相棒
寮さんと別れた次の日。
僕は、久しぶりにチーム練習に出た。
ほんの数日間を離れていただけなのに、何一つ変わらないチームの風景を、僕はなつかしく感じた。
それだけ、内容の濃い時間を過ごしていたということなんだろう。
監督が、どんな必殺技をゲットしてきたのかと興奮ぎみに鼻息荒く訊ねてくるので、ビジュアル的に派手なやつではないことを伝えたところ、露骨に残念そうに肩を落としていた。
背景に動物が出てくるやつを、監督も期待していたみたいだ。
そこはもう、自前の妄想力で補完してもらうしかない。
僕の妄想力は好調を維持しているので、監督の背景に「しょぼーん」という文字がしっかり浮いて見えている。
再会と同時に、剛士はボールを蹴ってよこした。
彼らしい挨拶だ。
「おかえり、孝一」
「うん、ただいま、剛士」
僕らは、以前と変わらぬパス交換を始める。
ボールの感触は以前と変わらない。
身体的なフィーリングとしては、なんとなく視野が広くなって、感覚がよりクリアになっただろうか。
少なくとも劣化はしていない。
剛士は、毎回、違うキックを試すように、速度と回転の異なるパスをフェイントの動作やリフティングを織り混ぜながら僕に送る。
それを、僕はシンプルに受けて、シンプルに返す。
何年も続いてきた、変わらない練習だ。
だが、これまでにはないことが起きていた。
続けるほどに、剛士の表情が暗くなっていくのだ。
「やっぱりな」
剛士は、ボソリと呟くと、パスというよりはシュート性のボールを予告なしに放ってきた。
たまにこうやって、意表を突いてこようとするのは知っているので、僕は焦ることなく無難にトラップした。
重くて速い一撃だった。
勢いを殺すために頭の上に浮き上がらせたボールが、足許に降りてくると、僕は地面に触れる前にそれを蹴って打ち返した。
「やっぱりな、って何が?」
「今のは、オレでも受けられない」
「そうなの? まあ、僕は前から馴れてるからね」
パス交換で、自分では受けきれないパスを送ってくるとは、どういうことだろうか。
そもそも今のボールは、ほとんどの人にとってパスだとは表現しないものだったけど。
「それだよ。オレは、お前と合わせるのに馴れすぎてるんだ。この何日かで痛いほどわかった」
「へえ」
「オレはパスがそんなに上手くない。トラップもな。ずっと、お前っていう相棒に甘えていたんだ」
剛士は、自分への怒りを感じているみたいだ。
事実、ボールを受け止めるトラップの技術と、相手の受け取りやすい柔らかいパスの技術については、剛士より僕のほうが上回っている。
その分、剛士は僕には到底叶わない、鋭い切り返しで敵を置き去りにする高速ドリブルの技術と、何人に囲まれてもボールを奪われないボールキープの技術を持っている。
ようは役割分担から生じてきた能力の違いなんだけどな。
しかも比較の問題であって、チームのなかで言えば、剛士は僕の次に、パスもトラップも上手いはずなんだ。
「他のやつとパス交換したら、お前が軽々受けてるパスを、ほとんどまともに受けられなかったぞ」
「剛士は、リフティングを入れたりしてタイミングを外してくるからね」
「それだけじゃなくて、やっぱりオレのパスがお前のほど、受けやすくないからだ」
思いやりのあるパス。
問題点をそこに絞った剛士は、これまでに続けてきたパス交換を切り換えて、受け手に優しいパスを試すようになった。
剛士は、向上心が高くてストイックなサッカー馬鹿だから、こうなったらこのまま研鑽を重ねていくに違いない。
なんにしても、これでまた剛士は、サッカー選手としての完成度を高めていくだろうから悪いことではない。
あらゆる要素で、僕を上回ってしまうのは、なかなか恐ろしい気がするけど。
これでは今まで以上に存在感というか、存在価値が低くなってしまう。
僕はふと、寮さんのことを考えた。
もしかしたら、この数日の間に、剛士の心境にこういう変化が現れることを、あの人は見越していたのかもしれない。
だから、あの日に僕らの関係について口を出してきたのだ。
ありそうなことだ。
寮さんなら、そのくらいは想定して、しかも、わざとやったくらいのことはあり得る。
だけど剛士は、柔らか~いパスを打ってくるだけかと思いきや、間に、そうじゃないパスを混ぜてきた。
「うおっ」
「なんだ、やっぱり取れるのかよ」
「相手に優しいパスを練習するんじゃなかったっけ」
「それだけだと、お前の練習にならないだろ」
心優しい親友である。
「でさ、何だったんだ?」
声色の変化だけで、剛士が、寮さんから何を習ってきたのかを聞きたいことは僕にはわかる。
親友に隠すことなんてない。
寮さんも、僕の判断で剛士に話していいと最初に言っていたと思う。
だからできるだけ分かりやすく、剛士に寮さんから教わったことを説明した。
「なんだそりゃ。試合をまるごとコントロールするって、サッカーは生身の人間が争うスポーツだぞ。将棋とかじゃねぇのになー」
「まあ、完全じゃなくても、近いところまでできれば役に立つとは思うんだ」
「オレには無理だな」
剛士はリフティングをしながら言い切る。
寮さんの教えを、例えるならば、サッカーにおける最強の軍師を目指すこととする。
向き不向きの話をするなら、剛士は軍師よりは、武将に適性があると言えるだろう。
前線で戦い、自らの手で武功をあげる武士だ。
そして、軍師には武将が必要だ。
その意味でも、剛士には僕の相棒でいてもらいたいものである。
「でもさあ」
何かを、剛士が言おうとしたところで、監督から集合が掛かった。
剛士は、リフティングを継続したまま、体を翻すと、ボールと戯れながらも監督が大声を張り上げている場所にむけて走り出す。
僕も後を追うところで、剛士が背中越しに呟いたのを耳にした。
「お前になら、できるんじゃねえの」
親友は、前々からそうだが、僕のことを過大評価している。




