初戦
「──以上が、スターティングメンバーだ」
選抜チームの監督である寮さんから、先発するイレブンの名が告げられた。
ロッカールームには試合を前にした緊張感が漂っている。
寮さんはホワイトボードに名前を書き並べながら、各自のポジションと役割、基本的な守備の約束事を説明していく。
システムは、4-3-3。
攻撃的な配置だが守備に際してはウイングが中盤のアウトサイドにまで下がりながらもサイドバックのフォローまでこなし、やや守備的な4-5-1に可変する。
両ウイングにスタミナ面での負荷が大きいが、選手交代を活用すれば攻撃面でも変化を付けつつ手堅く守れるシステムというところだろうか。
ゴールキーパーには、背番号『12』を背負う久茂が選ばれた。
先日の紅白戦の結果を踏まえれば妥当なところだろう。
ディフェンスは4バックで、木津根『16』、黒木『18』、右田『2』、左野『4』が守りを固める。
フォワードは3トップ。中央に矢吹『15』、左に二野田『17』、右に湾田『14』が配置された。
トップ下に剛士。
堂々の背番号『10』を預かる陽狩剛士が攻撃のタクトを振るう。
そしてダブルボランチとして、田貫『8』と僕『11』が選ばれている。
負傷の癒えない力石はベンチからのスタートだ。
そのせいもあって、キャプテンマークはひとまず僕が巻くことになってしまった。
「さて」
あらかたの確認を終えると、寮さんはペンを置く。
「今日の対戦相手はキヌル王国の北部山岳地帯にある都市デュマデュマからやってきたチームだが……誰か現地に行ったことのある者はいるかな?」
質問と合わせて寮さんはチームを見渡すが、全員がかの地には訪れたことがないというのが返答だった。
「うむ。シルクロードの中継地として栄えた南部の平野地帯と違い、キヌル北部の山岳地帯はかなり閉鎖的な土地柄で旅行者も滅多に足を踏み入れない辺境だということだからな」
「ええ、文化的には周辺国からの影響を受け入れつつも、内々で独自に発展させ、しかしそれを外部には発信せずに育ててきた謎の多い地域だとか」
寮さんに引き続いて、木津根がデュマデュマの豆知識を披露する。
「国技として中国武術やインドヨガの要素を吸収し進化させた武道が盛んではあるものの、その中枢は門外不出の秘拳ゆえに多くは謎に包まれているとも」
「うん。よく調べているね」
「勉強は得意ですから」
「いいことだ。まあ、そんな謎めいた地、デュマデュマからきた選手たちだが……彼らはどうやら、一風変わったサッカーをするらしいぞ」
思わず顔を見合せる選抜チームのメンバーたち。
中国武術とサッカーというコラボだと、何やらそんなトンデモ映画がかつてあった気がするが、みんなそんな感じの何かを想像したのかもしれない。
「フッ……しかし、そんなに気構えることもない」
寮さんがリラックスを促すような口調で呼び掛ける。
「南米、欧州、アフリカなどで地域によってサッカーにも違いがあるように、国が違えばその国ならではのサッカーがあるものさ。今日は、日頃からやっている日本国内のチームとの対戦ではわからない世界のサッカーを感じられるいい機会だと思ってやればいい」
そして寮さんは指を一本立てる。
「監督として、私からみんなに出す重要な指示はひとつ……『あせるな』だ。落ち着いてサッカーをすること。そうすれば、必ず勝てる相手だよ」
快晴の下、御覧野市選抜チームとデュマデュマチームとの試合が始まる。
大会の初戦となる組み合わせだ。
御覧野スタジアムの観客席はそれなりに埋まっているように見えた。
佐倉さんが言っていた、矢吹のお披露目という話が頭を過るが僕はそのことは思考の隅に追いやることにする。
今はただ、試合に集中するべきだ。
「見た感じは普通だよな」
デュマデュマの選手たちを前にして剛士がそんな感想を口にする。
「そうだね」
アジア系ともヨーロッパ系とも言いにくい顔立ちの少年たち。
全体的には小柄で痩せ気味の体格をした選手が多い印象だ。見た目で威圧されたり圧倒される感じはしない。
さすがに矢吹ほど小さな選手はいないが、黒木みたいに小学生ながら大人と変わらないサイズの選手もいない。
剛士が普通と言ってしまうのも頷けた。
だが、寮さんがわざわざ『あせるな』と忠告するくらいだから、何かあるに違いない。
そういう覚悟で挑まないといけないだろう。
試合はデュマデュマからのキックオフでスタートする。
「始まるぜ!」
「うん。剛士、落ち着いていこう!」
「わかってるけど……なんか、わくわくするな!」
デュマデュマの選手がボールを下げて繋ぎ始める。
まず僕が最初に思ったのは、あんまり上手くはないな、ということだった。
キックのやりかた自体がなんだか変わっているのはいいとして、それほど精度が高いわけでもパススピードがあるわけでもない。
トラップもできてはいるが、無駄の多い動きをしている。
「んー?」
剛士が思わず、なにやら不満げな声を発する。
彼はもっと上手くて強い相手と戦いたいのだ。
わくわくして損したかもしれないと思ったに違いない。
だがそんな対戦相手の実力へ抱いた疑問は、すぐさま吹き飛んで消滅するような出来事が目の前で起きる。
センターサークルに残っていたデュマデュマの選手が高らかに飛び上がったのだ。
すごい跳躍力だ。もしかして、矢吹よりもすごいかもしれない。そう思って見ていたら、摩訶不思議現象が起き始めた。
飛び上がった選手がそのまま空中で静止した。
そのまま降りてこない。
「お……おいおいおい!」
剛士の声は驚きながらもどこか嬉しそうだ。
空中にいるデュマデュマの選手に向けてボールが蹴り上げられ渡る。
するとその背番号9番の選手は浮いたままの状態でリフティングを始めた。
耳慣れない言語で嘲笑うかのように何かを言うデュマデュマの9番。
たぶん「へへーん、ボールを取れるもんなら取ってみやがれ日本野郎」的なことだろうと推察できた。
もしくは「俺、すごくね? やばくね? 驚いただろ、けけけ!」的なことに違いない。
確かに、浮いたままリフティングを続ける相手に僕らは成す術もない。
思いっきり手を伸ばして飛び上がれば届かないこともない高さだが、サッカーをやっているからにはそういうわけにもいかない。
「そ……空を飛びやがった……!」
声を震わせながら叫ぶ剛士は、それでもどこか嬉しそうだ。
「こ……これが……これが世界のサッカーかよ!」




