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この世界の謎を語らうオタクたち

 

「マンガとアニメだと違うところがあるじゃない」

「まあ、そうだね」


 僕は同意する。

 物語の大まかな流れはまったく同じではあるが細部に至るまで同じというわけでもなく、特に後半ではアニメ放送がマンガ連載の内容に追いつきそうになったせいでアニメオリジナルのエピソードがたくさん挟まれるようになっていた。

 はしょられていたライバル校同士の試合がしっかり描かれたり、マンガにはなかった水着回があったりとか。


「基本的にアニメ寄りなんだと思うの。アニメのほうが設定がしっかりしてる感じだし」


 佐倉さんはそう言いながら、近くにあった連弾をするとき用の椅子に腰掛けた。


 設定か……。

 言われてみれば確かにそうだ。


 マンガではきちんとキャラが固まっていなかった対戦チームのモブキャラなんかも、アニメ版では名前がついて顔も描き分けられていたりした。

 逆にマンガ版はわりと細かい部分がふわっとしていることも多かった。中には登場シーンからしばらくのするうちに「あれっ、性格変わった?」みたいなキャラもいた。

 大熊キャプテンの体のサイズが連載が続くうちに小さくなっていったのはよく突っ込まれていたな。最初が巨漢に描かれすぎだったんだろうけど。


「でもすべてにおいてアニメ版に添っているって訳でもないみたいなんだよね」

「そう?」

「例えば、陽狩剛士の髪の色」

「剛士の……あっ!」


 僕は指摘されてみて初めてその事実に気づかされ、純粋に驚いた。

 どうして今まで疑問に思わなかったんだろう。

 ずっと近くで見ていたというのに。


 いや、近すぎてかえって、そういうもんだと受け入れてしまっていたのかもしれない。


 佐倉さんの言うように、剛士の髪はマンガ版のカラーイラストで塗られていたカラーのものだ。


「でしょっ。アニメだとオレンジブラウンの明るめの茶髪になってた髪色が、この世界では原作カラーって言われているアッシュ系のクールな色のほうが採用されているの」

「コミックスの第十巻で表紙絵になっていた剛士だ」

「そうそう」


 人気キャラだった剛士は、なんと単独で表紙を飾っていたりする。

 特に第十巻のストリートファッションっぽい私服姿でスラム街みたいなところに佇む絵はイケメン陽狩剛士のイメージを強固にした印象深いものだった。


「あの絵のクリアファイルを何かで見たよ」

「DVD第三巻の予約特典だったと思う。でもあのイラストはさすがに他にも使い回され過ぎだったけどね」


 佐倉さんによると、マグカップやTシャツにも使われていたらしい。

 版権ものの図柄が使い回されるのはよくある話だ。


「ファンの中には原作カラーこそ真の陽狩剛士だっていう子も多かったのよ。フィギュアも両方のカラーが発売されてたし」

「あれって差し替えパーツだと思ってた」

「違うのよ。別の商品なの。ファンは高いフィギュアをわざわざふたつ買い揃えてたの」


 さすがに『僕タク』の男性キャラグッズまでは女性向けということもあり僕はそんなに関心がなかった。


 髪の色がリペイントされてるだけで同じ金型のフィギュアが売れてしまうなんて造ってる側からしたらいい商売だろう。

 まあ昔から成型色を変えただけで別ものだみたいなアイテムはいっぱいあったけれど。


 それにしても、剛士のやつはマンガ版の剛士だったのか。

 親友の意外な一面を知ってしまったようだ。


「他にもマンガ版とアニメ版が色々と混在してるみたいなのよ」


 矢吹のお父さんの職業とか、御覧ノ坂高校の制服デザインとか、そういう僕が意識していなかった間違い探しみたいなことを佐倉さんは次々と挙げていく。


 しかし、なんだか細かいことが多い。

 発見することはすごいと思うんだけど、だからどうなのかというレベルのことばかりではある。


 熱を帯びて語る佐倉さんに、そんな口は間違っても挟めないけど。


「身長と体重のプロフィールがマンガとアニメで変わってるキャラもいるんだけど……これはちょっと高校生までなってみないとわからないよね」

「そうだね。でも今から牛乳なんかをたくさん飲んでもらったら矢吹の身長はもっと伸びるかもね」

「はあ……」


 佐倉さんは溜め息をつく。


「だめだめ。もう言ったことがあるんだけど拒否されたから」

「へえ。あの矢吹が佐倉さんに?」


 人の言葉を拒絶する矢吹というのは、どうにも想像できない。


「そうなの。『僕ね、牛乳は調味料か原材料のどちらかなんだから生で飲むのは間違いだと思うんだ』って珍しく毅然とした態度で言ってた」

「ただ嫌いなだけでは?」


 さすがにその言いぐさは少しばかりあきれてしまう。


 でも、ものは考えようだ。

 矢吹隼の小柄さは、相手との身長差ギャップという意味で武器になる部分でもないことはない。

 だから半端に身長が伸びるのもかえってマイナスになる可能性もあるから、単純に少しでも大きくなったほうがいいって話でもない。


「でも、アニメと原作の最大の違いっていうと、四年差があることだよね」


 僕から話を振ると、佐倉さんはキョトンとした顔をした。


「ほら、サッカーの世界大会があって四年ごとに開催されてるよね」

「うん、それは知ってる」

「マンガ版では矢吹たちが高校一年生だった年にあった大会がイングランド開催だったけど、アニメ版では四年後のアルゼンチン大会だった」

「ああ。そういえばそうね」


 佐倉さんの反応が薄い。

 どうやらマンガとアニメの違いなら何でも関心があるわけではないようだ。


 雑誌でのマンガ連載が開始してからアニメの放送までには数年のズレがあった。

 たぶん三年弱とか、そのくらいだ。

 物語はちょうど世界大会の開催イヤーって設定だ。


 作中でわずかにではあるけど世界大会をテレビで観戦したり、話題にするシーンがある。


 アニメを放映するときに、もうとっくに終わっているイングランド大会のことを出すよりはタイムリーなアルゼンチン大会をやっている年にしておこうってことになったんだろう。


 だからマンガとアニメでは四年の時間差があることになる。


 それがストーリーに影響しなかったのは、高校サッカーというある意味では閉じた舞台を描いていたからだろう。

 ちなみに時事ネタや流行りのギャグなんかはアニメで新しいものに差し替えられていたりもした。


「でもこの世界って、それより更に未来だよね」

「えっ……あ、そうか」

「そうなんだよ。僕らが高一になる頃にあるサッカー大会がイングランドならマンガ版、アルゼンチンならアニメ版だって、はっきりしていたかもしれない」

「でも私たちは過去に転生してはいない……」


 何故か佐倉さんはそっちには気がまわっていなかったらしい。

 剛士の髪より絶対に大事なことじゃないかと思うんだけどな。


「高一でまた世界大会を迎えるタイミングなのは同じだよ」

「あ、そうなんだ」

「だからたぶんこの世界は『僕タク』ではあるけれど、マンガでもアニメでもどちらでもないんだと思う」

「そっか……」


 もともと四年差があっても成立していた世界だ。

 時代が変わってもそこでまた始められるフレキシブルさがある。


「でも、私たちが知らないリメイク版アニメだって可能性は?」

「それは否定できないね。僕らがあちらの世界で死んだあとにアニメが作りなおされたことも有り得る。それを言うならゲーム版だってあったわけだし」

「無印とサイドGね」


 ゲーム版『僕と女神のタクティクス』で無印というと、最初に発売されたセミリアルタイムSLGのことだ。

 作戦が物をいう戦術シミュレーションゲームとして秀逸なできの作品だった。必殺技の使いどころや、ポジショニングの妙、計算され尽くしたゲームバランスのもとで戦われる緊張感など、しょせんはキャラゲーじゃないかと見下していたゲーマーを唸らせる内容だ。


 だが無印は難しすぎた。

 そもそもの『僕タク』のメインになっている客層に受けるゲームではなかった。


 やがて数多くのファンの要望に応えるかたちで開発されたのが『サイドG』だ。


 一言でいえば乙女ゲーだった。

 プレイヤーは菱井麻衣視点で『僕タク』のキャラと一年間の高校生活を過ごし、部活をしたり恋愛をしたりしてお気に入りのキャラとラブラブになるエンディングを目指す。


 無印はけっこう遊んだんだけどサイドGはまったくやらなかった。

 そりゃそうだ。頬を赤らめた男子高校生とコミュニケーションをとるゲームなんてノーマルな男の僕がやって楽しいものではない。


「結局なんなのかなあ……この世界って……あっ!」


 佐倉さんが「あっ」と声を上げたのは校内全域に完全下校を報せるチャイムが鳴らされたからだった。


 もう帰らないといけない。


 なんだかやけに濃い時間を過ごした気がする。

 なにしろ『僕タク』のことが話せる人物なんてしばらくいなかったわけだからテンションも変な感じに上がってしまった。


 終始顔が赤かったところを見ると佐倉さんもそうなのだろう。


 とりあえず佐倉さんが僕と同じ世界から転生してきた女性だということがこれではっきりとした。あと、並々ならねオタクの人だったってことも。


「また話をしましょう。ここが──いいのかな?」

「うん。いいんじゃないかな」


 また情報交換の場をつくることを確認し僕らは別れた。




 こうして僕と佐倉さんは同じ境遇の人間として少しばかり奇妙な仲間みたいな関係を結ぶことになった。


 部活のない日の放課後の音楽室はそんな会合の場だ。


 そうして新しい人間関係が始まった矢先のこと、僕らは信じがたい恐るべき更なる能力に覚醒することになるのだった。


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