116 公平な判断
二人は話を終えて立ち上がり、屋敷へ繋がる扉へ向かった。
「うわ」
開けるとそこにはカミルとコルフがいて、揃って眉間に皺を寄せている。
「ごめんティーオ。聞いてた」
「立ち聞きしてたの? 趣味が悪いなあ、もう」
ティーオは腕組みをして怒ったような表情を作ってみせたが、すぐにいつもの人の好さそうな笑顔を浮かべた。
「なんてね。二人にもすぐ話すつもりだったし、手間が省けたってやつだな」
「いやいやティーオ、本当にいいのかい」
「いいんだ。もう決めたんだよ」
四人でぼそぼそとやりあっていると、廊下の向こうからアダルツォがとことこと歩いてきて、なにをしているのか問いかけてきた。
「どうかしたの、そんなところで集まって。明日の相談?」
正式に話した相手はフェリクスだけで、仲間にも同様に伝えるべきではないか。
そんな結論が出て、五人は再び食堂へ向かう。
隅に集って顔を突き合わせているが、なんの話かわからないアダルツォは不安そうにしている。
「なにかあったのかな。問題があるのか?」
「悪い話じゃないんだ、アダルツォ。さっきフェリクスには話したんだけど」
ティーオの探索者卒業宣言が再びされて、神官は小さく「そうか」と呟いている。
カミルとコルフも、「本当にいいのか」と確認するだけで、誰も反対はしない。
もう行けない、行きたくないと思う人間は、迷宮には行けない。
とにかく、まずは「覚悟」がなければ、足を踏み入れてはいけないところだから。
「次のあてはあるの、ティーオ。もしかして、用があるって働く場所を探してたとか?」
コルフの問いに、ティーオは苦笑いしている。
「あはは。すぱっと決めたみたいに話したけど、長い間悩んでたんだよね。仕事なんか選ばなければいくらでもあるんだろうけど、単にどこかの店で働くっていうのもなんだか悔しいし」
「そうだな。将来有望なパーティから抜けるんだから。それなりの計画が欲しいところだよな」
カミルは冗談のつもりでこう話したようだが、ティーオはこの言葉に、にやりと笑った。
「それがね。いい方向に転がりそうなんだ。俺はこの屋敷で世話になって、本当に良かったって思っているよ」
「なんだなんだ。どうするつもりなんだ、ティーオ」
みんな、明るく話そうと努めているようで、最初に少しだけ漂っていた悲愴はいつの間にか消え去っていた。
調子があがってきたらしく、ティーオは新しい自分の道の展望について、笑顔で語っていく。
「探索者をやめるかどうかの前に、ギアノの負担をどうにか減らせないかなって思っていたんだ。屋敷の管理だけでも忙しいのに、旨い保存食なんかも作っているだろう。お菓子なんかも。あれ、評判はすごく良かったのにさ。またやらないかって声をかけてもらっても、時間がなくてなかなか話が進まないみたいなんだよ」
保存食は常に作っているし、時間がある時には菓子作りもしてはいる。
最近はアデルミラの手もあるので、作るだけならなんとかできてはいるらしい。
「問題は販売の方なんだよな。屋敷を売り場にするのは違うってギアノは考えてて、つまり場所が必要なんだ。場所を用意して、物を運んで、売り買いの管理が必要となると、始めるのは大変そうだよなあって思わないか」
「なにかいい方法があったの?」
「カミル、察しがいいな。俺はこの問題について、キーレイさんに話したんだ。顔が広いし、実家は商売してるからさ。なにかいい案がないかなって思って、お隣でお祈りするふりをして、キーレイさんが来るのを待った」
「ふりじゃなくて良くないか?」
「はは、ごめんアダルツォ。次はちゃんと祈る」
相談相手として良さそうな人材について、ティーオはキーレイ以外思いつかなかったという。
頼りになる神官長は話を聞くと「少し待ってくれないか」と答え、次の日にティーオを呼んだ。
「マリートさんが引っ越ししたの、知ってる?」
「知らない」
「なんでかはわからないけど、引っ越ししたらしいんだよね。新しい家は修繕がいるから、今はキーレイさんのところに居候してるみたいだけど。で、マリートさんの古い家はまだ手つかずで残ってるんだ。普通なら売ってしまうところだけど、キーレイさんはそこを店にしたかったらしくて」
「キーレイさんがなんの店を作りたいんだ?」
「マリートさんは革細工を作るのが得意なんだけど、作るだけでほったらかしにしちゃう。いつもキーレイさんが道具屋を手配して買い取ってもらってて、そのまま売りに出せたら楽なのにって考えてたらしいんだ」
話を聞いていた四人は、同時に「へえ」と呟いている。
「だけど、店にするには広すぎる。マリートさんは気まぐれに作るだけだから、いつでもたくさんの売り物があるわけじゃあない。空いたスペースをどうにかできないか考えていて、で! ギアノのお菓子が並んだら嬉しいなって思ってたんだと」
「あはは、キーレイさん、よくお茶飲みに来てるもんな」
「あれは美味いからね。仕方がない」
そんな計画を心の中で育てていたが、キーレイは神官長で多忙であり、店の経営をする時間はない。
商売をするとなれば周囲は実家の薬草業者と関連付けて考えてしまうだろう。
神官長はそんな葛藤を抱えており、相談に来た探索卒業予定の青年に打ち明けたのだという。
「マリートって人が自分でやればいいんじゃないのか」
「いやいや、アダルツォ。人には向き不向きっていうのがあるんだ。マリートさんは手先は器用だけど、人と話すのは苦手なんだよ。多分だけど、そう思う。なあカミル」
「そうだな。訪ねた時も出てきてくれなかったし」
マリートの革製品、ギアノの食品は売れる。求めている人は確実にいる。売る場所もある。
当事者たちとキーレイは、店の管理や経営はできない。
店を任せられる、信頼に足る人間が一人いてくれれば――。
「そこにティーオが登場ってわけか」
アダルツォが感心し、ティーオはまたにやりと笑う。
「そういうこと! マリートさんの家って、なんだか変な位置にあるだろう。探索者向けの住宅街じゃなくて、商人たちが暮らす辺りよりもちょっと手前でさ」
大きな通りに面しているわけではないが、ちょっと寄り道する程度で行けるちょうどいい位置にある。
少し歩けば店の従業員たちの為の寮がたくさんあるし、周囲には小さな店や食堂がちょこちょこあるだけ。
食事帰りの女性客は甘味を喜ぶだろうし、男性にはつまみにどうかと干し肉を勧めたらいいだろう。
「俺は驚いたね。マリートさんも自由に使っていいって言ってるって聞いて。新しい家を買って、修繕していてもまだ金に余裕があるってことだろう」
「普通は売るよね。何軒も家はいらないだろうし」
「高いもんな、売家」
「まあ、今空き家になったところはどうやらドアが壊れているらしいんだけどね。だけど、修理代くらいで店がやれるんだ。他の店じゃ扱っていないいい物も並べられるし。こんなチャンスはきっと二度とないと思うんだ。だから俺は今しかないんだって、新しい道に進むと決めた」
ティーオが殊更熱く語っているのは、未練を断ち切るためなのかもしれない。
少し小柄な若者は明るく笑顔を作ると、共に迷宮へ挑み続けていた仲間たちひとりひとりの顔を見つめて、今までありがとうと頭をさげていった。
「うまくいくかはわからないけど、せいいっぱいやるよ。ギアノに扱い方とか、いつかは作り方も習ってさ。ちゃんと儲けられるようになる。そうしたら、探索を諦めた子を雇ってあげられるようになる。俺が助けてもらったように、誰かの助けができるようになりたいんだ。カッカー様にはたくさんのことを教わった。探索についてだけじゃない。生き方、考え方、本当にいろいろだ。もちろん、みんなにもたくさん教わったよ。とても楽しかったし、出会えて本当に良かった。別に街を去るわけじゃないけどね。だけど言わせてほしい。これまで俺と一緒にたくさんの時を過ごしてくれて、いろんなミスも許してくれてさ。感謝してる」
ティーオは照れ臭そうに小さく笑うと、フェリクスたちに向けて、最後にこう告げた。
「俺、みんなのことが大好きだよ」
探索をやめるのだから、屋敷を出なければならない。
仲間に宣言をし終わって、ティーオはギアノと話をするために管理人の部屋へ行ってしまった。
フェリクスは胸にぽっかりと穴があいたような気分になっており、アダルツォも似たような感傷にひたっているようだ。
一方カミルとコルフはやはり現実的な考え方をするようで、こそこそと神官へ問いかけている。
「フォールードは部屋にいる?」
「多分。お隣に行ってキーレイさんに会ったけど、流水の神官と交流があったわけじゃないから、そんなに話せることもなかったみたいで。一緒に帰って来たよ」
「そうか。ティーオが抜けるなら、フォールードを入れてしばらく試したい。いいかな?」
アダルツォはこくこくと頷き、フェリクスも「いいよ」と答えた。
寂しくとも探索を続けるのなら、有用な仲間は確保しておくべきだし、話を持ち掛けるタイミングは早い方がいいに決まっている。
了承を得られるなり二人は立ち上がって、廊下を走り抜けて階段を登っていった。
アダルツォは苦笑いをして、さすがだと呟いている。
「ティーオは立派だな。自分の生きる道をしっかりと考えたんだ」
「そうだな」
「俺たちもそろそろ考えないといけないかも」
「なにを?」
「俺は一緒に探索に行っているけど、アデルは違う。ここは探索初心者のために開放されているところだし、俺たちが居座り続けるのはおかしいだろう?」
「……そうかな。誰も文句は言わないと思うけれど」
「いやいや、俺たちはそもそも神官だからね。雲の神殿に通って、手伝いなんかもするべきなんだ。もう問題がないのなら、暮らしの基盤は神官としてのものにしていかないと」
キーレイがいつでも屋敷へやって来られるのは、単純に樹木の神殿が隣にあるからだ。
カッカーが神官だったから、樹木の神に仕える者に「すぐに来られる」という特典がついているだけ。
皿の神殿に助力を求めた時にははるばる街の北側まで歩いていったのだから、アダルツォの言葉はごく当たり前のものだ。
「雲の神殿は遠いんだよなあ」
「まだしばらく、いいんじゃないか。カッカー様はメーレスをそのうちここに連れてくると言ったし、二人にも成長を見てほしいよ」
「それは楽しみだな、フェリクス。ああ、俺もあの可愛い子と久しぶりに会いたい。大きく重たくなっているだろうから」
アダルツォは優しげな顔で笑ったが、住処についてはやはりちゃんとしなければと考えているようだ。
「魔術師が住んでいるっていうあの真ん中あたりを一気に抜けられれば、案外すぐ来られそうに思うんだけど」
元は倉庫であった部屋で暮らしている神官は、そろそろ休もうと言うと席を立った。
フェリクスの前にやって来て、指の形を整え、穏やかな声で祈りを捧げている。
正しき者に、正しき恵みを。
空を行く雲から、雨のごとく与えられますように。
「明日はまた探索かな。よく眠っておかないと」
「そうだな。お休みアダルツォ。また明日」
管理人の部屋の隣へ向かう神官の後ろ姿を見送り、フェリクスは階段を登ると自分に割り当てられたベッドへ戻った。
クレイとフレスに声をかけられ、探索の基本について問われて、答えていく。
「橙」に行くならどのくらいの時間がいいのか、「緑」に挑むのに必要なものはなにか。
自分の知る限りを答えていくうちに、胸のうちにはティーオと歩いた探索の記憶が蘇っていた。
同じ部屋に滞在していたけれど、一緒に探索に挑んだのはしばらく経ってから。
見知らぬ誰かと迷宮へ行っては失敗して、夜になってから愚痴を聞かされたものだった。
「緑」ではたった一人でマティルデを救おうとしたし、「藍」では二回も帰還の術符を見つけている。
一緒に失敗し、一緒に街を駆け回り、一緒に剣を振り、訓練し、食べて、隣あって眠った。
「やれやれ、すっかり遅くなっちゃった」
初心者二人からの質疑応答が終わった頃、ティーオが部屋へ戻って来た。
ベッドに腰かけ、背中を伸ばし、フェリクスへ向かって笑顔を投げてくる。
夜も更けて、もうあとは眠るだけ。
クレイとフレスは早く寝なくちゃと横になり、フェリクスも同じようにしていく。
ティーオももう今日はなにもするつもりはないようで、すぐに横になってしまった。
次の日、初心者たちは朝早く部屋を出ていって、フェリクスとティーオだけが残っている。
すぐに去ってしまうのか。なかなか言い出せずにいるのがわかったのだろう、ティーオはフェリクスの顔を見て笑い、まだ行かないよ、と話した。
「準備がいるからね。片づけはすぐに終わるけど、他にいろいろと。ギアノには話をつけてある。あと二、三日はここにいるよ」
「そうか」
「あのフォールードって、結構いい奴そうだね」
「ああ。話し方は荒っぽいけれど、なんとか直そうと思っているみたいだ」
「流水の神官チュールだっけ。カッカー様の仲間だったなんて、いっぺん会ってみたいもんだな、フェリクス」
さあ朝飯だの掛け声で、二人は食堂へ降りていく。
探索へ早く出かけたい初心者たちはもう食事を終えようとしているタイミングで、廊下は混みあっている。
「おはよう、フェリクス、ティーオ」
混雑の解消を待っているのか、カミルとコルフは食堂の隅の席に腰かけていた。
アダルツォとフォールードも並んでおり、昨日の夜の話はうまく進んだのだろう。
「よお、フェリクス。あ、ティーオ。引退するんだって? あとからやっぱり戻ってくるとか言わねえよな」
「おいおい、もうちょっと言い様ってもんがあるだろう。仮にも先輩だよ、俺は」
「年は同じくらいなんだろ? 仲間作りが肝心なんだって、何度も言われたんだ」
「騎士のアークに?」
「そうさ。迷宮都市に行くならちゃんと覚えてからだって、馬鹿みたいに毎日毎日繰り返しやがってよ。あのおっさん、話がなげえんだ」
六人で一緒に朝食の準備を進めながら、言葉を交わしていく。
ティーオは自分はもう卒業するから安心しろといい、フォールードの発言に文句を言わなかった。
けれどアダルツォから注意をされて、しゅんとしょげかえって謝っている。
「神官の説教にものすごく弱いみたいだね」
「困った時はアダルツォに言ってもらおう」
カミルとコルフの内緒話に、フェリクスも思わず笑ってしまう。
食事が始まるとまた早食いを注意され、フォールードはいちいち恐縮している。
ティーオは屋敷を出るために準備をし、五人は迷宮へ探索に行く。
また「藍」でいいだろうという話になり、鹿を目指すことも決まる。
「最初っから鹿狙いができるってのはすごいな。カッカー様の仲間だった二人が、英才教育をしたってことなんだな」
ティーオが感心し、コルフも頷いている。
「ニーロさんみたいなもんだな」
「誰だよニーロって」
「カッカー様の仲間だった魔術師が育てて、今は探索者をしている人がいるんだよ。赤ん坊の頃から魔術を教え込まれて育ったから、ものすごい使い手になったんだ」
ティーオと別れ、迷宮へ向かう間にも話は弾んでいく。
「ニーロって奴を育てた魔術師の名前は?」
「ラーデンだよ。大魔術師ラーデン」
「聞いたことがあるな。アークのおっさんがカッカーって人の話をした時に、仲間だったと言っていた気がする」
「じゃあ、スカウトのゴリューズの名前も知ってる?」
「ゴリューズのおっさんなら、何度か会ったぞ」
カミルとコルフはフォールードから街の名前や位置を聞き出し、唸っている。
「いいな、僕もゴリューズに会ってみたいよ。相当な腕の持ち主だったんだろう?」
「あの冴えないおっさんになにができるってんだよ」
「ゴリューズからもなにか教わってないのか、フォールード」
「別になにも教わっちゃいないぜ。年に一回くらいしか来ないし。来ても黙って酒飲むだけで、すぐに帰っちまうし」
「なにをしに来てるの」
「チュール様に会いたいんだよ、どうせ」
なにせ美しく清らかだから。
チュールの話をしている間、フォールードの会話能力は著しく下がってしまうので、四人は黙って終わるのを待つ。
愉快な話は迷宮の入り口手前でおしまい。
忘れ物がないか最後の確認をし、気を引き締めて迷宮の扉へ手をかける。
今日も報酬は五等分で、問題があった時にはすぐに打ち明けるよう約束をしていざ、「藍」の道へ。
調子に乗りやすいとか荒っぽいとか、そんな気配を漂わせているくせに、フォールードは迷宮に入ると途端に真面目になった。
高名な探索者であった二人にどれだけ教え込まれたのか。しかも、来てすぐにこんなに実践できるものなのか。
街にやってきたばかりの若者なのに、戦いも、体の動かし方も上手い。目や耳もいいし、勘もいい。
この日は鹿に二体も出会って、どちらも無事に倒している。
慎重に道を戻って、夕方には清算も終わり、みんな財布を膨らませてご機嫌になっていた。
「俺、『脱出』を習ってくるよ」
探索者の切り札である秘術を会得できれば、もう初心者だとは名乗れなくなるだろう。反対する者など当然いなくて、皆コルフを励まし、頑張れよと声をかけていく。
「屋敷を出ることも考えなきゃいけないかなあ」
カミルがこう呟いて、フォールードは目を丸くしている。
「なんでだ」
「探索に慣れてない若者が、訓練しながら助け合って暮らすところだから。それなりにやれるようになったら、新手に譲ってやらなきゃいけないんだよ」
「そうしたらどうなる? 俺は、あんたらとはもう行けないのか」
「まさか。同じところに住んでいた方が話は早いけど、パーティ全員が一緒に暮らさなきゃいけないわけじゃないんだよ」
互いに連絡をしあって、予定を合わせていけば問題ない。
探索上級者たちはみんな一人一人家を持って暮らすものだと説明されると、フォールードはほっとした様子で笑った。
「俺はあの屋敷にいて、あんたらは別なところにいても、一緒に迷宮に行っていいってことか」
「問題ないよ。カッカー様を頼るように言われて来たんだから、しばらく世話になるといい。その間にお金を貯めて、装備を揃えたり将来に備えたりしたらいいんだ」
カミルが話して、アダルツォは穏やかに新入りへ問いかける。
「フォールード、あの日はたまたま声をかけてきただけだったと思うけど、どうかな。他の人たちと組んでもいいんだよ。もちろんみんな、君のことを歓迎していると思うけど」
「こらアダルツォ、余計なことを言うなよ」
「いや、ごめん。二人が熱心に誘ったのはわかってるよ。フォールードはかなりやれるみたいだし、一緒に行けたら心強いと思う。だけど、ほら、まだよくわかっていないと思うから。このままなし崩しに俺たちが抱え込んじゃうのは、公平とは言えないんじゃないかと思って」
カミルとコルフは口を閉ざし、新入りの様子を窺っている。
フォールードはしばらく視線をあちこちに彷徨わせて考え込んでいたが、やがてぱっと笑顔を作るとアダルツォの手を強く握った。
「神官さんってのは、やっぱりちゃんとした人間がなるもんなんだな。俺の故郷にいたのはやっぱり偽者だったんだ」
「なんの話だい、フォールード」
「確かに俺はあの時、来たばっかりの奴でも連れていってくれるもんなのかと思って声をかけただけさ。この屋敷の奴らはなにも知らない新入りに親切にするらしいって、アークのおっさんが言っていたからな。だけどよ、他にあんたらみたいな目をした奴らなんか、いないじゃないか」
新入りからはどう見えているのだろう。
四人は顔を合わせて苦笑いを浮かべているが、フォールードの心は決まっているようだ。
「そもそも、俺みたいなクソガキじゃあ仲間にしてくれる奴なんかそういないだろう。あんたらが連れていってくれて良かったってことだよな」
どうやら、腕もいいと思ってくれているみたいだし。
フォールードはにやりと笑って、アダルツォの手をぎゅうぎゅう握りしめていく。
「あいたたた」
「はは、可愛い手だな、神官さんよ」
今度は頭をくしゃくしゃと撫でて、新入りは若者らしからぬ豪快な笑い声をあげている。
「他のやつらと組むなんて、まどろっこしい真似はしない。魔術師だのスカウトだのっていうのは、数が少ねえんだろう? 優しい神官さんもいるし、俺は不満なんかないぜ。まだわかんねえことだらけだが、わかんねえ時にはきっちり教えてもらう。だから頼むぜ、先輩方よ!」
どうやら新しい五人組が出来たようだった。
フェリクスが戻ったのに、ティーオが抜けて。
その穴を、フォールードが埋めてくれた。
こんなにもいいタイミングで全員が納得いく形に収まることなど、あまりないだろうとフェリクスは思う。
コルフが「脱出」の魔術を習い始めるなら、話し合いが必要だった。
魔術師のいない時にはどこへ向かうか、雲の神官たちは住処をどうするべきか、初心者であるフォールードはなにから学んでいくべきか。
食事をしながら、話し合っていく。フォールードは時々素っ頓狂なことを言ったが、五人は自分たちの未来について、希望と現実を織り交ぜながら語り合っていった。
「よし、じゃあコルフは明日から塾へ通って、俺たちは一度『橙』に行ってみようか。『緑』でもいいけど、どちらがいいかな」
コルフは結局、ホーカではない魔術師に習うと決めたようだ。
フェリクスたちが向かうのは「橙」ではなく、「緑」へ。
夕食の片づけを済ませて部屋へ戻ると、ティーオが待ち受けていた。
「フェリクス、伝え忘れていたことがあったんだ」
「なんだ、ティーオ」
いつもは必ずなにかがはみ出しているティーオのロッカーが、きれいに片付いている。
ベッドの周辺も大抵散らかっているのに、今日はすっきりと整えられていた。
「まずはこれ、渡しておくよ」
手渡されたのは小さな袋で、中には「ニーロのおまじない」ができる炭が入っている。
「俺にはもう必要ないからね」
ティーオは袋をフェリクスの掌に置き、ぎゅっと握らせて、更に続けた。
「あの赤い短剣のこと、覚えている?」
「『藍』で見つけたものか」
「そう。あれをアデルミラに返しておいたんだ。本人が来たのに渡さないでいるのは変かなと思って」
「ああ、そうだったのか。駄目だな、すっかり忘れていたよ。ありがとうティーオ」
「勝手にロッカーを開けちゃってごめん。他のものには触れてないから」
「どうせ大したものは入っていないよ」
隠していた大金もアダルツォの為に使ってしまったし、私物もそれほど持っていない。
アデルミラとアダルツォと同じで、フェリクスもまた追われた身だったから。
家族も家もなにもかも失い、持ちだせたものなど一つしかなかった。
借金から始まった迷宮都市暮らしに、苦い笑いが出て来てしまう。
「あのさ、フェリクス」
「なんだ」
「ああ……、いや、ごめん。明日また話すよ。また迷宮へ行くの?」
コルフが脱出を習いに行くこと、明日は四人で初心者用の学びの為に出かけることを話すと、ティーオは腕組みをして唸るように答えた。
「とうとう脱出を覚えるのか……。俺、早まったかな」
「ははは、もう後悔しているのか?」
「仕方がない。脱出は本当に最後の切り札じゃないか。使い手がいれば、どれだけ助かるかわからないよ」
フェリクスの答えに、ティーオは天井を見上げてこう呟いた。
「すごいな、みんな。いつかかならず、名高い探索者になるよ」
その言葉の通りになれればいい。
もちろんフェリクスもそう考えているが、胸の奥に隠していた傷が疼いたのも確かだ。
探索のためにしっかりと体を休めなければいけないのに、この日はなかなか、眠ることができなかった。




