驚異の新能力
なんて能力を手に入れてしまったんだろう。
ちょっと恐れ多くて、使うのを躊躇ってしまうくらいだ。
だがこの能力、生きていく上では日常生活でまったく使わないわけにもいかない。
来るべき覚醒は僕の身体が大人へと成長する過程で自ずと引き起こされた。
はじめからこうなることが定められていたのだ。
気がつくと『それ』は身についていた。
僕は声変わりをしたのである。
それについては前世でもあったことなので、ああ、そんな時期だなと軽く受け止めていた。
しばらくは自分自身に舞い降りた奇跡に気がつかなかったくらいだ。
実際、先に気づいたのは佐倉さんだった。
何度目かの音楽室での会合のことだ。
「──さんの声だ……」
「えっ?」
突然、目を見開いて両手で口を塞ぐ佐倉さん。
何のことだかわからなくて戸惑った。
「鷹月くん……あなた、鷹月孝一の声で喋ってる」
そりゃそうだ。
事情を知らない人からしたら何を言っているんだい、このお嬢さんはって台詞だ。
だが僕には彼女の言う意味が理解できた。
「そう? なのかな……僕の声……あ、ほんとうだ」
「ねっ」
「うん……鷹月孝一の声だ」
自分の声を出しながら注意して聞いてみて、真実であることを確かめた。
声変わりをしたことで、鷹月孝一である僕は鷹月孝一の声で話すことができるようになったのだ。
「そういえば佐倉さんも佐倉さんの声だ」
「うん。今更ながら気づいた」
少し恥ずかしそうにする佐倉さん。
たしかに佐倉さんの声については前からそうなのだから、もっと早くから感づいてよかった。
でもある意味では自然なこと過ぎて、こういう声変わりというきっかけでもなければ見過ごしていたのも理解できる。
僕は鷹月孝一として、アニメ版の『僕タク』で声を担当していた中の人──声優さんの声で喋れるようになっていたのだ。
なんてすごい能力なんだ!
「勘違いするな。助けたんじゃない──たまたま俺様がこいつと戦いたかっただけだ!」
「きたー!」
手を叩いて喜ぶ佐倉さん。
「俺様はここに残ることにした。先に行け──ふん。この部屋が気に入ってしばらく居たいだけだ──あとで追いかけてやるさ!」
「素直じゃないぃー!」
身悶える佐倉さん。
「貴様は俺様を倒した男だぞ。最強とは貴様のためにある言葉だ──絶対に勝てる。信じているからなッ!」
「デレたあー!」
壁を殴って喜ぶ佐倉さん。
お嬢様キャラは完全に崩壊状態だ。
「本物だ……本物の『白虎のロディガ』だよ!」
「うん。本物というとそれは、ちょっと違う気もするけどね」
彼女の言う『白虎のロディガ』というのは『僕タク』の鷹月孝一役をやっていた声優さんが別番組でやっていたキャラのことだ。
リクエストされてやってみたところお気に召したらしい。
「ね……ねえ……東園寺秀人もやってくれない?」
「とーおんじ? 誰それ」
「ほら、あの『時空と忘却のセレナーデ』の」
「ああ……乙女ゲームのキャラか。全然知らないのは難しいな」
それならばとノートを取りだし嬉々として何かを書き出し始める佐倉さん。
書いたのを演じて読めということらしい。
「佐倉さんも何かやってよ」
「えー何をー?」
僕は佐倉香緒里役の声優さんを思い浮かべる。
いわゆるアイドル的な人気のある声優さんで、数多くの有名キャラをやっていた人だ。
「じゃあ……代表作は『美少女無双サンゴクガール』のヒロイン役だっけ」
無難そうなところを振ると、佐倉さんは器用にも書き物を続けながら役を演じて見せた。
「三国一の卑怯者! 天が許し、地が許し、人が許しても私が許さない! 桃園に誓って討伐するわよ!」
うわー。演技としてはたぶん微妙に違うんだけど、何しろ声がそのものだから似せているモノマネなんかよりも説得力がすごい。
せっかくだから他にもやってもらおう。
「『蝶兵機ヴァラフライア』の『神嶌マエリ』は?」
「……燐の色が変わる……また、戦いが始まるのね……あなたは、どうするのかしら?」
「次は『ディスペルデッキ・マイスター』の『破蔵崎一美』を」
「あら、わたくしのターンですわね! 受けるがいいわ、精霊ウィンディーネのダブルバブルストリーム!」
「あと『僕らは森の夢を見る』の『兎下佐奈』も」
「先輩ッ、私のこと……どー思ってるんですかっ! 今日という今日は、はっきりしてもらいますからねっ!」
ノートに台詞が書き上がるまでに色々やってもらった。
こうしてみると不思議ちゃん、高飛車、妹キャラと幅広くやってる人なんだなあ。
「ほい、できた」
「うん」
僕はノートを渡され、そこにある言葉の恥ずかしさにちょっと引いた。
乙女ゲームのキャラなんだから予想はしていたけど。
「これ……」
「いいから読んでよっ」
「ん? この名前は……」
「気にせず書いてあるまま読んで! 私の夢を叶えて!」
ああ。たぶん、前世の名前か。
キャラに名前を呼んでもらうとか、その手があったかと感心してしまう。
僕も色んな役を頼んだ手前、断るわけにもいかない。
せっかくだからできるだけ心を込めて演じることきしよう。
「僕を本気にさせたんだ。もう後には退かせないぜ、マイハニー────」
なんだか声優さん本人に申し訳ない気持ちになったりもしながら、僕らはとても楽しんだのだった。
しかし、そんなことをしていた数日後、僕らは二股&略奪愛の疑いを掛けられてしまったのだ。
そりゃ、お互いに「愛しているぜ!」とか「君は私のものなんだからネ!」とか言い合ってりゃ誤解も招くよね。
幸いなことに矢吹は、僕と佐倉さんに何の恋愛感情もないことを説明したらわかってくれたので良かったけど。
調子にのって身に余る能力の使い方を誤ると手痛い失敗になってしまう。
今回、僕らはそれを身をもって学んだのだった。




