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未来

 

 こうして思い出してみると、原作『僕タク』は、期間にしてみれば一年間の出来事なんだ。


 なんとなくもっと長い話だったイメージはあったんだけど。

 なにしろ実際の、マンガの雑誌連載は、もっと何年もの長い間やっていたし、コミックもかなりの巻数が出ていたから。


 まあ、終盤になるほど、ひとつの試合だけでコミック何冊分も続けていたからなあ。

 五、六冊は平気で同じ試合をしていたと思う。


 週刊連載なんて、一話で何が進んだっけ?ってくらいの感覚だったなー。


 最後の決勝戦なんて、後半ロスタイムの数分間を描くのに、ほぼ一冊分の分量があったのは、さすがに長いと思った。

 たぶん人気マンガだったから、出版社とか編集者のほうでできるだけ引き延ばしたかったんじゃないかな。邪推だけど。


 最終回の手紙のところは、アニメ版のほうが良かった気がする。


 感動した!


 何しろ、菱井麻衣の声で手紙が読まれる途中から、アニメファンの間でも神曲と呼び声の高い第二期エンディングテーマが流れるんだから。

 そこに、セピア調で二人の思い出のシーンが挟まれるし。


 絵のクオリティも半端なかった。劇場版かと思った。


 それで、最後におなじみの主題歌を流しながらのスタッフロールがきて、それまで激戦を繰り広げてきたライバルや、チームメイトたちの、今の姿がそれぞれ短いカットで描かれるんだ。

 もちろん、僕、鷹月孝一もワンカット出てくる。

 親友、陽狩剛士の後ろで、半分くらいの大きさ(親友比)だけどね。


 ラストは遠い未来、超満員の日本代表の試合で、矢吹隼が出場する場面が光に包まれながら終わるんだよなあ────




「どうかしたのかい?」


 寮さんに、声を掛けられて僕は我にかえった。


 いかんいかん。前世由来の妄想モードで、アニメとマンガの『僕タク』の思い出に浸ってしまった。


「あ、すいません。なんでもないです」

「ふむ?」


 って、なんでもないことない!

 どうしよう、この人、死んじゃうんですけど!


 目の前の本人は六年後の秋に、これからというとき、道半ばで命を失うことになるなんて知るよしもない。

 かと言って、今この場で、あなた死ぬから気をつけてくださいなんて話をするわけにもいかない。


 それだと、霊能少年コウイチ~僕は運命に抗う~編になってしまう。


 でも、寮さんなら、もしかすると前世の記憶の件について、証明して説明すれば信じてくれるかもしれない予感はある。

 否定できないほどに、立証してみせれば、真実を認められる柔軟さを持ち合わせた人物だと思うんだ。


 だけど、それにしても、まだもう少し信頼関係が築けてからにすべきだろう。


 まだ、その時まで六年ある。


 それまでに、どうにかして寮さんの死を回避する道を探していけばいい。

 結果として、原作で菱井麻衣と矢吹隼が選んだ道が、大きく変わってしまうだろうけど、それでも、寮さんが生きていく未来を僕は選びたい。


 そして、この人が将来、日本代表監督になるなら、僕はその許で戦う代表選手になることを夢にしたい。


 目指すのは世界一。


 夢は大きいほうがいいし、あの菱井麻衣の父親なら、なんだか現実にしてしまうんじゃないかって気にさせてくれる。


「さて、もう陽も暮れそうだ。今日はここまでにしよう。明日からは、君に、私の考える『運命の分岐点』の発見法について可能な限り伝えていくとしよう」

「はい、お願いします」


 僕は、おそらく原作のヒロインが学んだであろう、寮さんの教えを、サッカーで試合の運命を変える極意を学べることになったのだ。

 これはかなりすごいことだと思う。




 それからの数日間、僕は、寮さんの持っている数々の試合映像を見せられながら、寮さんの解説を聞き、ときに自分の力で考えて答えを出すよう知恵を絞らされた。


 それは、内容の濃い時間だった。


 結局のところ、運命の分岐点を見るということは、理屈を越えたところで第六感を研ぎ澄ませることで可能になるのではないかと思った。


 なんと言っても時間を支配するのだ。

 普通の人間の五感だけで知覚できるような代物ではないだろう。


 寮さんは、教えたことを意識において、サッカーを続けていけば、やがては開眼してくるだろうという。


 先は長いのかもしれない。


 でも、原作の菱井麻衣を知っているから、不可能なことに立ち向かっているのではと疑うこともない。

 続けていけば未来はあるのだ。




 放課後、視聴覚室に行くときに教室の出口で森川さんに会った。

 みんなのノートを集めていたので、提出して、職員室からの戻りだろう。

 手伝えばよかった。


「あら、鷹月君、これから練習?」

「うん」


 僕は、妄想モードを起動させると、存在しない眼鏡を空間に生成させて、それをそっと森川さんに掛けさせた。

 幻影に過ぎない眼鏡だが、僕にははっきりと見えている。


 そして、眼鏡を掛けた森川さんは美しい。


 完全なるもの。

 万物に秩序と法則を与えた、すべてが満ち足りた世界の成熟。

 毎夜、うつろいながらも月が満ちては真円に姿を現したときのカタルシス。


 森川さん完全体が、妄想のフィルタを通して僕には見えるのだ。

 ありがたや。


「そう、良かった。ここ数日は、練習に姿が見えなかったから、ちょっと心配していたの」

「ああ、それはね」


 練習は練習でも、僕だけ別の練習をしていることを、森川さんは知らないのだ。


 僕は、森川さんに、寮さんから特別練習を受けていることを説明した。

 三日後には、寮さんが帰る日が迫っている。

 それまでは出来る限りのことを吸収して学んでいたい。


 ボールに触れない日々は、もどかしくもあったけれど。

 サッカーそのものとしては、これまでで一番、実りのある時間を過ごしている。


「そうだったんだ。それなら、心配しなくて大丈夫だったのね」

「うん、ごめん。心配かけたんだね」

「いいのよ。また、私のいつもの早とちりだから」


 僕は、森川さんに気づかれないよう、優しく妄想の眼鏡を外した。

 そして、眼鏡を外したときのギャップ萌えに悶えた。


 あえて、完成されたものを崩してしまう。

 この背徳感がたまらない。


 わあ、森川さん、眼鏡を掛けてないと、そんな感じなんだね。


 妄想でここまで楽しんでしまうあたり、前世の僕のオタク能力も相当なものだ。

 でも、こんなことをしていると、本物の眼鏡を掛けた森川さんに出会ってしまったときに、感激のあまり昇天してしまうかもしれないから気をつけないと。


「じゃあ、森川さん、寮さんが来る頃だから行くね」

「うん、またね」


 僕は、手を振って森川さんと別れると、廊下を急ぐ。

 今は少しでも時間が惜しい。


 でも、数メートル進んだところで気づいた。


 練習に居なかったって、森川さん、僕のこと見てるんだな。

 寮さんのことは知らなかったあたり、情報収集には甘さがあるけれど、やっぱり意識されているってことなんだろうか。


 少なくとも練習に居なくて、姿を探されていたのは確かだ。


 もしかしたら、今も……


 僕は、教室の出入口に身を隠しながらも、僕を見守る森川さんの視線を感じたような気がした。


 一瞬、振り向きそうになったけど、やめた。


 本当に見守られていたとして、どうリアクションしていいか検討もつかなかったし、そこに居なかったら居なかったで、結構、寂しい気持ちを味わうに決まっているからだ。


 僕は、背中をはげしく意識しながらも、視聴覚室を目指した。


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