37 神子と凡人
その日はもともと、朝から四人で集まるつもりだった。
確かに、愛らしい少女が抜けてしまったのは残念極まりない悲劇だ。でも、だからといっていつまでも落ち込んでいる場合でもない。カミルとコルフの二人、大切な希少職を奮起させるためにきちんと話をしようと、昨夜のうちにフェリクスと決めていた。
だが、早起きのティーオよりももっと勤勉な探索者がいて、部屋をノックする音で二人はこの日目覚めた。扉を開けると薄暗い廊下には薄暗い色の服を着た青年が立っていて、夢かと寝ぼけるティーオに、単刀直入にこう切り出した。
「僕と『藍』へ行ってください」
これは四人への依頼だ、とニーロは話した。
慌てて意識を目覚めさせて、ティーオは走った。まずは同室のフェリクスを叩き起こし、二つ隣の部屋の仲間達を激しく揺さぶって声をかけ、着替えと洗顔をさせて食堂へ。
ぶつぶつと文句を言っていたカミルとコルフも、まだ暗い食堂の奥に座っているのが無彩の魔術師だと気が付くと、途端に足を速めて椅子へ腰かけた。
「ウィルフレドの引越しの時、赤い短剣を見ました。拾った現場へ僕を案内して下さい」
寝起きの四人は頭をフル回転させているが、まだ少し、動きが鈍い。
ニーロの言葉は聞こえてはいるが、はっきりと理解できない状態だ。
「赤い短剣というのは、フェリクスが持っているアレですか」
アデルミラのものになっていた赤い短剣を、今はフェリクスが預かっている。
いつか戻ってくるからそれまで持っていてほしいと、頼まれたからだ。
しかし、フェリクスとしてはアデルミラに戻ってきてほしくない。
そして、あの時の「藍」の探索で得られたものはこの短剣一本だけだったので、ひょっとしたら他の三人は不満なのではないかという思いもあった。探索で得たものは仲間で平等に分けるべきで、女性用だからという理由でアデルミラが持っていていいものだろうか?
そう考え、フェリクスはまずティーオに相談を持ち掛けていた。ティーオとしては、別に構わないという。一旦はアデルミラに渡したものだし、いくら戻らない方が幸せだろうといっても、持ち主の同意なしに処分するのは気が引ける。
そんな話をしていたせいで、短剣はフェリクスの荷物入れから出て、ベッドの上に置かれていた。
ニーロはウィルフレドの引越しの際に部屋を訪れ、赤い短剣を目にしたのだと言う。
「そうです。それを発見した場所へ僕と行ってください。報酬は一人三百出します。帰りは『脱出』の魔術を、出来ない場合は『術符』を使うと約束しましょう」
「藍」の迷宮の六層まで行って、あの危険極まりない罠にかかる。あの長い下り坂を落ちていくのは不安だが、ニーロも一緒なら間違いなく夕方までには戻れるはずだ。それで一人につき三百シュレールもらえるのなら、破格の仕事と言えるだろう。
そもそも有無を言わさぬ空気を放つ大先輩に異を唱えられるものではなくて、四人は慌てて動き始めた。
相手は熟練の有名人。
そう思って緊張を走らせていた四人だったが、ニーロの応対は想像していたよりも柔らかなものだった。
迷宮内で得たものがあれば、四人でわけてよい。「帰還の術符」を見つけたとしても、四人でわけて良いという。
「ただし、現金に換えるのであれば僕に売ってください」
つけられた条件はこれだけだ。迷宮内で戦いになれば参加するし、スカウトとしての仕事も必要とあらば引き受けてくれるという。
これ以上ない好条件の仕事だが、逆にその分、事情が気になる。
あの赤い短剣がどんな意味を持っているのか。これについてはティーオが思い切って質問してみたが、「あの短剣になにかあるのですか?」という問いに対する答えは「ええ」だけで、詳しい説明はない。聞いてはならぬことのように思えて、四人は気にしながらも、追及はしなかった。
迷宮までの道の途中で、魔術師は四人に朝食までおごってくれた。腹が減っては探索は出来ない。自身も鹿肉のサンドを立ったまま食べて、早朝の迷宮都市の空気は少しだけ和やかだ。
そんな風に一緒に立ち食いをしてみれば、ニーロは同じ年代の若者でしかなかった。
いつもとは違って、長い髪を後ろでしばり、裾の絞られた動きやすい服装をしているからかもしれない。これはスカウトの仕事に備えた格好らしかった。魔術師は長い丈のローブを好んで着ているが、あれはなにかの役に立つのか。今度コルフに確認してみようと考えながら、ティーオは朝食を胃に詰め込んでいる。
食事が終わって、一行は「藍」の入口へと進んでいった。朝早いせいか、他の探索者の影はない。
「僕は後列に入ればいいですか?」
前列はティーオ、フェリクス、カミルが並ぶ。ニーロが入るのならば、アデルミラのいた位置が最も都合がいいだろう。四人は顔を見合わせて、なんとなく、一番年上のフェリクスが答えた。
「それでお願いします」
「わかりました」
ニーロと行動を共にした経験があるのは、フェリクスだけだ。マリートとウィルフレドまで一緒になって「緑」へ潜っている。
そう、ウィルフレド。つい先日まで同じ部屋で貧乏暮らしをしていた初心者が、今ではもうニーロの家に居候をし始めている。彼が出て行ったのは昨日の話だが、二人は一体どんな風に同じ空間で過ごしているのだろう。
「藍」の迷宮の一層、二層は大した強敵も出ない明るい空間で、ティーオはついついこんな余計な思考の中に浸かっている。
同居し始めたばかりだというのに、いきなり置いていかれて、あの髭の中年は今日はなにをして過ごすのだろうか。ちらりとニーロに目をやると、灰色の瞳は真剣そのもので、まっすぐに藍色の通路の先を見据えている。
反省しながら、前を向く。だがそんなティーオに気が付いていないらしく、背後からはコルフの少しのんびりとした声が聞こえてきた。
「ニーロさん、あの……。『脱出』を教えてもらえませんか」
「無理ですね」
無情なほどにあっさりと会話は終わる。
この後もコルフは何度か尊敬すべき魔術師と会話をしようと試みたが、簡潔な返事を投げ返されるばかりで続かない。
四層まではあっという間に辿り着いた。明るいし地図もある上、ニーロの助けがあればどんな敵との戦いも瞬時に決着がついたからだ。
四層からは灯りの罠があったが、それもまったく苦にならない。進むスピードが速いから、スイッチが切れる前に次の通路へとたどり着けた。こんなに楽な迷宮だったか、と四人は自分たちの実力の無さに呆れている。休憩する必要もない。
かつてない速度で進む「藍」の道。
道程は楽だが、記憶は苦い。近づくほどに蘇る恐ろしい思い出に、四人は不安を感じ始めている。
「ニーロさん、あの、短剣を見つけた場所なんですけど」
恐ろしい罠が仕掛けられていた、とコルフは話した。消え入りそうな小さな声で話した見習いに、熟練の魔術師は初めてまっすぐに目を向ける。
「『藍の大穴』ですね」
「御存じなんですか」
「ええ。落ちると戻れない仕掛けがあるらしいと聞いています」
続けてニーロは、一度試しに入ってみたかったのだと話した。
「でも、落ちて戻った者はいないので、即死系の罠があるのではないかと思っていました」
ですから、あなた方がかかったと聞いて本当に嬉しかったんです。ニーロは目を輝かせながら、口元に笑みまで浮かべている。
他人が罠にかかって嬉しい、しかもかかった張本人に向かって言える人間はそうそういないだろう。
魔術師はやはり、少しくらいおかしな感性の持ち主がなるものなのかもしれない。ティーオはそう考えて、顔をしかめている。
「穴の底は行き止まりでしたか?」
ニーロの問いに、コルフは小さく唸りながらなんとか答えていく。
「落ちた先の部屋は暗くて、よく見えなかったんです。隠し通路があって、その先は狭い小部屋だった……、よな、カミル」
「ああ。本当に行き止まりだったかどうかはわからないけれど、熊が出ました」
「ウィルフレドに聞きましたよ」
散々な「藍」と、栄光の「赤」。互いがした探索について、ウィルフレドと同室の仲間はそれほど詳細にではないが話をしていた。
ウィルフレドの容態が悪かったり、忙しかったりして時間がなかったせいもあるが、それよりも自分たちの間抜けぶりが情けなくて、かなりかいつまんで話してしまった。
それを、ニーロは聞いていたという。
「なかなかないのですよ、本当に帰る方法がない行き止まりというのは」
「そうなんですか?」
「ええ。たとえば罠が作動して閉じ込められる場所などもありますが、そういう場合は解除できれば抜け出せるようになっています。絶対に戻る道も仕掛けもない可能性のある場所というのは、僕の知る限り『黄』の五層にある一ヶ所だけでした」
実際に陥れば悲惨でしかない状況に、魔術師はむしろ高揚だとかロマンの類を感じているようだ。ティーオたちを「幸運」だと称えているような口元のほころびに、ますます呆れた気持ちは強くなっていく。
「熊が出るんですよ」
「聞きました。落ちた先は何層目なのでしょうね」
「熊が出てくるなら、十二層より下ですよね」
こんな会話をコルフとかわしながら、ニーロは敵が出れば魔術の力で打ち払っていた。
鼠も蛇も兎も、すべて焼かれるか切り刻まれるか、はたまた遥か彼方へ吹き飛ばされている。
皮だの肉だのといったみみっちい戦利品には興味がないのだろう。わけまえはいらないなどとよく言えたものだと思いつつ、ティーオは口に出せないまま歩き続けている。
「どの魔法生物が何層目から出てくるかは、これまで探索者達が出会った経験から導き出された予測に過ぎません。時には意外なものが意外なところに出てくることもありますよ」
実際に「意外な出現」に出くわした経験があるのかコルフが問うと、ニーロの表情は少し曇ったようだった。
「『赤』の二十七層で魔竜に会いました」
ラディケンヴィルスのすべての迷宮は三十六層。
六層ごとに「癒しの泉」があり、最下層では「魔竜」が待ち受けている。
迷宮についてすべてが解明されているわけではないが、おそらくはこうであろうと考えられている「常識」。その一つが魔竜の存在だった。
迷宮を踏破した英雄たちは語る。最下層で待ち受けていた敵について。倒した後に得られる、栄誉栄光、そして富。魔竜は特別な存在のはず。だった。
「二十七層って、あと九層も残っているじゃないですか」
「そうですよ」
とても意外だったし、そのせいで追い詰められたとニーロは言った。
初めて聞くおそろしい話に、四人は互いの顔を見合っている。
「そういうのって、結構あるんでしょうか」
「いえ、滅多に起きないと思います。魔法生物が出現する場所はすべて推定に過ぎませんが、それから大きく外れていた例はこれまでに一度だけです。他人から聞いた覚えもありません」
その一度がまさかの魔竜出現とは、大変なハプニングだっただろう。
それにしても、そんな状況からも無事に戻ったのか、とティーオはニーロに対する畏れを深めた。
「さて、この辺りですね」
話しているうちに六層の泉に辿り着いていた。
戦利品はひとつもない。ただただ、迷宮の申し子に守られ、話に聞き入りながらやってきただけの道だった。
「なるほど、床のスイッチで作動するのですね。天井から落ちてくるのは蛇ですか?」
ニーロはちらりと見ただけなのに、仕掛けについてすぐにわかったようだ。
ティーオの隣ではカミルが小さく唸っている。
「あの時は確か、落とし穴が開き、蛇が降ってきた上、灯りも消えたと思う」
フェリクスの答えに、ニーロは思案を巡らせているようだ。
「蛇は面倒ですから、穴に落ちないようにしましょう。皆さん用意はいいですか? 泉の水を飲んでおいた方がいいでしょうか」
ここまでで一番働いたのは、間違いなくニーロだ。スイッチの位置をすべて覚えているのか、カミルよりもはやく灯りをつけ、雑魚たちはほとんど彼の魔術で撃退されている。
「あの、ニーロさん」
来る前と同じような暗い顔で、カミルが前に出る。
「どうして僕らと一緒に来たんですか。あなた一人でも、来られたように思えます」
拗ねたようなカミルの声に、ティーオは焦った。フェリクスもコルフも、似たような表情で鼓動を早めている。
だが、問われた無彩の魔術師は、あいかわらず顔色ひとつ変えない。
「おまじないですよ」
「おまじないとは?」
「確かに僕はよく、一人で探索をします。この『藍』の迷宮の上層半分ほどならば、かなり高い確率で生きて戻れるでしょう。大穴についても少しは聞いていましたし、あなた方のお蔭で即死の罠がないとわかりました」
けれど。灰色の瞳は、四人の表情を順番にとらえていく。
「迷宮探索はとても不思議なものです。僕はいまだにどのような仕組みで迷宮が動いているか知りません。少しくらいはコツだとか、傾向を把握してはいますけれど、でもそれだけです。僕には多分、持っていないものがあります」
持っていないもの。ニーロには確かに、体力や筋力はなさそうである。ついでいうと、思いやりだとか、慈悲深さの類も欠けているとティーオは思う。
「いえ、そんな話はいいのです。とにかく、迷宮にはよくわからない力が働いています。どうしても『一人では起こらない』現象があるように僕は思うのです」
なにかを言いかけたように見えた。ティーオはそう思ったが、あえて口にしなかったのだから、ニーロはもう話さないだろう。
それに、新たに示された言葉も気になる。「一人では起こらない」。
「一人では駄目なことがあるのですか?」
「わかりません。けれどとにかく、あなた方と来れば僕の望みが叶うのではないかと思ったのです」
それがニーロのいう「おまじない」らしい。
彼の望みとはなんだろう。
あの赤い短剣と関係があるのだろうか。
気になって仕方ないが、きゅっと結ばれた唇から、強い意思の力が溢れだしているように見えた。ティーオも、他の三人も。追及できない。なんなのかと、問いかける勇気に欠けている。
結局、泉の水をひとくちずつ飲んで、一行は落とし穴の前に並んでいた。
あの巨大な滑り台をまた、往かねばならない。
気が重い。でも今日は、蛇は落ちて来ないらしい。あの暗がり。たまたま見つけた隠し通路の位置は、すぐにわかるだろうか。ニーロがきっと、見抜く。でも、また、熊が出てくるかもしれない。あの獰猛なけだものも、魔術師は一撃で打ち抜くことが出来るのだろうか?
安堵と不安が絡まり合って、四人の魂を震わせる。
もちろんニーロはそんな初心者たちの繊細な心の動きなどお構いなしだ。
すたすたと通路を進む魔術師の背中を、四人は追わねばならない。
罠を作動させると同時に、天井へ向けてなにかを打ち出す。蛇を降らせる穴はそれに塞がれたようで、なにも落ちては来なかった。五人はただただ長い坂を滑り降りて、暗闇を抜けていき、広い部屋のど真ん中へ放り出されている。
だが前回と違って、すぐに光があたりを照らした。手練れの魔術師はなんでも出来るものらしい。彼のように、ただそこにいるだけであらゆるものを生み出せる存在がいたならば、探索に必要な荷物は相当減らせるようになるだろう。
「隠し通路はどこですか?」
カミルの返事は自信なさげで、足取りも頼りない。何度か空振りをしたのちになんとか「あの時の奇跡」を見つけ出して、細い道を行く。この先に、またいるかもしれない。そう思うと、四人の心はずっしりと沈んでいく。ニーロという守護者がいてもなお、あの時刻まれた恐怖は動きを鈍らせる。
そしてまだ、お構いなしだ。路地裏でも行くかのような早足で、ニーロは進む。いつの間にか隊列は崩れて、「ニーロと臆病な四人組」と化している。ティーオもフェリクスも、もちろんカミルとコルフも、期待などしていない。出来ないとわかっている。あの灰色の瞳が優しげに細められて、大丈夫です、僕がついていますなんて言うはずがない。だがわかっていても、振り返って欲しい。そう願ってしまう。なにが現れても、あなた方の命を保証しますと、言って欲しい。だが彼は決して言わない。迷宮ではなにが起きるかわからない。だから、彼は「脱出」ないし「術符」を使うと約束した時にこう一言つけ加えている。
「ただし、僕が生きていた場合には」と。
そんな究極の誠実さに、素人がケチをつけられるわけがなかった。
例の小部屋にはすぐに着いた。中にはなにもいない。熊の姿はなく、あの時落ちていた千切れたベルトもなかった。
「ここです」
「確かですか?」
「はい」
返事をしたカミルの額には汗が浮かんでいる。ひょっとしたら「似たような場所」である可能性も考えられる。
「大丈夫だ、ここだよ」
力添えをしたものの、証拠はない。方角を確認していないし、地図を作ってもいない。ティーオもいつの間にかじっとりと汗をかいていたが、ニーロは変わらず涼しげな表情だった。
「なるほど」
たいして広くもない部屋を眺めている魔術師の背後へ、ゆっくりと四人は動いた。
熊が現れたのは入ってきた細い通路側だったので、そこからどうしても離れたかった。
任務は完了した。ニーロの依頼はこれで果たされた。
あとは無事に帰りさえすれば、報酬がもらえる。なにも拾えなかったけれど、三百もらえればしばらく暮らしていける。そんなささやかな安堵は、悲鳴に破られた。
「ひゃあ!」
情けない声をあげたのはカミルだった。声に驚いて他の三人も飛び上がったが、周囲にはなにも見当たらない。
「どうかしましたか?」
「あれ、いや……。なにかがいたような気がしたんですけど」
言い訳するスカウトに、なぜかニーロはニヤリと笑った。口の端だけをあげた表情は初めて目にするもので、ティーオとフェリクスは思わず顔を見合わせている。
「あなた方についてきてもらって良かった。得るものの多い探索になりました」
「本当ですか?」
「ええ」
笑みを湛えたまま、ニーロは右腕を前へと突き出した。
その腕の先で、轟音が響いている。
悠々と歩み出す魔術師に、四人はおそるおそるついていく。
細い通路の途中には、巨体が倒れていた。
ニーロは首を落とされた「熊」の腹に右足を乗せ、突き刺さったままだった長剣を抜くと、また笑った。
「脱出」の魔術で抜け出した場所に、ティーオもフェリクスも見覚えがあった。
家の中。五人の目の前には、驚いた顔のウィルフレドがいる。どうやら剣の手入れをしていたらしく、カミルは残念なことに鞘の上に降り立ってしまい、足を滑らせて転んだ。
「ウィルフレド、彼らに手伝いをしてもらいました。二階に現金が入った袋がありますから、一人につき三百ずつ渡して下さい」
「そんな役目を受けていいのですか?」
「なにか問題がありますか?」
それだけ言い残すとニーロは剣を持ったままどこかへ去って行ってしまった。
残された五人はそれぞれに面くらったような表情でしばらくぼんやりしていたが、その後、報酬の配分はきっちりと行われた。
「本当に金に頓着のない人らしい」
ウィルフレドは髭を撫でながら苦笑いを浮かべている。
「まだ二日目なんだがな」
「でも、もしもお金が盗まれたらすぐにわかりそうな気がする」
ティーオの言葉に、カミルが頷く。コルフはきょろきょろと魔術師の家を眺めていたが、長居していい場所とはとても思えなくて、四人は早々にニーロの家を後にした。
カッカーの屋敷の食堂の片隅。
遅い昼食を食べながら、四人はうなだれていた。
楽な仕事ではあった。探索に行かねばとは思っていた。滅多にない機会に恵まれたはずだった。
けれど、重い。ニーロは特別なのだと知ってはいても、あまりにも実力の差がありすぎた。
「あれで同い年なんて意味がわからない」
コルフはため息をもらすばかりで、皿の中身が一行に減らない。
「スカウトとしてはまだ未熟だなんて、嘘だったな」
カミルもしおれた花のように、ぐったりと頭を垂れている。
「仕方ないさ、生まれた時から探索者になるよう仕込まれたような人なんだから」
あんな人材は本当に他にいない、世界でたった一人の特殊型だ、とティーオは話した。
だが、今日再び自分たちの現状に失望してしまった二人の心は、なかなか動かせそうにない。
「魔術を使うのにいちいち集中だの、詠唱だの、必要ないってどういうやり方なのかさっぱり理解ができない。そういうやり方が確立されているなら、教えてくれる魔術師のひとりやふたり、いてもいいと思わないか?」
コルフが唸り、カミルも続ける。
「見ただけで罠がわかるなんて、そんなスカウトがいるはずがない。魔術なのかな? 魔術でなんとか出来るのか? だったら僕には無理だよ」
愚痴ばかりを吐く二人を、年長者のフェリクスはこう諌めた。
「ニーロは俺たち以上に迷宮に潜っているんだ。罠の位置を覚えていたり、配置の予想なんかが出来るのは、深い経験を積んだからだろう。文句を言うのは、同じだけ迷宮に行ってからにするべきなんじゃないのか?」
あんな迷宮馬鹿にはなれない。
喉まであがってきたこの台詞を、カミルもコルフも飲み込んで、心の奥底へ戻した。
フェリクスの言う通り。ああはなれないだろうけれど。それでも経験を積まなければ。
出来るようにはならない。
噛みしめてから、思い出した。二人も夜中、ずっと考えていた。
このままではいけない。
またやる気を出さなければ、夢は叶わない。
強くなければ、有名にはなれない。強くなければ、女性を守れない。
そうだ。女性だ。アデルミラは去ってしまったが、この世の女性がすべていなくなったわけでも、ない。
「そうだな、フェリクス」
ようやくほんの少しだけやる気を取り戻して、カミルは笑った。
相棒とまったく同じ思考を辿って、隣でコルフも微笑んでいる。
「いや、なにか役に立つあれこれを学べるチャンスだと思ったんだけど、高度過ぎてなんにもわからなかったな」
「本当だよ。熊も一撃だなんて、あの人は本当に同じ人間なのかなあ」
軽口を叩けば心もすっかり軽くなる。
「よく考えたら、ニーロさん剣を独り占めしたよな」
確かに。だが、こうも考えられる。
「でも、あそこに着いた時点で俺たちの出番は終わっていたから……」
そもそも、「ついていっただけ」だ。
四人がいなければならなかったのか、それともいなくても良かったのか。
わからないが、仕事に見合わない額の報酬は既に受け取っている。
ひよっこたちは揃って笑顔を浮かべると、やっと、次の探索のための話し合いをし始めた。




