未知の敵との戦い
デュマデュマの9番が空中リフティングを続ける。
スタジアム全体をうねるように動揺するざわめきが支配した。
誰もが、今ここで信じがたいことが起きていることに目を疑っているんだろう。
「すげぇ!」
剛士が手品のタネを探すように、頭上の選手を見上げながらその周囲を一周する。
「とんでもないな! 飛んでるけど、とんでもないぜ!」
興奮してか意味不明なことを叫ぶ。
だが僕自身も内心では興奮を抑えきれない。
何しろ対戦相手のサッカー選手が飛んでいるのだ。これはつまりそういうことだ。
僕が転生しているこの世界では、人が空を飛ぶことができるのだ。
それが証明されたわけだ。
どんな仕組みなのかは不明だし、はたしてそれが僕にも可能なのかはわからない。
ひょっとしたら特定の体質をもった人間にしかできない技なのかもしれないし、あるいはもしかしたらイリュージョンに属する見せかけの何かという可能性も否定できない。
だがしかし、場合によっては僕も将来的には空飛ぶサッカー選手の仲間入りをはたせるかもしれない。
そんな事実はやはりエキサイティングな気分に僕をさせる。
「飛んでいるけど……どうやら浮いているだけみたいだね」
ダブルボランチのコンビを組むことになった田貫がそう言うのが聞こえた。
なかなか冷静なやつだ。
たしかに彼の言うとおり、9番の選手は浮かび上がった位置から動かない。
その場でただボールをキープしているだけとも言える。
どうやら自由自在に飛びまわれるわけではないらしい。
少し残念な気はするが、そこは敵のくり出してきた技なので脅威が低いのは良しとすべきか。
それにどう対処するかも考えないといけない。
このままではこちらから手出しはできないわけだが、9番はそこからどうするつもりなのだろうか。
まさかこのまま試合終了までリフティングをする気でもないとは思うが。
仮にそうだとすればトーナメントの大会だから、引き分けで終わった場合はどちらかを勝ち進ませるためにPK戦で勝敗を決することになる。
始めからそんなことを狙うとは考えにくい。
そう思って見ていると、今度はデュマデュマの10番が9番よりも5,6メートルばかりこちらの陣内に進んだところで飛び上がった。
10番も9番と同様に空中で静止する。
「テイヨ!」
「アハッ!」
9番から、ボールが10番に渡る。
なるほど浮遊する選手どうしでパスを交換されると、地上にいる僕らにはボールを奪取する術がない。
10番がリフティングをしているうちに、9番は地面にストンと着地すると、走って10番より前進した位置まで行きまた飛んだ。
「そうやって……前に攻めてくる気か!」
9番から10番へ。また9番へと、じわじわゴールに迫ってくる。
このままだとこちらからは何もできないままで得点を許してしまいかねない。
どうする?
「行ったぞ、木津根!」
中盤を越えていくのは決定的になり、僕はディフェンスラインに声を掛けた。
「大丈夫だ。問題ない!」
極めて冷静に木津根が返す。
そうなのか?
「空中浮遊をするのはどうやら二人だけのようが……鷹月、田貫は別の選手が突破してくるのを警戒してくれ」
「わかった」
木津根の要請に僕は頷く。
しかしデュマデュマチームは9番10番だけに攻めさせる気なのか、他の選手たちは特に上がってはこないようだ。
ペナルティエリアに侵入を許したタイミングで、キーパーの久茂が飛び出そうと走り出す。
ゴールキーパーが腕を伸ばしてジャンプすれば、ボールを奪えそうな高さだから気持ちはわかる。
「待ちたまえ!」
それを木津根が止めた。
「相手が少しずつしか前進しないのは何故だかわからないのか」
「シュッ……?」
「彼らはボールを強く蹴れないんだよ」
久茂は木津根の言いたいことはよくわからないようだが、とりあえずゴール前に戻る。
それを見たデュマデュマの9番が舌打ちするのが聞こえた。
「空中からでは強いシュートは飛んでこない。キーパーが飛び出すなら、もっと接近してからでいい!」
木津根が確信をもってそう言う。
彼の相手の挙動を見逃さない目で分析した結果出た結論なんだろう。
なるほど宙に浮いた状態では軸足で踏ん張ってボールを蹴ることは不可能だ。
だからデュマデュマの二人はフワフワしたキックでしかボールを進められず、したがって単独で強烈なシュートを撃つこともできないわけだ。
無理にゴールに近づこうとするならキーパーがボールを奪えるだろう。
だから9番としては、あせった相手のキーパーが飛び出してきたところをループシュートで狙えたほうが都合がよかったのかもしれない。
ペナルティエリア内に10番が入ってくる。
「ディフェンスライン!」
木津根が9番のほぼ真下に立ちながら、黒木、右田、左野に指示を送る。
守備陣は一斉に木津根と横並びになる高さまでポジションを上げた。
合わせてデュマデュマの10番が慌てて、飛び上がろうとしていた場所から後ろに戻る。
オフサイドに引っ掛かるからだ。
「クッ!」
仕方なしにといった感じで、10番は9番の横で空中に浮く。
ペナルティエリアに少し入った位置。ゴールまでは、ゆるふわなシュートしか撃てないとしたらちょっと距離がある。
「黒木は10番が着地してドリブルに対応! 9番は僕が見る!」
「はい!」
いつでもシュートを撃つ体勢を取りながら、デュマデュマの空中浮遊コンビがパスを交換する。
「シュッ」
キーパーの久茂を焦らそうって魂胆だろうが、久茂はそれには惑わされずにしっかりゴールの前で巣を張るように待ち構える。
「ヌヌ!」
「フンム!」
しばらく睨みあいが続いた。
たぶん2分程度のことだっただろうが、この膠着状態は実感としてはもっと長く感じられた。
「でやっ!」
「ム、ムワッ!」
黒木が、10番のリフティングが乱れたのを逃さずにヘディングでボールを弾き出した。
「やれやれ、やっとこっちの番だね」
ボールは田貫に渡る。
すぐさま彼は鋭く強い縦パスを相手陣内へ向けて蹴り出した。
いいパスだ。
ボールは走り出していた矢吹の足元に届き、疾風怒濤のカウンタ攻撃を誘発させた。
「矢吹っ!」
ドリブルでデュマデュマの選手を引き付けた矢吹を追い越して走った剛士にスルーパスが送られた。
キーパーとの一対一。
「ディフェンスがいい仕事したからな、オレたちも負けてられないぜ!」
剛士がキーパーの位置を見ながらループ気味にシュートを放つ。
完璧な放物線を描いてボールが飛ぶ。
あのコースではもうキーパーの手は届かない。
ゴールは決まったかに思えた。
「ニッ!」
けれどデュマデュマのキーパーは不敵に笑う。
彼は両の掌を突き出すようにボールに向けて伸ばした。
そんなことをしても手はまったく触れない。
触れてはいないのだが、不思議なことにボールは弾かれたようにコースを大きく反らしゴールマウスからは外れていった。
「なんだ……衝撃波みたいなのが、手から出たってのか?」
渾身のシュートを防がれた剛士が驚きの声を出す。
「はあ……なんでもありなのかな」
田貫が呆れたといった様子の感想を言う。
空中浮遊するフォワードの次は、手から衝撃波を放つゴールキーパーだ。
どうやら簡単に勝たせてくれる相手ではないらしい。
「面白いじゃねーか!」
剛士はなんだかんだで嬉しそうだ。
「興味深いな……」
木津根は何やら鋭い目つきで分析をしている。
なかなかに頼もしい仲間たちだ。
恐るべき対戦相手を前にしても、このチームメイトがいる限りそうそう負ける気はしない。
試合はまだ始まったばかり。
スコアも動いてはいない。
この戦いはまだまだこれからだ。




