。
そして弾かれたボールはおそらく、矢吹とブラックスリーの二人がいるあたりに転がるだろう。
だとしたら、瞬発力の勝負は矢吹が勝ってくれる。
そう信じられる。
僕には、矢吹たちにボールが向かうよう、そういう回転を掛けておいたシュートを放つことさえできるのだから。
これで後悔はない。
右のほうが、より可能性が高いという確信が持てた。
あとは自分にできる最高のキックをボールに当てるだけになる。
そして、その瞬間がきた。
呼吸に乱れはない。
身体は不思議なくらい軽い。
僕は勝利への思いを込めたシュートを撃つ。
────シュートを?
違うな────
僕は鷹月孝一だ。
だから、これはシュートというよりはゴールに届けるためのパスなんだ。
そう考えたら、僕の足許からゴールの中までに一本のガイドラインのようなものが浮かび上がって見えた気がした。
この線は見慣れたものだ。いつも、パスを出す前にはあるものだから。
もう恐れるものは何もない。
僕は、今日の最高のパスを撃つ。
脚を離れたボールはガイドラインを沿って翔んでいく。
目で追うこともなく、その先で起きることはわかっていた。
だから、僕は蹴りだしてすぐに方向転換して、味方ベンチに向かって走り出した。
剛士が僕より早くベンチから飛び出してきているのが見える。
親友も、もう確信していたんだ。
まるで僕以上に、僕のことを知っているようなときが剛士にはある。
ラインを挟んで僕らが向かい合ったとき、ゴールが決まったことから起きる歓声が聞こえた。
「孝一!」
「剛士!」
何をするのかは目を見ただけでわかる。
こうして僕らは二人で向き合いながらもジョニーポーズをとって、僕にとっては初めてになるゴールパフォーマンスを決めたんだ。




