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2mm

 


 勝った。まずは何より、それが全てだ。


 トーナメント形式の大会だから一度でも負けたら最後、それで終わりだ。だから初戦を突破できたことはとても大切なことになる。


 大差での勝利は言ってしまえば、おまけみたいなものだ。


 この選抜チームでのサッカーを続けることができれば、近いうちに今までにないレベルでの戦い方が表現できるかもしれないって可能性を感じている。


 何か革新的なことがつかめそうな予感がある。


 だから、次があるってことは嬉しく思えた。


「二野田くんのサイドはそれほどケアしなくても──」

「うん、相手が引いた時には僕らのどちらかがもっと高い位置に──」


 僕はダブルボランチのコンビを組んだ田貫と意見を交わしながらロッカールームに引き上げる。


 田貫と守備的な中盤を構成するのは、なかなかに刺激的な経験だ。


 これまで相棒を組んだ大上先輩、西たちは計算するよりも感覚で動いて汗かき役を務めるタイプだ。僕は彼らのアクションに合わせて、全体のバランスを修正しながら攻守にわたり効果的な動きをしていくことを担ってきた。


 守備的MFにコンバートされた田貫は、ある意味では僕に似たタイプの選手だと言える。


 バランサーとして他の選手に合わせた動きをする。


 攻撃においては相手の意表を突くパスを供給し、守備では優れた危機察知能力を活かしてピンチを未然に防いでみせた。


 僕は田貫と、数年来のコンビであるかのように連動してフォローし合い理想的な中盤を前の剛士とともに構成できていた。


 転生者でもない普通の子供のはずの田貫にここまで周りを気づかえる余裕があるのも、なかなかに驚きだ。木津根と並んでインテリジェンスの高い選手だと言える。


 アニメ版での中の人に由来する声のせいで、どことなく「こいつそのうち裏切るんじゃね?」って気がするが、それはたぶん気のせいだろう。


「田貫──それにしても冷静だよね」

「そうかな?」

「うん。デュマデュマの選手たちの超能力なみのプレーにも、まったく驚いたところがなかったし」

「そりゃね……」


 田貫は肩をすくめる。


「僕はすでに()()()と対戦しているんだよ。これ以上、何を驚くっていうんだい」


 あきれた様子でそう語る田貫。


 そんなものだろうかと首を捻る僕。そんなタイミングで、ロッカールームに「おーっ」という歓声が上がる。


 皆の注目を集める先には、フワフワと宙に浮きあがって静止している矢吹がいた。


「えへへ」


 チームメイトに見上げられながらも、恥ずかしげに頭を掻く矢吹。


「やってみたら……できちゃった」


 隣で田貫がため息をつきながら「ほらね。またこれだ」と呟く。


 矢吹は床に着地すると、剛士から「どうすんだ? 今の、どうすんだ?」と勢いよく詰めかけられ、耳を済まして聞こうとする仲間たちに対し、ところどころ詰まりながらも解説した。


「うん……とね……。お腹の下あたりにかなり力を集める感じ……かな。実際に試合でやるのはかなり難しいし、とても疲れそうだけど……」


 一通りのレクチャーを受けた連中がこぞって真似をしてみるが、なかなか矢吹のように、やってみたらすぐにできてしまいましたって者は現れなかった。


 唯一、剛士が──


「うおっ? ダメだ……一瞬、浮くけどゆっくり落ちちまう!」


 と言って、何度も飛び上がっては低速で落下する現象を繰り返す。


 重力に逆らっているのは間違いない挙動だ。本人は悔しげにしているが、それでもいきなりそれができるだけで存分にすごいのではという気はする。


「ふん……できるのは、矢吹と陽狩だけか」


 自分は試してもいない木津根がそう言いながら、なぜか僕をチラリと見た。


「鷹月。君はどうだ?」

「えっ」

「うん……鷹月くんなら、できるんじゃないかな!」


 矢吹が期待をこめてキラキラした眼差しで僕を見つめる。


「孝一ならやるだろうな」


 剛士が上下運動を繰り返しながら言う。


 なにやら選抜チーム全体の空気も合わせて、僕もチャレンジしてみせないといけない感じになってしまっている。


 田貫はいつの間にか僕から離れていて、我関せずって顔をしていた。


 どうやら後からこっそり自主練習しようかと目論んでいた計画は、どうやら破棄しないといけないらしい。


「うん……」


 駄目なら駄目で元々だ。


 矢吹が言うとおりに僕はイメージし、浮きあがろうと挑戦してみた。


「んー」


 やはり、そうそう人間が我々を捕らえる重力から自由になれるはずもない。


 矢吹のようにプカプカできたり、剛士のように透明パラシュート状態になったりはできなかった。


「駄目みたいだ」


 期待をしてくれる矢吹には悪いけれど、僕はこの場ではひとまず降参することにした。


「いや。そうでもないぞ」


 木津根が目を光らせて言う。


「もう一度、チャクラを……全身に力を集めてみろ」

「うん……」

「……皆、屈んでよく見てみろ」


 木津根に言われたとおりに矢吹の言うところの宙に浮くイメージを再度、再現した僕の足下を仲間たちが注視する。


「あっ!」

「浮いてる!」

「微妙に浮いてるぞ!」


 自分ではよくわからない。


 浮いたつもりになって浮こうとしている僕だが、どうやら本当に浮いてしまっているらしかった。


「うむ。わずかに2mmほどだが、鷹月は浮いているな。さすがは鷹月だ」


 木津根は僕を持ち上げるように言うが、だがしかし、この2mm浮くという新能力がはたして何の役に立てるのかは、さっぱり想像もつかなかった。



「鷹月くん」

「ん?」


 試合後の軽いミーティングを終え、着替え終わった僕に話しかけてきたのは矢吹だ。


「どうした」

「佐倉さんが呼んでいるんだ。鷹月くんにも来てほしいって」

「そうか。わかった」


 僕は二つ返事で応じることにした。


 何か意味のある誘いだろうとは思えたからだ。


「他のチームメイトも都合が悪くなければ呼んでって……」


 そんな話で声をかけたところ、剛士と木津根、田貫、湾田、黒木も着いてくることになった。


 スタジアム内の売店の近くで佐倉さんは待っていた。


「矢吹君、皆さん……まずは第一試合の突破、おめでとうございます」


 しっとりとしたお嬢様キャラで出迎えた佐倉さん。


 傍らには小柄な黒髪ポニーテールの美少女が控えている。華奢でいてまだまだ幼げな印象でありながら、彼女は佐倉さんに付いている凄腕のボディーガードだということだ。


 体格のいい二人組のボディーガードに挟まれることに辟易していた佐倉さんが望んだところ、運転手の瀬葉須さんの孫娘であるところの彼女が招聘されたらしい。


 僕らよりひとつ年下なのだが、忍術を嗜んでいるとかで、特に潜入と罠設置にかけては、その世界でのトップクラスの実力者なのだとか。


 そんな彼女──瀬葉須ちゃんは生真面目な表情で佐倉さんに従うように、ただ立っている。


 僕と目が合うと、瀬葉須ちゃんはただコクリと会釈をした。


「もうすぐ次の試合が始まります」


 にっこりと輝くようなスマイルで佐倉さんは微笑む。それが前世で培った営業スマイルから発生されていることを知るのは僕くらいだろう。


 しかし、佐倉さんと瀬葉須ちゃんの対比はまるで太陽と月のようにも見えた。


 湾田と黒木あたりは、お嬢様キャラな佐倉さんにポーッとして見とれてしまっている。


「興味があるでしょう? 次の対戦相手が決まる試合ですから」

「そりゃな」


 お嬢様に気兼ねしない性格の剛士が軽い感じで同意する。


「物見櫓席を用意しました。どうぞ皆さんで観戦いたしましょう」


 佐倉さんは優雅に人を招き入れる動作をし、僕らを導く。


「はじめからそういう話をしてくれりゃ、もっとみんなで来たのになあ」

「うむ。陽狩の言うことは最もだ」


 遠慮のない剛士と木津根の言葉に、佐倉さんの後頭部が他人にわかるかわからないかのレベルでピクリとした。


 ぞろぞろと、僕らは連れだって物見櫓席を目指す。


 エレベータの中で佐倉さんは僕にそっと囁いた。


(試合での菱井麻衣が何を見せるのか……よく見ておいたほうがいいわ)


 そのとおりだ。と、僕は思った。


 原作では指揮官役に徹していた彼女が、選手になったときに一体どんな働きをみせるのか、まったく未知数だ。


 特等席についた僕らの前で試合はまさに始まろうとしていた。


 菱井麻衣が所属するリダルニアのザナドFCユースと戦うのは、U-12日本代表チーム。


 僕らの世代では有名で、将来を嘱望されている鎌施賢や針古太牙といった選手が揃っているのが日本代表チームだ。遠い欧州から来たザナド代表に比べて、ホームアドバンテージがある意味でも有利だという気がする。


 そもそも女の子である麻衣は普通に試合に出てくるものだろうか?


 そんな疑問を抱いている僕の前に、ユニフォーム姿の菱井麻衣は悠然とレギュラー選手として姿を現した。


 だがその出で立ちは選手というよりも、テレビの番組か何かでユニフォームを着ているだけのアイドルを思わせた。


 スタジアムにも、ユースとはいえ日本代表と対戦するチームのメンバーのなかに線の細い美少女が混じっているとあって戸惑っている雰囲気がある。


 だがそんな奇妙なものを見る目にも意に介さないといった様子で、菱井麻衣は試合に集中しているようだった。


「あの子……」

「あー。前に会った、ギャーギャーうるさい女だな」


 剛士と矢吹が、麻衣のことに気づく。


 吹き鳴らされるホイッスル。


 ブルーユニフォームに立ち向かう菱井麻衣は何を思っているのか。定かではなかったけれど、その表情は笑っていて、サッカーをすることの喜びに溢れているように見えた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 特に2章の熱い展開は滅茶苦茶引き込まれました。 少年主人公(特にスポーツ物)はどうしても同年代の仲間たちが主軸になってしまう所で、色んな縁が繫いで兄妹の未来を手にしたのが展…
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