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選択

 

 剛士の声を聞くまでは、この場で自分がシュートを撃つという選択肢は頭になかった。


 原作でも、鷹月孝一がシュートを撃っているシーンなんて、お目にかかったことがない。

 あっても本編ではカットされていたんだろう。

 どうせたぶん、そんな感じだ。


 本人の思考回路から忘れ去られていた、ここでシュートを撃つというチョイスを可能性に入れて守っている相手選手がいるだろうか?


 どう見てもいない。

 夢にも思わないというところか。

 一瞬前までの自分がそうであったように、このフィールドにおいては今の今まで、僕は『危険なラストパスを繰り出してくる選手』だった。


 だから敵の意識はすでに、僕がパスを出すであろうその先に向けられている。


 だから僕は計らずも無意識のうちに、鷹月孝一はシュートを撃たないという認識を抱かせることに、ここまでの試合を通して成功していたんだ。


 これが意図的に最初から誘導した結果なら、いよいよ本物の運命の分岐点を操るプレイヤーに近づいてくるんだろう。


(しかし、決められるのか?)


 僕は自問する。


 ゴールまでは距離がある。

 小学生で、いわゆるミドルシュートと呼ばれるであろう中距離からのこのシュートを決めるには、それなりのキック力とコントロール技術が要ることになる。

 簡単なことではない。


 でも、できないわけでもない。

 実戦で試したことがないだけで、練習では実際のところ何度もやっている。成功率もそれなりだ。


 間違いなく今、得点に一番近い選択肢がシュートだ。


 狙うのならゴールの隅。

 右上か左上か。


 ゴールの右側では、ブラックスリーのうち二人が矢吹につられて外側に流れていったせいで、シュートコースがガッポリと開いている。

 しかし、ゴールキーパーもやや右側に寄って矢吹を意識した挙動をしている。


 右を狙うなら、強くて正確なシュートを撃たなければキーパーに止められてしまう可能性が高い。


 左側では、キャプテンとブラックスリーの一人が揉み合っている。

 この二人の間合いは避けないといけない。

 右側のように、まっすぐの弾道を狙えないのでコントロール重視の曲がって落ちるシュートを狙うことになる。

 シュートスピードは劣るものの、キャプテンの頭に合わせたパスのように偽装できるから、キーパーはヘディングシュートに備えた動きをするだろうし、正確に撃てさえすれば防がれずにゴールに入るだろう。

 しかし技術的には左の方が高度で外す可能性も高い。


 もう、シュートを撃つという気持ちは固まっている。


 転がってくるボールに向けて足を振り上げる。

 みんながパスを出すためだと思っているだろうが、これはシュート体制だ。


(あとは、どちらに────?)




 チームのためにも、このシュートを外すわけにはいかない。

 プレッシャーが僕の筋肉を硬くして自由を奪う。


 このままではいけない。


 平常心を自分の中に求める僕の意識は、瞬間的に過去の出来事を甦らせていた。

 フラッシュバックのように拡がる記憶────




 ────あれはちょうど一ヶ月ほど過去(まえ)のことだった。


 晴れた日曜日の午後。

 僕は、義母である明美さんと義妹の二人の家族四人で、近所のスーパーを訪れていた。

 確か、一人につき一パックだか一個までだかの特売品をゲットするための一要員として駆り出されたんだったと記憶している。


 僕はそのとき、お菓子売り場に居た。


 右手に持ったお菓子と、左手に持ったお菓子を見比べる。


 右か、左か。

 そのときも僕は決めかねていた。


「ふむ……」


 右手には『どんぐりの丘』が。

 軽くてサクサクした歯応えのビスケットの上にマイルドな口当たりのチョコレートが掛けられているお菓子で、名前のとおりにどんぐりを模した形状をしている。

 チョコ菓子としては食べやすいスタンダードな味で、前世でも子供の頃から親しんだ定番アイテムだ。

 これが口に合わない人は、なかなかいないと思う。


 左手には『まつぼっくりの村』だ。

 まつぼっくりの独特な形をした固めのビスケットにチョコがコーティングされたお菓子である。

 その形状ゆえに他にはない食感が特徴で、堅いながらも多層構造のために噛み砕きやすく、歯応えのよさと同時に口のなかに浸透するチョコレートの甘さにハマる人は多い。

 前世の僕も、ついつい一箱をあっという間に食べてしまったものだった。


「うーん」


 右にすべきか、左にすべきか、それが問題だ。

 僕はハムレットの如く、究極の二択を悩んでいた。


「どーしたの、こーちゃん?」


 僕に話しかけてきたのは、二歳年下の早優奈ちゃんだった。

 そのうちお菓子売り場には現れるだろうとは思っていた。


「いやね、『どんぐり』と『まつぼっくり』のどちらにしようかを迷っていたんだよ」

「まーどう見ても、そんな感じにしか見えなかったけどねー」

「うん。早優奈ちゃんは、どっちがいいと思う?」

「りょーほうでいいと思うけどなー」

「そうきたか」


 早優奈ちゃんの言うとおり、あえてどちらかにしないといけない決まりはないわけで、何ならどっちも買って帰って両方開けて交互にパクつくという至福のときを選んでもいいわけである。


 だがしかし、そんな習慣をつけて前世のように、この鷹月孝一のボディーをブクブクと太らせるわけにはいかないのだ。

 幸いながら、どうにか孝一の精神と肉体が忍耐強くできていたおかげで、前世の僕の欲望は抑えられて我慢できている。


 もうメタボにはならない。


 実のところ、ふたつのお菓子については暇潰しに悩む行為自体を楽しんでいたという側面もあった。


 食べるのは別の日にして、とりあえず僕は両方を買うことに決めた。


「あ、二人ともどうしたの?」


 架純ちゃんがカートを押しながら現れたので、僕は『どんぐり』と『まつぼっくり』を一緒に入れた。

 カートがかなり重そうになっていたので、架純ちゃんと押す係りを交替した。


「おねーちゃん、聞いてよー。さっきねえ、こーちゃんたら真剣なかんじで悩んでたんだよー」

「へえ、そうなの?」

「まあね」


 早優奈ちゃんは、カートのなかにグミとキャンディとラムネ菓子とガムとビスケットとクッキーとスナックと塩昆布を次々に放り込んでいく。

 一緒に暮らすようになって星野姉妹が、尋常ではない量の甘いものを捕食している様を目撃しているのだが、どうしたわけか驚異的なまでに太り始める気配を見せない。

 別腹がどこか別次元に繋がっているんじゃないかと思わせるレベルだ。

 あるいは自然界の七不思議のひとつか。


「で、何をそんなに悩んでいたの?」

「ああ、それはど──」


 答えようとした僕を遮るように、早優奈ちゃんが爆弾を投下する。


「あたしとおねーちゃんのどっちのほうが好きなのか、だよー」


 またこの子は。

 何を言い出すんだろうね。


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