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十一月二日。
一次選考落選が続いている。前作よりはいいものを書いたという実感があるのに、どうして階段を上がれないのか。ずっと横ばいなのか。
予選通過というたった一段を上るために必要なものは、思ったより多いのかもしれない。アイデアが良ければ通ると書き始めたころは思っていた。もちろん、アイデア一点突破で文章は稚拙だがデビューしたという人もいるらしい。そのアイデア一点突破型だって、アイデアが百点満点中、二百点ぐらいあったのではないか? 私自身は自作のアイデアが八十点ぐらいの自信があったのだが、他人が見れば五十点ぐらいしかないのもしれない。
他人の採点と自己採点の差をどうやって知ればいいのだろう。そもそもの話になるが、自己評価の低い作品を応募しようとは思わない。だが、いくら自負したところで、審査員の審美眼に適わなければ意味がない。さらに、問題なのは一次選考落選では選評がもらえない。どこをどうなおせばいいのだろうか。ミスを減らし、次回作に活かそうにも、そもそも何が間違いだったのか分からない。悪い点が多すぎて説明できないのか。アマチュアに指摘をしたら、すぐ筆を折るからコメントしないという優しさなのか。単純に人件費が足りていないのか、時間が足りないのか。その全部か。
なんにしろ、同じ間違いを犯していても自覚できないわけで、誰かが指摘してくれるようになるためには、一次選考を通過しなければならない。悪循環だ。
今回落選した作品はライトノベル。グロ描写てんこ盛りの、人生に絶望して死にたくなるようなダークファンタジーだ。人体が破壊されるような強烈な魔術を食らった敵の、断面図を詳細に描写することの何がいけないのだろう。
私は主人公たちの苦難、敵が主人公たちに成敗される不幸も書きたかった。主人公が正義感溢れる男ではなく、敵の不幸を喜ぶ変態にしたのがまずかったのだろうか。少年漫画では、敵を痛めつけて快感を得るような主人公もいる。そういうクズ主人公による暴力沙汰(もちろんファンタジー世界だから、魔法での暴力になる)が一次選考通過できない減点対象になっているのだろうか?
だとしたら、私はライトノベルが書けないのかもしれない。主人公にはヘビーな過去を背負わせたいから、全然ライトではない。
一応流行には寄せたつもりだ。小説投稿サイトで流行っている『ざまぁ』と呼ばれる現象を作中で表現した。悪人が痛い目を見ることで、読者のフラストレーションの息抜きを図るのだ。
なお、私自身は主人公の息抜きなんてどうでもいい。主人公には本当はもっと、辛酸を舐めていてもらいたかった。
今週落選した作品がもう一つある。ウェブ小説と呼ばれるジャンルでライトノベルとも少し違う。
とてもライトな文体で、改行が多く日常のスキマ時間に読んでもらうようなものだ。ほかの作品と併読する読者が多いので、作者たちは内容を忘れられにくくするため、似たようなストーリー展開の作品を量産する。なので、一度流行ると同じような作品群がウェブを占めることになる。今をときめく流行作家になりたいのであれば、ウェブ小説を書くのもありだ。
何より私は、易々とデビューしていくそういうウェブ小説の受賞をすなおに応援できない。ウェブ小説の場合、受賞からデビューというルート以外にも、ウェブ小説を投稿しているだけで出版社からお声がけを受けるような人もいる。正直羨ましい。それでも、そういうのは一握りだ。そもそも、声がかかるようになるには、投稿サイトのランキングに入らないといけない。それが難しい。ちなみにホラー、ミステリーは執筆する人も読む人も少なく、簡単にランキングに入れるが、それでは書籍化しない。一年間ずっとランキング上位に入っているような作品でなければならない。
レッドオーシャンかブルーオーシャンかということだ。それでも、ホラーとミステリー、そうだ、SFも純文学もだ。ライトノベルの範疇から外れる作品が小説投稿サイトからデビューするのは至難の業だ。現に、『同志少女よ、敵を〇て』は、小説投稿サイトでは日の目を見ず、公募で応募して受賞。のちに小説投稿サイトからインタビューが来るなどしており、小説投稿サイトが大きな魚を逃がしたとアマチュア作家の間では囁かれていた。
私の作風は人の心を温めるタイプのものじゃないので、ウェブ小説界隈で活動していくのは、厳しいものがある。
さらに、悪いことにこのライトノベル作品が落選して安堵している自分もいる。好きではないものを無理やり書いたのだ。
人に嫌われるタイプの主人公ばかりを描いてきたので、今回だけはクズ男でも憎めないような覗きが趣味の少年にした。主に、女の子の裸を見て、ラッキースケベと言われるようなコミカルなシーンに遭遇するのである。魔法の力を使って、女の子が裸になったときに覗きができるという話にした。
この作品には流行りの要素が九割入っている。自分の書きたいものは一割しか入れられなかった。
書いているときは苦痛だった。楽しくもない、好きでもない作品でコンテストに参加したのははじめてだった。途中、興味のないシーンばかり書いてしまって、何度も書くのをやめたくなったが、それでも書き切った。好きな作品を書いて一次選考を通過できないのだから、嫌いなものを書いて通過できるかどうかという実験も兼ねていた。
書きたくない作品でデビューしたプロ作家もいることだし、私もプロ作家の真似事ができたような気になって、ラキに自慢してみた。今日の音声通話開始場所は、天保山の公園だ。散歩がてらにSNSで通話する。
「書きたくもない作品で応募して落選した」
「そりゃそうじゃん」
「でも、書き切ったことはすごいでしょ?」
「まぁ、すごい」
「できることなら、一次選考は通過したかったな。プロの作家さんがさ、編集に頼まれて流行のものを書いてくださいって言われるんだって。そのとき、嫌々書いた作品がちゃんと書店に並んだんだって」
「それは、プロだからじゃん」
「プロができるんだったら、私もできるようにならないと」
「まだ、プロじゃないから、できないんじゃない?」
「なんで、そんな酷いこと言うの?」
「まだ、プロじゃないから」
「じゃあ、これからプロになるから、プロ作家と同じことをする」
「デビューまだなんだから、好きなもの書けばいいんじゃない?」
「好きなもの書いてもデビューできないじゃん」
「そりゃ、実力とか」
「だから好きじゃないものを書いてデビューする」
「誰かに言われた?」
「SNSでプロ作家の人がツイートしてたんだよ。俺は嫌いなものを書いてデビューしたって」
「そういうの言っちゃうプロの人いるんだ? その作品を好きで読んでくれているファンの人は泣いちゃうんじゃない?」
「私も、あのプロ作家さん最悪だと思ったけど。でも、それでデビューがつかみ取れるんなら私もやるべきかなって」
「落選理由は分からないんでしょ? 好きなものを書いて落選しても、嫌いなものを書いて落選しても何が原因で落ちているのか理由は分からないんだから、やっぱり好きなものを書くべきだと思うよ。それに、落選理由はストーリーに関係のないところにあるのかも。文章が下手とか。レーベルカラーに合わなかったとか。またいつもみたいに暗い作品を送ったんでしょ」
文章が下手とか言われたらどうしようもない。ストーリーが駄目とかの方がまだなおしようがある気がする。暗い作品は、そういうものが書きたいのだから仕方がない。
それに、十五年も書いてきて、文章が下手なことがあってたまるか。
一応は『てにをは』はできている。そういう基本的なチェックはできるつもりだ。
「なんかねー。背伸びしてる感じがする。難しい熟語とか使ってるけど、意味分かって使ってる? ちゃんと辞書で調べなよ」
意味が分かるから使っているのに決まっている。いちいち全部の熟語を調べないといけないのか。私は悲しくなってきて、ラキの言葉の半分も頭に入らなかった。




