邂逅
ある土曜の午前中のこと。
チームの集合時に監督を囲んで行われるミーティングに、見知らぬ人物の姿があった。
「みんな集まれー」
もともと大きな地声をしているにも関わらず、更に声のボリュームを張り上げる監督の少し後ろで、なんだか難しげな表情をしている大人の男性。
監督も若いけど、その人もそんなに歳をとっているようでもなかった。たぶん、二十代後半くらいか。
ただ、監督がいかにもスポーツ愛な人種であることを隠しきれない、トレーニングウェアを着て、日焼けした顔に白い歯を並べた笑顔を絶やさないという、典型的な体育大好きお兄さんな外見をしているのに対して、その人はというと、ボサボサの髪に無精髭を生やし、ヨレヨレのジャケットにジーンズをはいていて、全体的にくたびれた雰囲気を出していた。
近寄ると、アルコール臭かった。
チームのみんなは露骨に鼻をつまんだりしている。
さすがに口に出して「くさい」とまで言ってしまう、失礼な子はいないけれど。
しばらくはみんなで、あれは誰なんだろうという顔をしていたのだが、監督は特にその人には触れずに話を前に進めていくので、次第に誰も気にしないようになっていった。
今日は、隣の市から、別の地域リーグを争っているチームが親善試合をするため来訪している。
リーグ戦で当たらない相手なので、お互いに手の内を隠す必要がないというメリットがある。
せっかくの機会なので、普段は試合にでていないメンバーも含めて出場できるように、変則的な短めの試合がたくさん組まれているスケジュールになっているらしい。
僕としては、出た試合で自分の力を発揮していくだけのことだけど。
最初の試合は、六年生のみで構成されたチーム同士の対戦だ。
剛士と僕、それに矢吹は出ない。
しばらくは、ベンチで観戦だ。
僕は、離れたところで、ひとりで座っている、あの男性が気になって見ていた。
「どうした、孝一?」
「うん、あの人、しんどそうだなって思って」
「んー。そう言われたらそう見えるな。なんか、気難しい感じのおっさんかと思ってたけど」
剛士には、経験がなくてわからないだろうけど、あれはおそらく二日酔いだ。
なんで誰も知らない二日酔いのおっさんが、僕らのチームの試合を見ているのかは不明だけど。
僕は、動いてみることにした。
なぜならば、ここはサッカーマンガの世界だからだ。
ということは、初対面の印象があまり良くない謎の中年男性キャラが登場したとなれば、実は、その正体は、あの伝説のスーパースター名選手でした! みたいなパターンに違いない。
おそらくは長年をかけて編み出した必殺技とかを教えてくれたりするんだ。
少年マンガっていえば、師匠キャラが出てくるのが定番だよね。
確証はないけど、可能性があるなら、それを確かめてみるのはありだと思う。
原作では、あんなキャラは出てこなかった気がするから、ただの僕の妄想かもしれないけど。
とりあえず、見ていて辛そうなので、助けてあげたい。
誰かのためなる、善いことをする時には、ためらわずに実行するんだってことを、僕は最近、森川さんから学んでいる。
しかも、それは言葉ではなく行動で見せられてのことだ。
前世の僕には考えられないようなことだけど、あの森川さんが僕のことを好きだとするなら、それに相応しい人間でありたいと思ってるんだ。
僕はまず、監督に声を掛けた。
「監督」
「鷹月か。まだ出番じゃないぞ」
「わかってます。あの人なんですけど」
「ん、ああ。寮さんか」
寮さん、というらしい。
呼び方の抑揚だけで、監督がその寮さんを敬愛しているのがにじみ出ていた。
監督は、感情表現が分かりやすい。
そういう裏表のなさで、子供から信頼を得ている人だ。
「寮さんが、どうかしたのかい」
「なんだか、たぶん二日酔いで辛いように見えるので、ドリンクを持っていってあげていいですか?」
「おう、そうか。いいぞ。鷹月は、いつもながら気が利くな」
「いえ、そんな。あの人は、どういう人なんですか?」
「どういう? そうだな、言ってみれば、あれだ、凄い人だ」
抽象的な解答すぎて、まったく実態に迫れた感がないけれど、どうやら僕の予想は外れてないのかもしれない。
監督は、政治家とか社長とか校長とかを尊敬するよりは、ひっくるめてとりあえず軽蔑している人だ。
そんな監督からリスペクトされるあたりは、やっぱりサッカー関係で凄い人なんじゃないだろうか。
とりあえず凄い人だ。
僕は、クーラーボックスから、未開封のペットボトルをチョイスすると、寮さんのところに向かった。
眉間にシワを寄せながら、試合を見つめている。
やっぱり怒ってるように見えなくもない。
なかなかに話しかけづらいが、ここまできて引き下がれない。
「良かったら、これをどうぞ」
「ん、あ、ああ、ありがとう」
寮さんは、声を掛けられて、はじめて僕のことに気づいたみたいだった。
僕って存在感ないからね。
でも、子供のサッカーにこれだけ集中するってことは、やはりかなりのサッカー好きなんだろう。
寮さんは、スポーツドリンクを開封すると、あおるように傾けて、いっきに半分以上を飲み干した。
「あーっ。助かったよ。昨晩、ひさしぶりに懐かしい仲間と再会する席があってねえ。弱いくせに飲み過ぎてしまったんだ」
渋い声で話す人だと、僕は思った。
言葉の内容はそんなに渋くはなかったけども。
「君も、選手だろう。出ないのかい?」
「まだこの後ですけど」
ふと、見ると、剛士が手を振っている。
どうやら、寮さんの正体に迫るには時間が足りなかったみたいだ。
「どうやら、出番のようです。行ってきます!」
「おう、がんばれよ、少年」
僕が参加した後、何度も選手の入れ換えがあったものの、なぜか僕だけが出たたままで最後まで通したので、寮さんに話しかける機会は試合中には巡ってこなかった。
寮さんは、試合中、一度も席を立たずに僕らの練習試合の様子を見守っていた。
試合は全体的に、レギュラー選手が揃っているうちは味方が優勢だけど、外れた途端に相手にひどく圧される展開だった。
選手層の薄さが、僕らのチームの弱点なんだ。
そういう意味では、矢吹に期待したいところなんだけど、他のチームと試合形式でゲームをすること自体がはじめてだったせいか、今日はパッとしない活躍ぶりだった。
試合後、寮さんの方から僕に話し掛けてきた。
「君は、面白いな」
どういう意味だろうか。
特に、ギャグキャラ的な活動はしていないはずだけど。
まあ普通に考えたら興味深いって意味か。
「どうだい。明後日、学校が終わったら時間が作れないかな。君に、サッカー選手として、私からいいことを教えてあげられると思うんだ」
本当に来たよ。
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