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三月二十日。
春分の日だ。墓参りをすると、むずむずする。願いは墓掃除が終わってからだ。
祈りは特にないが、給料が上がりますようにぐらいお願いすればいいだろうか。ワーキングプア? なのか。よく分からないが、生活保護って、月給いくらからもらえるんだっけ?
いざ賽銭に五円玉が吸い込まれるときにはこの願いで正しいのかと不安になって、手を合わせるころには自分の健康から親の健康、今年から九官鳥のおせちの健康も祈っている。
今は何もいいものが書けない。今年の文学賞は見送って、次は四月締め切りのライトノベルの賞に向けて何か書こうと思う。流行りの『追放』要素を含んだ異世界ファンタジーのプロットを作っているところだ。なお、嫌いな要素なので、書くときは感情を殺して書く。SNSでプロデビューが決まった作家さんが自分の好きな要素は二割しか書いてなくて、八割は流行に合わせて書いたと言っていた。ちなみにその作家さんは「自分の好きなものはほとんど書いていない。このヒロインが好きだと思う読者の気が知れない」と発言していて、炎上していた。
なら、私も嫌いなものを書いてデビューしよう。
好きなものを書いて結果がでないことに私は焦っている。落選する度に私の好きなものをことごとく批判された気がした。私の存在を否定された気がした。お前は必要ない。流行のものを書ける作家は山ほどいる。我々はそれが欲しいと編集が言っている気もしてきた。
私は主人公が不幸に見舞われる話が好きなのであって、流行作品のように不幸のどん底からのし上がって、原因を作った奴らにやり返したり、そのまま幸福になる話は苦手だ。失敗ののち成功する、成り上がる、そんな夢のある話は書けない。私はまだアマチュアでプロ作家になる夢が叶っていないのに、夢が叶う結果を導き出すストーリーは書けない。
主人公はずっと不幸のままでいて欲しい。
ヘッセの『車輪の下』のように人生に暗雲が立ち込めてくるような不穏な話が書きたいし、もう短編で書いたことがある。結果発表は今日だが、見るのが怖くて見ていない。
とりあえず、しばらくヘッセのような作品は置いておいて、流行のライトノベルを書くために、バッドエンド好きによるバッドエンド大好き読者のためのダークファンタジーの作風は封印する。
プロットは遅々として進まない。嫌いなものを書くのは辛い。
ラキがまるもちの新作を絶賛していた。まるもちは速筆で、私が半年に一つ作品を完成させている間に月に一作品は書き切っている。
まるもちが得意とする小説はミステリーで、私と同様にネットではあまり読まれるようなジャンルの作品を書いていない。
ラキは流行りものが好きなくせに、まるもちのミステリー作品はしっかり読んでいる。
まるもちのファンか? まるもちの作品と私の作品をスペースで共有すると、たいていラキはすぐに返事するし「あとで読むからリンクを貼って」と言うからちゃんと目は通してくれていると思う。だが、私がラキの感想をもらうのは、今思い返せばまるもちの後でだ。ラキとまるもちの関係はなんなのだろうか。ラキは自分の旦那がうざいとよく言っているが、かわいい娘もいるし。まるもちと四十代にもなって、浮気なんて浅はかなことはしないだろう。
私にはよく分からない。友達以上恋人以下の関係だろうか。それでも、私を仲間外れにしなくてもいいではないか。
まるもちが短編のコンテストで賞を受賞したと報告した。くしくも、私も応募していたところの賞だった。私は自分の落選を知りたくなくて、今日は結果を見ていなかった。賞金はたった一万円だったが、私から見ればそれは大金だ。一万円あれば、ボナソサのライブだって行けるし、光熱費の支払いにも充てられる。光熱費が浮けば、ボナソサのライブでいつもより多くのグッズを買うことができる。生活費を稼ぐために泣く泣く三年前のライブグッズをオークションで売る必要もない。
賞金がもらえない佳作でもいいから取りたかった。私には何の肩書もないから。
短編のコンテストのお題は『美少年』だった。受賞作の多くが、恋愛ものや、BLものだった。もちろん、流行の異世界ファンタジーもある。イケメン過ぎて困ってますみたいなタイトルで、いわゆるハーレムものだった。無条件に女性たちからチヤホヤされて、主人公は困っているような設定だ。
私は美少年が虐げられて不幸なまま自死する話を書いた。ヘッセの『車輪の下』のような話を書きたかった。それでも、小説投稿サイトのコンテストだったので、読者層は十代だろうから、ファンタジー要素を加えた。
不幸少年はお呼びではなかったらしい。お題に沿って私なりに書くなら、美少年は不幸になって死ぬしかなかった。
まるもちが書いた作品をラキといっしょに見せてもらったことがある。ラキが熱心にアドバイスしていたと思う。
内容は、主人公は美少年探偵だが、ぐうたら生活が祟って仕事の依頼が来なくなり、これではいかんと一念発起して何故か副業にケーキ屋のバイトをはじめて、その店で次々と起こる事件を解決するというものだった。
まるもちは女性を描くのが苦手らしく、そのケーキ屋に登場する女店主にどんな属性を持たせるのかラキと相談していた。私に相談されることはなかった。私だって、主人公が美少年なら、女店主はそれに釣り合うように美少女にするべきだとアドバイスしたかった。ラキは女店主を姉御肌の頼れるお姉さんにして、美少年とは恋愛感情がない状態で物語をスタートさせた方がいいと言った。それから、事件を解いていくにつれ、頼れるお姉さん像を無理に演じていたことが分かってくるらしい。
どちらも、書くのが難しそうだと思った。まず、そんな心が温まる話は書けそうになかった。
まるもちが受賞したことでラキのアドバイスが的確であったことが証明されてしまった。
私はラキにツイッターのDMを送って聞いてみた。
〈ラキがアドバイスしたんだから、ラキも自分の作品に注力すれば受賞できるんじゃない?〉
すると五分と経たずに返事が来る。
〈あたしは別にプロ作家を目指してないから。趣味でやってるんだよ? 誰かと競う体力もないし〉
私は腑に落ちないまま自分の小説を書こうと思う。ラキは他人にアドバイスばかりして、自分の作品をないがしろにしている。




