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第39話 支援魔術師、凱旋する

 俺たちはジィルバスに勝利した。


 ジィルバスの死後まもなくして、その残党は後方から攻撃を加えた宮廷魔術師の師団長により、文字通り殲滅された。


 もうギスバールの残党は絶滅した……とも限らないが、しばらくは帝国と帝都に平穏が訪れるのは確実だろう。


 俺はルキフェルを倒した後、過労のせいか安心したせいか意識を失ってしまったらしい。今は意識を取り戻し、近くの帝国軍の陣地の天幕の中にあるベッドに座っている。


 天幕の外を眺めると、帝国軍の陣地には周辺の住民たちが酒やら食事を持ち込んで、勝利を祝ってくれていた。


「よくやってくれた!」

「みんな、ありがとう!」


 兵士や近衛騎士、宮廷魔術師たちも勝利を祝うように宴を開いている。


 いつか見た光景。ギスバールを倒した後も、こんなふうに皆が勝利を喜んでいた。


 とはいえ、あの時の俺に、喜びを分かち合う余裕はなかった。なぜ生き残ってしまったのか自問自答をしていたのを覚えている。


 俺は、また生き残ったんだな……


 死んでもおかしくなかった。レイナたちが来てくれなかったら死んでいただろう。


 そんな中、俺の前にティーカップが差し出される。中には芳醇な香りを漂わせる茶が揺れていた。


 差し出してくれた者に目を向けると、そこには心配そうな顔をするレイナがいる。


「先生、まだご気分が優れませんか?」

「レ、イナ……いや、おかげでだいぶ良くなったよ」


 レイナは俺をずっとこの馬車で看病してくれていたらしい。本当に頭が下がる。ただただ情けない話だ。


 頭を下げ茶を飲んで、こう答えた。


「ありがとう」

「先生……もう、お一人で行こうなんて考えないでくださいね」


 悲しそうな顔のレイナ。

 俺が死ねばもっと悲しませていたことだろう。まさか、レイナがレナだとは思わなかった

し……


 俺は首を深く縦に振った。


「約束するよ。心配かけてごめん」

「謝られることはございません。もっと私がしっかりしていればよかったのですから」

「そんな……レイナはむしろしっかりしすぎたというか……というか、言ってくれてもよかったのに」


 自分はレナだということを。知っていたら知っていたで色々やりにくかったかもしれないが……


 レイナは恥ずかしそうな顔で答える。


「ごめんなさい、もし先生が覚えてなかったらと思うと怖かったんです……」

「忘れるわけがない。レナは初めての教え子みたいな者だし」

「先生……!」


 レイナは目に涙を浮かべて答える。


「嬉しいです……てっきり、先生は全てを忘れたがっているのだと」

「レナのことでそんなことを一度も思ったことはない……でも、ギスバールのことは忘れたかったのは事実だよ」


 俺は天幕の外に立つアレンの像に気が付く。勝利を祈願するため、住民が作ったのだろう。


「嫌な思い出は忘れたくても忘れられないものだ。帝国の人々だけじゃない。敵のジィルバスだって、ずっと忘れることができない嫌な記憶があったんだろう」


 ギスバールを失ったということ。ジィルバスは最後までギスバールの名を口にしていた。


 レイナは頷いて答える。


「ジィルバスの作戦はことごとく失敗していた……にもかかわらず、ああして決戦を挑んできた。本当にギスバールを復活させたいなら、再起を図るべきなのに」

「本当に復活させるなんてことができるのかは知らないが、ジィルバス自身がギスバールのいない世界に耐えられなかったのかもしれないな」

「早く、終わらせたかったわけですね……」


 レイナの言うとおり、ジィルバスは半ば自棄になっていたのだと思う。自らの力の至らなさに苛まれ、主人を守れなかった自らを呪う日々──


 一方の俺も、同じような思いを心のどこかで抱いていたのかもしれない。帝国を救うためなら俺なんか死んでもいい、そんなことを考えていた。


「俺も一生忘れられないだろう……」

「先生……苦しいですか?」


 俺の手を握ってくれるレイナ。心の底から俺を心配してくれているようだ。


「……今はそんなことない。レイナや皆のおかげで、生きたい理由ができた。体が動くうちは支援魔術をずっと誰かに教えたい。皆が俺の支援魔術を使って活躍してくれるのが嬉しいんだ」


 レイナもアルノも今や、超人的な活躍をしている。ミアやヴェルガーたちの将来も楽しみだ。


 不遇な十年だったが、ようやく面白くなってきた。もう死んでもいいなんて決して思わない。


 ほほ笑むレイナ。


「なら、私もお手伝いします。私はずっと先生をお支えしたいんです」


 レイナ──いや、レナはずっと俺のことを気にかけてくれていた。俺はアレンを失ってからしばらくレナや仲間たちと話すことさえ拒んできた俺を。


 わざわざ正体まで隠したのも、俺のことを気遣ってくれてのことに違いない。


「レイナ……ありがとう。俺も、ずっと君を支えるよ」


 レナにもレイナにも恩がある。それに教え子が困っていたら助けるのが師としての使命だ。


 そう考えたが、何故かレイナは顔を真っ赤にしていた。


「れ、レイナ? レイナも調子悪いんじゃ?」

「い、いえ、むしろ絶好調です。ただ……ちょっと嬉しすぎてフラフラするというか」

「そ、そうか。勝利の喜びというわけね……あっ」


 俺は天幕の入り口からこちらを覗き込む者たちに気が付く。


 ルーナ、ミア、アルノ、ヴェルガー、シェリカ、アネア……何やら興味深そうにこちらを見ていた。


「み、皆来ていたのか」


 そう呟くと、ミアがまず出てきて嬉しそうな顔で言う。


「せ、先生、よくなったんですね!!」

「心配しました、先生……」


 ヴェルガーはホッとするような表情で言った。


「ごめん……年のせいか、体力がね。昔は三日三晩寝なくても戦えたんだが」

「まったく、言ってくれれば私も最初から一緒に行ったのに」


 不満っぽく言うルーナもどこか安心するような顔だった。


 アルノは感心するような顔で言う。


「それにしても先生の魔術はさすがでした!! ルキフェル戦のときはもちろん、あそこまで見事に敵陣をかき乱すとは!」


 シェリカとアネアも頷いて言う。


「一人であそこまで混乱させたってことでしょ?」

「それに先生の教えくれた支援魔術で、私たちも結構敵倒せたし……先生、結構すごい人なんですね」


 レイナが思わず笑いを漏らす。


「いつの間にか、皆先生のことを先生って呼んでますね」

「そういえば……!」


 互いに教え子と師と呼ぶ関係になった……嬉しすぎて目から涙が出てくる。


「生徒がこんなに……!」


 大学にいたときは考えられなかった話だ。


 レイナはくすっと笑う。


「まあ、先生ったら……先生、これからも私たちにご指導お願いしますね」


 皆もお願いしますと返してくれる。


 俺はその言葉に深く頷いた。


「それでは先生もお目覚めになったことですし、私たちも帝都に帰還する準備をしましょう」


 そうして俺たちは帝都に帰還することになった。皇帝を先頭に近衛騎士団、宮廷魔術師団、帝国軍の大行列が帝都へと向かっていく。


 帰路の街道では多くの人々が俺たちを出迎えてくれた。街道に敷き詰められた花々と俺たちへの喝采は、帝都の大通りから宮廷に戻るまでついに絶えることはなかった。


 その翌日、俺たちは皇帝によって謁見の間に呼び出されるのであった。

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