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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
49_Early Intervention 〈防衛線〉

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229 天敵

「静まりたまえ、皆、一度口を閉ざしたまえ!」


 急に割って入って来た神官に驚いたのか、青年たちも少女も言われた通り、皆口を噤んだ。

 一気にしんと静まり返った酒場の奥で、店主も目を見開いている。


「先ほどのような状態では、話は進まないだろう。順番に話す為に列を作って並べば、混乱は収まるのではないかな」


 唐突に神官が現れ、ごく真っ当な主張をした結果、女探索者に絡んでいた青年たちは店を出ていってしまった。

 店には平和が訪れたが、活気も削がれて、客は残っているものの、誰も口を開く様子がない。


「ちょっと……、皆行っちゃったじゃない」

 被害者であったはずの女探索者から苦情を言われて、ケルディは唸る。

「君を助けようと思ったのだ」

「確かにぎゃあぎゃあ煩かったけど、誰もいなくなったら意味がないでしょ」

「まともな話し合いはできていなかった」

「あんなの、放っておけば良かったんだよ」


 そのうち勝手に決着がついたのに、と少女は言う。

 余計なことをしたと言いたげな態度で、ケルディはむっとしていた。


「なあ、あんた神官なのか?」

 急に背後から声をかけられ、振り返る。

 その声に反応した者はそれなりに数がいて、今度はケルディが囲まれていた。


「樹木の神官のしるしだよな、それ。仲間を探しているんなら」

「俺なんかどうかな。もう何回も探索には行ってるんだ」


 そろそろ次の目標を設定したい、少し難しい探索に挑みたい。

 そんな野望を抱いた探索者たちが次々に声をあげて、ケルディに迫ってくる。


「神官にしては良い体をしているじゃないか」

「私は剣も使える」

「へえ、すごいなあ。そんな神官がいるなんて、初めて聞いたよ」


 女性を囲む輪は解けたが、今度は神官を仲間にしたくてたまらない探索者が増えていく。

 声を聞きつけた者が続々と入って来て、店は再び混みあい、騒がしくなっていった。

 隣にはまだ女性探索者がいて、冷たい目でケルディを見つめている。

 想像とは違う展開になり、周囲を落ち着かせようと声をあげたが、誰の耳にも届いていないようだ。


「君たち、一度黙ってもらえないか」

 先ほどとは違う展開にしたい。一度静かになるだけで良い。去って欲しいわけではない。

 こんな考えが働いて、無意識に声量を抑えていたせいなのか。

 もしくはこの場に集った面々がよほど図太い者ばかりなのか、騒ぎはまったく収まらなかった。

 肩に手を置く者がいて、それを払おうとする男がおり、見咎めて怒鳴る丸坊主も現れて。

 話どころではなくなってしまった酒場で、ケルディは迷う。

 どうするべきかわからず、無力な呼びかけを繰り返していると、鋭い音が響いた。


 おそらくは、手を叩く音だったのだろうと思う。

 それはパンと店の隅まで轟いて、若者たちの口を塞いだ。

 

「好き勝手に話すのはもうやめよう。神官殿も困っているじゃないか」


 ケルディを囲んでいた青年たちが道を作って、一人の男が現れる。

 金色の波打った髪に緑色の瞳をした男前で、涼しげな顔で周囲を見渡すと、笑みを浮かべた。


「仲間探しは落ち着いてするものだよ。選んで欲しいと声をあげるのは悪いことじゃないけど、騒ぎすぎるのは逆効果だ」


 なあ、と目を向けられて、ケルディは頷いていた。

 隣にいた女性探索者からも、動いた気配を感じている。

 酒場は急に静まり返って、集まっていた青年たちは周囲のテーブルに散っていき、それぞれに自己紹介などをし始めたようだ。


「すまない、神官殿。落ち着いて欲しかっただけなのに、皆、気が引けてしまったようだね」


 金髪の男が近付いてきて、テーブルの上に腕を乗せる。

 騒ぎの中心であった真ん中の席には、女性探索者とケルディだけが残っていた。


「でも、こんな機会を逃す手はないだろうから、名乗っておこう。俺はジマシュ。探索はそこそこやって来たんだが、固定の仲間はいなくてね。皆、探索からは引退してしまったんだ。だから今、新しい仲間を探してる」

「へえ、そうなの」

「上級者と名乗れはしないが、戦いはそれなりに。スカウトの真似事もできるよ」

 ジマシュは声を潜めてこう打ち明け、二人に順に微笑みかける。

「あたしはエルン。ここに来てまだ三か月もしないけど、剣は使えるよ。父さんが自警団のリーダーを務めてて、小さい頃からしごかれてきたんだ」

「へえ、それは頼もしいね」

 良い出会いを果たした探索者たちが、揃ってケルディへ視線を向けている。


「私は樹木の神に仕えている、ケルディ・ボルティム……だ。ラディケンヴィルスへはまだ来たばかりだが、故郷で神官として修行を積み、王都で仕えていた元騎士に剣を教わってきた」

「それはすごい。道理で体格がいいわけだ」

「便利だよねえ、神官が戦いもできると」


 名乗り終わると、すべてが和やかに進み始めた。

 スカウト技術がある者がいて、神官がいて、剣の腕の良い者がいるのなら、もう組むしかない。

 話は自然とまとまり、真ん中のテーブルに熱気が満ちていく。

 エルンは上機嫌な様子で肩に手を置いてきたし、ジマシュの笑みは優しく、探索者らしからぬ品に満ちていた。


「実は、良さそうな奴らを二人見つけているんだ。昨日別の酒場で出会ってね。あと二人見つけたら、探索に行こうって話になっている」

「あたしたちが行けば、ちょうど五人になるってこと?」

 男がゆったりと頷き、波打った金髪がふわりと揺れる。

「残念ながら魔術師はいないけど、良ければどうだろう。お互いの腕を確かめる為に、まずは『橙』に行ってみないか?」

「うわあ、こんなにいい話ある? ねえ、ケルディ。行ってみようよ」


 エルンに背中を叩かれて、心が一気に緩んでいった。

 基礎は学んできたが、探索にはまだ不慣れだから。この誘いに乗って「橙」に向かえば、きっと良い学びになるだろう。

 ド素人だけで行かなくて済むのも良いし、二人の人当たりの良さは、「固定の仲間」の可能性を強く感じさせるものだから――。


「ああ、是非、行かせてくれ」

「決まりだな。明日の予定は空いている? 昨日の二人はすぐにでも行きたいと話していたから、誘えばすぐにやって来るよ」


 エルンは問題ないと答えた。

 ケルディにも、予定はない。

 迷宮都市の住人と言葉を交わす良い機会が訪れたと考えるべきで、断る理由はなかった。


 明日の朝、「橙」の入り口近くで落ち合うと決まる。

 ジマシュとエルンがいれば、人違いをする可能性などないだろう。

 そんな軽口で、話し合いは終わった。


「では、また明日」

「じゃあね! あはは。やった、やったあ。良い探索ができそう!」


 エルンが足を弾ませて去って行き、ジマシュも北へ続く道の先に消えていく。

 ケルディの向かう先は樹木の神官の為の寮だが、帰る前に明日の支度を整えるべきだろう。

 必要な持ち物はなんだったか、考えながら道を行く。

 明日やって来る二人も前で戦う者だろうから、ケルディは多分、後列を歩くことになるはずで。


 神官としての役割をしっかりとこなし、五人組に必要な人間だと言われたい。


 道具屋に寄り、必要な物を買い込み、忘れ物がないか何度も確認すると、帰り着いた頃には夕方になっていた。


「あ、ケルディ。お客さんが来ているよ」

 寮に帰り着くなり声をかけられて、入口そばの応接間の扉を開ける。

 神官の為の寮は質素な造りで、たいした家具は置かれていない。

 樹木の神に仕える者の証が刺繍されたカバーだけが立派な部屋に入ると、眩い輝きを放つ人物が待ち受けていた。


「サークリュード! 私の客とは……、君だったのか。なんということだ。待たせてしまったのではないか」

「別に待ってはないよ。ちょっといい? 話があるんだけど」

「なんだろう、サークリュード」


 立派なカバーがかけられた椅子に腰かけて、女神の如き美貌と向かい合う。

 白い肌に、輝きを放つ髪、そしてなによりも美しい、凍った大河を思わせる薄青の瞳。

 うっとりと幸せに浸る神官に嫌そうな顔を見せると、クリュはケルディにこう問いかけてきた。


「今日、探索の仲間を探す店にいたよね? 北の方の、ごちゃごちゃしたところ」

「ああ、行った」

「やっぱりケルディだったんだ」

「サークリュードもあそこにいたのか? 何故声をかけてくれなかった。君がいたのなら」

「ちょっと待って。先に話を聞いて」


 真剣な顔で諫められ、ケルディは黙る。

 浮かせていた腰を再び椅子の上に下ろし、言葉を待つ。


「あそこでくねくねした金髪の男と話してたよね」

「明日共に探索をする予定だ」

 素直に答えたはずが、クリュはがっくりと肩を落としている。

「ああ、サークリュード。君を差し置くつもりなどない。共に探索に挑みたいというのなら、いつでも応じる。準備ならば既に」

「女の子がいたけど、もしかしてあの子も一緒に行く?」

「ああ、そうだ。だが、勘違いしないでほしい。彼女はたまたまあの店に」

「ちょっと黙って。大事な話をするから、口を挟まないでちゃんと聞いて」


 びしりと指をさされて、再び黙る。

 クリュは真剣な眼差しをケルディにぐっと近づけ、囁くように話し始めた。


「あの男と探索に行ったら駄目だ」

「何故だ、サー」

「黙れってば。話はまだ終わってない」


 口にぎゅうっと力を入れた神官へ、女神はゆっくりと、大切な伝言を囁いていった。


「あいつはすごく危険な男なんだよ。そんな風に感じなかっただろうけど、いろんな人が警戒して、探ってるような奴なんだ。明日の約束には行ったら駄目だ。断りに行くっていうのも無し。……ここまではわかった?」


 言われた言葉を理解しようと、酒場でのひとときを思い出す。

 ジマシュと名乗った男は穏やかで、知的で、品があり、話も明瞭だった。

 探索に共に行かないかと誘われただけで、危険などかけらも感じていない。


「君の言い分はわかったが」

「納得いかない?」

「ああ」

 クリュは唇を尖らせて、天を仰いでいる。

「そこは俺も説明しきれないんだよなあ……」

「何故かな、サークリュード」

「本人に会ったことがないから。ジマシュって男だろ」


 細く長い指が、唇に触れている。

 クリュは俯いて考え事をしているようだが、そんな姿も神々しく、ケルディはまたも幸せな気分になっていた。


「うーん。ケルディ、その……。俺を信じてもらえないかな。今日会った男よりも、俺を信じてもらうわけにはいかない?」

 

 青い瞳が向けられて、ケルディ・ボルティムは大きく揺らいだ。

 魂をまるごと揺らされたような気がして、こくこくこくこく、必要以上に頷いている。


「君がそう言うのなら」

「え、いいの?」


 何故だか困惑した様子を見せたが、クリュはすぐに気を取り直したようだ。

 次はもう一人、共に約束をしてしまった女性探索者のところに行くぞと告げられる。


「これから探すのか? どこの宿を使っているかなど」

「俺、あの子の後を追ったんだ。だから、居場所はわかってる」

「何故そんなことを?」

「ケルディがどこにいるかなんて、神殿に聞けばすぐにわかるだろ」


 一緒に来るよう言われて、ケルディはクリュに連れられて寮を出た。

 グラッディアの盃という名の店は樹木の神殿からそう遠くもないところにあり、すぐに辿り着いている。

 女性客ばかりが来るところのようで、店は夕食の時間を迎えて賑わっていた。

 二人で入ると店の者が飛んできて、ここは女性客だけしか入れられないと告げられる。


「ごめんなさいね、連れでも男の客はお断りしてるんだよ」

「いや、客じゃないんだ。ここに、探索者の女の子がいるでしょ。少し話したいことがあって」

「エルンの知り合い?」


 クリュの姿をじっと見つめると、店員は奥の階段を上がっていった。

 外で待とうと促され、二人で店の入り口脇へと移動し、エルンが降りて来るのを待つ。


「本当に? どこにいるの? どこ?」


 やがて大きな声が聞こえてきて、扉が開いた。

 エルンは辺りを見回してケルディたちを見つけ、戸惑いの表情を浮かべながら近寄ってくる。


「ええ……っと。さっき会った神官だよね? で、その、やっぱりというか、なんというか。女の子だったんだ。もう、あの店員、やっぱり嘘をついてたんだな!」

 独り言のようにぶつぶつ言いながらやって来たエルンに、クリュが答えていく。

「エルンって名前なんだよね。俺、サークリュード。少し話があるんだけど、いいかな」

「男のふりなんかしなくていいよ。あ、駄目か。ああっ! そっちの神官には内緒だったのかな。ごめんね」

「うう。もう、今はいいや。とにかく聞いてほしい話があるから、ちょっと来てよ」


 あらかじめ目星をつけていたのか、クリュは二人を近くの路地へと招いた。

 細い路地は薄暗いが、辺りに並んだ店の灯りのお陰で互いの顔は見えている。


「俺、このケルディって神官の知り合いでさ。今日、探索の仲間を探してただろ。俺もたまたまあの辺りにいて、見かけたんだ。金髪の、ジマシュって男と約束をしていたよね」

「うん。あの人、見た目はなかなかだけど、気障なしゃべり方してたよねえ。絶対モテるよ、女に。自信満々って感じで、ああいうタイプ、あたしはあんまり好きじゃないんだけどさ」

「そっか。あのさ、詳しく説明はできないんだけど、あの男はちょっと……、いや、すごく、危険な奴なんだ」


 クリュは真剣な顔をして、ケルディに告げた注意をエルンにも伝えていった。

 共に行ってはいけない。明日の朝、断りに行くのも駄目だという言葉に、エルンは頬を膨らませている。


「なにそれ。危ないってなに?」

「最初はすごく普通なんだよ。いい話を持ち掛けてきて、感じが良い人だって思わされるんだ」

「ねえ、本当なの?」

 エルンに問われ、ケルディは反射的に頷いて答えた。

「ふうん。でもさあ、それって明日、探索に行けないってことでしょ。それに、あの人にまた会った時、なんて言えばいいの?」


 突然やって来た見知らぬ誰かに、危険だの行くなだのと言われて、納得いくはずがない。

 なるほどと考える神官へ、女探索者の目が向けられる。


「ケルディは納得してるの?」

 ふいに問われて、ケルディは大きく頷いてみせた。

「ああ。サークリュードは以前からの知り合いだ。彼は嘘をつかない」

「そうなんだ。じゃあまあ、信じてもいいけどさあ」

 エルンはちらりとクリュに視線を向け、まじまじと見つめている。

「ねえ、あなた、女の子なんだよね?」

「俺は男だよ」

「どっちなの、ケルディ」

 神官にとって、クリュは生ける女神像であり、男か女かはどうでもよい。

 自分がそう考えていたとわかり、ケルディは首を傾げた末に、こんな答えを口にしている。

「本人は男だというのだから、男なのではないか」


 知り合ってどのくらいか問われて、ケルディは馬鹿正直に答えた。

 初めて顔を合わせたのは、神官長の家で、流水の神官の為に見張りを頼まれた時。

 あれからひと月も経っておらず、エルンは呆れた顔で二人を見つめている。


「以前からの知り合いってさっき言わなかったっけ?」


 信頼はあっさりと砕けてなくなり、エルンはため息をついている。

 もう帰っていいかと言われて、クリュは慌てているようだ。


「まさか、明日、行くつもり?」

「どうかな。危険だって言いたいのはわかったけど、無視するってのがちょっと、気が進まないんだよね。親切に声をかけてくれた人なのに、約束破るなんてさ。父さんが知ったらすっごく怒られそう」

「そうしないと危ないんだよ」

「うーん。でもなあ。せっかく探索に行くチャンスだったし」

「あ、じゃあさ。じゃあ、俺が行くよ。俺はもう何年もここで暮らしてるし、最近は初心者の手伝いもしているんだ。『藍』で鹿を倒したことも、何回もあるよ」

「へえ。……でも、あの人はあと二人連れて来てくれるんだよ」


 スカウトの心得もあると言ってたし。

 エルンに不満を告げられている間、クリュは目を閉じていたが、やがてぱっちりと開くとこう答えた。


「わかった。俺があと二人連れて来る。腕のいいスカウトも呼ぶよ」

「え、本当? 呼べるの?」

「うん、絶対に連れて来るから、それで『緑』に行こう。あの男とは『橙』で約束したんだよね」


 美味しいお弁当も用意するから、だからお願い。

 クリュが目をキラキラと輝かせるとようやく、エルンも納得いったようだ。


「その条件ならまあ、いいか。本当にあと二人連れて来てくれるんだよね?」

「うん、任せて」

「連れて来なかったら……」

「いいよ、俺のこと、どうにでもしていい」


 こんな答えに、エルンはにやりと笑って去って行った。

 明日の朝は「橙」ではなく、「緑」の入り口そばで。

 クリュの姿は目立つから、待ち合わせが失敗することはないだろう。

 だが――。


「大丈夫か、サークリュード。この時間から誘える探索者など、本当にいるのか」


 クリュは静かに頷いている。

 カミルとそこまでの仲のようには見えなかったが、彼が誘えるなら、魔術師であるコルフの助力も期待できる。より良い五人組になるに違いない。

 あの二人は態度が刺々しく、あまり気が進まないが、クリュがどうしてもと頼むなら仕方がない。


 勝手に納得するケルディに、クリュが声をかけてくる。


「ケルディ、絶対に『橙』には行くなよ。あの男に会いに行くのだけは、本当に駄目だからね」


 別れ際に更に念を押されて、この日は終わった。


 約束を破るのは気が引ける。エルンの意見は至極まっとうで、神官として、いかがなものかと思う気持ちはどうしても消えない。

 本当にいいのか、せめて伝えにいくべきではないか、ケルディは最後の最後、眠りに落ちる直前まで悩んでいた。


 だが、そんな思いも眠っている間に随分と薄れてしまったようだ。


 クリュの姿を今日も見られると確約されているのだから、行くしかない。

 一日の始まりには、美しい光を全身に浴びたい。


 ケルディ・ボルティムは身支度を整えると、まっすぐに「緑」へと向かっていた。


「あ、ケルディ! ここだよ」


 早めに用意を済ませたつもりだったのに、「緑」の入り口そばには既にクリュが待っていた。

 女神の如き探索者の姿は美しく、朝日に照らされ柔らかな光を放っており、それ以外は目に入らない。


「早いな、サークリュード」

「二人がちゃんと来るか心配だったんだよ」

「君との約束を破るはずなどないだろう」

「そっか。うーん、まあ、いいか。そう思ってくれて良かったよ」


 うんうん頷くと、クリュは連れて来た「二人」を紹介してくれた。

 一人は怒ったような顔の大男で、剣を腰に提げている。

 もう一人は鋭い目をしているものの、小さい。まだ子供にしか見えず、ケルディは戸惑っていた。


「こっちはレテウス。かなり強いから戦いは任せて大丈夫」

「腕の良いスカウトというのは?」

「こっち、シュヴァルだよ」

「まだ子供のようだが」

「確かに子供だけど、本当にすごいから」

 よく見るとエルンがクリュの隣に並んでおり、唇を尖らせたまま少年を見つめていた。

 ケルディ同様、腕の良いスカウトの話を信じられていないのだろう。

「シュヴァル、ケルディだよ。樹木の神官で、剣も一応使えるんだって」

「一応ではなく、間違いなく使えるぞ」


 少年が手を突き出してきて握手を交わす。

 それを見てなのか、レテウスという名の大男も声をかけてきたので、挨拶を済ませた。


「じゃあ、並ぼう。エルンは剣を使うんだよね。ケルディはどう? 前で戦いたいかな」

「できればそうしたいが」

「そっか。シュヴァルは、地図って前で見た方がいい?」

「どこでも構わねえ。ここはそう難しいところじゃないみたいだからな」


 それぞれの希望を聞き出し、クリュは並び方を考えてくれたようだ。

 前を歩くのは怒り顔のレテウスと、ケルディ、エルンの三人だと告げられる。


「サークリュード、君は前で戦わなくていいのか」

「今日は別にいいよ。二人とも来てくれたからね」

 微笑む美しい横顔に向けて、樹木の神官は問い掛ける。

「どうしてそこまで?」

「だって、知り合いになにかあったら嫌だろ」


 女神は微笑みを浮かべて、神官の心に優しく触れた。

 そんなことが起きたような感覚があって、ケルディ・ボルティムは体を震わせている。


「あのエルンって子はあんまり信じてくれてないけどね」

「君を信じないとは、なんと罰当たりだろうか」

「なに言ってんの。俺はそんな大層な存在じゃないよ」


 ケルディみたいに無条件で信じる方が変だと思うと告げられて、ショックを受けながらも前を詰めていく。

 エルンはレテウスという名の大男と話しており、今は剣の話に興じているようだ。



 早くやって来た甲斐があり、順番はすぐに回って来た。

 前の五人組が入ってからたっぷり待って、扉を開ける。

 

 先に何組も入った後なので、四層目に着くまで戦いは起きなかった。

 謎の少年に後ろから指示をされ、その通りに進んで、とうとう魔法生物と遭遇し、剣を抜く。

 レテウスは一瞬で兎を片付け、エルンも気合の雄たけびをあげて鋭く剣を振り下ろしていた。


 負けじと前に出て、ケルディも手に力を込め、狙いを定めていく。

 ようやく迎えた晴れの舞台、いいところを見せたい気持ちが出過ぎたのか、蔦に足を取られて転んでしまった。

 その間に、二人の戦士が敵を屠って、戦いは終わり。


「大丈夫、ケルディ」

「ああ、この程度、どうということはない」

「蔦に触ってない? 毒を受けていたら大変だから、傷がないかちゃんと見て」


 へまなどしたくなかったのに、クリュが心配してくれるとわかって、心が揺れる。

 ぼやっとする神官の頭を叩く者がいて、ようやく我に返ってケルディは立ち上がっていた。


「君が叩いたのか」

 背後にいたシュヴァルに向けて声をあげると、少年は不敵な笑みを浮かべて答えた。

「お前が阿呆顔晒してるからだろ。迷宮の中だってのによ」

「なんだと」


 シュヴァルは素知らぬ顔をして、傷の確認は終わったのかと問いかけてきた。

 なにか刺さったのか右腕の袖に小さな穴が開いていて、念の為に解毒するようクリュに言われ、素直に従い、再び歩き出す。


「足元の蔦、よく見て。気をつけて」

「わかった」


 険悪なムードが続くかと思いきや、進んでいくうちに空気は少しずつ穏やかになっていった。

 シュヴァルは地図を片手に現在地を間違いなく把握し、罠がある時にはきっちりと知らせてきたし、地形に変化があった時にはクリュが必ず声をかけてくれたから。

 そして、レテウスという名の男は本当に強かった。

 敵が多く出てきた時には、あっという間に何体も仕留めて戦いやすくしてくれたし、少ない時にはエルンとケルディに譲り、危険な時だけ手を貸してくれるよう、配慮をしてくれている。


 そう気づいたのは、何度かの戦いが終わった後。

 六層目に辿り着き、回復の泉の恩恵に預かり、休憩をとった時のことだ。

 クリュが持ってきてくれた弁当を広げて、ちょうどよい行き止まりで座りこみ、エルンは感心した様子でレテウスへこう声をかけている。


「レテウスって誰に剣を習ったの? すごくない? 動きに全然無駄がないよね」

「剣は父から学んだ。長兄の影響もある。上の兄は私よりも七歳年上で、よく面倒を見てくれた」

「そうなんだ。私も父さんに教えてもらったんだけどなあ。レテウスの父さんの方が、私の父さんよりも強いんだろうね」


 レテウスは小さく頷くだけで、具体的な名前を出すことはなかった。

 会話が弾まなかったからか、エルンはシュヴァルに目を向け、話しかけている。


「朝あんたを見た時は騙されたかって思ったけど、本当にちゃんとスカウトとしての腕があるんだね」

「リュードがどうしてもって頼むから、仕方なく来てやっただけだ」

「リュードって? ああ、サークリュードか」

「クリュでいいよ、エルン」

「誰もそんな風に呼んでないじゃない」

「今が変なんだ。ここにいる三人だけなんだよ、俺をクリュって呼ばないの」


 エルンは吹き出し、ケラケラと笑い声をあげた。

 迷宮らしからぬ明るい空気を散々放って、今度はクリュの肩を叩いている。


「これ、すごく美味しいね。どこで売ってるの?」

「知り合いに頼んで作ってもらったもので、売り物じゃないよ」

「へえ、そうなんだ。ねえ、これももらっていい?」

 エルンは上機嫌といった様子でサンドを頬張り、おいしいおいしいと繰り返している。

「ねえクリュ、どこで見つけてきたの、この二人。昨日の今日でよく呼んで来られたね」

「レテウスたちとは一緒に暮らしてるんだ」

「一緒に暮らしてる?」


 何故共に暮らしているのか。

 ケルディの興味はその一点だが、エルンの次の問いはこんなものだった。


「もしかしてレテウスって、クリュの恋人なの?」

「……違うよ。男だって言ってるだろ」

「本当に? あ、一緒に暮らしてるならわかるよね。ねえレテウス」

 急に話を振られて、レテウスは少し驚いた顔をしたものの、静かに頷いて答えた。

「サークリュードは男性で間違いない」

「見たの?」


 どれだけ疑わしく思っているのか、エルンは大真面目な顔でレテウスを見つめている。

 そして、大男の返答はこうだ。


「……見てはいない」

「じゃあ、わかんないんじゃない? ねえ、やっぱり隠してるんでしょ」

 そこへシュヴァルが口を挟んできて、決着はついた。

「リュードは男だよ。俺は見たし、確認もした」

「確認……、したの?」

「ああ。こいつは男で間違いない。見た目のことは気にしてるし、苦労してるんだ。これ以上言わないでやってくれ」

「そうなんだ。うわあ、それはホントに、しつこかったよね、あたし。何度も聞いてごめんね、クリュ」

 エルンが謝り、クリュは明らかにほっとした顔を見せている。

「ありがと、シュヴァル」

 少年はふんと鼻を鳴らすだけで、答えない。

 クリュの声に目を向けることすらせず、面倒くさそうにするだけだった。


 ふいに記憶が蘇り、もしやと考え、問いかける。


「君、暴力を振るっていなかったか?」

 ケルディの唐突な問いに、シュヴァルは目を据わらせている。

「なんだよ、暴力って」

「サークリュードを叩いていなかったか」


 貸家を探して彷徨って、辿り着いた先。あの時ちらりと見えた光景と、聞こえてきた微かな声だけを理由にして、ケルディは少年を睨んだ。


「ちょっとケルディ、なにを言ってんの。シュヴァルがそんなことするわけないだろ」

「だが、私は見たんだ」

「見間違いじゃないの。大体、シュヴァルをどこで見かけたっていうんだよ」


 どうしても姿を見たくて貸家を探しまわった挙句、最後に辿り着いたような気がしており、そこでちらっと見えたり聞こえたりしただけ――。

 さすがにこんな曖昧な主張をするのは気が引けて、ケルディはなにも言えない。


 急に黙り込んだ神官をどう思ったのか、スカウトの少年はじろりとケルディを睨みつけている。


「リュードに感謝しろよ、お前。今日あの男のところに行ってたら、まんまと騙されていただろうからな」

「シュヴァルもそんなこと言うの? ねえ、あのジマシュって人が、なにをどう騙すってのよ」

 ねえ、とエルンに視線を向けられて、ケルディは即座にこう答えた。

「騙されるなど、ありえない話だ」

「どうしてそう思う?」

「樹木の神に仕える神官だからだ」


 厳しい日々に耐え、深い信仰を持って生きる者は、悪意や誘惑に打ち克つ存在である。


 信念を明確に言葉に変えてみせたたケルディに対し、少年はありとあらゆる感情を削ぎ落したような無の表情を浮かべていた。


「お前のところの、あの無駄にデカい親玉が言ったんなら、説得力もあるんだろうけどな」

「親玉とは……。リシュラ神官長のことか?」


 確かに、キーレイ・リシュラは立派な人物である。

 ケルディは頷き、心を奮い立たせてシュヴァルに告げた。


「私は探索者としても名を轟かせ、神官としての道も極めて、次の神官長になる」


 心に秘めていた決意をとうとう明かしたケルディ・ボルティムの言葉に、シュヴァルは驚いたようだった。

 だが、それは瞬時に消え去り、少年は腹を抱えて笑い出している。


「なにを笑っている!」


 故郷を出る時に、決意してきたことだ。

 必ず樹木の神官長になる。次のまとめ役として選ばれるのだと。

 迷宮都市に来て、キーレイについて知らされた後は、絶対にもっと早く、最年少の記録を更新してやると決めた。


 胸の内には正しい色の情熱が渦巻いている。

 笑われるのは我慢ならなくて、ケルディが大声で吠えると、笑い声はぴたりとやんだ。


 少年の内心がまったく理解できなくて、戸惑っている。

 一方、シュヴァルは余裕の笑みを浮かべていた。

 少年は口の端をあげてにやりと笑い、狙いを定めて、鋭く一本の矢を放ってみせた。


「お前、あの男の凄さがわかってないみたいだな」


 じゃあ駄目だ、とシュヴァルは言った。

 ケルディをまっすぐに見据えて、わからない限り、小さい男のままで終わると、はっきりと告げた。


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