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一月五日。
まるもちが自死した。まるもちのツイッターアカウントに突然、まるもちの妻と名乗る人物が顔を出した。
〈夫の訃報をご連絡します。昨夜、夫のまるもちが亡くなりました。睡眠薬の過剰摂取による自死でした。いままで夫の小説を読んで下さったみなさまには、感謝しております〉
まるもちに妻がいたことが驚きだ。一番驚いていたのはラキで、自死を驚いていたというよりは、突然現れた妻に驚いていた。
〈あいつ、独身じゃなかったよ。あー。でも、なんでなのまるもち。感情が爆発しそう〉〈あたしを置いていかなくてもいいじゃん。メイドが主人公のミステリー書くって言ってたのに。あれ、トリック教えてくれたでしょ? 面白かったんだから、最後まで書いてよ。先が気になってどうしようもないでしょ〉
ラキは混乱していた。私もだ。
才能があるのにどうして死んだのか。私は才能がないから死にたいのに、まるもちは本を二冊も出版して死んだ。ずるい。その二冊を出版する権利、私が欲しかったのに。私がもし、二冊分を出版することができたら、三冊目も書くよ。四冊目も書くよ。まるもちの速筆能力やプロデビューするための筆力、私が代わりに欲しいよ。
ラキがそれからツイートに現れなくなった。私も、自分の小説を書くのに忙しい。
二月二十日。
ラキとはまったく会話をしていないし、文面でのやり取りもないのに、ラキが一人でぼやいている。
〈あいつこそ、才能もないのに作家なんか続けてんじゃないよ。なんで、あんな才能のない奴が自殺しないで才能のある人が自殺しちゃうわけ〉
あいつとは私のことなのだろうか。
〈まるもちの新しいペンネーム、私あれから考えたんだ。宗道シゲル。絶対こっちの方がよかったよね? まるもちに確認したい。でもできないよ〉
なんだか、弱音を吐いていて別人のようだ。
七月二十八日。
ボナソサのライブ。
ラキがまた来ていてうざい。
ラキはグッズも私の二倍以上は買っているし、誰か知らない友達をつれてきていた。目が合ったのに、ラキは私に気づかなかった。もしかすると私の顔を忘れている可能性がある。入場がはじまったとき、番号が私より若くて驚いた。ファンクラブに入っていないと、あの番号は取れないだろう。ファンクラブ歴五年の私より前の席のようだ。羨ましかった。
ラキは最近めっきり小説を書いていない。小説投稿サイトの更新も止まっている。
ツイッターでの発言は〈ダキ最高。猫を愛でろ〉だった。ダキさんは猫を飼っている。
十月三日。
私ははじめて受賞した。短編のホラーの賞だ。プロに近づけたかなとか、短編だから刊行はされないけれど、万が一何かの手違いで別のレーベルからでもいい、声がかからないか? とか一パーセントあるかないかの確率に震えて喜びを嚙み締めた。
ダキさんが亡くなったのと同じ日だった。
ショックが大きすぎて、死因を調べる勇気はなかった。
この日を境に、ラキのツイッターを見るのは自然にやめてしまった。
アルバム総数十二枚のボナソサのCDを聴くのが怖くなって押し入れにしまう。
急場をしのぐために、ウォークマンで普段あまり聞かない音楽を再生したが、逆効果で何を聞いても楽しめなかった。
小説は遅々として進まない。ちなみにランディとアルフレッドの物語は完成後すぐに応募して、その半年後に落選。一次選考すら通らなかった。
ラキと何もかも同じは嫌だ。ラキがボナソサを好いているのも、たまらなく嫌だ。ボナソサのファンをやめることができたら、ラキなんか気にしないで済むのに。
小説なんて書いていなければ落選のことなんていちいち気にしないでいられるのに。
全部解決したい。小説で解決したい。
そうだ、これまでのことを書こう。それを書いて応募して、駄目なら私は私小説や純文学とは無縁の書き手だって分かる。だから、これは試金石の愚痴小説。みんな消しゴムで消せる。今までの人生なんてその程度のものだって分かるからきっと。それでも、消しゴムで消したあとの人生なんか、物書きの真似事をしている限りはいくらでも消せ――……。




