それは突然の
「御覧野市……選抜チームですか」
剛士、矢吹、木津根との4人で、監督からの話があると呼び出された。
それで開口一番、告げられたのがU-12──12歳以下の年代で競われるサッカー大会に僕らが招待されているってことだった。
「御覧野スタで国際親善試合をやることになってな。まあ、そんときだけのチームだけど、お声が掛かったわけだ」
開催時期はサッカー部の活動と被らない連休のあいだだ。
監督はなんだかまさに他人事って感じを隠しもせず出しながら、都合が悪くなきゃ行ってくればと軽いノリで言う。
「監督、相手は?」
耳を人差し指でポリポリ掻く監督に、ワクワクしてるなって口調で剛士が質問した。
「んー、御覧野の姉妹都市がどっか外国にあるだろ。そこのチームだよ」
「どっかって……どこですか? 強いとこだといいな。スペインとかブラジルあたり」
世界の強豪国との対戦を望む親友に、正確な情報をもたらしたのは木津根だ。
「陽狩、残念だが御覧野市との姉妹都市を結んでいるのは、リダルニアのザナドとキヌル王国のデュマデュマ、それにワルソニスタンのザンギャクァーラタだ」
「ふーん。あんまり聞いたことないな」
木津根の並べた世界の都市名に、目に見えて剛士のテンションが下がる。
「いや、そう悲しむこともない。いずれもユース年代の育成には力を掛けている国だ。世界ランキングでも飛躍的に伸びているところばかりだ」
「そうなのか!」
「うむ。U-12年代の大会だと、昨年にワルソニスタン代表がヨーロッパの強豪国を打ち負かし優勝した話もある」
「すげえな、その悪そうな国!」
「陽狩くん、人の国をそんな風に言うのはよくないよ」
矢吹が少年マンガの主人公らしい正義感のある心で剛士を嗜める。
「そうだな悪ぃ……で、監督、どこが来るんですか! ワル? ワルの国?」
「陽狩、ワルソニスタンだ。そのくらい覚えろ」
監督はさほど興味があるように見えない様子で、手元の書類をパラパラとめくる。
大会の概要が3枚目あたりの用紙に載っていた。
有名な企業がスポンサーについているのが目に入った。思った以上にちゃんとした大会らしい。
「全部だな。3つとも来日するみたいだ。誰が金だすんだろうな。あるところにはあるんだなあ。あと、U-12日本代表もこの大会のために結成するんだと──あれだな、たぶん地元の選抜はおまけみたいなもんだろ」
「おまけ……ですか」
木津根が露骨に面白くなさそうにする。
「いいじゃん、おまけ。おまけにもスゲーおまけがあるってことを見せて、びっくりさせてやろうぜ! な、孝一!」
「うん、そうだね」
剛士の言うとおりだ。
世間では付属品であったはずのものがメインを食ってしまう事案には事欠かない。
玩具付きの菓子とか、付録付きの雑誌とか。
「じゃあ、まあ、この話は受けるってことでいいんだな。矢吹もいいか?」
「えっ……ええと、一応……親……に相談してみないと」
「うん、そうだな。すぐに決めなくていいぞ」
そう言って監督は僕らに人数分の必要書類を渡す。
大会の説明や保護者の同意書なんかを。
「選抜って他に誰が入るんだろうな」
剛士はたぶん紙に印刷された文字をひとつも読んでいないようにしか見えないが、今までの話でもう乗り気になっている。
書類はすでに無造作に折り畳んでしまっていた。
「力石、田貫あたりは順当だろうな。白鳥はひとつ年上だから対象外だ。伊足県選抜ではなく御覧野市選抜だから、勇辺SCの選手も外れる。ほとんど院帝の選手とみるべきか……」
大会の説明文に目を通しながら木津根が剛士の話題に応じた。
力石玲央が味方になる──か。
なんだか心強いというよりは相手に怪我をさせたりしないかとか、そっちが心配になるけど。
大会開催の前週、土日を利用して選抜チームの顔合わせと練習が行われる。
僕たち4人は揃って練習場に乗り込んだ。
「おっ、第二小のやつらだ」
「陽狩剛士がきたぜ」
会場入りするなり、そんな声が聞こえる。
木津根が指摘していたように院帝の選手が見るからに多かった。
他に地域リーグでの対戦経験があるのは田貫くらいか。
初めて見る顔も少なくない。
なかには『僕タク』のあいつだなってわかる選手もいた。
手足長さが際立つ長身のゴールキーパーは久茂だ。
伸ばした両手で絡めとるようにボールをキャッチする、安定感抜群の守護神。
神出鬼没の攻撃参加が売りのサイドバック、二野田。
尽きないスタミナで突進し駆け回るミッドフィールダー、湾田。
陸上選手みたいな体型の細身の彼は駿足ウイングの千井田だな。
面白そうな選手が揃っている。
彼らとチームを組めると思うと剛士じゃないけどワクワクしてしまう。
「おっ、来たな、御覧野第二」
12歳以下の選手にしては太い声。
力石玲央がそこにいた。
「力石くん……どうしたの?」
さっきまで緊張でガクガクになっていた矢吹が、思わずそう言った。
獅子心が松葉杖を突いて立っていたからだ。
ガッチリ固められた包帯が、右足首の負傷を示している。
「うん。やってしまってな」
やや恥ずかしそうに言った力石は僕らそれぞれに握手を求めた。
最初に僕から出された右手に応じた。握られた手は力強い。
「よろしくな、鷹月」
いつの間に僕の名を覚えたのか。
このあいだの対戦では背番号で呼ばれていたが。
とりあえず彼がナイスガイであることは再認識した。
継いで剛士、木津根、矢吹の順で握手を交わす。
「試合には間に合うのかよ」
「経過がよければ途中出場くらいならできる予定だ」
「じゃあ、秘密兵器だな」
「守備の要になると期待しているからな」
「ふん。期待とは不確定要素のある表現だ。確信していると改めるべきだ」
「今回のチームの得点源は君だ」
「ええっ……!」
「俺みたいに怪我はしてくれるなよ」
出鼻からものすごいプレッシャーをかけてくる発言に萎縮してしまった矢吹の肩を軽く叩いて笑う力石。
力石の怪我の原因はレオンシュートマグナム改の撃ち過ぎだそうだ。
特殊な捻りを加える蹴り方が、成長期の身体に思わぬ負担を掛けたのだという。
選抜チームへの参加は止める話もあったそうだが、本人の強い希望と、キャプテンシーにより与えられる仲間への好影響をチームに望まれたこともあり、こうして加わることになったということだ。
「さて、俺はドクターのところに行かないと行けないが……」
力石は僕らだけに聞こえる声で話し始めた。
「うちの監督がコーチとしてこの選抜にいるんだがな、あの人はうちのメンバーでレギュラーを固めたい意向のようなんだ」
「ま、そりゃそうだろな」
「急増チームだから連携に不安があるとか、もっともらしい理由はあるが……俺としては君たちのような他チームの連中にレギュラーを奪ってもらいたいと思っている」
意図がわからず「なんだよ、裏切りか? 裏切りの獅子心か?」と訊いた剛士に力石は「そうじゃないんだ」と笑う。
院帝のサッカーチームといえば100人規模からなる大所帯だ。
レギュラーともなれば激しい競争を勝ち抜いたエリートなわけだが、これが6年生とまでなると段々と序列も固まってきてしまうと院帝キャプテンの力石は語った。
選抜に呼ばれている選手くらいになると、自分の能力に天狗になっていたり、満足して油断があったりすると。
だからこそ、チームメイトにはレギュラーを奪われてもらったほうがいい薬になるという思いがあるらしい。
「ふん──つまり彼らに、再びハングリーさを求めたいわけか」
「そうだ。君らならできるだろう」
なんだかんだで自分のチームのためを思ってのことだった。
レギュラーを取るのは僕らも望むところだ。
わざわざベンチを暖めるためだけに来たつもりはないのだから。
だから頼まれたかどうかに関わらず、大会の試合に出るために実力を今日明日の練習でアピールすることには変わりない。
力石は「よろしく頼む」と言って去っていった。
力強く松葉杖で進む背中を眺めていた僕たちに背後から呼びかける人物が現れた。
「ねえ、あなたたちが御覧野第二小の人たちなのかしら?」
どこか不思議な品格があると感じさせる少女の声。
振り向いた先に立つのは、風になびく髪をかき上げながら好奇心一杯の眼差しでこちらを見つめるひとりの少女。
年齢は同級生くらいだ。
「そうだぞ」
「やっぱりね! じゃあ、一番目立つあなたがツヨシね……眼鏡ボーイはディフェンスの子だから……」
少女の視線がやがて僕に流れつく。
そしてニンマリと、微笑んだ。
「あなたがシード──いえ、コーイチ・タカツキなのね!」
彼女は嬉しそうに指差してくる。
だがそんな失礼さなんてまったく気にならないほど、僕はこの出会いに戸惑っていた。
いつかは彼女に会える日が来るかもしれないって予感は持っていた。
だけど今日、今このときにそれを迎えると、僕にはさっぱり心の準備というものがなかったんだと認める他なかった。
「やっと、あなたに会えたわ!」
朗らかに口角をあげる存在感抜群の少女。
対峙する僕は、はたしてどんな顔をするのかが正解なのかわからず、ただ途方にくれるしかない。
世界の中心が、自分から勝手にやって来た。
そんな錯覚に陥る気分だ。
あの『僕タク』のヒロイン、菱井麻衣が目の前にいる。




