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十月二十五日。
私は大阪城公園に来ていた。外国人観光客や文化祭か体育祭に向けてダンスの練習をしている若者を避けて、ベンチを探した。見つからなかったので、芝生に一人用のレジャーシートを敷いて腰を下ろす。
音声通話アプリで落選作についての愚痴を、ラキに聞いてもらおう。すると、ラキに怒られた。
「選考委員は三鷹さんだったんでしょ? なんでそこに猫が生贄になって死ぬ話を送っちゃったのよ」
「三鷹さんのこと、私は全然知らなかったんだもん」
「普通は、選考委員のこと調べてから送るものじゃない?」
「知らない人ばかりだったんだもん。全員の本読めって言うの?」
「読まないと」
「興味がない人の本を何で読まないといけないんだよ」
「じゃあ、そこの賞以外に送れば良かったのに」
「ほかに、興味がある賞がないんだってば」
「じゃあ、もう小説投稿サイトに自分の趣味として小説上げとけば?」
「なんでそんなこと言うの? 私はプロ作家を目指してるって言ってるでしょ。投稿サイトなんかからデビューできるわけないじゃん。流行の作品を書いてるわけでもないから、ランキングにも入らないし。そもそも純文学を小説投稿サイトにアップしても、ライトノベルを求めている読者さんが多いんだから、無駄じゃん」
「小説投稿サイトにもライトノベル以外の作品を読む人はいるからさ」
「いても、百人に一人もいないじゃん。千人に一人かも」
「誰かに読まれたいの? それとも賞を取りたいの」
「そりゃ、賞を取りたいよ。だから新人賞に応募してるんだってば。どこかにいい賞ないかな」
「とりあえず、三鷹さんのところはやめといたら。あそこ、女性向けのほっこりする話を求めてるから」
「なんで? 私、女なのに」
「ほっこりする作品書けないでしょ」
「え? 猫を生贄にしたあと、みんな自殺するけど、天国でほっこりしてるのに?」
「自殺がテーマって、重すぎるでしょ。それはほっこりじゃないし」
「私はほっこりするんだけど。みんな天国で幸せなんだよ? これ以上の心温まる話はない」
「心温まる前に肉体的には死んじゃってるじゃん。だから中村の作品はほっこりじゃないんだって」
私のペンネームは中村アベレージだ。特に意味はないが、お笑い芸人にいそうな名前にしたかった。その方がなんとなく本屋に並んだときに売れるという変な思い込みがあった。
「心温まるって、何? 私は温まってたのに。選考委員は温まってないわけ?」
「知らないよ。選考委員がどう思ったかなんて。でも、少なくともあたしは中村の作品でほっこりしない。これは自殺がテーマだから、三鷹さんのところの賞ではきつい」
「どこかで思いっきり自殺がテーマの頭狂ってる新人賞ないかな」
「そんなピンポイントな賞はないわ」
「なんで」
「ないからないんだよ」
「ラキはじゃあ、どうやって自殺がテーマの作品を世に送り出せばいいと思う?」
「純文学とか? 夏目漱石のこころとかあるじゃん。あんなのが書きたいんでしょ?」
「あそこまで重いのは無理だから、ほっこり心温まる自殺の話にしようと思って三鷹さんのところに送ったのに」
「まあ、三鷹さんの出してる本とりあえず読んでみ。それから、去年の受賞作品も」
「去年のはクソつまらなかったよ」
「つまらないと思うんならそこに送るのはやめた方が良かったんじゃない?」
「だって、ほかにいい送り先がなかったんだよ。なんで心温まる話ばかり書かないといけないの? なんで? 三鷹さんは自殺の話嫌いなの? 人が不幸になる話を書いて何が悪いの? ダンサーインザダークって映画知ってる? いいこと何も起こらないよ? なんであれが世界的に評価されて、私の小説が評価されないの」
「観たことないけど、映画と小説じゃ違うんだよ」
「私は映画が好きで小説を書いてるんだよ。なんで、映画をお手本にしたらいけないの?」
「ああ、もう知るか。映画が好きなら映画関係の仕事に就け」
「はぁ? プロ作家になりたいって話をしてるんだよ?」
ラキとの会話は平行線を辿った。
「もうどっか、先生を見つけて小説講座に通ったら? それか添削サービスを使うとか」
「お金ないもん。何言ってんの」
「もう知るかって。じゃあほかに誰かに読んでもらって」
「ラキはなんで読んでくれなかったの? ラキが読んでくれたら、応募して落選してから送り先がおかしいとかこういう話にならなかったのに」
「えー、だって中村の文章、下手くそじゃん」
「下手なところが自分で分からないからラキに見て欲しかったのに」
「だって中村の添削したら、一ページに何か所訂正しないといけないと思ってんの」
「自分では間違いが気づけないから、その一つ一つを教えてって」
「時間的に無理でしょ。あたしは旦那と娘の晩飯作ったり、洗濯取り込んだり犬の散歩行ったりしないといけないの」
「そんなの私もやってるよ。旦那も子供もいないけど、家事をしてそれから執筆してる。他の人の添削もやってあげてる」
「げ、中村が添削してあげてるの? されてる人がかわいそう」
「添削っていうか、読み合いっこだよ。でもさ、私はストーリーのここが変だとか矛盾してるとか指摘してあげてるのにさ、私の作品を添削してくれた仮にA子にするけど、A子は私の作品の内容は添削してくれなくて、誤字脱字とか自分でも発見できるような簡単なミスのところしか赤ペン入れてくれないんだよね」
「まぁ、内容に口出しされるのを嫌う人が多いからね。だから、中村の作品の内容まで踏み込んで意見できないのかも」
「こっちの労力と見合ってないでしょ」
「それはA子さんに言いなよ。もっと、構成部分も指摘して下さいって」
「A子さん私の作品のことあとでユーチューブで酷評してたんだもん。もう言い出しにくいって」
「ユーチューブに公開すること許可してどうすんのよ」
「だって、宣伝させて下さいって。てっきり、作品のタイトルとあらすじの紹介動画を作ってくれるのかと思ったら、『私が読んだウェブ小説。勝手に評価しちゃうぞ!』って動画で勝手に採点してんだもん」
「それ、何点つけられたの?」
「六十点」
「中村にしてはめっちゃ良いじゃん」
ラキがげらげら笑った。
「でもほかにA子に評価された人たちはみんな九十点だった。で、私の作品だけ六十点だった理由が、流行りのライトノベルじゃないって理由だけなんだって。私ははじめから、純文学ですけど読み合いしませんかって話したのに」
「まぁ勝手に動画にするその人もどうかと思うけど、動画ならなおさら流行りじゃないと再生回数が稼げないとかそんな理由もあるのかもね」
「むかつく」
「だったら、読み合いしなかったらいいのに」
「読んでもらわないと、作品の欠点やミスに気づけないんだって」
「自分で気づけよ」
「気づけないから困ってるって言ってるんだよ」
「だから添削サービスを」
「お金ないって何度言ったら分かる」
あれだけ親身になってくれていたラキがだんだんうざくなってきた。ラキの方は子育てがとか言って通話を切ったが、ラキの娘がもう十八歳で成人していることは、SNSではじめて話したときに聞いている。




