発端
寮さんは、約束を違えず月曜日の放課後に姿を見せた。
小学校の駐車場に、イタリア製の年代物スクーターに乗って現れた寮さんは、一昨日よりも、しっかりした身なりをしていた。
それでも、一社会人として見るなら、ややラフな印象だ。
「待たせたかい」
「そんなには」
「監督と、学校には話を通してある。職員室に行って、挨拶をして鍵を借りてくるとしよう」
「はい」
前を歩く寮さんの後を追いながら、僕は胸の高鳴りを押さえられずにいた。
なんと言っても、サッカーマンガの必殺技を習得する日が来たのだ。
これはもう、脱地味キャラの線で決定なんじゃないだろうか。
どんな技かな。
やっぱり、必殺技っていえばシュートだよね。
古典的なスポーツマンガだと、ボールが分裂して複数に見えるやつとか、あるはずのボールが消えて見えなくなるやつかな。
でも、せっかくなら派手なやつがいいね。
背景に、アニマル系のエフェクトが入るのは必須だよな。
なるべく、架空の生物のほうが希望だな。ドラゴンとか、フェニックスなんかはありがちだからなー。
グリフォンとかいいかもしれない。グリフォン・シュート。
だったら、ちょっとマニアックに、ヒッポグリフなんてのもどうかな。うん、今まで他にはなかった、オンリーワンな感じ。
ちょっとまて、弱冠、地味な方向にいってるぞ。
だいたい、ヒッポグリフ・シュートってなんだ。
ファンタジー系に多少なりとも詳しくない人からしたら、なんだそれシュートじゃないか。
派手なシュートっていえば、ボールが雷とか炎に包まれたりとかするのがあるな!
でも火を使うシュートは危ないよね。
これからの季節はまだいいけど、空気が乾燥しがちな冬場は要注意だな。
ユニフォームとか、ゴールネットなんかに延焼しないか気を付けるようにしないと。
消火器をベンチに置くようにしたほうがいいか。
でも、試合の度に持ち運ぶとなると、小学生の僕にはなかなか重い……
「なんだか楽しそうだね」
「ええ、でも気をつけないと」
「?」
「そうだ、剛士も呼んでもいいですか?」
親友を差し置いて、僕だけが必殺シュートをゲットしてしまうのも気が引ける。
あわよくば、矢吹も仲間に入れたいところだ。
でも、矢吹は主人公属性持ちだから、そのうち自力で編み出しそうかな。
「いや、私は今回、君にだけ適性があると考えて、今日の場をセッティングしたんだ。悪いが友達は呼ばないでくれないか。できれば一対一で伝えたい。あとでもし、君自身が友達にも適性があると判断するなら、それを君から伝えること自体はかまわないから」
「……そうですか?」
「よし、ここだ」
寮さんは、借りた鍵を使い扉を開く。
そこは視聴覚室だった。
「座るといい。少し、話をしよう」
「はい」
そうは言うものの、寮さんが座らないので、僕もなんとなく座りづらい。
「一昨日の試合を見せてもらったが、なかなか面白かった。途中から、君はずっと出たままだったね。他の子はみんな交代させられていたというのに。あの守備で効いていた13番の子ですら、下げられていた。何故なのかって、試合のあと、ターちゃんに聞いてみたんだが、彼はなんと言ったと思う?」
「……さあ?」
ターちゃんというのは、どうやら監督のことらしい。
13番とは、大上先輩のこと。
「君のことについては、交代させることを『忘れていた』んだそうだ」
「ああ、そうなんですか」
存在感なしの地味キャラには、ありそうなことだ。
鷹月孝一あるあるのひとつに数えていいだろう。
「でもね。むしろ、私には、君を交代させるという発想を、ターちゃんに思い付かせなかったと言ったほうが、正しい見方だと思っている。少なくとも、私なら意図的に、君を外さなかった」
寮さんは、ニコリと笑う。
「いや、外せなかったというべきか」
なんだか、存外の好評価を得ているみたいだ。
「君のような子供は始めて見るよ。まるで、試合全体を俯瞰するように、まわりが見えている。冷静で、状況判断に優れて、効果的に動いている。一方で、一度ボールを持つと、しっかりした基礎技術に基づいた集中力の高いプレイを見せてくれる。まるで、サッカーに熱心で情熱を注ぎ続けている純粋な子供と、サッカーをどこか冷めた目でみている冷静で合理的な大人が同じ精神のなかに同居しているような、そんな不思議な印象を受けたんだ」
僕は、心臓をじかに撫でられたような、ゾクリとした感覚を覚えた。
まるでも何も、そのとおりだからだ。
僕のなかには、僕が二人居る。
この人には、僕に前世の記憶があることが見抜かれているということなのか。
いや、そういう言い方はしていない。
知らずに本質を見抜いているんだとしたら、なんて洞察力の持ち主なんだろうか。
監督の言葉が思い出される。
ターちゃんが言っていた、寮さんの評価だ。
『あの人は、あれだ、凄い人だ!』
たしかに凄い人だ。
僕が何も言葉を返せずにいると、寮さんは、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「すまない。小学生の君に使うべき言葉の表現じゃなかったな。とにかく私は、君のサッカー選手としての資質を、面白いと感じたんだ」
寮さんは、視聴覚室の機材を動かして、スクリーンに映像が映せるように設置した。
そして、何かの映像を流し始めた。
「だから私は、君にこれを見せたいと思ったのさ」
それは、サッカーの試合中継の録画だった
四年に一度開催される、サッカーの国際大会。各国の代表チームがひとつのカップを巡って戦う世界大会のものだ。
そして二年前の大会の準決勝というカードだ。
この試合は、剛士と見た記憶がある。
たしか、A国代表とB国代表の試合で、前半のうちにB国が一点目を先制するのだが、後半の終盤にA国が同点に追いつき、そのまま勢いに乗ったA国が逆転に成功し勝利をもぎとるという内容だった。
僕は、そのとおりになる試合映像を最初から、最後まで観せられた。
結果を知っているだけに、ドキドキするようなこともなかったけど、レベルの高い対戦なので、あらためて観ても得るところは多いと思えた。
「どうだい」
「いい試合ですね」
「さて、これを観たうえで、君に質問がある」
「はい」
「今の試合のなかに、この対戦の結果を決定付けた、ひとつのプレイがあるんだが、どこがそうだったのか、わかるかな?」
「そうですね……」
思い当たるものは、幾つもある。
それこそ、ひとつに絞るのは難しい。
あえて挙げるなら、というのを選べばいいだろう。
たぶん僕の答えは間違っているのだろうという気はしている。
でも、寮さんの口調に、それでいいような気配を感じたので、僕は遠慮なく間違えることにした。
「逆転を決めたシュートですか?」
「ちがうな」
やはり、はずれだ。
僕は、箇条書きになった校則とか法律を端から読むようにして、思い付く限りのプレイを挙げてみた。
しかし、寮さんの返事はすべて「ちがうな」だった。
僕がネタ切れになると、寮さんは、映像を巻き戻して、ひとつの場面を再生した。
後半の真ん中あたり。
「これだ」
それは、一本のパスだった。
何気ないただのパスだった。
それどころか、パスを受けるべき味方の選手が、その意図を感じていなかったために、相手に奪われてしまったミスパスだ。
「これですか?」
「そうだ。このパスに、よく注意して、もう一度この試合を、今度は倍速で観てみよう」
寮さんが、そう言うので、僕はもう一度、この試合を観た。
そうして寮さんが言うことの意味に気づいたんだ。
「どうだい。表情を見るに、理解したようだが」
たしかに、あのミスパスをきっかけに、B国チームの一人の選手の気持ちが変わったのか、彼は、それまで果敢に攻め上がっていたのを止めて、やや消極的な動きに変化している。
あのパスで狙われたところをケアし始めたのだ。
次に、それに呼応して、A国の選手の一人が、やや前ががかりに出ることができるようになる。
そうして、少しずつ一人一人の選手の行動にズレが生じていくのだ。
やがて、それはB国代表チームの守備組織に、逆転につながる綻びを作らせることになっている。
「そういわれると確かに、あのパスがあったからと言えるかもしれないですね」
「だろう」
「でも、あのパスを出した選手は、そこまで考えてはないですよね」
「そうだね。本人は、あれはただのミスだと言っている」
後になって分析してみれば判明した、逆転のきっかけ。
これはそういうプレイだ。
このパスがなければ、結果は違うものになっていたとは言えるかもしれない。
そういう重要な要素ではある。
だけど、これはわらしべ長者の昔話でいう、わらしべみたいなものだと思う。
結果につながるまでは、これといった価値のない、なんでもないもの。
寮さんは、僕にこれを見せて、どうしようというのだろうか。
そう疑問を口にしようとした僕にむけて、寮さんは信じられないことを言ってのけた。
「もしも、このパスを意図して出せるとしたらどうする?」




