回想
「ほほう……」
架純ちゃんの二つの眼が輝きを放つ。
これはいけない。
なぜだかわからないが、姉もこの話題に乗り気なようだ。
「その話、もっと詳しく聞かせてもらわないと」
「しょーさいを、あきらかにせよー」
「で、結論としては、どっちなの?」
「どっちー?」
姉妹が、両側に立ち塞がり、物理的にも精神的にも、僕を袋小路に追い詰めてくる。
逃げ道はない。
ここは迷いを消して毅然とした態度で自分の立場をあきらかにすべきなのだろうか。
架純ちゃんか、早優奈ちゃんか。
あえて選ぶならどちらか?
いや、駄目だろう。
今後も同じ家で暮らしていく間柄なのだから、変に優劣なんてつけようものなら、この先ずっと気まずくなるに決まっているじゃないか。
姉妹のあいだに亀裂を入れてしまうのもまずい。
「あはは……」
笑って誤魔化そうかと試みてはみたが、僕の乾いた笑いは完全にスルーされた。
これ、本当に決めないと駄目なの?
だいたい決めたところで、どうなるというのだろう。
どちらかと将来的にもずっと一緒に暮らして添い遂げる系なのだろうか。
血は繋がってないから、その辺も何とかなりそうな気もするけど。
だけど、そんなのまだ決めるには時期尚早ではないか。
小学生だし。
しかし、それにしても姉と妹の眼が本気だ。
しかも二人が二人とも自分が選ばれると思って疑いのないオーラを出している。
何だろう。どこからその根拠のない自信が湧いてくるのだろう。
美少女に生まれ育ったゆえの過信だろうか。
だとしても今競っているライバルは、ほぼ同じ顔だよ?
完全に見た目より人柄で勝敗がついたことになってしまうわけで、負けたほうはかなりキツいと思うけどなー。
僕が困っていると、惣菜売り場の向こうから明美さんがこちらを伺っているのが見えた。
遠くても、ニヤニヤしているのがわかった。
持ち前の地獄耳スキルでこっちの状況は把握しているのだろう。
いや、そこは止めようよ。
母として。親として。
それ以外にも、周囲の主婦たちがそれとなく聞き耳を立てているらしき気配もある。
スーパーのお菓子売り場で、三角関係が修羅場をむかえているという、まさかのシチュエーションなのだから気になるのはわかる。
鮮魚売り場のおじさんと眼が合った。
おじさんは力強く励ますように視線をこちらに返しながら、一度だけコクリと頷いた。
どういう意味だろうか。
「こーちゃん?」
「孝一くん?」
焦れた姉妹が僕に決断を迫る。
ここを上手くおさめる方法を考えはするのだが、さっぱり思いつかない。
どうしてこうなったのか。
僕はただお菓子が食べたかっただけなのに。
「あたしでしょー?」
「……私、だよね?」
お菓子と同じで、ここは両方でと言えるような空気ではない。
本当に選ぶしかないように思えてきた。
選ぶのか、僕は?
……。
姉か、妹か。
架純ちゃんか、早優奈ちゃんか……。
まあ、あえて選ぶなら──
って、選べるわけないでしょーが!
────強い拒絶の意思をきっかけに、過去に飛んでいた僕の意識は現在に呼び戻された。
究極にまで高まっている集中力のせいで、世界はほとんど静止しているように感じられた。
ボールはスローモーションのようにゆっくりと僕のもとに近づきつつある。
時間は停止したわけではなく、着実に流れている。
シュートを左右どちらかに撃つ選択までに許された時はそんなに長くはない。
近所のスーパーでの選択を、僕は決めきることができなかった。
あの後、偶然にも剛士から電話が掛かってきたおかげで、どうにかこうにか、うやむやにできたんだった。
もつべきものは親友である。
僕も、剛士が窮地に陥ったときには必ず駆けつけよう。
今はシュートを撃つことに全神経を集めるべきだ。
あのときの難しい決断に比べれば、落ち着いて選べばそんなに難しいようなことではないはずだ!
そう自分に言い聞かせる。
しかし、無理だ。
僕は認めた。
過去を回想したことにより、以前よりも、以後のほうが動揺していることを。
右とか左とかいうレベルではなくて、どっちに撃とうとも決まる気がしないフラグか立ってしまっていることをだ。
やはりパスを出すしかないのか?
結局のところ僕は、鷹月孝一ということなのか。
他力本願の四文字を高らかに掲げて生きていくのが、我が人生なのだろうか。
いや、そうじゃない。
諦めるにはまだ早い。
幸いながら、まだシュートは撃っていない。
シュートを撃つ瞬間までに、この精神状態を立てなおせばいいことじゃないか。
そうだ「都合の悪いフラグなんてへし折って、明るい未来のための新しいフラグを立てればよろしくってよ」と、どこかの悪役令嬢だって言っていたではないか。
たぶん誰か言っていたはずだ。
近頃は悪役令嬢もかなり多い人種みたいだから、誰か一人くらいは言っているだろう。
新しいフラグを立てよう。
シュートが決まりそうな回想シーンを自分の手でフラッシュバックさせるのだ。
一度で、駄目なら何度だってやりなおしてやる!
僕は、精神統一を心掛け、新しいフラグを立てるための記憶に呼び掛けた。
やがて、ごちゃ混ぜになっていた記憶の情景からひとつが輝きを増したかと思うと、そのときのことが目の前に拡がっていく。
────あれは、つい五日前のことだった。




