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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
  X1_Bottomless

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13 迷宮心中(上)

 いつまでも明けない宵の闇。

 探索者達は「藍」の迷宮をそう呼んでいる。照明のスイッチの仕掛けが施されており、探索者達は闇の訪れを恐れながら進まなければならないし、出現する魔法生物は鼠や蛇、蝙蝠など、暗がりに潜んでいるものばかりだからだ。


 そんな闇の中に四日間。ようやく地上へ戻ってきて、ベリオは大きく息を吐きだし、思いきり体を伸ばした。


 何日も迷宮の中で過ごす探索は、二人だけではキツ過ぎる。

 いかに経験を積んだ者であっても、何日も寝ずに探索を続ける事は不可能。だがそんな不自由を打破する力を、若い魔術師は自ら編み出していた。


 ニーロは迷宮の床に光で円を描いて、その真ん中で丸くなって眠る。魔法生物の侵入を防ぐ術は便利だとベリオも思うが、不安で熟睡など出来はしない。ニーロはその円の大きさを「ちょうどいい」と思っているらしいが、それは彼がいつだって丸く縮こまって眠っているからで、寝相の悪い者にとっては恐ろしくてとても安眠などできるサイズではなかった。

 

 そんな試練を乗り越えて、今回もなんとか生きて戻った。靴の先を鼠に齧られ、ふと目を覚ました時に右腕に蛇が絡み付いていたりしたが、命に別状はない。

 貴重な道具をいくつも手に入れたし、目的の術符も四枚ばかり手に入って、ニーロはいつもより少し機嫌がいいようだった。


「四枚もよく見つけられたな」

「本当ですね」

 「帰還の術符」は滅多に落ちていない貴重な物。皆が喉から手が出る程欲しい最後の切り札のはずが、ニーロの腰袋の中には十五枚も入っているらしい。

「お前、知っているのか?」

「なにをでしょう」

「術符を出す方法だよ。何か特別な手順を踏んだら出てくるとか、そういう方法を知っているんだろう?」

 顔をぎりぎりまで近づけられても、ニーロは眉ひとつ動かさない。

「そんな方法があれば、迷宮の中で命を落とす者はいなくなるでしょうね」

 とぼけているのか、真剣に言っているのか。表情を変えない魔術師からうかがい知ることはできなかった。

「なあ、それ、全部お前の物になるのか?」

「相場は一枚十万ですから、二十万シュレール渡せばいいですか」

 家の二階には金貨の詰まった袋が転がっているが、そこに二十万もあるだろうか? 部屋の様子を思い出しつつ、ベリオは呆れたと声を上げた。

「術符は寄越さないつもりだな」

「ベリオはもう二枚も持っているでしょう」

 

 二枚あれば上々。それは間違いないし、「帰還の術符」を誰よりも求めているのは恐らくニーロだろうとベリオも思う。

 ニーロは魔術師として、迷宮の中に出現する不思議な道具の謎を解き明かしたいという情熱を持っている。小さな青い札を透かしてみたり、並べてじっと見つめたり、術符と向かい合っている時間は長い。


 ベリオは首を振り、やれやれと呟く。

「しょうがないな」

 確かに「二枚も」あれば充分なのだ。同じ物を生み出そうと考えている魔術師には、いくらあっても足りないのだろうが。

「それは良かった」


 あの家から何を持ち出そうが、いくら持って行こうがニーロは気にしない。術符を勝手に持っていけば怒るだろうが、それ以外について執着があるとは思えなかった。さて、いくら持っていってやろうか。ベリオは考えながら、相棒へ目を向ける。

 こんなにも厳しい探索の後だというのに、隣を歩く魔術師の青年の足取りは軽い。すぐに家へ戻って、机の上に術符を並べて微笑むに違いなかった。


「俺は飯を食ってくるよ」

「ごゆっくり」

 「藍」の入口から出て、ニーロは南へ、ベリオは北西へと向かう。



 街の北西にあるのは、まずはかまどの神殿。その周囲には安い値段が売りの食堂が数多く並んでいる。更にその奥、街を囲む高い壁の影には娼館がこれまた多く並んでいた。

 迷宮から出て北西へ向かい、食事を済ませた後そこへ寄る者は大勢いる。


 ベリオもその一人で、彼は馴染の女に会う為に北へ向けて歩いていた。通りには同じように娼館街へと歩く男たちがいて、どの店にしようか迷っている者には客引きが声をかけている。


「いらっしゃい」

 いつもの笑顔に迎え入れられ、ベリオは女を抱きしめ、そのままベッドへ倒れ込んだ。


 娼館へ寄る男たちの目的は、身体的な欲求を満たすだけではない。探索者達は迷宮から出て、柔らかい女の体の中に強く「命」を感じるという。生きているという実感、今日もまた生きて帰れたという安堵を、温かい体の中に強く感じ、深い安らぎを得る。


 ベリオが贔屓にしている女は余り器量がいいとは言えないが、口数が少なく余計な話をしない。


 何があったとか、何を手に入れたかとか、大抵の女たちはそういった話を聞きたがる。

 娼館に身を置く女たちは皆、借金の形に連れてこられた者ばかりで、商人にせよ探索者にせよ、やって来る客に「将来性」があるかどうかは彼女たちの未来に関わる重要事項だった。強そうな者、商才のありそうな者にはうんとサービスをして、足繁く通ってもらうために尽くす。大きな成功を収めた誰かが、気まぐれに解放してくれる日を夢見て、彼女らは男たちを見定めようとしている。


 そんな女たちの事情をベリオはわかっている。故に、ぺらぺらと話さない「彼女」を特に気に入って、疲れ果てた時にはここへやってきた。彼女の柔らかい胸に顔を埋めて、朝まで過ごす。

 一晩過ごすためにはそれなりに金がかかるが、迷宮で過ごした分だけささくれだった心を癒す為に、どうしても必要な時間だった。


 「藍」の迷宮で疲れ果てた探索者が眠る部屋。


 通りを挟んだ向かいの店では、小さな事件が起きていた。



 娼館の女たちは、その身をもって男たちにひと時の「愛」を売る。

 客の大半はその「愛」が幻で、夜の間に見る夢のようなものだとわかっている。


 だが時にはそうではない者もいて、年に一度か二度、街の北西では事件が起きるのだ。




 赤い石が目を引く造りのジュジュードの店には、カティリアという女が身を置いていた。彼女は若く、美人で、愛想が良く、店で一、二を争う人気者だった。多くの男たちが彼女目当てに店にやって来ては、金を落としていく。

 父親の借金の為に連れて来られた彼女はいつでも笑顔で客を迎えたが、当然、他の娼婦たち同様「一日でも早く」この街から逃れたいと思っていた。


「いらっしゃい、また会いに来てくれて嬉しいわ」


 そんな気持ちを押し殺し、今日も陰鬱な地下から戻って来た男たちに笑みを投げかける。


 狙うは「成功者」だ。


 彼女に気前よく富を分けてくれる、探索の勝利者。屈強な体の持ち主、今何が高く売れるのか見抜く達人、強力な魔術で迷宮を進む賢者に、カティリアは毎日愛を振りまく。滑らかな白い肌、とび色の大きな瞳、柔らかな長い髪で男たちの心を揺らし、とろけさせている。


 そんな彼女へ、棘のある視線が向けられる。同じ店で働く女達は嫉妬の矢を放ち、足を引っ張り引き摺り落そうと躍起になっている。

 カティリアは気にしない。

 ライバル達が次はどんな嫌がらせをしようかに夢中になっている間に、髪を整え、化粧をして、客を迎える準備を進めていく。


 なぜ働くのか? 

 それは、この仕事を辞めるためだ。


 毎日毎日、迷宮なんていう場所に好きこのんで入っていくカビ臭い男たちに身を捧げ続けるなんて、まっぴらだ。


 カティリアはそう考え、つまらない嫌がらせのすべてを無視していた。しかし、時には心が弱ってしまう時もある。下らないと思いつつも、持ち物を盗まれたり、根も葉もないうわさ話をされれば気落ちしてしまう日もあった。


 自由の無いかごの鳥のような日々。自分に割り当てられた部屋の、格子のはまった窓辺でカティリアはため息をつく。


「どうしたんですか、カティリアさん」


 窓の外からかけられた声は、娼館で下働きをしているデリンのものだった。こんな店で雑用をさせられているのも、大抵借金を背負わされた者で、ラディケンヴィルスの場合そのほとんどが「元探索者」だ。


 デリンが元探索者かどうかカティリアは知らなかったが、間抜けで頭の回転の遅い男だとわかっていた。嘘がつけない正直者なのはいいが、とにかく気が利かない。ただ、顔立ちは悪くなく、とても素直な性格をしていて、カティリアの言葉をすべて信じてくれる。ほんの少し愚痴をこぼすにはちょうどいい相手で、カティリアは微笑みを浮かべるとこう話した。


「なんでもないわ。ちょっと、嫌なことがあっただけ」

「嫌なことが?」


 デリンは悲しげに顔を歪め、カティリアを可哀想だ、自分が力になれたらいいのに、と答える。


 デリンが自分に好意を抱いていると、カティリアははっきり感じていた。

 娼館に身を置く女は、何か欲しい物があれば店を通して買わなければならない。彼女たちは買い物へ行く自由がなく、すべてのものをいちいち上乗せされた額で買わなければならなかった。

 いちいち手数料を取られて困る、とカティリアが一度こぼして以来、デリンは自分が買い物係になった時には声をかけてきて、彼女にだけ品物を定価で買えるよう融通してくれた。店にバレないように、ほんの一部の物だけにそんなサービスをしてくれたのだが、カティリアが礼を言うとデリンはそれは幸せそうに頬を赤く染めていた。




「借金を返したら、カティリアと一緒になろうと思ってるんだ」

 食事の度に聞かされるこんなデリンの言葉に、仲間たちはまたか、と呆れた顔だ。

「また言ってるのか、デリン」

「そうだよ。僕は彼女をとても愛しているし、彼女も僕を特別に思ってくれている」

 そんな訳があるかと、アダルツォは思う。


 探索に失敗し、死んでしまった仲間をどうしても生き返らせてやりたくて大きな借金を負い、それから更に不幸な目に遭って、アダルツォ・ルーレイはジュジュードの店で下働きをさせられていた。

 情けない現状を故郷に知らせられないままそろそろ一年が過ぎようとしている。調子のいい話ばかりを書いて送っていた手紙が途切れて、母も妹も心配しているだろう。気がかりに思いつつも、抱えた借金の額はどうしようもなく大きくて、身動きが取れない。

 そんな悩みを抱えつつ、同じ店で働く者達と今日もだらだらと昼食を摂っている。


「無駄に喋ってる暇があったら働きやがれ」

 店の用心棒をやっているクジャラが、デリンの背中を強く叩いた。彼もまた元探索者であり、大きな失敗をして借金を作ったという経緯がある。

「今日の買い物の当番は誰だ?」

 俺だ、とアダルツォは手を挙げ、残った食事を急いで口の中にかきこんでいった。娼館へ客がやってくるのは夕方から。探索から戻った男たちが、癒しを求めてやって来る。その前に準備をしなくてはならない。女たちに必要な物がないか聞いてまわって、市場へ行かなければならなかった。


 気だるげな様子の女たちへ、一人一人声をかけていく。

 カティリアの部屋の戸を叩こうとしたところで、自分に向けられている視線にアダルツォは気が付いた。

「なにか用か?」

 デリンは無言のまま、去って行ってしまった。


 これは重症だ。

 既に知ってはいたが、アダルツォは改めてそう思った。



 その日、カティリアのもとにとうとう待ち望んでいた幸運が訪れた。

 以前からよく通ってきてくれていた探索者が大きな成功を収めたのだ。彼は人があまり寄り付かない「紫」の迷宮へ挑み、まだ誰も見ていない新しい薬草を取って帰ったのだという。

 「紫」の迷宮はとてもやっかいな構造をしている。床や壁の隙間から毒が染み出し、吸い込めば命に関わる霧が罠として仕掛けられている。腕のいいスカウトの他に、解毒の技術がなければ進めない迷宮で、その代わりに薬草が多く生えている。植物が生えている迷宮は「緑」と「紫」の二箇所だけで、難度の高い「紫」では新種の薬草が多く見つかるだろうと言われていた。

 仲間を失いつつも、男たちは新しい発見をして帰った。迷宮の中で「新しく見つかった物」は、調査団へと届けなければならない。その手間の代わりに、報奨金が出るようになっている。

 更に、新しく見つかった薬草は王都からやって来た商人たちが競り合い、考えていたよりもずっと高い値で売れたのである。


「まあ、なんて凄い! あなたならいつかやり遂げると思っていたわ」

 ご機嫌でやってきた「上客」の逞しい腕を指先でそっと撫でながら、カティリアは囁く。自分にもその幸運を分けて欲しい。そんな思いを見事に隠して、男の心を優しくくすぐっていく。

「『紫』はとても危険だって聞いたことがあるわ。そこへ挑むなんて、そうそう出来る人はいないんでしょうね」

 勇気ある探索者はすっかり気を良くして、カティリアの体に溺れていった。甘い声にすっかりと酔わされて、男はつい、こう言ってしまう。

「ここを出て、俺の所へ来るかい?」

 

 ずっと求めていた言葉だが、カティリアはすぐには飛びつかなかった。調子に乗って適当な台詞を吐く男はいくらでもいる。

 ここから、いかにして「本気」にさせるか?

 

 自分を売ったろくでなしの父親のもとへは帰らない。

 金に不自由する暮らしはしたくない。

 ほんの少しだけ贅沢が出来て、自由のある生活をさせてくれる男でなければ、付いて行きたくない。


「そんな……。嬉しいけれど、本気ではないでしょう? 私のような商売女を、本当に迎えてくれる?」

 薄暗い部屋の中で、体をぴったりと寄せ合いながらカティリアは囁く。

「君のような美人なら大歓迎だ。もしも来てくれるなら、しばらくはまだこの街に留まらなきゃならないが、すべて片がついたら君の望む場所へ行って家を構えようじゃないか」

「私の望む場所へ?」

「そうだよ。故郷へ行きたいなら故郷へ、新しい土地がいいならそこへ、何処へだって連れて行くさ。探索稼業はもう充分だ。仲間の為にもう少しだけ続けて、後は新しく商売でも始めればいい。そうだな、この街の物がまだ行き渡ってないところへ行けば、一儲けできるんじゃないか?」

「素敵」

 カティリアはうっとりとした瞳で男を見つめ、優しく口づけをした。男も満足そうに微笑み、カティリアの体を抱きしめる。


 力強い腕の中で、女は、とうとうこの忌まわしい日々が終わると確信していた。




 カティリアが上機嫌な理由。デリンがそれを知ったのは次の日の朝になってからだった。件の探索者は明日の昼、カティリアを迎えに来るという。街の南側にある高級な宿にしばらく身を置き、用が済んだら南の港町に去って行くと聞いて、デリンは深い絶望の谷へ叩き落されていた。

「どうして……?」

「どうしてもクソもないだろ。ちょうどいい相手が現れたってだけさ」

 借金をすべて返すまでにあとどのくらいかかるのか。それを考えれば、彼女が先に店を去る可能性の方が高いとすぐにわかるはずだ。

 同じ店で働く男たちは仲間のマヌケぶりを遠慮なく笑った。

「そんな夢を見る前に、自分の心配をするべきだよ」

 自分も人のことを言えたものではないが、とアダルツォは苦い思いをかみしめながらもデリンへ告げる。


 デリンは青い顔をしたまましばらく黙っていたが、やがて静かに立ち上がり、掃除をしてくると言って部屋を出ていった。

 

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