粉砕
僕たち12歳以下のメンバーで組まれた御覧野市選抜チームが対戦する相手、デュマデュマチーム。
彼らの正体は信じられないほどの奇想天外な技を繰り出してくるイレブンだった。
空中を浮遊したり、衝撃波を撃ち放ったりするだけでも凄いわけだが、それだけで彼らの技は打ち止めじゃない。
他の選手らも、それぞれが何かの特殊な技を持っていることも時間とともにわかっていった。
ボールを念力で引き寄せる技。
しばらく滑り続けるスライディング。
石のように硬くなってタックルを弾き返す仁王立ち。
どれにしても対峙する僕たちは驚かされるばかりだ。
そんなことは人間にできるわけない。そう思って信じないなんて姿勢でいることも許されない。
実際にやってしまわれているからには現実逃避してる場合じゃなく何がなんでも対応するしかない。
僕らにできることは、正確に敵の技を見極めて対処すること。
そして自分たちにできる能力を最大限に発揮し対抗することだ。
やがて時計の針は進み、試合は前半を終えようとしていた──
ボールがネットを揺らすのとともに、前半終了の笛が鳴らされた。
「これで3-0だね……」
近くにいた田貫が、特に感情のこもらない落ち着いたトーンでそう言うのが聞こえた。
彼は前半中、終始して冷静だった。
試合は次第に片方のチームがひたすら主導権をとって攻め続けるという一方的な展開になりハーフタイムを迎えることになった。
特に直近の数分間は圧倒的な状態だった。
もしかしたらもっと差がついていてもおかしくはない。
そんな流れだったのだ。
勝っているのは僕らだ。
得点者は矢吹が2点、二野田が1点。
実際、デュマデュマのゴールキーパーが衝撃波でボールを弾く技を使えなければ、もっと得点が量産できていたに違いない。
キーパーの衝撃波より勝るパワーのシュートで決まったのが矢吹の2得点だ。
衝撃波はすごい技だが、物理的なエネルギーでボールを軌道から押し出しているわけだから、それを越える力でシュートを撃ち込められたならば阻止しきれないのは道理だ。
ペナルティエリア内からの至近距離から撃たれた矢吹のハイパワーシュートなら決めることができた。
二野田の点は衝撃波が実は連発できないという特性をついて得られたものだ。
どうやらあの技は格ゲーの必殺技でよくあるみたいに「ため」の時間が必要ってことみたいだ。
こぼれ球を押し込まれると防げない。
それがわかったこの先の後半からは、もっと点が取れそうな予感がある。
「ヌテラ──!」
「メユマパ──!」
デュマデュマの選手たちが何か陰険な空気で話をしているがまったく何を言っているかはわからない。
ただあまり雰囲気が良さそうには見えない。
どうにも失点の責任をなすりつけ合っているような感じではあるが。
「フン。ああも、不協和音を奏でるようでは、最早、負ける気はしないな」
「凄いことができるわりに、なんかもったいないやつらだよな」
木津根と剛士がデュマデュマチームをそう評する。
「まだ前半が終わっただけだ。何か隠している技が残っているかもしれないし、この後も気を緩めずにいこう」
僕はそう言いながらも、自分の言葉にいまいち説得力がないことを認めるしかなかった。
たぶん始まって5、6分のうちにデュマデュマの選手たちは手の内を全部さらけ出してしまったと思う。
びっくり技のオンパレードだったのは最初の内だけだ。
とにかく出し惜しみなしできた感じだった。
普通の日本国内で活動しているジュニアユース世代のチームなら、あの怒涛の技のラッシュに浮き足だって何失点かはしていただろう。
その点で、彼らデュマデュマチームの戦法は間違ってはいなかったかなとは言える。
しかし相手が悪かった。
監督から『あせるな』と命じられていた僕らは指示に従って落ち着いて対応し、彼らに好きなようにはさせなかった。
それどころか彼らの弱みを見抜いて圧倒することさえしたのだ。
木津根、田貫の存在が大きかった。
特に無失点に抑えられたのは木津根がいたからこそだ。
彼の『目』は完璧にデュマデュマチームの繰り出してくる技を
分析し、最終ラインで防ぐのに成功していた。
前半の殊勲者は木津根だと思う。
「チャクラか……調べる価値はあるな」
「ん? なんだよそれ」
眉間に指を当てながら呟く木津根に剛士が問う。
「彼らの話を聞いていて何度か出たワードなのだが……チャクラ……サンスクリットで車輪を意味する語だが、人体にあるエネルギーの出入り口を差す場合もある」
「ふうん」
「何度かデュマデュマの選手間で、もっとチャクラを開くだとか練るだとかいうやり取りがあった」
「なーる。それができりゃ、オレたちにも飛んだりとかができるかもしんないってわけか」
「うむ。追求してみるべきだな」
二人の会話を近くで聞いていた黒木が「ていうか、木津根さん、あいつらの言葉がわかるんですか!」とツッコミを入れる。
「完全にではないがな。ユーラシア大陸各地にみられる多様な言語の特徴を取り込んだ独自性の高い言葉を使っているが、文法はそう複雑でもない。一部の母音の発音に妙なクセがあることを理解したあとは、おおよその意味を類推することができるようになった」
「す、スゲー……」
大したことではなさそうに言う木津根を黒木は尊敬の眼差しで見る。
たしか原作での木津根は14種類の言語をマスターしているんだったか。
ある意味、彼のほうがデュマデュマの選手たちよりも驚異の人類かもしれない。
普通に考えて、今現在ですら日本の公立小学校に通っているような人材ではないとも思うけれど。
ロッカールームに戻ると寮さんが僕らを労った。
「いい前半だった」
特にデュマデュマの選手たちが放つ技のひとつひとつに迅速に応じて、対応する手段を導き出せたことが良かったと褒める。
「みんな対戦チームのことをどう思った?」
「空に浮けるのはすげーな」
「身体能力は高いんじゃないかと」
「ボールの扱いはいまいちだったな」
「連携が悪かった」
皆が、思い思いにデュマデュマチームに感じたことを口にする。
総合すると個人技に目を見張るところがあるが、サッカーチームとしては普通の少年チームレベルだねってところだろうか。
「うん。実はね、彼らがこうして国際サッカーの舞台に出てくるようになったのは、ここ2、3年のことなんだよ」
「それまでは全然サッカーやってなかったってこと?」
「まあね。だが国の子供たちのほとんどは秘密の武術を受け継いで、ずっと磨いてきてはいた」
「それがまたどうして3年前からサッカーを始めたんだ」
「ちょうどその時期に若い国王が即位してね。その王様が好きなんだよ、サッカーが」
「そんな理由かよー」
ロッカールームの中に、なーんだという声が満ちる。
いくつかの謎が氷解した感じだ。
特に、アスリートとしてのポテンシャルが高いと思わせるわりには、サッカーチームとしてのクオリティが低い理由がよくわかった。
彼らは武道家としては百戦錬磨だが、サッカー選手としてはまだまだ未熟なのだ。
「でもね、彼らがこのままサッカーを続けていくならいずれはアジアの中でも危険な存在になる」
「そりゃ……そうかもな」
少し緩んでいたチームの空気が寮さんの一言でピリッとした。
皆、しっかりした技術と戦術を持つサッカーチームが、さっき見てきた『技』の数々を扱うことを想像したのだ。
それは恐ろしい相手になるに違いない。
「私はこのチームから将来の日本代表が必ず出てくると考えている」
確信をもってそう告げる寮さん。
誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。
寮さんは、後半戦を未来のために打つ布石に使おうと言う。
アジアに新たな強国が生まれることは、日本の代表チームが世界の大会に進出する上で大きな壁と成り得る。
だがこの壁はまだ未完成だ。
「今がいい機会だから、今のうちに彼らに対してトラウマを植えつけておこうじゃないか。一度持ったイメージは簡単には覆らないぞ。日本のチームは強い。そうそう勝てはしない。かなわないってね」
「……」
「必要以上のリスペクトを抱かせておけば相手は萎縮する。君たちの世代においては、常に日本が格上で居続けることは可能だろう」
寮さんは戦略家の顔でニヤリと笑う。
「今、叩いてさえおけばね」
そして、寮さんは語った。
僕たちのなかにデュマデュマチームの3年からなるサッカーの歴史よりも短い期間しか、サッカーを経験していないメンバーがいることは承知していると。
それでもサッカーに成熟しているのは僕たちのほうなのだと寮さんは言う。
なぜなら、サッカーは文化なのだからと。
「君たちは受け継いでいるのさ」
少しずつ、アジアの壁を突破し、世界に挑戦し、日本らしいサッカーとは何かを模索してきた先人たちの経験値を。
サッカーはひとりでやるスポーツではないから、クラブユースにせよ、学校の部活であるにせよ、必ずひとつふたつの年齢差からずっと全ての世代が繋がっているのだと。
国のサッカーというのはそういうもんだと。
世界大会で優勝するような強国が、ずっと強国たりうるのには相応の理由がある。
「サッカーは1日して成らず」
寮さんの言葉は力強く響く。
「日本のサッカーが欧州や南米に立ち向かっては経験してきたように、今日はどこかの王国からきたヒョッコチームにわからせてやる日にしようじゃないか」
子供相手にするには難しい話のようだが、それでも、チームの皆は何かを感じているようだった。
「手品や曲芸じゃ、サッカーは勝てない」
寮さんの言うとおりだ。
デュマデュマの彼らはたしかに何かすごいことができる。
だが彼らのサッカーボールの扱いは不馴れで、戦術理解度もいまいちだ。
中盤は間延びしているし、プレスの掛け方も連動していない。
前線は守備をさぼるし、サイドバックも上がったら帰らない。センターバックは頑強だが身体能力に頼りすぎなきらいがある。
繋ぐサッカーをするのか、ロングボール主体なのかも定まっていない感じだし、何より選手間での意志疎通が薄い。
たぶん根本にあるのが、武術という個人競技にあるせいなのだろうけれど。
「言葉じゃなくサッカーで伝えてやろうじゃないか──サッカーをなめるんじゃない──とな!」
そうして戦った後半戦。
僕らは相手を文字通り粉砕し、最終的には9-0のスコアで勝利したのだった。




