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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
  X14-B_Believe in You

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181 神官の眼差し(上)

 カミルに呼び出されて、五人組は屋敷の奥にある相談室に集まっていた。


 大きな失敗をした探索の後、傷を負ったスカウトの回復には思いのほか時間がかかっている。

 カミルが体を休めている間は探索に行けないので、他の面々はそれぞれでできることをして過ごしていた。


 コルフが屋敷の初心者たちに迷宮の歩き方を教えようと言い出して、四人で手分けして何回か「指導」の時間を持っている。

 それ以外にも地図の読み方や、「緑」の低層で特に気をつけるべき毒草の見分け方、フォールードはアーク流の体の鍛え方を教えたりしていた。


 たかだか数日の出来事だが、いつもとは違う過ごし方をしている間にカミルもすっかり回復したようだった。

 大きな失敗の後だから、今日はなにか特別に伝えたいことがあるのだろう。

 アダルツォはそう考え、部屋の中を見渡している。


 そう広くもない部屋なので、フォールードが真ん中に座ると狭く感じられるようだ。

 カミルは一番奥に座っていて、隣にはコルフが、向かいにフェリクス、フォールードがいて、四人用のテーブルからはみ出すところに神官も座った。


「みんな、集まってくれてありがとう」

 声をかけられてすぐに集合した仲間たちに、カミルは穏やかな笑みを浮かべている。

 迷宮の中で起きたアクシデントのせいで、顔にはいくつか深い傷がつき、痕が残っていた。

「まずは、長く休んでごめん。体はもうそろそろ大丈夫だと思う」

「謝る必要はない、カミル」

「ありがとう」

 真剣な眼差しで声をかけたフェリクスへ、カミルはにこやかに礼を言った。

 みな思いは同じで、さっさと復帰しろと考える者などいないだろうとアダルツォは思う。

 とはいえ、焦る気持ちを責めることもできない。いつまでも探索にいけないままでは、不安も募ってしまうだろうから。


 雲の神官がそう考えたのは、カミルの表情に翳りを見たからだった。

 深刻な思いが隠れているようで、顔色も冴えないし、視線も随分下に向けられている。

 カミルはいつも堂々としているし、まっすぐに前を見据えている印象が強い。

 この変化は受けた深い傷や、失敗の記憶によるものではないか。

 この後どんな言葉が飛び出してくるのか、不安が湧き出してきてアダルツォは心の中で祈りを捧げている。


「大事な話があってね」

「なんだよ、カミル」

 おそらくはアダルツォと似たような気分でいたのだろう。フォールードは真剣な表情で身を乗り出し、スカウトに迫っている。

「コルフにはもう話したんだけど」

 アダルツォの隣で、フェリクスが唾を飲み込んでいる。

 空気はぴんと張り詰め、部屋がやけに静かに感じられる中、カミルの唇が動いた。

「術符を拾ってたんだよね」

「……ん?」

 大きな「ん」の声の主はフォールードで、瞬きをぱたぱたと繰り返している。

「術符って、もしかして、帰還の術符のことか?」

「そう」

「あの『赤』での探索の間に?」

「うん」

 フェリクスの問いにカミルは二回頷き、うまく呑み込めずにいる三人の顔を順番に見て、にやりと笑った。

「なんだよ、もう。僕がそんなに不吉なことを言うと思ったのかい」

「え? だって、それってあれだよな? 読んだだけで入口に戻れるってやつ」

「そうだよ、フォールード」

「滅多に見つからねえモンなんじゃねえのか」

「滅多に見つからないけど、実際に存在しているものさ」


 カミルは仲間たちに声を潜めるように言い、テーブルの上に昏い青に染められた札を置いた。

 フォールードは目を真ん丸にし、アダルツォも驚いて術符をまじまじと見つめている。

 

「言わずにいてごめん。通路の先の確認をした時に落ちていたんだ。十六層目の途中……、終わりの辺りでね」

「マジか」

「うん。あの時、いいペースで進んでいたからさ。話したら調子が狂うかもしれないと思ったんだ。休憩する時に伝えるつもりだったけど、その前にあんなことになっちゃって」


 話しておけばよかったのかもね。

 カミルは呟き、アダルツォも考える。

 術符があるとわかっていれば、あんな苦労はしなくて済んだだろう。

 とはいえ、帰還の術符は特別だ。貴重品であり、売れば相当な金が手に入る。

 精神的な影響は避けられないだろうから、カミルの考えも理解ができた。


「だからあの時ミスったのか?」

 フォールードの問いに、カミルは首を振っている。

「そうじゃない。わかってるだろ、フォールード。あの時は本当に運がなかったんだ」


 全員が一斉に黙って、「あの時」のことを思い出している。

 みんなこう考えているに違いない。

 あんな目に遭ったのに、よく全員生き残れたものだと。


「まあとにかく、この通り術符があるってことなんだ。使い道について話し合わないといけないだろう」

「使い道ってなんだよ。困った時に読めばいいんじゃねえのか」

「普通に使うならね」

 カミルはふっと笑うと、術符の有効なもう一つの使い道を新入りに示した。

「売れば間違いなく十万シュレールになる」

 初めて聞いたのか、フォールードはまた目をまんまるにして固まっている。

 コルフは戦士の表情を笑い、フェリクスは知らなかったのかと問いかけていた。

「高いって話は聞いたことがあるかもしれねえ。だけど、……そんなに?」

「そうだよ。滅多に見つからない貴重品だし、切り札だからね。店に並べば一瞬で町中に知れ渡るし、すぐに買い手がつくんだ」

「十万で買い取ったモンをいくらで売るんだ? そんなに払えねえだろ」

「熟練の人たちならすぐさ。腕のいい人たちは本当にお金を持っているよ。そんな人たちにとっても術符の価値は変わらない。何枚あったっていいものだからね」

 よほど驚いたようで、フォールードはぶつぶつと独り言を呟いている。

 カミルは苦笑いを浮かべると、すぐに金に換えたいかどうか、仲間たちを順に見つめながら問いかけていった。


「五等分したら、一人二万シュレールだよ」


 アダルツォがまず考えたのは、フェリクスの借金返済についてだった。

 内心でそう思ったせいで視線は自然とリーダーに向いてしまい、結果、目が合ってしまう。


「……アダルツォ」

「なんだい、フェリクス」


 短い沈黙ののちに、フェリクスはなんでもないと言って視線を戻した。

 内心を見抜かれてしまったのかもしれない。

 借金返済の手助けを申し出たとして、フェリクスはきっと断るだろう。

 そんなことを考えなくていい。自分で頑張っていくから、自分たちのことに使ってくれ。

 

 アダルツォが容易に想像できたのだから、フェリクスだって神官の言い出しそうなことがわかったのだろう。

 気恥ずかしい気分の神官とは正反対に、コルフはうきうきとした様子だ。

「塾の代金を支払うのが楽になるよなあ。魔力を高めるってローブも買えるだろうし、お金に余裕があるっていいことだねえ」

「金ってよその街に送れるもんなのかな。途中で誰かに盗まれちまうかもしれないよな」

 フォールードはチュールのために使いたいのだろう。

 確実に大金を送りたいのなら、他人に頼むより自分で持っていった方が安心だと思える。

「アダルツォはどうだい」

「え? 俺は、そうだな」


 自分と妹の生活費は、探索で稼いだ分で十分足りている。

 なにも持たずにやって来たけれど、必要な物はすべて揃っていた。

 アデルミラに綺麗な服でも買ってやればいいのだろうが、妹はきっと、そんな贅沢はしなくてよいと言うだろう。


「うーん」

「探索の時に使える装備品とかはどう? 軽くて丈夫な物がいろいろあるだろう」

「そうだね、確かに。だけどまあ、二万もあったら相当余るだろうな」

 アダルツォが正直に話すと、カミルは小さく頷き、術符は売らずに持っていても良いと話した。

「あれば絶対に便利だからね。五人のものとして備えておけば、もっと困った事態になった時にも役に立つだろうし」

「もっと困った事態ってなんだよ」

「……生き返りが必要になった時かな」


 あれは、かなり高いからね。

 

 「赤」の探索での失敗は、五人に強く死を予感させるものだった。

 カミルの言葉は胸にずしんと響くもので、部屋の中はしんと静まり返っている。


「今は売らずにとっておこうか」

 沈黙を破ったのはフェリクスで、小さく微笑むとコルフへ視線を向けた。

「コルフはどう? 魔術師の塾は高いっていうけど」

「あはは、まあね。だけど大丈夫。一番大変な脱出は覚えたし、稼ぎも安定してきたからね、やりくりすれば払える程度のもんだよ」

 五人の中で最も現金が必要なのはおそらくフェリクスで、二万あってもまだ足りない。

 カミルが売却について話したのは、形見の指輪を預けっぱなしのリーダーのためもあったのだろう。

「フォールード、鎧が壊れちゃっただろう? 代わりに買わなくていいのか」

「ああ、そうだな。でもま、そんなに金はいらねえかな。これまでの稼ぎでなにかしら買えるもんがあるだろうから」

 話し合いはこれで決着がついたようで、術符は売らずに持っておくことが決まる。

 術符はカミルのポーチに戻っていって、神秘的な金色の輝きは見えなくなってしまった。



 話し合いが終わり、みんなで食事をとり、午後の時間がやってきて。

 アダルツォはフォールードに頼まれて洗濯に付き合い、水場にしゃがみこんで服を洗っている。


「なあ、兄さん」

 結局この呼び名が定着してしまったようだ。

 アダルツォはもう気にしないと決めて、フォールードへ視線を向ける。

「なんだい」

「どうなんだよ、ギアノとは」

「ギアノがどうかした?」

 屋敷の管理人は出会って以来ずっと変わらず、最高にいい奴でしかない。

 きょとんとするアダルツォに、フォールードは首を振っている。

「アデルの姉さんとだよ」

「姉さん?」

「アダルツォの兄さんの妹なんだから、アデルの姉さん、になるだろうがよ」

「なんだよそれ」

 雲の神官は思わず吹き出し、フォールードはそうじゃなくて、と話をもとに戻していく。

「ギアノと、アデルの姉さんだ」

「え? ああ。仲良くやってると思う……、けど」

「なんだよ、公認じゃねえのか?」

「公認ってなんの話?」

「二人は好き合ってんじゃねえのかよ」


 唐突な爆弾発言に、アダルツォは洗濯物を放り出し、フォールードを連れて庭の隅に向かった。

 背の低いアダルツォに合わせてくれているのか、フォールードは背中を曲げで顔をそばに寄せてくれている。

 

「二人は好き合ってるのか、フォールード」

「俺ぁ知らねえよ。兄さんならわかってるもんだと思ってただけだ」

「わかってるというか……。ええと」

「わはは、なんで兄さんが恥ずかしがってんだ」

 庭の隅でひそひそとやりあい、アダルツォは自分よりもずっと大きな体の後輩にこう打ち明けていった。

「俺、ギアノに頼んだことがあるんだ。アデルを嫁にもらってくれないかって」

「へえ! なあんだ、もうそんな話になってんだな」

「いや、違う、嫁にっていうのは、俺の希望として話しただけだ。ギアノに了承してもらったわけじゃないし、そもそもアデルがどう思ってるかも聞いてない」

「そうなのか。だけどまあ、ほっといてもくっつくだろ、あの二人なら」

「そう思う?」

 神官に問われると、フォールードはにんまりと笑った。

「ああ、俺はそう思うぜ。ちょっと後押ししてやりゃ、あっという間さ。二人はお似合いだし、誰も反対なんかしねえだろ」

 なんの根拠もないのだろうが、フォールードの語りはやたらと力強く、頼もしい。

「兄さんにそういう相談しねえのか、アデルの姉さんは」

「しないよ。確かに俺は兄貴だし、唯一の家族ではあるけど」

「ふうん。そういうもんかね。確かにそういう話は女同士でするのかな」


 カッカーの屋敷の住人は青年だらけで、女性がいない。

 ヴァージがいてくれれば、なにか打ち明けていたかもしれないが。


「そうか、ここは男だらけだもんな」

「なんだよ今更」

「いや……、アデルには窮屈だったかと思って」

「確かに屋敷(ここ)にゃいねえが、隣にはいるじゃねえか」

 アダルツォははっとして顔をあげ、樹木の神殿には何人か女性の神官がいたことを思い出していた。

「そっか」

「ララとかいう女とは随分仲が良さそうだぜ」

 何人かいる女性の神官のうち、年齢が近いのはララだけだ。

 明るく人懐こい少女で、アデルミラからも度々名前を聞いているし、二人で笑いあっているのを何度も見かけている。


 放り出した洗濯物を洗いなおして干すと、アダルツォはフォールードと別れて樹木の神殿へ向かった。

 屋敷から入り込んできた雲の神官を迎え入れてくれたのはロカとシュクルで、挨拶を交わす。

「ララは今日は夕方からだったかな? 今はいないよ」

「ああ、そうなんだ」


 ロカもシュクルもまだ若いが、神官らしく性格は穏やかだ。

 そんな二人はなぜか興味津々といった様子でアダルツォを見つめており、顔に汚れでもあるのかと雲の神官は頬のあたりを押さえている。


「デートに誘いに来たの?」

「え? いや、違うよ。そんなわけない」

 反射的にこう答えてから、失礼な答え方をしたと気付いて、別に嫌なわけではないけどと言い訳を重ねていく。

 そんなアダルツォの様子に二人は朗らかに笑って、カミルの具合はどうか尋ねた。

「うん、随分元気になったよ。じっくり休んだから、そろそろ寝てるのにも飽きたかもね」

「なら良かった。ひどい怪我だったから心配していたんだ」

 ロカは祈りの言葉を唱え、こう続けた。

「一緒に探索をしていたんだよね。……怖かった?」


 アダルツォは迷宮での記憶を脳裏に蘇らせながら、素直に頷いている。


「うん。とても怖かったよ」

「僕も時々探索を手伝っているんだ。良かったら、話を聞かせてほしい」

 ロカの駄目かな、という言葉に頭を振って、三人で近くにあった長椅子に座る。


「『赤』の十八層まで行けたんだ。今回の失敗は俺たちの実力がどうとかじゃなくて、運が悪かったせいだと思ってる。罠の解除をしているところに敵が出てきて、戦いになっちゃってね。敵は倒したけど、どこかに当たったのかな、罠が動いちゃったんだ。爆発が起きるような罠で、それでカミルとフォールードが倒れた」

 炎が上がって、二人が倒れただけでも大変なのに、敵はまだ残っていて、フェリクスとコルフが必死になって戦ってくれた。

「なんとか切り抜けられたけど、問題はその後だった。フェリクスも傷を負ったし、コルフはかなり動揺してたから。もちろん冷静になろうとしていたけど、いつも通りにはいかないみたいだった」

「そんなことがあったんだね」

 ロカが呟き、シュクルとともに祈っている。

「俺たちのリーダーはフェリクスで、最終的な判断はフェリクスに任せてる。みんなの意見を聞いてまとめてくれるんだ。だけど迷宮の中で先頭に立っているのはカミルで、探索中のこまかなことはカミルが決めていてね」


 二人が意識を失って倒れ、フェリクスもかすり傷程度ではすまなかった。

 コルフに脱出の魔術を使うほどの力は残っておらず、歩いて回復の泉に戻るしかない。


「カミルとフォールードの傷は深くて、二人とも全快させるのは難しいと思った。どうしたらいいのか迷ったけど、また敵が現れるかもしれないし、もたもたしてはいられない」

「そうだね」

「だから、フェリクスの傷を塞いで、フォールードを癒した。カミルもなんとかしてあげたかったけど、二人ともとなると中途半端になってしまう。フォールードはかなり大きいから、動けなかったら置き去りにしなきゃならなくなるだろう?」

 樹木の神官たちは神妙な顔で頷き、その通りだと口々に囁く。

「フォールードをたたき起こして、カミルを運んでもらった。大きな傷だけは手当てをして、体力がもってくれるよう祈ってさ。……正直、賭けだったよ。スカウトなしで初めての道を戻るんだから」

「ひっかからずに済んだの?」

「コルフが地図を見てくれたんだ」


 慣れない役割を引き受け、動揺を抱えたまま、仲間の命を絶やさぬように。

 普段通りとはかけ離れた状態で歩く迷宮の道は恐ろしくて、不安でいっぱいだった。

 そして、戻る途中にも敵は現れる。

 フェリクスとコルフがまた必死になって戦い、ぎりぎりのところで切り抜けて。

 

「前で戦うのはフェリクスだけだったから、またぼろぼろになっちゃって。大きな傷を塞いでたら、俺も力尽きちゃったんだ」

「でも、それでも無事に戻れたんだね」

 意識を保とうと必死だったが、体が言うことを聞かず、景色はみるみる暗くなっていった。


 あの時、倒れ込みながらアダルツォは祈っていた。


 仲間たちが護られるように。

 ここで誰も命を落とさないように。


 記憶に残っているのはそこまでで、目を覚ましたのは屋敷のベッドの中だった。

「俺はずっとフェリクスにおんぶしてもらってたみたいだ。穴を上るのは大変だっただろうな」

 とんだアクシデントが起きたが、切り抜けられたのだから、自分たちは運が良かったと思う。

 アダルツォの話に二人は同じタイミングで頷いて、話してくれてありがとうと礼を言った。

「やっぱり、簡単なものではないよね。僕も探索の手伝いをしようと思ってるんだ」

「シュクルもなんだね。ありがとう。みんなの助けになってあげてほしい」

 フェリクスたちも神官探しにはかなり苦労をしたと話していたことを思い出し、アダルツォはシュクルの手を取り祈った。だが、当のシュクルの表情は冴えない。

「うん。あの……、今は屋敷のみんなには協力できないんだけど」

「え、どうして?」

「そっか、知らないよね、アダルツォは」

 ロカとシュクルは声を潜めて、ダインのしでかしについて雲の神官に話した。

「神官長は怒ってないみたいだけど、薬草屋呼ばわりして、いくら払えばついてくるんだなんて言ってさ」

「ええ……、そんな失礼なことを?」

 二人は顔を歪めてまた頷くと、ダインの家はお金持ちなんだろうけど、と唸る。

「今すぐついてこいなんて、できるわけがないだろう。あの時も大切な会合に出かけるところだったのに、散々邪魔して、ごねて騒いでさ。とうとうネイデン様が怒って追い返したんだよ」

「ネイデン様ってあの?」


 迷宮都市の樹木の神殿に長く仕え続けてきたベテランの神官はとても穏やかで、怒っている姿など想像がつかない。


「そう。ネイデン様を怒らせたのに、その後も懲りずに他の子を送り込んできて」

「神官長様は、まだ未熟な若者だから間違うこともあるって言うけど、だけどみんなだって考えたらわかると思うんだ。なんて吹き込まれたかわからないけど、もう神官長じゃなくてもいいからとにかく探索に付き合えなんて伝えに来て」

「ごめん、二人とも」

 あまりの話に思わずアダルツォが頭を下げると、ロカとシュクルは少し慌てたようだ。

「アダルツォは悪くないよ」

「そうだよ。それに、ギアノもしっかり注意してくれたらしいんだ」

「それからみんな態度が改まったよね」

「うん。さすがギアノだね」


 それに、ダインは結局いなくなったようだし、と二人は言う。

 屋敷にやって来た時に姿を見かけたが、直接話はしていない。

 ギアノからの注意の時には近くに座っていたが、アダルツォがダインの姿を見かけたのはこの二回程度だ。


「どこに行ったのかな?」

「さあ、良い宿に移ったのかもね。南の方の宿は随分高いって話だけど」

「仲間になった魔術師の家に住むとか聞いたよ」

「あんな奴と暮らせるかな。横柄だし、人の話を全然聞かないし、一緒にいたら落ち着かないと思うけど」

 ダイン・カンテークの評判はこれ以上なく悪いようだ。

 探索から戻ってからものんびりしている暇はなく、どんな人物なのかアダルツォにはさっぱりわからない。

「二人にそこまで言われるなんて、よっぽど滅茶苦茶だったんだね。だけどキーレイさんが言うように、いつか成長して考えを改めてくれるかもしれないからさ。実際に探索をしたら、自分の発言が良くなかったこともわかるんじゃないかな」

「……そうだね、アダルツォの言う通りだ」

「嫌な思いをしたからって、悪く言うのは違うね」


 神官として生きる為には、人間を理解しなければならない。

 三人はそんな基本を思い出し、揃って大地の女神に祈る。


「ごめん、引き留めて。ララに用事があったんだっけ。来たら呼びに行こうか?」

 ロカに問われて、アダルツォは悩む。

 いざララに会って、妹に恋の相談を持ち掛けられていないか、真正面から聞くことなどできるだろうかと。

「あーっと、いや、大丈夫」

「そう? なにか話があるんじゃないの」

「話というか、アデルのことでちょっと」


 でも、深刻なものではないから、いいんだ。

 アダルツォが答えると、後ろから声がかかった。


「なにがいいの?」

 ちょうどやって来たのか、ララがにこにこと微笑んでいる。

「ララ、いいところに来たね。アダルツォがアデルミラのことで相談したいんだって」

「なあに。アデルミラがどうかしたの?」

 ララは大きな目をキラキラとさせていたが、なにか思いついたようでぱっと表情を輝かせた。

「わかったー! ギアノのことでしょ」

 ずばり当てられて、アダルツォは驚いて小さく飛び上がっている。

「え、どうしてわかるんだ。アデルがなにか話してた?」

「あは。やっぱりね。アデルはなんにも言わないけど。アダルツォがアデルについて相談したいなんて、恋の話しかないじゃない?」


 そうなのだろうか。アダルツォは戸惑っているが、ララはうふうふと笑ったまま勝手に話し続けていく。


「わかるよ、アダルツォ。アデルミラとギアノ、良い感じだもんね」

「そう思う?」

「アデルミラは絶対ギアノが好きだと思う。うふ、もちろんギアノもね」

「え、本当に?」

「うん! そうだよね、ロカ、シュクル」

 

 ララの問い掛けに、ロカもシュクルもうんうんと頷いている。

 樹木の神官たちの見解はフォールードとまったく同じのようで、アダルツォはほっとしていたのだが。


「んー、でも、ギアノはなあ」

「えっ、ギアノに問題なんかある?」

 アダルツォよりもロカの方が大きく反応し、ララは腕組みをして、急に声を潜めた。

「ギアノ本人には問題なんかないよ。そうじゃなくて、ギアノを好きな子が他にもいるでしょ」

「本当に? え、誰?」

「マティルデだよ。最近あんまり見かけないけど、すっごく頼りにしてるし、大好きって感じがすごーく出てるもん」


 出ていただろうか。確かに、仲が良いとは思っていたけれど。

 確信できずに悩むアダルツォに構わず、ララは続ける。


「私は断っ然、アデルミラの方がいいと思う。いつだって息ぴったりだし、お互いを思いやってるのがすごくわかるから。二人でいるところを見て、いっつもお似合いだなって思ってるんだー」

「なあララ、問題っていうのは?」

「あ、うん。マティルデがギアノを好きなの、気付いてるはずだから。遠慮しちゃうんじゃないかなって。そういうところがあるでしょ、アデルミラは。正直、心配してるの」

「そういう意味か」

「ギアノにはアデルミラと結ばれてほしいよな」

「うん。絶対それがいいと思う」


 樹木の神官たちは三人で盛り上がっているが、どうやらアデルミラの幸せを考えてくれているようだ。

 アダルツォがほっとしているとララと目が合い、可愛らしい樹木の神官少女はこんなことを言いだしている。


「ギアノが毎日美味しいお菓子を作ってくれて本当に嬉しいんだよね。……あ、もしかして、私がギアノのお嫁さんになったらいいのかも?」

「なにを言ってるんだよ、ララは」

「お菓子だけなら作り方を教えてもらったり、買えばいいだろ」


 ロカとシュクルに責められ、冗談でしょ、とララは舌を出している。

 すると遠くから咳払いの音が聞こえて、四人はネイデンが奥から見つめていることに気付いた。


「ごめん、アダルツォ、引き留めちゃって。あのさ、僕たちもギアノには世話になってて。なにかと気にかけてくれるし、本当になんというか、大好きなんだよね、ギアノが」

「だよね、ロカ。なんでもできるし、惜しみなく教えてくれて、そんなに年も違わないのに頼もしくって。ギアノにずっといてほしいと願ってるし、幸せになってほしいと思ってるから」


 なぜかロカたちから手を握られて、アダルツォは笑みをこぼしながら答えた。


「俺もそう思ってる」

「あはは。良かった」


 樹木の神官たちは慌てて仕事に戻っていって、アダルツォも樹木の神殿を出て屋敷へ帰った。

 評判の二人の様子を見ようとしばらくの間うろうろとしていたが、何故だかこの日はそれぞれで動いていて、ギアノとアデルミラの仲睦まじい姿は見られないまま終わった。


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