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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
  X4_Hidden Surface

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54 アンバランス(上)

 路地の先の右側に積まれた木箱が見えて、ウィルフレドは足を速めた。

 大きな木箱が三つ置かれ、その上に二つ積まれている。

 

 上の二つには小さな傷があった。決して自然につけられはしないであろう形に刻まれた傷は、ウィルフレドがつけたもので間違いない。


 あたりに人影はない。この路地に入ってから、誰ともすれ違っていない。

 路地の両側には、石を積んだ塀や、木で作られた柵が並んでいる。その奥には時折建物らしきものがあるようだったが、なんの音も聞こえてこない。

 五つの木箱と遭遇したのはもう四回目だ。三回目に傷をつけた。言われた通りの方角へ進んだだけなのに、出会ったのはこの木箱だけで、目的地にはちっともたどり着けないまま。


 

 目的地への行き方を、今日は三度尋ねている。

 一番最初に教えてくれたのは「最も頼りになる仲間」である、樹木の神官のキーレイだ。


「なぜ?」


 尋ねるなり、キーレイは怪訝な顔をしてこうウィルフレドに問いかけてきた。


「確かに魔術は便利なものです。しかしウィルフレド、あれは誰もが使えるものではありません。素質を持つ者でなければ簡単なものすら身につきませんし、時間もかなりかかります」

 それでも、どうしてもというならば他の者を紹介すると、キーレイは大真面目な顔で話した。

「いえ、魔術を習いたいのではないのです」


 素直に否定をすれば、理由は一つしか残らない。

 迷宮都市に通じたベテランの探索者であるキーレイは床のタイルへ目をやったものの、すぐに目の前の戦士に視線を戻した。


「あの『黄』で罠にかかっていた少年ですか」


 魔術師ホーカ・ヒーカムはどこにいるのか。ウィルフレドはこう尋ねた。朝目覚めた時にニーロは既に留守で、最近の動向からして新たなスカウトの仲間を探しているのだろう。

 次に聞いてみようと思ったのはマリートだが、彼はあの「黄」での失敗以降ひどく傷心しているらしく、扉を叩いても出てきてくれなかった。

 そうなれば、キーレイしかいない。樹木の神殿を訪れるとちょうど神像の前で祈りを捧げていたので、ウィルフレドは並んだ長椅子の後ろでしばらく待ってから仲間へ声をかけている。


「あの子を保護するには、まだ早いでしょう」

「そんなつもりはありません」

「確かにスカウトの素質はありそうですが、それだってまだ早いと」

「いえ、違うのです。個人的に聞きたいことがありまして」

「あの子に?」


 あまり詳しく話したくはない。キーレイが相手であっても、言いたくはなかった。

 言わなければ当然、疑問に思われるだろう。

 二人で揃って渋い顔をしたまま、見つめ合う時間が続く。

 キーレイは不思議に思ったようだが、結局、魔術師ホーカ・ヒーカムの住処について教えてくれた。


「術師ホーカは迷宮都市のどまんなかに住んでいます」

「どまんなか、ですか」

「迷宮は『橙』をのぞいて、四角形を描いて並んでいるのはわかりますか」


 ラディケンヴィルスの迷宮は全部で九つ。

 ひとつだけ北側に離れている「橙」をのぞいた八つは、正方形を描くように並んでいる。


 北西から、「青」「黄」「黒」。

 中央の西側に「緑」、東側に「藍」。

 南は西側から「白」「紫」「赤」。


 「緑」と「藍」の間に、もう一つ迷宮があるのではないかと考えられていた。

 迷宮が見つかる度に調査団は本部を移動させて、ど真ん中にはなにも置かないようにしていたという。


 けれど結局、このど真ん中には迷宮はなかった。「橙」は迷宮の描いた四角形よりも北にぽつんとあって、魔術師の遊び場は全部で九つだろうと結論が出ている。


 結論は出たものの、結局ど真ん中にはしばらくの間なにもできなかった。

 既に迷宮の描く四角の外側に店や宿が建てられてしまっていたからだ。

 なので、しばらくの間ぽっかりと開いたまま取り残されていたのだが。


「そこに屋敷を建てたのが、魔術師たちでした」


 人々が暮らしていくのに必要なものが迷宮を囲むように作られていき、最後にできたのが魔術師たちの私塾だったという。

「そこにホーカ・ヒーカムもいるのですか」

「そうなんですが……」


 キーレイの言葉が詰まる。

 キーレイの言うど真ん中の辺りは、歩いたことがあったはずだ。「緑」に行く時など、ニーロやマリートの家、カッカーの屋敷の辺りから進めば、真ん中辺りを通り抜けていくようになる。

 けれど確かに、魔術師たちの屋敷が並んでいる光景には覚えがない。たまたま通らなかっただけ、ではないのだろう。キーレイの顔はどう説明しようか、迷っているような気配があった。


「なにか、問題がありますか」

「人によってはたどり着けないのです」


 どんな人物が、どんな理由でなのかは、よくわからないと神官は言う。


「以前はあんな風ではありませんでした。でも今は、あの辺りは通り抜けられはしますが、入るとなんだか妙な感じになるんです」

「どうなるのですか」

「魔術師たちの仕業だとは思いますが、どうなるかは人によって違うようなんです」

「キーレイ殿は、ホーカ・ヒーカムの屋敷には?」

「私は彼女のところに寄ったことがないんです。用がありませんから。けれど色々な人の話を総合すると、行けたり行けなかったりするようでして」


 キーレイは屋敷のある場所自体は知っているらしく、どの通りから入って、どこで曲がるか、どんな建物なのか、道のりを教えてくれた。

 けれど、行き着けるかどうかはわからないという。


 歯切れの悪い言葉の理由を、ウィルフレドは身をもって思い知っていた。

 路地に入る前に出会った魔術師らしき男にも念のため道を聞いて、キーレイから聞いた通りだとわかっている。言われた通りに進んで、四回目の木箱との遭遇を果たしたところだった。


 仕方なく道を戻って「赤」の入り口近くへと出ると、謎の現象は終わった。

 振り返り、街の中央部分へ目を向けると、何軒もの家が連なっているのが見えた。見えたが、さっきの路地で見た風景とは違うように感じられる。並んだ屋根の色、壁の素材、敷地を分ける塀の色など、違うとしか思えなかった。


 

 樹木の神殿へ戻ると、キーレイの姿はなかった。

 神官として以外にも立場があり、忙しいのだろうと思う。

 ささやかな祈りを捧げて外へ出ると、カッカーの屋敷の前にはフェリクスたちの姿があった。

「あ、ウィルフレド!」

 フェリクスとティーオが手を振っている。すぐそばにはカミルとコルフも並んでいた。

 朗らかな若人たちの笑顔に惹かれて、ウィルフレドは歩みを進めた。


「探索帰りか」

「そうなんだ。一緒に行ってくれる神官がいて、試しに『緑』に行ってきたところ」

「どうだった」

「うーん。修行のためにぜひ行きたいって言ってたんだけど、キツかったみたいでさ」

 だから予定よりも早く切り上げてきたとティーオは笑っている。

 なかなか必要な人材をそろえるのは難しいね、と。

「今日の予定はもうないのか」

「うん、そうだね。もう昼過ぎだし、こんな時間からできる仕事ってないじゃない?」

 せいぜい訓練するくらいかなあとティーオが呟き、フェリクスが頷いている。

 目の前にちょうどいい講師がいると思ったのかもしれない。瞳がキラキラと輝いている。


 四人はまだまだ初心者だが、必要な能力の持ち主が揃った将来性のあるパーティで、ウィルフレドははたと気が付いて、若者の一人に視線を向けた。


「コルフ、少しいいだろうか」

 駆け出しの魔術師の少年は突然声をかけられ、驚いた顔をしている。

「え、俺?」


 他の三人を残して少し離れたところへ歩き、ウィルフレドはコルフにこう問いかけた。


「ホーカ・ヒーカムという魔術師を知っているか」

「え、ああ、知っているよ。時々教えてもらっているし」

 授業料が高いんだけど、とコルフは愚痴をこぼしている。

「彼女の屋敷へ行きたいのだが、案内を頼めないだろうか」

「えっ? なんでまた……」

 コルフの驚きは更に増して、目がまん丸になってしまっている。

「術師ホーカに用があるの?」

「いや、屋敷にいる……であろう者に聞きたいことがあって」

 コルフは腕組みをして、首を斜めに傾げ、唸っている。

「ウィルフレドにたどり着けるかな」

「たどり着けなかったんだ。キーレイ殿に道を教えてもらったが、なぜか道に迷ってしまって」

「もう試したんだ。そうか、そうか」

 コルフの顔はますます斜めに傾いて、傾いたままこう呟いた。

「今から行きたいの?」

「できれば」


 ニーロが留守にしているので、その間に用を済ませてしまいたい。

 ウィルフレドが正直に話すと、コルフは朗らかに笑って、道案内を引き受けてくれた。


「みんな、ちょっと用が出来たから!」

 コルフが声をかけると、フェリクスたちは手を挙げて、屋敷の中へと消えていく。

 そのまま、コルフはウィルフレドと並んで歩き出していた。


「術師ホーカの屋敷に知り合いなんていたの?」

「知り合いではない。もしかしたら、有用な情報を持っているかもしれない人物がいるんだ」

「へえ」

 詳しい事情については聞かない。探索者同士の暗黙の了解を、コルフは守ってくれるようだ。

 二人で並んで歩いている間に、ウィルフレドがなぜあの路地で迷ってしまったのか、理由も教えてくれた。


「あそこの路地、魔術師たちがいたずらをしているんだよ」

「いたずら?」

「ただ通り抜けるだけなら、すーっと行けるようになっているんだけどね。あの辺りを抜けられなかったら面倒だし、ただの通行人は通すようにしてるんだって。だけどそうじゃない場合、誰のところに行きたいか決めずにブラブラ歩くと迷っちゃうらしくて」


 ウィルフレドには明確な目的地があった。コルフの言う条件には当たらないが、更なる理由が語られていく。


「術師ホーカの屋敷だけは特別にもっと客を選んでいるみたいなんだよ。ホーカが歓迎したい相手じゃなきゃ、入れないんだ」

「私は歓迎されなかったということか」

「たぶんね。ホーカはちゃんとお金を持って自分に習おうとしている魔術師か、それか……」

「それか?」

 コルフはウィルフレドに顔を近づけ、ささやくような小声でこう話した。


「若くて綺麗な男しか通してくれないんだ」


 なるほど、ウィルフレドはもう若い男ではない。

 「黄」の中であの少年と出会った時に、年齢の話も出ていたはずだ。何歳までに限られているかはわからないが、三十七は手遅れだろう。


「ねえウィルフレド、ニーロさんを連れてこられないかな」

「ニーロ殿を、どこに?」

「術師ホーカのところだよ。噂なんだけど、ニーロさんを連れてきてくれたらすんごい大金をくれるらしくって」

「そんな理由で来てくれるとは思えないな」

「だよねえ。そうなんだよね、お金もらえるから来てなんて、やっぱり言えないか」


 「赤」の入り口を通り過ぎたところでコルフは立ち止まり、ウィルフレドも足を止めた。

「大き目の布かなにか、持ってる?」

 懐にしまっていたハンカチを出したが、大きさが足りないとコルフは首を振った。

「この路地は目で見て進むと同じところをぐるぐる回るようになっちゃうんだ。だから目を閉じて、そうだな、俺の肩に手を置いて」


 声をかけるまで目を開けてはいけない、と駆け出しの魔術師は言う。


「こうすれば、たどり着けるのか」

「うーん、ごめん、確実ではないかも。多分行けるとは思うんだ。俺は何度かホーカに教わって、一応弟子って枠には入っているはずだから」

「授業料は必要ない?」

「あ、そうか。お金、今の手持ちじゃ授業料には足りないや……。弟子ってだけじゃダメかなあ」


 念のために財布をコルフに渡して、肩に手を置き、ウィルフレドは目を強く閉じる。


「失敗したらごめんね」

「構わない。その時はまた別な方法を考えるさ」


 こんな仕掛けがあるとは予想外だったとウィルフレドは笑った。

 景色を暗闇に変えて、コルフの左肩に導かれるまま歩いて行く。


 すると、路地を迷っていた時とは違って、人の話し声がそこかしこから聞こえてきた。

 魔術のなんたるかを語っているようであり、脱出に必要な考え方を説いているようであり、炎を操るために大事なイメージについて教えているような声がしていた。


 コルフが黙っているので、ウィルフレドも口を閉じたまま進んだ。

 様々な声を右から左から感じながら、随分長い間歩いているように思った頃、右手の甲がぽんと叩かれた。


「もう目を開けていいよ」


 ウィルフレドがゆっくりと目を開けると、そこには大きく、高い建物がそびえたっていた。

 あちこちにつけられた窓の様子から、四階建てのように見える。

 こんなにも高い建物があっただろうか。あれば遠くからも見えるだろうに、記憶にない。


 紫色のキラキラ光る石が、あちこちに柱のように積まれて輝いている。

 建物を囲んでいる柵は頑丈そうで、こちらも濃い紫色をしている。


「入ったところに、屋敷のまとめ役をしているヴィ・ジョンって人がいるんだ。その人に聞いてみたらいいと思う」

「入っても大丈夫だろうか」

「入るだけなら平気だと思うよ。このお屋敷は、入ってすぐのところは庭みたいになっているんだ。魔術の教室は奥の方にあるし、なにしてるんだかわからない人が結構ぞろぞろいるんだよね」


 平気だとコルフは言ったが、実際に屋敷に入ってみると、自分がとんでもなく浮いた存在になってしまっているとウィルフレドは感じていた。

 屋敷に入ってすぐは確かに、庭園のような空間が広がっている。大きな木が一本あり、花が並んでいて、くつろぐためのベンチがいくつもあった。

 そこには、若い男が大勢いた。なにげなく立っていたり、地面に座りこんでいたり、ベンチに横たわっていたり様々だったが、誰も彼も透けた薄い布をまとっているだけで、同性であっても目のやり場に困る光景だった。


 よくこんなところに通っていられると、コルフへ視線を向ける。ホーカとやらは魔術を教えるのがよほど上手いのかもしれないが、若い男性にとっては危険な場所に見える。

 いや、コルフにこの危機は及ばないのかもしれない。よく見てみれば、薄布をまとった青年たちはみな恐ろしいほど美しい顔立ちをしていて、日焼けなどとは無縁な、眩い白い肌の持ち主ばかりだった。顔立ちは皆似通っていて、おそらく屋敷の主人の好みがはっきりしているのだろう。


「そこの御武人ごぶじん、なんの御用でこの屋敷へいらしたのでしょう」


 あっけにとられているウィルフレドへ、こんな声がかかった。背後からコルフが小声で、この人がヴィ・ジョンだよと教えてくれている。

 髭の戦士は丁寧に頭を下げると、やって来た理由についてまとめ役に話した。


「最近こちらに一人、少年が来ませんでしたか」

「少年、ですか」

「理由があって、私は彼の名を知りません。年は十歳くらいで、髪は栗色、瞳の色は深い青、とても態度が悪い少年です。盗みをしたせいで、商人たちから目を付けられました」


 コルフは驚いたようで、またまた目を丸くしていた。

 ヴィ・ジョンは黒い長い髪をまっすぐに伸ばした背の高い男で、年齢はそう若くはなさそうだった。

 黒尽くめの細身の服を着たヴィ・ジョンはふむ、と目を細めて、ウィルフレドの姿を上から下まで、じっくりと観察している。


「あの少年とはどういった関係で?」

「彼とは、道具屋で会いました。盗みを働いたのではないかと疑われ、拘束されていたところに出くわしたのです」

「見かけただけの間柄でしょうか」

「その後、迷宮の中でも遭遇しています。言葉は交わしていないので、見かけただけの間柄です。が、私が長い間探していた人の行方を知っているかもしれないのです」


 また「ふむ」と呟いて、ヴィ・ジョンは目を閉じている。

 しばらく考えていたようだったが、やがて大きく頷くと、どうぞこちらへと呟き、部屋の右側にあったドアを開けた。


「あの、ウィルフレド……。俺は、ここで待ってるよ」

「ありがとう、コルフ」


 気を遣ってくれた魔術師に礼を言って、ウィルフレドはヴィ・ジョンの後を追った。

 廊下は長く、どこまでも続いているように見える。

 途中にいくつも部屋があって、ドアがあったりなかったり、閉じていたり開け放たれたりしていた。

 薄い布だけの若い男の姿も時々見えた。みなけだるそうに、紫の布の上に横になっている。


「こちらですが」


 廊下の行き止まりにたどり着き、扉の前でヴィ・ジョンが立ち止まる。


「ホーカ様にはご内密にお願いいたします」


 屋敷の主人は魔術師であり、街の路地ですら自分の思う通りにしているというのに。

 屋敷の中で起きることを、ウィルフレドのようなただの戦士が秘密にできるものなのだろうか。


 疑問は解決しようがないがとにかく、今は扉の中に進むしかない。

 扉には鍵がかかっておらず、手をかけるとすぐに開いて、中には探していた少年がしょぼくれた顔で座り込んでいた。


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