完結
原作どおりなら、今から、六年後にあたる未来のこと。
サッカーのヨーロッパ主要リーグのひとつ。
その二部リーグを争うチームに、菱井寮さんは日本人でありながら監督として就任していた。
二部でも、どちらかといえば弱小にあたる、日本ではあまり地名にも馴染みのないような地方のチームではあった。
しかし、彼を監督に迎えたチームは、開幕から奇跡のような連戦連勝を続ける。
このままいけば、二部リーグの優勝と一部への昇格も絵空事ではない。そう思われていた矢先のことだった。
事故だったはずだ。
原作のなかでも、憶測に基づいた情報がいくつか流れていた。
チームの祝勝会の帰り道、飲酒運転でバイク事故を起こした。
飲酒運転の事実はないが不幸な交通事故に遭った。
ライバルチームのサポーターに逆恨みされて、事故に見せかけて殺害された。
運悪くもテロ事件に巻き込まれた。
真実ははっきりしないが、寮さんが亡くなったのは否定しようのない事実だ。
菱井麻衣が、父親と離れ、日本で暮らすようになったのは、就任したチームがある地域には治安面での不安が拭えなかったからだった。
この不安が、最悪のかたちで的中してしまったんだ。
最愛の父、菱井寮の死は、いつもどおり高校で部活動をしている麻衣のもとに報せられる。
取り乱した菱井麻衣は、主人公矢吹隼に叫ぶ。
「パパは、まだこれからだったのよ! もっと上に、ずっと上に、サッカー指導者の頂点に立つ人なのよ! まだ始まったばかりだったのに! チームをリーグ優勝に導いた後は、ヨーロッパの優勝クラブの集まるリーグ戦を勝ち抜いて、ヨーロッパで一番になるはずだったの! その次は、日本で開催される世界のクラブチャンピオンを決める大会で勝って、世界一のクラブ監督になるの! やがては、日本代表監督になって、代表監督としても世界で一番になるの! その時には……その時には、選手として、アンタたちが……パパと…………一緒に戦う……はずだ、った、のに……」
そこで、菱井麻衣の日本での活動目的が、将来に父親のもとで活躍するだろう日本代表選手を見つけて育成しておくことだったことが明かされる。
だが、そんな目的を喪失してしまった菱井麻衣は、深く傷つき、学校にも登校しなくなってしまったため、主人公たちは、ヒロインなしで当面の戦いを強いられることになる。
それは、予想以上の苦戦の連続だった。
結局、麻衣が事前に用意していた策を使ったり、試合中に麻衣の友人である佐倉香緒里が電話をして作戦を聞き出すなどしながら、選手権の戦いの駒を進めていくのだ。
ヒロイン菱井麻衣の存在の大きさを、チーム全体が痛感させられる期間だった。
そんなことがありながら、やがて、菱井麻衣は生きている者の務めをまっとうしていく道を歩き始める。
「いつまでも泣いていても、パパは喜ばない」
彼女は、彼女のチームメイトたちに向けて告げる。
「パパの夢は、私が継ぐわ。私が、世界で一番のサッカー監督になるの。だから、まずは日本の高校サッカーで一番になるわよ。みんな、お願い。私にちからを貸して!」
チームの中に、そんな彼女の言葉に異を唱える者はなかった。
全員が彼女の能力を信じていたし、できると思っていたのだ。
高校サッカーだけではなく、世界で一番になることすら。
そうして、高校サッカーでの優勝を置き土産に、菱井麻衣はヨーロッパに旅立つ。
日本には、たった一年の滞在だった。
嵐のように過ぎ去った一年。
そんな一年で、最も成長し、また更なる高みを目指したいと思う人物がいた。
主人公、矢吹隼だ。
彼は、悩み、苦しみながらも決断し、チームメイトたちに別れを告げる。
そんな勇気のある一歩を踏み出せるなんて、一年前の彼には考えられないことだった。
「僕も、ヨーロッパに行きます。サッカーで、ずっと上を目指したいし、できることなら、彼女の夢を手助けしたい!」
そんな矢吹に、チームメイトたちは一通の手紙を差し出す。
菱井麻衣から、矢吹に宛てたものだった。
「あいつから、お前が万一、ヨーロッパに行きたいと言い出したら渡してほしいと頼まれていたんだ」
「まさか、本気で言い出すなんてな」
「何が書いてあるんだか知らないが、まあ読んでみろよ」
「人を驚かせるのが好きな女だよ」
口々に言いたいことを言う仲間をよそに、矢吹は手紙を開く。
手紙は、上に横線が何本も引かれて、書かなかったことにされている「親愛なる」の文字から始まっていた。
『
矢吹隼へ
アンタがこの手紙を見ているということは、アンタにもサムライの血を引く日本男児の魂がカケラくらいはあったってことになるわね。
一応、褒めておくわ。
でも、決めるまでに時間が掛かったものと思います。
この優柔不断男。香緒里とアンタが結ばれなくて、香緒里の友人としてはとっても良かったと思っています。
決断力のなさは、アンタの最大の弱点です。致命的です。
この先、重点的に鍛えてあげるから覚悟しておきなさい。
それはそうと、すでにアンタのために、スペインのクラブでユースの入団テストを受けられるように手配をしてあります。
こっちは、いつでもオッケーだから、さっさと来て下さい。
あとお金のことは、パパがそれなりに残してくれたので気にしなくて大丈夫みたい。
パパの夢を叶えるためだもの。
そこは甘えて大丈夫だからね。まあ、将来は高年棒をとったり、破格の移籍金をゲットしたりするでしょうから、そのときに利子をつけて倍返しで貰うけど。
とりあえず、こっちは待ってますから。
あっちの住所を書いたものを同封しておきます。
アンタのことだから、最短最速で訪れてくれるものと信じて疑いません。
細かいことは、むこうに行ってから詰めることにしましょう。
再会の日を楽しみにしておくわ。
それにしても、アンタが私の予測したとおり、私を追いかけて海を渡るのだとしたら、その時は──
その時は、また私の作戦どおりになったわね!
菱井麻衣より
』
この手紙を最後の頁に描いて、サッカーマンガ『僕と女神のタクティクス』は完結する。




