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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
29_A Natural Consequence 〈ただひとつの願いごと〉

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128 新たな命令

 街の北東、王都へ続く大門のそばにひしめく安宿街の奥。

 門から距離があるせいで客が辿り着かず、打ち捨てられてしまった建物がいくつか存在している。

 すっかり寂れているが、勝手に住み着いている者はいない。

 周囲の安宿の主たちが見回りをして、治安を守っているからだ。

 

 そんな打ち捨てられた宿のうちのいくつかは、買い取られて再利用されている。

 食堂にされたり、探索初心者用装備を貸し出す店などに生まれ変わっている。

 

 けれど今、一人の男が中に入るかどうか躊躇っているその建物は、どうやら個人の家として使われているようだ。


 ポンパ・オーエンの家を訪ね、なにも知らないと言われた後。

 ジュプと名乗った男は魔術師が捕らえられるのを待っていたが、よりによって迷宮の中に逃げられてしまった。

 雇った男たちは無謀にも、渦の中へ追いかけていってしまった。

 

 ジュスタン・ノープはため息をついている。

 いくつも間違えたことを深く後悔していた。

 まずは人選が間違っていた。三人もいて全員阿呆だったのは予想外で、少しは信頼の置ける者を混ぜておくべきだった。

 頭の切れるタイプは皆他の仕事の為に王都に行かせてしまったから。

 彼らに頼んだ仕事よりはずっと単純で、魔術師の一人くらいあっという間に捕まえられると思っていたのに。

 ポンパは異変にすぐに気付いたし、逃亡先に迷宮を選んだ。そしていつまで経っても戻って来なかった。


 しばらく「藍」の入り口そばで待ち受けていたジュスタンだったが、夜明けが近づいて来た頃に諦めて現場を離れていた。

 なんにせよ、三人の男は失敗したに違いないから。

 深く潜ったのなら、その分戻るのに時間がかかる。

 罠だの敵だのが溢れた「藍」の迷宮で、灯りをつけたまま戻るのは至難の業だ。

 捕まえられたとしても、逃げられたとしても、戻るのは難しい。

 彼らのうち誰かひとりでも頭が回って、便利な魔術を使わせられたら戻って来られるかもしれないが。

 それももう難しい。夜が明ければ探索初心者たちが押し寄せる。無理矢理魔術を使わせて戻れば誰かしらに見咎められて、騒動になってしまうだろう。


 万が一無事なら、隠れ家に戻ってくるはず。

 希望は一筋。ほんのりとしていて頼りない。だからもう、期待しない。覚悟を決めなければならない。


 ジュスタンはしばらく隠れ家のそばで男たちの帰りを待ったが、結局誰も現れることはなかった。

 ひょっとしたらあの魔術師に言いくるめられて、裏切っているのかもしれないが。

 なんにせよ、計画は失敗したのだろう。

 ポンパ・オーエンのあの馬鹿丸出しの様子なら、襲われたところを助けてやれば、恩を感じて少しくらいは情報を漏らすと思っていたのに。


 またため息が出て来たが、もう最後にしなければならなかった。

 ジュスタンは失敗を認め、胸に抱えて扉を叩く。

 「ワーズのとまり木」を捨てて、新たに拠点に据えられた「黒馬のいななき亭」の中へと進む。


「遅かったな、ジュス」

 ひげもじゃのバルバは目を大きくひんむいて、ジュスタンが一人きりで戻ってきたと笑った。

「思ったよりも手強い奴だったんだよ」

「半分禿げの妙な魔術師が?」

「半分禿げの妙な魔術師がだ」


 バルバは厭味ったらしい男で、誰からも嫌われている。

 けれどいつでも、拠点の入り口を守る役目を任されていた。

「奥でお待ちだぜ」

 ジュスタンは返事をしないまま、奥の部屋へと向かった。

 一階は受付と大きな食堂、二階は宿にする予定であった「黒馬のいななき亭」には、廊下の奥にオーナーの部屋が設けられている。

 そこへまっすぐに向かって、扉を叩く。叩く回数は決まっている。絶対に二回。三回以上叩くと、機嫌を損ねてしまうらしい。


「戻りました」

 扉を開けて、ジュスタンは声をあげた。

 彼の主は背中を向けたまま座っていたが、立ち上がるとくるりと振り返り、遅かったじゃないかと囁くように言った。


 ジマシュ・カレートは不機嫌だった。

 いつも通りの声で、冷静を装っているが、ジュスタンにはわかった。


「失敗したみたいだね」

「勘が鋭い奴だったようで、踏み込む前に逃げ出し、迷宮の中に飛び込んでしまいました」

「追いかけたのかな」

「三人追わせました。帰還者の門を見張っていたのですが、戻ってきませんでした」

 ジュスタンの報告にジマシュは小さく息を吐き、首を振っている。

「最近失敗ばかりしているね」

「はい」

「他にあてはあるのかな」

「無彩の魔術師が関わっているらしいのですが、かなりの実力者だそうなので、時間をかけて考えます」

「ふうん。うまくやれるのかな、君が」


 口答えは許されない。謝ってもいけない。言い訳は最も評価を落とす。

 だからジュスタンはなにを言われても耐えるし、実現可能な提案ができないか考える。

 今はなにも出てこない。あの灰色の魔術師は只者ではないし、共に行動する仲間も手練れ揃いだから。

 

「しっかりと準備を整えてから取り掛かります」


 ジュスタンの言葉に、ジマシュは眉をひそめたようだった。

 怒っている。苛ついている。最近うまくいっていないから。

 デルフィ・カージンを連れ帰ったところまでは良かったのに。


「最近報告が滞っているみたいだけれど」

「確認します」


 なにについてか、ジマシュは言わない。言わないけれど、間違いを許さない。

 理不尽だが、ジュスタンにはわかっていた。

 自分たちのリーダーであるジマシュが最も気にしていて、最も許せずにいることについて。

 




 

「おい、遅いぞ」

 連絡を受けて駆け付けると、ジュスタンは酷く苛ついた顔をしていた。

「見つけたか?」


 街の西側にある小さな酒場の隅で、ヌエルはジュスタンと向かい合っている。

 共にジマシュに付き従う仲間だったが、大きな失敗をしたせいで、報告はすべてジュスタンを通してしなければならなくなってしまった。

 もじゃもじゃと髭を生やした大男で、仕事が早い。態度が大きくていけ好かないが、ヌエルが逆らっていい相手ではない。


「いや、見つからない。似たような姿形の奴はいるんだが」

「もう街を出ちまったのかもな」


 デルフィの行方はちっとも掴めなかった。

 あんなひょろ長の男はそう見かけるものではない。あの体型を隠すのは難しいだろうから、ジュスタンがそう考えるのも無理はないと思える。


 けれどヌエルは、デルフィはまだ街のどこかにいるだろうと考えていた。

 彼はまだなにも知らないから。

 チェニー・ダングからすべての真実を聞き出さない限り、知ることなどできやしないからだ。


 ベリオ・アッジとダンティンがどうなったのか。彼らがどこに消えて、なぜ自分の前に現れないのか。

 デルフィは知ろうとするはずだ。

 だが、あの調査官はもう王都に戻された。一応は妙齢の女なのだから、どこかに嫁に出されでもすれば、真実は永遠に葬り去られる。

 真相を追い求める限り、街のどこかで身を潜めているしかない。あの神官ならばそうしているだろうとヌエルは思う。


 雲の神殿に匿われているかもしれないし、鍛冶の神官の中に協力者がいるのかもしれない。

 何度も調べたところにだって、穴は残っているかもしれないのだから。


 諦めるにはまだ早い。

 ヌエルはそう考えていたが、ジェスタンはテーブルの上を指で二度叩くと、こんなことを言い始めた。


「あの神官のことはもういい。次の仕事だ」

「次?」

「貸家街に使えそうな男が暮らしていてな。そいつに近付いて、仲間に引き入れてくれ」

 ジマシュが目を付けた男の名は、レテウス・バロット。

 探索者でもなく、商人でもない。王都からやってきた貴族の息子で、やたらと単純でヌケた男なのだという。

「どうして貸家街で暮らしているんだ」

「さあな。勘当されたらしいが詳しいことはわからん。そのうち聞きだせばいいだろう」

 ただ、レテウスはあまり出歩かないし、一人でいることも滅多にない。

 ジュスタンの話にヌエルは首を傾げたが、ひげもじゃはニヤリと笑っている。

「そいつの家には探索初心者が一人住んでるんだ。金髪の女みたいな奴だよ。固定の仲間はいないみたいで、その日行ける奴を酒場でしょっちゅう探している」

 金髪の名前は、サークリュード・ルシオ。

「その金髪から近づいて、潜り込むんだ」

 標的の容姿の特徴とよく現れる場所などの情報を伝えると、ジェスタンは去っていった。




 街の北側には探索の仲間を探すための店が多く集まっている。

 ほとんどが酒場か食堂で、店が出すのは軽食と酒程度。店主に頼めばちょうどいい仲間と引き合わせてもらうこともできる。

 探索者同士のマッチングがやたらと上手い店主のところには大勢が集まり、店は賑わう。

 だが剣が振れるだけの初心者戦士は別で、その他に長所がないとなかなかいい相手とは巡り合えない。

 巡り合えなければ他の店に流れるので、客のいない店は存在しない。

 迷宮を諦めた後に酒場を開く元探索者は、それなりの数がいるのだという。


 デルフィ探しはまだ続けるつもりだった。

 ジマシュが最も喜ぶのは、あの神官を見つけ出すことだと信じているから。

 ヌエルはそんな思いを胸にしまって、仲間探しの酒場を朝早くから覗いて回っている。


 北東の安宿街から近いところに、出会いの店も密集している。

 数が多く、時間がかかるかもしれないとヌエルは考えていたが、件の男はすぐに見つかった。

 やかましく響き渡っていた話し声が急に止んで、おい、見ろと囁く声が広がっていったから。


 酒場の集まる狭い通りに、白く輝く長い髪の探索者が現れ、大勢の視線を集めていた。

 ジュスタンの言った通りで、確かに女にしか見えない。

 胸は膨らんでいないし、背も高い。腰にくびれもないのだが。

 きょろきょろと辺りを見回す様子の中にも女らしい仕草は含まれていなかったが、余りにも麗しい顔のせいで、男だと信じるのは難しかった。


 目当ての人物がすぐに見つかったのは良かったが、ヌエルは酷く複雑な気分になっている。

 サークリュード・ルシオの横顔のあまりの美しさに、はっきりと嫉妬をしていたから。


 あの容姿が自分にあれば、人生は随分違っていただろう。


 クリュは歩き回った末にある酒場を選んで、飲み物を頼んだようだった。

 ゆっくりと近づきながら、ヌエルは様子を窺っていく。

 周囲の探索初心者たちは美しい金髪の若者を遠巻きにして、どう声をかけようか迷っているのか、視線だけをちらちらと向けている。


 そのうち声をかける者が現れて、一人が去り、一人はクリュのテーブルに残った。

 残った男となにを話しているのだろう。

 さらさらと流れる髪が目を引くが、薄い青の瞳もひどく美しかった。

 大きな瞳の上には長い睫毛がかかって、瞬きのたびに光を放っている。

 高く通った鼻筋も、薄紅色の唇も、神が丹精を込めて作ったものなのだろう。

 完璧な美しさだとヌエルは思った。

 憎たらしくてたまらなかったが、それをなんとか心の奥にしまい込み、そっと近づいていく。


「よお、仲間を探しているのか」

 クリュは剣を使うと聞いている。魔術や罠に関する知識はないらしい。

「うん」

 クリュは頷き、大きな瞳でヌエルを見つめた。

 背はスカウトよりも高い。薄青の輝きを上から注がれて、ヌエルはにやりと笑ってみせた。

「俺、スカウトの勉強をしているんだ。少しくらいはやれる。役に立てると思うが、どうかな」

「そうなの。へえ、いいね。罠を外せる?」

「あんまり難しいのは無理だが」


 同じテーブルにいたもう一人の若者は、わかりやすく喜びの笑みを浮かべている。

 クリュも嬉しそうではあるが、どこか警戒しているようで、まだヌエルをじっと見つめていた。


「あんまり期待はしないでくれ。駆け出しだから」

「そう? 結構やれそうに見えるけど」

「いや、まだまださ。基礎は学んだけど、実践が足らなくて」

「そっか。迷宮に行かなきゃ罠なんかないもんな」


 仲間探しの酒場では、周囲の会話に耳を澄ましていなければならない。

 良さそうな誰かがいれば割り込んででも仲間入りするべきだと考えられているし、それが許されるところだった。

 ヌエルの声を聞きつけたのか、四人の若者が近づいて来て、クリュとの間を埋めていく。

 みんな口々に名乗り、自分の長所を語り、選ぶべきだと主張を繰り広げていった。


 最初にテーブルにやって来た一人目はどうやら自信がなくなったようで、ゆっくりと後ろへ下がっていった。

 クリュはそれに気が付いて、一緒になって離れていってしまった。

 ヌエルは慌てて後を追いかけ、共に行かないかと声をかけていく。


「青い服のやつと、あいつ。黄色い袖の。この五人でどうだ」

「そいつらがいいんなら、一緒に行って。俺はもう少し考えたいから」

「いや、そういうわけじゃあない。早く探索に行きたいんじゃないかと思っただけだ」

「みんなスカウトと行きたいだろうから、あんたが決めたらいいよ」


 なんと答えるべきか、ヌエルは悩んだ。

 このまま見知らぬ四人と探索に行くなんてまっぴらだが、クリュがなにをどう考えているのかがよくわからない。

 すると選ばれなかったまだ幼い顔の新米探索者が駆け寄って来て、金髪の美青年に迫った。


「じゃ、じゃあ、一緒に行かないか。あぶれた者同士どうかな」

「俺、男だよ」

「男? そんな嘘はつかなくていい。わかるよ、言い寄られて困っているんだろ」

「違うよ。本当に男なんだ」

「わかったわかった、男ってことにしておこう」

「やめろよ、近寄るな」

 言葉はそれなりに強いのに、クリュには迫力がない。

 お構いなしに迫りくる少年に負けて、出口へ目を向けてしまっている。


「おい、みっともない真似をするな。断られたんだから、他の奴を誘えよ」


 この機を逃す手はなくて、ヌエルは間に入った。

 目を鋭くして、威嚇してやる。

 まだ若いであろう新米はおどおどし始めて、くるりと振り返ると店から出ていってしまった。


「ありがとう」

「はは。ああいう手合いに困ってるんだな」

「そうなんだ。俺、本当に男なんだけど」

「見たらわかりそうなもんなのにな」


 クリュは目をきらりと輝かせている。

 今の言葉が嬉しかったのだろう、急ににこにこし始めて、ヌエルとの距離を少し縮めた。


「今日、どこに行くつもり?」

「そうだな。『橙』に行くにはちょっと遅いんじゃないか。だったら『緑』か、『藍』か」

「いいね。俺、鹿を倒したことがあるんだ」

「鹿って『藍』の八層まで行かなきゃ出会えないんだろう。たいした剣の腕なんだな」

「まあね。どう、『藍』に行く気ある?」


 最初にテーブルに残っていた一人目は、自信なさげではあったが、挑みたいと答えた。

 「藍」に向かうのは本当の初心者には無理な話で、自信がない者は離れていき、やる気のある地獄耳がかわりに近づいてくる。

 これまでのやり取りを聞いていたのか、クリュにしつこく絡む者ももういないようだ。


 出来上がった五人組で輪を作り、ヌエルは「エルディオ」と名乗った。

 最初の一人はラズモで、来て二か月ほどの初心者剣士。あとから加わったのはメンテとディノで、三か月ほど探索者暮らしを続けてきた戦士たちだという。


 スカウトのいる探索は初めてだと初心者たちは言い、ヌエルはたいした腕はまだないと誤魔化しながら「藍」に向かった。

 初めてなのはラズモだけで、他の四人は何度か「藍」に挑んだことがあるらしい。


 しっかり活躍して、クリュの信頼を得なければならない。

 また一緒に組んでくれと言われるように、うまく働かなければならない探索だった。


 「藍」の入り口に出来た短い列に並んで、順番を待って。

 その合間にお互いについて、会話を交わしている。

 みんな他愛のない話ばかりしていて、空気は穏やかだった。

 ヌエルも用意していた「エルディオ」用の経歴をいくつか語って、裏表のなさそうなさっぱりとした人格を演じていく。


 順番がまわってきて、扉を開く。

 スカウトであるエルディオが前を行き、隣についているのはクリュとメンテ。

 経験が浅いラズモと、体格のいいディノが後方に回っている。


 最初のうちは敵も出ないし、明るい道だし、前を行く者の気配が残っているから。

 深い層を彷徨っている時のような緊張感はなく、一行はどんどん進んでいく。

 

 階段を下りた後は、通路の端にちらほらと魔法生物の死骸が現れるようになる。

 最初のうちは鼠。皮を剥がれていたり、肉を切り取られた状態で端に転がっている。

 時々兎や蛇が混じり始めて、探索は少しずつ不穏の色を増していく。


 三層目に入って進んでいくが、まだ戦いの機会はなかった。

 魔法生物たちが探索者と探索者の間にちょうどよく入り込んでくれないと、浅い階層では戦いが起きない。

 この日は運が良いのか悪いのか、結局戦わないまま三層の終わりにたどり着いてしまった。

 ラズモはほっとしたようだが、メンテは面白くないようだ。

 

「この間、ここで死体を見たんだよ」

 メンテがこう呟き、その向こうでラズモが震えている。

「罠があるからな」

 ヌエルが呟くと、ディノが大きな声を張り上げて答えた。

「そうなのか。良かった、スカウトがいて」

「地図を持っていれば平気さ。『藍』は最下層までの地図があるから、見ればわかるようになってる」


 けれど、最下層へ続くルート以外は完成していない。

 初心者が三番目に向かうところではあるが、冒険をするなら覚悟が必要な迷宮だった。


 スカウトに指示されて、初心者たちはおっかなびっくり罠のある個所を通り抜けていった。

 そして、四層へ足を踏み入れる。

 ここからは灯りの仕掛けがあって、地図と位置の正確な把握が必要になってくる。


「灯りが消えても焦るなよ。ランプを用意しているから」

「スカウトっていうのは用意がいいんだなあ」

「どこに行くにも火は用意した方がいい。体を温められるし、料理にも使えるから」


 カヌートだった時には、こんなことは言わなかった。

 ダンティンに強引に巻き込まれて仕方なく付き合っているだけ。

 あんなやり方に付き合ってしまう人の好さを演出するために、そっけない性格を演じていた。

 本来のヌエルに近くて、やりやすかった。

 見知らぬド素人に親切にするのは面倒だが、信頼を得なければ懐には入り込めない。

 

 女扱いされるのだけは絶対に嫌で、警戒心が強い。

 探索には多少自信があって、仲間選びは慎重にするようだ。

 クリュについて、見た目以外にわかるのはまだこの程度だけ。

 できれば好きなもの、なにに喜ぶのかを掴んでおきたい。

 迷宮の中での会話は些細なものだが、表情や反応を観察して、見逃さないようにしておかなければならなかった。


 先頭を引き受けて、あれこれと注意を促すついでに振り返る。

 素人三人衆にも平等に目を向けながら、ヌエルはクリュの様子を探っていった。

 戦いには積極的だし、動きは良い。剥ぎ取りの作業に抵抗もないようだ。

 初心者は迷宮に慄き、歩くだけで精一杯。これは続けていけばみんな慣れていくが、剥ぎ取り作業に顔をしかめる者は多い。皮を剥ぎ、肉を削ぎ取り、残った死骸を端に寄せなければならないから。

 迷宮で生き残るため、探索を続けるためには必要な作業だとわかっていてもどうしても受け入れられなくて、諦める者も少なくはなかった。


「腕が良いんだな」

 何回目かの戦闘が終わり、必要な作業が済んだところで声をかけると、クリュはにっこりと笑った。

「そうだろ。結構やれるんだ」

「剥ぎ取りも上手いじゃないか」

「エルディオほどじゃないよ」

 

 誉め言葉で調子に乗るような単細胞ではないらしく、笑みは引っ込んでしまった。

 ヌエルはありがとよと呟き、他の三人にまだいけるかどうか声をかけていく。


 素人集団の探索は結局五層目へ続く階段の前で終わった。

 あまり慣れた様子を見せては良くないと考えて、何回かはあえて灯りが消えるように速度を調整したのだが、そのせいでラズモを怯えさせてしまったようだ。


「そうだな、歩いて戻らなきゃならないから」

「灯りは大丈夫かな?」

「後から入ってくる連中もまだ大勢いるだろうし、滅多に消えたりはしないよ」 

 

 みんながみんな地図をちゃんと見て、戦闘をしっかりこなしてくれれば、「藍」の上層の灯りは消えない。

 ラズモを励まし、疲れの見えてきたメンテとディノにも声をかけて、来た道を戻っていった。

 この五人組に参加したスカウトのエルディオは、ぜひとも仲間に迎え入れたい逸材だ。

 気が利いて、親切で、腕が良くて、欲張らない。

 希少職なのに、偉ぶったりもしない。

 最高の出会いに恵まれたと思ってもらうために、ヌエルは穏やかな表情でいるよう心掛けている。


 デルフィを取り戻すのに随分かかった。潜り込むのはうまくいったが、奪還するまでには時間がかかった。

 神官は取り戻し、邪魔者は排除する。どうやるのが一番いいのか、散々話し合って決めて、やり遂げた。

 同じ部屋で暮らしていたのがダンティンだったから、随分楽ができていたのだろう。

 なにを言っても感心して、信じてくれた。

 何十回と隣で眠ったというのに、チェニーが女だと気付く気配もなかった。


 そう。あんなに楽な潜入はなかったのだと、ヌエルは地上に帰ってから思い知らされていた。


 鼠や兎から採集した戦利品を金に換えて、五等分にして分けた後。

 それでは今日は解散となったら、クリュは挨拶もせずに去ろうと身を翻していた。


「なあ、クリュ」

「なあに」

 声をかけられたのに、足を止めてもくれない。

 白金色の髪を輝かせながら、顔だけは向けてくれたけれど。

「よければまた一緒にどうだ?」

 ヌエルの言葉に、クリュはこれだけしか答えなかった。

「会えればね」


 一瞬、強い視線でスカウトを見つめると、クリュはあっという間に去っていってしまった。

 追われるのを拒否する速さで、道の向こうに消えてしまった。


「フラれちまったな」

 誰かがそう呟いて笑ったようだった。

 誰の声かはわからないが、もしかしたら似たような光景を見たことがあるのかもしれない。


「なあエルディオ、また明日一緒にどうだ」

 そして当然、まだすがる者のない素人たちは有望な仲間を熱く求めてきた。

 どこの宿を使ってるのか聞き、挑戦したい迷宮を挙げ、この後食事をしようと誘う。

 通行人や清算に来た客が周囲に大勢いるので、下手な対応はできない。

 厳しく断れば、クリュを狙っているのだと気付かれてしまうかもしれない。


 三人と一緒に食事に出かけ、他愛のない話に適当に相槌を打って。

 宿はまだいろいろと試しているところだと誤魔化し、この後は道具屋で働いている友人と会うからと説明し、後を追われないように備えておく。

 また同じ店に顔を出すから、会えた時には一緒に行こう。

 そんな台詞を囁くと三人は納得してくれたようで、ヌエルは無事に解放されている。


 仕方がない。長い目で考えるしかない。

 なにもかもが簡単にいくはずがないのだから。

 ヌエルは夜空を見上げて、心を鎮めていった。

 

 なによりも大切なのは、成功することだ。

 これ以上失敗の報告はできない。

 逃がしてしまっただとか、見つけられないだとか。

 ジマシュにまた手を差し伸べてもらう為に、絶対にレテウス・バロットを仲間に引き入れる。

 

 家の様子を見に行ってみるかと考え、ヌエルは貸家街へ向かった。

 デルフィを閉じ込めていたところよりも、ずっと大きくて立派な家のようだ。


 路地に身を潜めて様子を窺っていると、誰かがやってきてヌエルの隣に並んだ。


「金髪とは会えたらしいな」

 ジュスタンは体をぴったりとくっつけてきて、耳元で囁いてくる。

「ああ」

「あの貸家、住んでいるのは全部で四人だ」

「四人?」

「最近一人増えたらしくてな。あの金髪と、レテウス・バロット、子供が一人と、商売人が最近加わった」

「子供がいるのか」

「商売人の方は最近まで探索をしてたらしいが、子供についてはわからない」


 伝え忘れていたから、わざわざ教えに来たのだろう。

 これだけ囁くと、ジュスタンは去って行ってしまった。


 迷宮都市に子供はいない。

 裕福な商人の妻がたまに子を産むらしいが、育てるために他の町に行くのが普通なのだと聞いている。


 妙な組み合わせの住人たちを確認しておきたかったが、夜も遅く、この日は誰も出てくることはなかった。

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