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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
51_Fortuitous Encounters 〈ありふれた冒険譚〉

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246/247

236 熱烈投合

「わたしはミクリシェリア・ツカル・ネレス。西の方の、スアリアから来たんだけど、わかる?」

「うん」

「スアリアの中では一番東にある街で、ここからも近いんだけどね。で、幼馴染が探索者になるって小さい頃から言ってて。本当に迷宮都市に行っちゃったらしいんだ」

「その人を追いかけてきたの?」

「別にそういうんじゃなくて、単純に面白そうって思ってさ。家にいてもそろそろ結婚相手がどうだのなんだの、親がうるさいでしょ。面白くないじゃない、そんなの。迷宮都市なら仕事もたくさんあるっていうから、思い切って来たってわけ」


 なにを入れる為かわからない、粗末な小屋のようなものの前で、二人は互いに名乗り合っていった。

 シェリアはエルンと同じで十五歳だが、ひと月もしないうちに誕生日が来て十六歳になるらしい。


「探索はどのくらいしてるの?」

 エルンの問いに、シェリアは不敵な笑みを浮かべている。

「これからだよ。今は準備期間」

「準備?」

「そう。だってほら、あんたみたいに体も大きくないし、力もないから。がふふ。剣を振り回す係は無理なんだよね」

「ってことは?」


 シェリアの顔は愛らしいが、笑い方がどうにも気になる。

 神官の可能性はなさそうだと考えるエルンに、シェリアはまたがふがふ笑った。


「スカウト」

「え、ホント?」

「……兼、魔術師よ」


 自信満々の笑顔に、エルンは驚いていた。


「まさか、両方?」

「そんなに驚くこと?」

「だって」

「便利でしょ。スカウトで魔術師がいたら。絶対仲間にしたいでしょ」

「うん!」

 前のめりに頷く少女に、シェリアは気取った顔を作り、またにやりと笑ってみせた。

「その為にお金を貯めてんの。魔術師の塾は高いし、スカウト技術を教わるにもいろいろ必要だっていうからね」

「ああ、なるほど……」

 まだその段階かと呟いたエルンを、シェリアはじろりと睨みつけている。

「大変なんだよ」

「それはわかるよ。あたしだって宿代払うのに苦労してるし」

「ああ、話が通じて良かった。どうやら、ただの単細胞じゃないみたいだね」


 嫌みな物言いはかちんと来るが、今は好奇心の方が上回っていた。

 エルンはようやく見つけた同い年の女性探索者をもっと知りたくて、更に問い掛ける。


「普段はどこで寝泊まりしてるの?」

 北の安宿から毎日南の市場に来て働いているのだろうか。

 疑問に思って聞いてみると、思いがけない答えが返って来た。


「ここよ」

「ここ?」

「これ」


 シェリアは腕を真後ろに向けて、小さな小さな小屋のような物を指さしている。


「これ? え、ここで寝泊まり? できる?」

「できるよ。わたしはあんたほど大きくないし」

「いや、大きさの問題じゃないよ」

 

 誰の小屋なのか? それは知らない。

 勝手に使っていいのか? 文句を言われたこともないし、良いんじゃないの。


 勝手極まりない返答の数々に呆れつつ、エルンは立ち上がって小屋の扉を開いた。

 中は見た目通りの狭さで、シェリアが横になっただけでいっぱいになってしまうだろう。

 折りたたまれた敷布と、着替えらしきものがあるのがかすかに見える。

 辺りはすっかり薄暗くなり、灯りはつけられないのか考えたところで、ようやく事態に気付いてエルンは声をあげた。


「やば! もう帰らなきゃ!」

「どうしたの、エルン」

「お店の手伝いしなきゃならないの」

「ん? どっかで働いてんの?」


 焦りつつ、エルンはグラッディアの盃について手短に話した。

 話している間に思いついたこともあり、シェリアをまっすぐに見据えて、こんな提案をしていく。


「シェリアもおいでよ。女の探索者の為の店だから、リティさんもいいよって言ってくれると思う」

「でも、宿代がかかるでしょ」

「相談には乗ってくれるよ。北にある宿屋よりも安くしてくれるし、お店の手伝いで済ませてくれたりもするし」

「うーん、でもなあ」

「あのさあ、シェリア。こんなボロ小屋で過ごしてたら、変な人が来たりしない?」

「それはあるね」

「やっぱり!」


 危ない目に遭う前に移動した方が良い。

 エルンの説得に、シェリアは小さく唸っている。


「大丈夫だけどなあ。確かに、夜中に変な男が来たことはあるよ。でも事前にちゃんと気付いて、さっと外に出て隠れてやるの」

「気付かなかったらどうすんの。力じゃ敵わないでしょ」

「そういう時は声をあげるから大丈夫。わたし、かなり大きな声が出るんだよ。この市場、人っ子一人いないことってほとんどないんだよね。悲鳴を聞いたら誰かしら駆けつけてくれるでしょ」

「口を塞がれちゃったら意味ないと思う」


 面倒臭そうな顔をするシェリアに、エルンは少しがっかりしながらこう呟いた。


「シェリアは可愛いから心配だよ」


 殴ればすぐに穴が開いてしまいそうなほどの弱々しい小屋で、なにが起きても不思議ではない。

 エルンが心の底から案じていると、いつの間にやらシェリアはにんまりと笑みを浮かべていた。


「可愛いって言った?」

「……うん。言ったよ」

「がふふ。もう、やめてよ。照れるじゃないの。可愛いだなんて」

 エルンの袖をぎゅうぎゅう引っ張りながら、シェリアはくねくねと身を揺らしている。

「グラッディアの盃だっけ」

「うん。行く?」

「行く」


 小屋の中の敷布に着替えを包むと、シェリアはさあ行こうと声をあげた。

 調子の良さに笑いつつ、急がなければとエルンは足を速めた。


 急いで戻ったもののグラッディアの盃の営業は始まっており、リティの視線が痛い。

「遅くなってごめーん、リティさん」

「はいはい、お帰り、エルン。はやいとこ手伝いを頼むよ」


 厨房の奥から出てきた店主は、後ろに連れた少女に気付き、立ち止まっている。


「その子、お客じゃなさそうだね」

「シェリアっていうの」

「話は後で聞くから、上に案内してやんな」


 グラッディアの盃は、女性探索者の為の出会いの店。に、するつもりだったところだ。

 今はただの飲食店だが、いつかやって来るかもしれない女の探索者の為、二階に客室を用意している。


 エルンはうきうきとシェリアを連れて、自分が使っている部屋へ戻った。

 部屋の中には四つのベッドがあるが、整えられているのはもう一か所だけ。

 シェリアはわあと声をあげ、ベッドに飛び込み、両手をいっぱいに伸ばしていた。


「うはあー。ベッドだあ」

「ねえ、あたし、下で店の手伝いしなきゃなんないの。もう夜の営業始まってるから、話は後でになっちゃうんだけど、いいかな」

 ごろんと寝転んでいたシェリアはぴょんと飛び起き、急に出来たルームメイトへ問いかける。

「手伝いって難しい?」

「料理できる?」

「うーん。ちょっとくらいなら?」

「仕事はいろいろあるよ。食器洗ったり、野菜の下拵えをしたりとか」

「そのくらいなら大丈夫」


 また二人できゃっきゃと階段をおりて、営業中の厨房へ。

 既に客は入っており、おいしそうな匂いが漂っている。

 わけのわからない仕事で消耗したエルンの腹はぐうぐう鳴っていて、目の前を通り過ぎていく皿によだれが止まらない。

 それでもぐっと堪えて労働に勤しみ、夜の営業を乗り切っていく。


「さ、二人とも食べな」


 店は閉まり、二人の探索者の前には皿が並べられている。

 余ったパンとシチューをたいらげながら、シェリアは向かいに座る店主へ自己紹介をしていた。


「市場の小屋って……。あんた、今までよく無事だったね」

 新たにやって来た少女の暮らしぶりを耳にして、リティは表情を曇らせている。

「節約したかったの」

「わかるけどね。とにかく、今日からはここで暮らすといいよ。探索者になるなら、体は大事にしないと」

「こんないいところがあるなんて、もっと早く知りたかったなあ」

 シェリアは頬を赤く染めて、拳をぎゅっと握りしめている。

「ここからが本当のスタートかあ。頑張るぞ。スカウト兼魔術師兼、できれば神官として」

「随分欲張りな子みたいだね」

 リティが驚いた顔を向けてきて、エルンもつい笑ってしまう。

「神官も目指してたの?」

「癒しの力があったら便利でしょ。まあ、神殿には断られたんだけど」

「なんで?」

「そんな片手間でやれるものじゃないって」


 当たり前だとリティに言われても、シェリアはへらへらと笑っている。

 食事はすぐに済んで、居候のような二人は食器を洗ってこの日の仕事を終えた。


 新たなルームメイトは勢いよく階段を駆け上がっていき、そんな姿を笑うエルンを呼び止める声がする。


「エルン、ちょっと」

「なに、リティさん」


 引退はしているが、リティは元は探索者であり、目つきは鋭い。


「あの子、探索には行ったことないみたいだけど」

「ああ、うん。そうなのかも」

「本当に行く気があるのかちゃんと確認した方がいいよ。口だけって可能性もあるからね」


 肩をぽんと叩かれて、エルンも二階へと上がった。

 「口だけ」の意味を考えながら、一段一段、のろのろと。


 探索者になるつもりでスアリアからやって来た。

 幼馴染の話を聞いて興味を持っていて、今は準備をする為に、資金を貯めようとしている――。

 リティが密やかに伝えてきた言葉の意味を、エルンは噛み締めていく。

 魔術師やスカウトになるには時間がかかる。何年も準備に費やしていれば、年も取るし、気持ちが変わる可能性も高くなっていくだろう。


「はあ、ベッドってこんなにいいものだったけえ?」

 シェリアは柔らかな寝床で目を閉じて、幸せそうに笑い声を漏らしている。

「ねえ、シェリア。明日はどうするか、もう決めてる?」

「ううん」

「荷物とかは他にはないの?」

「ないよ」

「じゃあさ……」


 一度、迷宮に行ってみないか。

 思い切ってこう切り出すと、スアリアから来た少女はぱっと身を起こした。


「え。行くの? 準備が全然できてないんだけど」

「そうなんだろうけど、どんなものか見ておいて損はないじゃない?」


 「橙」や「緑」くらいなら、特殊な技能の持ち主がいなくても、歩くくらいはできる。

 

「あたし、この間『緑』でいろいろ教えてもらってさ。剣の扱い方とか、迷宮を歩く時の注意とか」

「『緑』って草が生えてるんだっけ」

「そう。床に蔦がぶわーって広がっているところがあるの。そういう時は足元に気を付けるとか、棘が刺さった時どうしたらいいかとか、しっかり教わったんだよね」


 シェリアは急に真剣な顔をして、エルンをじっと見つめている。

 

「草ってどんな風に生えてるの? 迷宮の床ってツルツルの石なんでしょ」

「本当だね。土じゃないのに……。どんな風に生えてるか、見に行ってみる?」

「二人で平気?」

「仲間を探せばいいんだよ。北の方には仲間探しの場所があるから」

「そうなんだ。そこってやっぱり、男ばっかり?」

「まあね」


 話している間に、ジマシュと名乗る男について思い出していた。

 また酒場街にやって来るだろうか?

 できればあまり遭遇したくなくて、他に良い場所がないか、エルンは考える。


「そっかあ。でも、あんたがいるんだもんね」

「あたしが?」

「そう。男ばっかりの場所でも、二人で行けば心強いでしょ」

「うん!」


 前向きな言葉を受けて、エルンもちょうど良い場所を思いつき、ようやく出来た仲間にこう語った。


「スアリアに続く西門の辺り、食堂がいっぱい並んでるんだよね。あそこも初心者がいっぱい来る場所だっていうから、行ってみたら良さそうな人が見つかるかも」

「そっか、東門の近くにたくさん宿屋があるんだもんね」

「そうそう。朝になるとぞろぞろ初心者が出てきて、大通りを歩いているんだよ。みんな、『橙』か『緑』に向かうの。早い時間でも賑やかなんだよ」

「行ったことあるの?」

「あたし、早く起きて走ってるんだ。大通りは露店がいっぱいあって面白いよ」

「なによ、走ってるって」

「故郷では毎朝走るのが日課だったの。父さんと一緒にね」


 明日行く場所を決めて、二人は着替え、ベッドに横たわった。

 仲間が見つからなければ、仕事を探せばいい。

 市場での荷運びの仕事も、二人で引き受けて手分けをしてもいいわけだし。


 話しているうちにうとうとしてきて、眠りの中に落ちていく。

 気が付いた時にはもう朝で、隣のベッドからシェリアが転がり落ちているのが見えた。



「ようし、じゃあ行こうか!」


 朝の走り込みを短めに済ませ、体を洗って、準備は万端。

 まだ眠そうな相棒を連れて、エルン・アイガートはまずは西に向かって歩き出した。

 西の大通りに出たら、今度は北へ。「緑」に向かう探索初心者たちとすれ違いながら、北西の食堂街を目指した。


 こんな時間に食堂街をうろうろしているのは、仲間を求める探索初心者と決まっている。

 店主たちは安く済ませられる軽食を用意し、仲間探しならこちらへどうぞと道行く者に声を掛けていた。


「へえ、あんな風に呼びこんでいるんだ」

 シェリアは楽しげに声をあげ、きょろきょろと辺りを見回している。

「この辺って初めて?」

「来たばっかりの時はこの辺で仕事を探してたんだけど、給仕くらいしかなかったんだよね」

 奥にある怪しげな店からの誘いもあったけど。

 愛らしい顔に大きな胸の少女だから、声をかけられるのも当たり前なのかもしれない。

 エルンはそんなことを考えながら、人が大勢集まっているところがないか店を覗いている。

「あ、あそこ、探索者っぽいのがいっぱいいるね」

 

 探索に行くわけではないだろうに、腰から短剣を提げた若者が大勢集う店があった。

 気合いを見せたいのか、それとも迷宮に行き損ねてこちらに来たのか。

 わからないが、シェリアの指さした店には確かに大勢客が集まって、皆迷宮兎の炙り焼きを頼んでいるようだ。

 肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、エルンの腹の虫は今日も元気にぐうぐう鳴っている。


「やあ、お嬢さん方! 名物の炙り焼きを食べていかないか。串にさしてあるから、片手でぱくりといけるんだ」


 店員の名調子につられて、二人も店へ足を踏み入れる。

 早速頼んだ炙り焼きを手に、店内を見渡していく。

 丸いテーブルがいくつも並んでいるが、椅子はなし。若者たちはそれぞれにテーブルを囲んで、隣に立つ見知らぬ誰かに声をかけているようだ。


「やあ、君たちも探索者?」


 早速声をかけられて、エルンは振り返る。

 でこぼことした少女の二人組に声を掛けてきたのは、鋭い目をした青年だった。

 背はそう高くないが、袖から覗く腕は筋肉質で、悪くはない。

 そんなことを考えるエルンの隣で、シェリアはがぶりと炙り肉にかじりついていた。


「美味しい」

「はは、これ、美味いよな。俺もすっかり気に入って、この店に来るのは三回目だよ」

 若者は感じの良い笑顔を作ると、振り返って誰かに声をかけた。

 串焼き肉を受け取って、二人の男がやって来る。

「俺はナッコ。こいつらと一緒に迷宮都市に来たんだ」

 ナッコに招かれた二人もそれぞれ名乗る。一番背が高いのがターレン、大まじめな顔でにこりともしない最後の一人が、ラディエルという名らしい。

「俺たち、同じ村の出身でさ。王都よりちょっと北にある、シャーリンドの近くのフラッコってところ」


 羊を飼うか、畑を耕すか以外の未来を求めてやって来たんだ。

 しゃべりの担当はナッコと決まっているのか、三人が始めた冒険についてぺらぺらと話している。


「王都から見たら、南の方なのかな。ちょっと東か。あたしはマリーデンの近くにある町から来たの」

「ああ、マリーデンね。結構大きな町だって聞いたことがある」

 エルンは名乗り、まだ肉にかじりついているシェリアについても紹介していく。

「こっちはシェリア。スアリアから来たの」

「ラディケンヴィルスで出会ったのかい」

「そうだよ。出会ったって言っても、昨日なんだけどね」

「へえ、そうなのか。仲が良さそうに見えるけど」


 ナッコの視線はちらちらとシェリアに向けられており、ターレンも同様。

 小さくて可愛らしい子の方が、男は好きに決まっている。

 これまでの十五年での学びのお陰で、エルンの中に嫉妬などはない。


「探索の仲間を探してるんじゃない? 俺たちは三人組でさ、あと二人、誰か一緒に行けたらって思ってるんだ」

「なるほどね」


 エルンは頷き、今日は探索に挑む為の仲間を探しに来たとナッコたちに話した。

 

「まだそんなに慣れてるわけじゃないんだ。だから、試しに行ってみる程度でもいいって人がいたらと思って」

「へえ、そうなんだね。じゃあ、俺たちはきっとちょうどいいよ」


 なあ、と振り返り、ターレンは胸をぽんと叩いてみせた。


「俺たちはこれまでに何度か『橙』に挑んでる。『緑』にも行ったことがあるよ。地図も買って、見方も覚えたところさ」

「いいじゃない」


 ようやく串焼きを食べ終えたシェリアは、この話ににっこりと笑った。

 ナッコとターレンは一気に頬を赤く染めて、でれでれとした顔でエルンの相棒を見つめている。


「エルンも『緑』に行ったんでしょ。この子、結構しっかりやれるらしいんだよ」

「そうなんだね。『橙』は混んでるし、『緑』で練習した方がいいんじゃないかって俺たちも考えててさ」

「そうだったか?」

「余計なことを言うなよ、ラディエル」


 シェリアとナッコがぺらぺらと話して、いつの間にかこの五人で「緑」に向かう空気になっていた。

 それでいいのか考えてみるが、特別に反対しなければならない理由が見つからない。

 目の前の三人は昔からの知り合いで、互いについて良くわかっている。

 今日偶然出会っただけの初心者同士よりは、連携も取れるだろうし、仲間の為に働くだろう。

 たまたま同じ場所に居合わせただけの寄せ集めよりは期待ができる。自分たちで地図を持っているのも心強い。


「ねえ、いいんじゃないの、エルン。特技なんかはなさそうだけど」

「あはは、シェリアちゃん、厳しいね」


 特技がないのはお互い様であり、ケチをつけられる立場ではない。

 最初はみんなずぶの素人で、迷宮に向かう勇気があればそれで充分と考えるべきだろう。


「戦いは少しくらいはできるんだよね?」

「ああ、もちろんだよ。浅いところに出て来る鼠だの兎だのなら、何十匹も倒したぜ」 


 剥ぎ取りについては、ナッコは苦手、ターレンはそこそこ、ラディエルはそれなりにやれるらしい。

 エルンの脳裏にぱっと浮かんできたのは、クリュの美しい顔だった。

 本当は女の子だろうと散々疑ったせいで、印象を悪くしてしまった。

 最初に「そうなんだ、ごめんね」と素直に謝っていれば、仲間になっていたかもしれないのに。


 いつかまた会えますように。

 雲の神にそっと祈りを捧げて、エルンは改めて鼻息を荒くするナッコたちを見据えた。


 世にも珍しい女性探索者二人組と約束を取り付けようとするナッコたちの背後に、いつの間にやら何人も男たちが並んでいる。

 視線のほとんどはシェリアに向いていて、三人組が断られたら申し出ようと考えているのだとわかった。

 

 多少でれでれとしてはいるものの、ナッコたちは下品な物言いをしていないし、あからさまにエルンを無視しているわけではない。

 ラディエルの表情はずっと冷静で、なにか起きた時にはストッパーになってくれるかもしれない。


「じゃあ、一度行ってみようか」

「おお! やったぜ!」


 ナッコとターレンは飛び上がり、後ろに並んでいた男たちがすごすごと去って行く。


「落ち着けよ、二人とも」

「なんだよ、ラディエル。お前だって嬉しいくせに」

「女と組めるってだけで浮かれすぎだろ」


 改めて五人でテーブルを囲み、探索の具体的な計画を立てていく。

 地図はある。探索の経験がないのはシェリアだけ。

 三人は北にある安宿に逗留しており、他に予定はないらしい。


「明日行ってみるってことでいいかな」

「うん、いいよ」


 向かう先は「緑」の迷宮。

 「橙」よりは空いているし、腕の良い先輩に指導してもらったばかりだから。

 エルンが最近体験した探索について話すと、三人の若者は感心し、うらやましいと口々に話した。


「そんな風に教えてくれる人と出会うにはどうしたらいいのかな」

「エルンはどうやったんだい」

「それは、ええと……」


 クリュが声をかけてきたのは、「よからぬ誘いに乗ったから」だ。

 波打った金髪の気障男が本当に危険な人物かどうかは、正直言うとわからない。


 わざわざエルンを探し出し、止めに来たのだから、真剣だったのは間違いないと思う。

 女の探索者と出会いたくて声をかけてきたわけでもなかっただろう。

 

 結局真相は謎のまま、半信半疑であり、出会ったばかりの他人に話すのは気が引ける。

 腕組みをしたまましばらく悩んで、エルンはちょうどいい言い訳を思いつき、こう話した。


「東の方に探索者が集まる酒場があるでしょ。そこに、神官がいたの」

「へえ、神官が来ることなんかあるのかい」

「珍しいんじゃないかな。大勢に囲まれてたし」


 とにかく偶然に神官と出会い、その知り合いが付き合ってくれて、良い学びを得た。

 嘘ではないし、これでいい。エルンはほっと息を吐き、ナッコたちはうらやましいと口々に囁いている。


「こまめに行ってみた方がいいんだな。思いがけない出会いがあるってことなんだから」

「そうだよそうだよ。こんな可愛い子とも出会えるんだからな」


 でれでれとしたターレンの誉め言葉に、シェリアもまんざらではないようだ。

 むふふとだらしない声を漏らして、くねくねと体を揺らしている。


「じゃあ、明日『緑』の入り口の辺りで待ち合わせでいい?」

「ああ、いいよ。変な奴らに声をかけられないよう、気を付けて」


 約束を済ませて、串焼きの店から出る。

 シェリアは初の探索の約束に興奮しているらしく、意味もなくぴょんぴょんと跳ねていた。


「ふうっ、とうとう探索をするのね! いやあ、どうしよう! いいところまでいけちゃったりしたらどうしたらいいの!」

「落ち着きなよ、シェリア。すぐに準備を始めないと」

「準備?」

「持ち物を揃えないとね。鞄持ってる?」

「鞄……」

「ないよね。あんまり重い物持ち歩けないだろうし、小さいのでいいと思う。食事と薬と、いろいろ買って用意しないと」

「そっか」

「手ぶらで探索なんて、よっぽど腕の良い人だってやらないと思うよ」


 二人は一度ねぐらに戻り、財布を持って再び街へ飛び出していった。

 なにも持っていないシェリアの為に、探索に必須の道具を洗い出し、揃えていく。

 小さな鞄に、包帯、薬、保存食、追加の着替えを一枚。


「武器もあった方がいいよ、シェリア」

「え、武器? そんなのいる?」

「いるよ。みんなやられたら、自分で戦わなきゃいけないんだから」

「もう、嫌なこと言わないでよ……」


 唇を尖らせる相棒に笑いながら、エルンはふっと思い出して、南門近くの武器屋へ向かった。

 女性客の多いシュルケーの工房には、護身用の小さなナイフがたくさん並んでいる。

 しゃれたデザインのものも多く、文句を言っていたシェリアも目を輝かせていた。


「へえ、いいじゃない。こういう武器もあるのね」

「軽くて使いやすいらしいよ」


 大して威力はないのだろうが、ないよりはマシだ。

 鼠だの兎だのに襲い掛かられても、これを振ればなんとか切り抜けられるかもしれないから。


「これ綺麗……、うっ、高いな」

 並べられたナイフの前で、シェリアは悔しそうに唸っている。

 

「あ、あなた、この間来た」

 ふいに声をかけられてエルンが顔をあげると、見覚えのある店員の少女が笑っていた。

「もしかして仲間が見つかったの?」

「うん、この通り」

「わあ、良かったね。探索に行くの? ナイフがいるんなら、こっちにもいろいろとありますよ」


 案内されて、シェリアと共に別の棚に向かう。

 そこには豪華な飾りのない、シンプルなナイフが並べられていた。値段も控えめで、きっと独り言を聞かれていたのだろうとエルンは思う。


「さっきの奴の方が好みだなあ」

「戦いに使うんだよ。あんな飾り、ついてない方がいいんじゃないかな」

「なるほど。それもそうか」


 財布の中身と相談をして、好みの色味のものを選んで、会計してもらう。

 店員の少女は優しく微笑んで、気を付けていってらっしゃいと二人を送り出してくれた。


 翌朝、いつもの走り込みはこの日はなし。

 なんといっても、探索に挑むのだから。


 初めて共に歩く三人組と、迷宮に初めて足を踏み入れるシェリアと。

 不安がないわけではない。けれど、ひとかけらも自信がないわけでもない。


 エルンは自分の頬を叩いて気合いを入れ、荷物を背負った。

 隣にはだいぶ小さな鞄を腰に付けたシェリアがいて、目をキラキラと輝かせている。


「よし、じゃあ、行こう!」


 意気揚々と歩き出そうとする二人を、こんな声が止めていた。


「エルン、シェリア。今日はどこに行くんだい」


 わざわざ早起きしてくれたのか、グラッディアの盃の店主であるリティが立っている。


「リティさん」

「探索に行くつもりなんだろ」


 いつになく真剣な眼差しをしたリティに、エルンは「緑」へ向かうと告げた。

 元探索者の女は静かに頷き、二人の手を順番に強く握って、必ず帰ってくるようにと伝えている。


「わかった」

「女神さまがあんたたちを守ってくださいますように」


 リティの祈りに背中を押されて、二人揃って歩き出す。

 東側にある女性探索者の為の店から、西にある草の生い茂る迷宮へ。

 

 迷宮都市にはさまざまなごたごたがあり、少し前まで魔術師街を通るのは危険とされていた。

 しかしそれも、もう解決されている。エルンやシェリアのような探索初心者たちにはあずかり知らぬところで、様々な人々が努力を重ねて、安全な道に戻してくれた。


 だからもう、まっすぐ西に向かっても大丈夫。

 のんきに鼻歌を歌いながらでも、なんの問題もない。

 エルンとシェリア。迷宮都市でも珍しいまだ少女の探索者が二人揃って、軽やかな足取りで歩いていく。


 「橙」と「緑」は大抵いつも混みあっていて、探索者たちは行列の最後尾を探すのに夢中になっている。

 なので、入口付近にある看板にはあまり気付かない。


 理由は誰も知らないが、「緑」の迷宮の入り口には看板があり、「この下、七番目の渦」と書かれている。


「七番ってなんだろうな」

「難しさの順番じゃあないもんなあ」


 約束をした三人組は既に迷宮入口にいて、謎の看板を見つめてああだこうだ言い合っているようだ。


「おはよう、ナッコ、ターレンと……、ラディアルだっけ」

「ああ、おはよう。名前を覚えていてくれて嬉しいよ」


 看板を見つめていた三人は約束通り来てくれたと喜び、最後の最後でラディエルの名を訂正された。

 ごめんと謝り、行列の最後尾へとまわる。

 順番を待つ間に、今日得た物は五等分にすると決め、並び方についても話し合っていった。


「地図を見る係が一人いると安全だと思うんだ」

「戦いには参加しないで?」

「うん。その時いる位置を見失うのが一番危ないから」

「すごいな、君は。その通りだよ」


 経験の浅い初心者がそう気づかないのは、大勢が迷宮に入り込んでいるからだ。

 戦いで足が止まっても、向かいから戻って来る者がいたり、後ろから追い抜いていく者がいて、地図がなくても道のりはわかってしまう。


「シェリアは地図の見方はわかるかい」

 ナッコに問われて、少女は首を傾げ、微笑んでみせた。

「今、勉強中なの」

「そうなのか。じゃあ、後列で一緒に見ながら進むっていうのはどうだい。実際に迷宮を歩きながら見た方が、理解が早いと思うんだ」


 ターレンに肘でつかれて、ナッコがよろける。

 シェリアは口を押さえ、下品な音を出さないように笑っているようだ。


 結局、最初はナッコとシェリアが後列を歩き、地図を見ながら進むと決まった。

 エルンとターレン、ラディエルが前。つまり、戦いを引き受ける。


「エルンは剣をどこで習ったんだい」

「父さんに教わったの。父さんは自警団のリーダーで、泥棒退治なんかお手の物なんだ」

「へえ、そりゃあ心強いね」

「女なのに、お前の父親は剣を教えたのか?」


 ターレンは上機嫌だが、ラディエルの顔にはあまり表情がない。

 強い嫌悪などは感じないが、少しだけかちんときて、エルンは青年を睨んだ。


「なにか悪い?」

「いや、珍しいと思っただけだ」

「そうかな。女だって剣を使えた方がいいでしょ」

「まあ、確かにな」


 あっさりと納得するラディエルに拍子抜けしつつ、エルンは故郷から持ってきた剣に触れた。


「父さんは男の子が欲しかったんだって。男の子だったら絶対に剣の達人にするって決めてたらしくてさ」

「男の兄弟はいないのか」

「母さんは、あたしを生んですぐに死んじゃったんだ。だから、きょうだいはいないの」


 こんな告白にラディエルは俯き、そうかと小さく呟いて答えた。

 三人の青年は揃いも揃ってみんな黒髪で、俯かれると見分けがつかなくなりそうだ。

 目の色もお揃いのこげ茶色で、シャーリンドの辺りの人々はみんなこうなのだろうかとエルンは思う。


 その後も互いについていくつか話しているうちに列が進んで、エルンたちは扉の前に辿り着いていた。


「ねえ、なんで入らないの?」

「さっき他の奴らが入ったばかりだから。すぐに追いつかないよう、少し待つんだよ」


 シェリアとの会話はナッコが独り占めしており、ターレンがじっとりとその様子を見つめている。

 まだなにも言われていないが、探索が終わった頃に、一緒に食事をしようだのなんだの、声をかけるつもりなのだろう。

 その時に自分にも声がかかるのかどうか。エルンは腕組みをして、静かに考えを巡らせていた。


 恋人が欲しいわけではない。男にちやほやされたいわけではないが、比較対象が隣にいるせいで、変に意識してしまう。

 いつだったかの酒場の時と同じように、またエルン一人が取り残されてしまうのだろうか?

 悔しいわけではないが、釈然としなくて、どう受け止めるのが適切なのか、まだわからない。


「おい、そろそろ行こうぜ」


 ラディエルが声を掛けて来て、エルンは慌てて余計な考えを振り払っていった。


「うん。じゃあ、行こうか。準備はいい?」

「もちろん、大丈夫!」


 シェリアの声は明るく、笑みを浮かべた顔は愛らしい。

 でれでれとした男たちに呆れながら、エルンは扉に手を掛け、力を入れて押した。


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― 新着の感想 ―
マティルデを思い出してしまいそうになる少女ですが、どうなって行くのか気になりますね〜
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