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導きしもの

 


 Bチームが先制。

 対するAチームも負けじと攻撃に転じてくる。


 ショートパスを的確に繋ぎながら押し上げてきた。

 ワンタッチ、ツータッチでボールを動かすから、なかなか奪いどころがない。


 こちらも守りには必ず数的優位を維持しているから守備に破綻はないけれど。


「固いな……」

「回せるけど、なんだか回させられてる気もする」


 Aチームからそんな声がした。


 院帝の選手たちは力石を例外に圧倒的な個人技はない。

 そのかわりひとりずつの総合力が高くて、複数のポジションができるユーティリティー性にも優れている。

 そんな面々が揃うなかで、今の局面を打開できそうなのは田貫だが。


「君、しつこいよ」

「……ここのサイドは俺の縄張りだかんな……好きにさせるかよ」


 二野田とやり合っている。


 田貫が一度、ドリブルで二野田を出し抜いたのがきっかけで両者は互いに譲らない戦いに突入した。

 完全に一対一で潰し合いになっている。

 Bチームとしては二野田が田貫を抑え込んでおいてくれるなら悪い話ではない。


 攻め手を欠くことになったAチームはとりあえずセンタリングを上げては来るが、黒木にすべて弾き返される。

 力石不在での空中戦は黒木の独断場だ。


「カウンター!」

「Bチーム、速いやつが多いぞ!」


 セカンドボールをこちらが拾うと、剛士、矢吹、湾田が勢いよく駆け出す。

 走りの質も高い三人だからスルーパスを送る僕も選択肢に迷うくらいだ。


 しかし、この紅白戦では新しい仲間との連携が優先だ。


「湾田、行くよ!」


 僕は、湾田が走る目の前に落ちるパスを出す。

 湾田がボールに噛みつくように飛び込む──




 Aチームが攻めあぐねる。

 そしてBチームが奪って反撃。


 このパターンで立て続けに矢吹が2ゴールを決め、得点差は3点に開いた。




「これは……」


 どうしたものか。

 始まる前に寮さんに頼まれていた点差が開始から5分で開いてしまった。

 このままだと予告されていた8-0も現実味が出てくる。

 それどころか、それ以上のペースだ。


 そこまでの実力差はないと思うんだけどな。


 平均点の高いAチームと、個性派集団で長所も短所もあわせ持つ人材だらけのBチーム。

 Bチームは上手くすれば爆発力があるけど、噛み合わないとぐだぐだになる危険性をはらむリスクがある。


 圧倒してBチームがすべてを上回っているってことはないはずだ。


「──まずいな」


 僕はちょっと焦り始めた。

 院帝の選手たちの顔が明らかに意気消沈しだしたからだ。

 このまま精神的に崩れてもらうのはかなり不味い。


 ベンチを見ると寮さんは渋い顔だし、院帝の監督は開いた口が塞がらない感じだ。

 力石は座って静かに戦況を見詰めている。

 彼は試合前にチームメイトを負かしてくれと言ってきたくらいだからな。かといって立ちなおれないのは駄目だと思う。


 見るに見かねてか、寮さんが動いた。


「どうした、Aチーム! 油断が過ぎるぞ! Bチームも選抜に呼ばれるような選手ばかりだ。しっかり、本気を出さないと思わない展開もあるぞ!」


 ハッとしたように院帝の監督も立ち上がって、ラインギリギリまで飛び出してきた。


「そうだぞ! 油断して実力を出せないなんて、なんという無様な! もっとちゃんとやれっ!」


 顔を見合わせるAチームの選手たち。


「お、おお……そうだよな、油断は……よくなかったな」

「だよな……監督が相手はよせ集めだから優しくしてやれとか言うからだけど……」

「やっぱ、選抜だもんな。レベル高いぜ」


 沈んでいたムードが多少、和やかになる。

 どうやら試合の入りかたが良くなかったパターンで、サッカーにはまれに起こりかねないことだから致しかたなしと受け入れられたようだ。

 ひとまず精神的にボロボロになる事態は避けられたか。


「Aチームは守備を再確認だ。Bチームのカウンター注意しなさい!」


 寮さんが更に声をかける。

 目は何故か僕を見ていた。何かを期待するような眼差しだ。


 僕にどうしろと?


 まさか手を抜くわけにもいかない。

 特にAチームにそれが見抜かれるような利敵行為は絶対に問題外だ。


 身内の剛士や矢吹、木津根に、これ以上の得点は取らないように声をかけることはできそうだが、それもどうだろうか。

 やはり意図して手を抜くというのは何か違う気がする。

 それも、この後の大会を考えればやむ無しなのだろうか……


「矢吹をフリーにするな!」

「パスの出どころもつぶせよ……えっと……あいつ、あいつだ!」


 どうやら力石の他の院帝選手には名前を覚えられていないらしい。


 目に見えてAチームの守備のプレッシャーが強くなった。

 ひとまず普通に攻めても点が入り続けることはなさそうだ。


 僕は無難にパスをさばいていく。


 ただ仕方ないとはいえ攻撃がものすごく単調になった。

 Aチーム前線のワントップにいる猪尾(いのお)も孤立している。


 鹿間(しかま)は僕についているし、蝶原(ちょうはら)は湾田をケアしているから、猪尾に向けてロングボールを出してはくるけどまず起点をつくりきれない。

 守りに重きをおいた結果、Aチームの攻めにいいところがなくなった。


 後ろの三人は剛士と矢吹に対応するためにまったく出てこなくなったからなおさらだ。


 このまま膠着すれば──でも、それでいいのか?


 Aチームのポジションは院帝の監督が決めたみたいだが、それもいい配置になっていない気がする。

 まず田貫にはもっと攻撃でタクトを振るわせたほうが効果的だ。

 他に創造性のある選手がいないのだから中盤の真ん中、やや後ろ気味でやってもらいたい。

 守備面での危機処理能力も活かせるだろう。


 力石がいないメンバーで、木津根と黒木のコンビに張り合えるフォワードはいないのだから無理にトップを置いて頑張っても勝てる見込みは薄いだろう。


 猪尾、鹿間、蝶原はもともと中盤の選手で連携はいいのだから、前線で並べつつももっと自由にやらせたほうが敵には危険になるだろう。

 できるだけ近い距離でトライアングルを築いてパスで崩すのが強そうだ。


 ところが現実には猪尾が孤軍奮闘して、黒木に吹っ飛ばされたり、木津根にボールをかっさらわれたりしている。


 Aチームにだって、いいプレイができる余地はあるはずなんだが……


「鹿間!」

「んっ、こっちは──」


 僕についている鹿間にボールが渡るが、彼はすぐに別の選手に戻す。

 ちょっとプレッシャーを嫌いすぎる傾向がある。

 技術はあるし、いいアタッカーなんだけど。やはり、近い位置にフォローできる仲間がいたほうが活躍するタイプなのか。


「──そうか」


 僕はようやく寮さんが期待していることを理解したと思った。


 あの人が僕に教えた、試合のすべてを影から支配する能力。

 勝利を得るために時間と空間を見定め、敵味方を心理的にも操るという考え方。


 僕はその能力を鍛えたことで、例えば湾田や二野田の個性を見定め、彼らのポテンシャルが最も活用できるような方向性を掴めるようになってきている。


 なら逆もまた然りだ。


 それができるのなら、自チームのみならず、相手チームの攻撃能力を引き出すことだってできるはずだ。

 猪尾、鹿間、蝶原のプレーを誘導し、彼らが本来できる攻めの最適解を知らしめて自信を深めてもらう。


 それが選抜チームにとっては何よりプラスになる。


 たぶん寮さんが僕に期待しているのはそういうことだろう。

 難しいけど、できるか──?


「鹿間っ!」

「う、うん!」


 また鹿間にパスが渡る。

 今度はAチームにフリーの選手が見当たらず、鹿間はダイレクトでは戻せない。


 ──よし、なら君は蝶原のほうに接近だ。


 僕は誘うように守備位置をとり鹿間をドリブルで蝶原がいるサイドに導く。

 蝶原には湾田がついているが、サイドに逃れた鹿間は見事に蝶原とパスを交換しながらボールをキープする。

 すごく息の合った動きだ。


「湾田、我慢だ。下手に飛び込まないで!」

「うんっ。わかった!」


 僕は湾田とふたりで鹿間と蝶原に突破を許さないようゴールへの道を閉ざす。


 そこに猪尾が加わってきた。

 その背後には黒木が、猪尾にボールが渡ってもストップするつもりで追ってきている。


 教科書に乗りそうなワンツーで蝶原が猪尾からリターンを受けて走り抜けた。

 僕と湾田はポジションが重なり、蝶原をフリーにさせてしまう。


 想像したとおりだけど、いいプレーをする。


「蝶原、シュートだ!」

「おうよ!」


 木津根のカバーが入るより早く、蝶原は遠めからシュートを放つ。

 シュートは枠を捉えていたが久茂の長い手でしっかりとキャッチされた。


「ちっ、チャンスだったのに!」

「でもシュートまでいけた、またやるぞ」

「そうだな。今ので俺らもいけるんじゃねえの」


 猪尾たちの目に失いかけていた自信の色が戻る。


 僕は寮さんを見た。

 表情が「それでいい」と語っていた。


「鷹月」


 木津根が話しかけてきた。

 すでに何かを察しているみたいだ。


「意図はわかる。だが僕は──いや僕たちはAチームに点を取らせる気はないぞ。この試合で久茂と黒木の自信にしたいからな」

「それでいいと思うよ。でも彼らにもいい攻撃をしてもらえば、それだけ守備の自信も深まるんじゃないかな」

「ふん。勝手にしろ──これは紅白戦だ」


 院帝の選手で固められたAチームにBチームが勝つ。

 これは僕たちにとって大事なことだ。木津根が無失点にこだわる気持ちもわかる。


 一方で、大会本番ではAチームの選手らも仲間になる味方だ。

 彼らにもいいところがないと選抜チーム全体の士気としては難しい。


 ただ勝てばいいってわけじゃない。

 木津根の言うとおり、これはチームの完成図を描くための大事な紅白戦なんだから。



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