苦戦
「みんな早く! もう試合が始まっている」
先行して階段を登っている、矢吹隼が仲間を手招きする。
競技場の観客席につながる昇り階段を、五人の少年が矢吹に続いている。
薄暗いそこには、上から光が差していて、時折鳴り響くホイッスル、応援の声が聞こえてきていた。
「今日の試合は、立ち上がりから流れを見ておきたかったのですが、誰かさんが遅れたせいで、それも叶いませんでしたね」
指を当てて眼鏡をなおしながら、木津根孝高が溜め息を吐く。
全体にシャープな雰囲気をまとい、神経質そうな印象を与える少年だ。
「まだ終わったわけじゃないんだから、いいじゃねーか」
伊立圭吾は、寝癖の解けない髪を掻き回しながら、大きな欠伸をしている。
「まあまあ、二人とも。優勝候補どうしが潰し合う一戦ですから、木津根くんが興味をそそられるのもわかりますけどね」
田貫安晴は、人懐っこい童顔にニコニコと笑顔を浮かべているが、その目はよく見るとまったく笑っていない。
誰かの携帯端末に着信が入ったらしく、音が狭い空間で反響した。
矢吹が、自分の端末を取り出すと画面を確認する。
仲間たちが矢吹に追い付いてきた。
「また、メールか?」
「うん。菱井さんから」
「で、何だって?」
陽狩剛士は、質問しながらも矢吹を追い越していく。
そのすぐ後を鷹月孝一が続く。
「さっきから同じだよ。『遅いわよ。早く来なさい』だって」
「ふん、わかってる、今ついたところ────」
陽狩は階段を昇り終えたところで、それまで紡いでいた自身の言葉を発することをやめた。
見たものの衝撃に声を失ったのだ。
矢吹が、不審に思い駆け上がると、そこで、観覧ノ坂高校の仲間たちとともに信じがたい光景を目撃する。
そして彼らは、いかにもマンガキャラ的な説明的なセリフを口にしはじめた。
「よ、4対0だと! まだ始まったばかりなのに?」
「しかも、失点しているのは、黒木、黒部、石黒のブラックスリーのチームじゃないかっ!」
「馬鹿な。あいつらは、これまで予選全試合で無失点を継続してきた鉄壁のディフェンスのはず!」
「力石のシュートは、それを完膚なきまでに壊すほどの威力があるってことかよ!」
「獅子心の名は伊達じゃないってことか……」
スポーツもの漫画にありがちな、観戦中の他チーム所属の中立的な立場の選手が、大きめのリアクションをとって読者に、今のところすごかったんだよ~ってことを分かりやすく伝えてしまう行為。
思わずそれをナチュラルにやってしまうくらいの衝撃シーンだった。
アニメだったら、一度、CMを挟んだあとに同じところを繰り返すところだ。よせばいいのに。
なにしろ、高校選手権の予選を突破して、本大会出場を決める有力な候補と目されていた強豪校であるはずのところの、ブラックスリーのチームが、まったく歯が立たずに、いいようにやられているのだから。
──とまあ、原作でのブラックスリーの登場場面はこんな感じだった。
後にも先にも出てくるのはそこだけ。
ただ見てないうちに、いつの間にやら強いはずの連中が負けているシーンとして描かれていたんだ。
後に対戦することになる、強敵の力石玲央がいかに恐ろしい相手かを強調するって意味があったんだと思う。
噛ませ犬的な?
だから原作ではさっぱり実感が伴わなかったけど、こうして小学生のブラックスリーと対戦してみて、やっぱり強い三人組だったんだってことが嫌になるくらい身に染みているところだ。
前半も、残り少ない。
今現在、試合は大上先輩がファールを取られてしまい、相手にフリーキックが与えられたところだ。
大上先輩のタックルはしっかりボールに当たっていっていたし、かなりフェアな守備で、ファールにならなくてもよかったんじゃないかと思うんだけど、残念ながら絵的には肉食動物が草食動物を襲っているようにしか見えなかった。
審判のお兄さんも、つい反射的にか、笛を吹いてしまったみたいだ。
これで僕らはピンチを迎えた。
ゴールに近いところでのフリーキックだ。
あの三人が、守備の位置から離れて、ゴール前に上がってくる。
揃って迫ってくると迫力がある。
セットプレイになると、体格に優れたブラックスリーは空中戦でそのパワーと高さをいかんなく発揮してくるのだ。
ヘディングシュートを狙ってくる三人に対して、高さの面で対抗できるのは、我がチームでは、キャプテンの森熊先輩くらいしかいない。
かなり不利だ。
本当なら、フリーキックやコーナーキックはなるべく与えないようにして避けていきたいところだった。
「みんな下がって! これ以上の点は取らせないぞ!」
森熊先輩が声を掛ける。
剛士だけをカウンター要員としてゴールから少し離れたところに残して、他は全員でゴール前を固めた。
「ザコどもが集まったところで何になるのやら!」
「俺たちとのパワーの違いを、愚かにも知りたいようだな」
「教えてやる!」
ブラックスリーは、僕らを見下ろしながら吠えてくる。
原作では、うなだれている絵しかなかったくせに!
笛が吹かれると、フリーキックを任された相手チームの選手が、ゴール前に敵味方が密集する場所にむけてキックを放つ。
山なりに飛翔したボールは、ちょうど黒部の居るところに落ちてきた。
巨体が宙に飛ぶ。
「うらあ!」
「させるかぁ!」
黒部には森熊キャプテンが対応している。
二人で飛び上がった位置関係なら、黒部のヘディングシュートは、森熊キャプテンが防げるように見えた。
少なくとも勢いのあるヘディングは撃てないだろうから、キーパーが落ち着いてボールを見ていれば、弾くなり受けとるなりの応対ができる。
「ふんっ」
だが、それを見越した黒部は、自分の頭に落ちてきたボールを突き上げるように上に向けてヘディングで弾いた。
もう一度、ボールは山なりのカーブを描き、次の落下点を目指す。
そこにいた石黒は、更に黒部と同じように、ボールを叩き上げてコースを変える。
「そらっ!」
そして、ボールはブラックスリー最後の一人のもとに届けられた。
「なははははは!」
二度の弾道変更に、僕らは完全に振り回されてしまった。
キーパーですらも。
ほとんどフリーになっていた黒木が、高笑いと一緒に、自分に届いたボールを上空から叩きつけるようにヘディングする。
高さも、強さもあるそのシュートに、僕らのチームはなす術もなく、ゴールを割られてしまった。
0-2。
原作と違って、うなだれるのはブラックスリーのチームではなく、僕らになってしまった。
「見たか! これこそ『ケルベロス・アタック』だ!」
黒木が自慢げに、今の技の名称を叫ぶ。
原作では未登場だった技だ。
僕が知るはずもない。
たぶん、犬の頭が三つあるといわれるケルベロスのことを、自分たち三人に見立ててつけた技の名前なんだろう。
地獄の番犬とされているケルベロスだから、ディフェンスを生業とする彼らには、確かに合っているのかもしれない。
だとしたら、甘い菓子を与えてやれば、彼らの守備に隙ができたりするんだろうか。
どちらにしても、小学生にしては中二病みたいな技の名前だ。
やっぱり年を誤魔化してやしないだろうか?
「まだだ! まだ終わってないぞ!」
ゴールネットに引っ掛かったボールを剛士が蹴りだした。
試合再開のために、センターサークルに運ぶつもりなのだ。
幸い、味方チームにもそこまで絶望感が広がっているわけでもない。
苦戦は、ある程度予想できていたからだ。
しかし、無情にも、長いホイッスルが吹かれた。
前半戦が終わったのである。




