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一月十日。
十日戎にも行かずに、私は九官鳥を買った。
中古で三十万円だった。名前はおせちにした。今年はおせちを買わなかったのでなんだか恋しくなって命名した。
「おせちーおせちー」
九官鳥はすぐに自分の名前を覚えた。鳥かごの中で私の目を見上げてくる。何か話すか? と期待を込めて見つめ返すと、黄色い口を開けて呆けた顔をする。話す気はないらしい。
十歳のおせちは九官鳥の世界ではシニアに入りつつある。寿命が十五年前後らしいので、私と同居できる期間は残り五年から長く見積もって十年だ。
おせちが死ぬのが先か、私がプロ作家になるのが先か。
おせちは私の心中など素知らぬ顔で、漫画みたいな丸っこい黒目で見つめてくる。
「オカイケイワ、ロッピャクエン……デス」
ペットショップで覚えたのだろうか。そんなに安い動物がいるのだろうか。店内をよく見ていなかった。どうして、私は犬でも猫でもなく九官鳥を飼うことにしたのだろう。
九官鳥を店内で見つけたときに、これだと思った。別に人恋しいわけではないが、とにかく会話がしてみたかった。毒みたいな言葉で九官鳥を汚したかった。
家に帰ると私の代わりに選考委員の審美眼のなさをののしる九官鳥がいれば、最高ではないか。いや、まず私は選考委員よりもまず先にどこぞの誰とも分からぬ下読みを罵っておく必要があると思う。
しかし、おせちに「あなたに審美眼はない! 消えろ」「私の原稿を選ばない下読みの目は節穴だ」とか「本当に最後まで原稿を読んだか?」とか「落とすならせめて二十ページは読め」とか哀願してみたところで、おせちは下読みの「し」の字も覚えなかった。代わりに、私がおせちに話しかけたあとに吐き出す青息吐息を覚えて、鼻から勢いよく空気を送り出す音を真似る。
「なんでもいいから、いい加減覚えてよ。じゃあ、お会計は?」
「アナタ」
ふざけんなよ。
おせちを鳥かごに戻す。くちばしで抵抗が行われたが、鳥かごに入れることができた。
鳥かごから出して二時間以上も遊んでしまった。放し飼いにすると、本棚の上やカーテンレールに糞をされるので、会話を楽しむより、雑巾を持って追いかけている時間の方が長かった。
苛々して夕飯のために白ネギを買いに行く。おせちを見ているとカモがネギをしょってきたという言葉が浮かんだからだ。かといって、鍋を作るのは面倒だ。うどんでいいか。
帰宅して夕食を作り終えると、夜の七時になっていた。
ツイッターのスペースでは、私の知り合いである和田マヤコさんがデビュー作の発売日の告知と、編集との対談を行っていた。DMには七時からはじめるよとの連絡が来ていたが、気づかなかった。私がちょうどペットショップに行っていた時間だった。
お祝いの言葉は以前言っておいたし、無理にスペースで聞きに行く必要もなかった。でも、嫉妬心からどういう内容の話をするのか、どうしても聞いておきたい気もする。
一体、和田さんがどのくらい浮かれているのか。編集がどれだけ知り合いの作を褒めるのか。どんなインタビューをするのか。関係は対等なのか。半年前の受賞発表までアマチュアだった和田さんが、たった半年で「先生」と呼ばれる存在に変化しているのかどうか。
和田さんのことを茶化すようなサバサバした性格があればどれだけ良かっただろう。
友達でもないから、たちが悪い人間だった、私は。
スペースでへらへら笑う和田さんの快活な声を聞くと、落ち着かなかった。うどんも手につかない。ネギを入れるのを忘れている。何のために買った白ネギだったのか。
話はどんどん進む。主に受賞作の刊行の宣伝だったが、編集は和田さんにプロットは作ったのかとか、アイデアはどうやって出したのかと根掘り葉掘り聞いていた。というより、リスナーの私達に聞かれることを想定して質問していた。
なんだか和田さんのことはライバルと認識したことはなかったのに、急に悲しくなってきた。私も質問されたい。どうやればプロットを書くことができるのか、私も知っている。和田さんがどうやって書いているのかも聞いたこともあるし、なんなら私のプロット作成秘話も話してあげたい。
スペースではこちらが、発言を求めてホスト側の人間(今は編集さんになる)が、承認してくれたら、会話に入って行くことができる。
編集二人と、和田さんの三人の座談会めいたスペースに、私が入って行く余地はさすがにない。肝も据わっていない。
三人の会話がやがて音としか認識できなくなったので、聴くのをやめた。
無名の私のプロットを小説投稿サイトにアップしても、誰も興味がないだろう。それどころか、小説であっても流行作品を書かない私には、読者たちに読まれる要素が何もなかった。
小説投稿サイトに上げた最近の自作品のPVを見てみる。ゼロだ。一日は二十四時間もあるし、小説投稿サイトには二万人以上の作者さん、十万人の読者さんもいるはずなのに誰も私の小説には辿り着いていないようだった。まぁ、投稿サイトに存在する小説は四十万作以上あるのだから、仕方がないことなのかもしれない。




