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第34話 支援魔術師、教え子が気になる!

 エルド山を奪還した翌日、俺たちは帝都に帰還した。


 その夜、浴場の飯屋で打ち上げのようなことをしている最中だ。


 俺たちが囲むテーブルには、豪勢な食事が次々と運び込まれている。


「いや、皆本当にありがとう!」


 アルノは皆へそう告げた。彼もまた自らの仕事を終え、帝都に帰還したばかりだ。


 やはりアルノが調査したダンジョンも、ギスバールの手の者によって作られたダンジョンだったようだ。そこは帝都への注ぎ込む川の水源付近だったので、毒でも流すつもりだったのだろう。


 しかし、その計画は頓挫した。しかも、エルド山も俺たちに奪い返された。今の所、敵の手は悉く打ち砕かれている。


 このまま帝都への侵攻も断念してくれるといいんだがな……


 そんなことを考えていると、アルノがこちらに顔を向けているのに気がつく。


「先生。お疲れですか?」

「うん? そんなことないぞ」


 まあ足腰はちょっときついかも……高速で山を登ったり、高速馬車に揺られたりしたのだから無理もない。


 ミアはこんなことを言ってくる。


「あのダークドラゴンとやり合ったんです。無理もないですよ」

「我々もトール殿にもしものことがあればと思い……生きた心地がしませんでした」


 ヴェルガーもホッとした様子で言った。


「いや、あのレナっていう子が本当に強くて。俺が出る幕はなかったよ」


 俺がいなくても、レナは必ずダークドラゴンを倒していただろう。俺はそれを少し早めただけ。


「あんたも、頑張って防いでたじゃん。それにドラゴンを落としたのも、あなたの魔術でしょ?」


 ルーナはそんなことを言ってくれた。俺のやったことに気づいてくれるのは純粋に嬉しい。


 ミアも呟く。


「あたしたちも、トールさんの魔術がなかったら、あんなふうには戦えませんでした。トールさんの支援魔術はやっぱりすごいです!」


 シェリカとアネアもうんうんと頷く。


「まさか、うちらがデーモン狩っちゃうなんて」

「私たち新人なのにね。きっとトールさんの支援魔術のおかげね」


 ヴェルガーは俺にこう言った。


「戦況の見極めもお見事でした。要塞にはやはり、兵器を作っている跡があった。トール殿がいなければ、一発撃たれていたかもしれない」


 それを聞いて、アルノが自慢するような顔で言う。


「うんうん、お前たちも皆、先生の凄さが分かってきたか!」

「なんであんたが得意げなのよ」


 ルーナは呆れるような顔で呟いた。


 俺は皆に言う。


「いや、皆のおかげだ。ルーナの魔術はやっぱり目立つけど、他の皆も堅実な戦い方だった。一人でも欠ければ、あんなに早くは奪還できなかっただろう」

「先生はこう言うが、お前たちはもっと精進するんだぞ」


 アルノの声にミアとヴェルガーだけが、はいと元気よく応じる。


 前の酒の一件で、シェリカとアネアからは少し軽く見られているようだ。


「それじゃあ、今日も乾杯!!」

「また飲むのか……」


 こうして打ち上げが始まった。


 アルノの飲み過ぎを抑えつつ、食事をする。戦いを振り返ったりと皆賑やかな雰囲気だ。


 だがそんな中、ルーナが俺に訊ねる。


「なんか元気ないわね」

「え? いやそんなこと」


 シェリカがじいっと俺を見ていう。


「まさか……トールさん、あのレナって人に惚れちゃった?」

「なんか仲良そうに話してましたもんね」


 アルノが「あのレナと……?」と唖然としている。まああまり誰かと喋るような子じゃなかったからな……


 しかし、ルーナが言う。


「いや、このおっさんはきっとレイナのことが心配なのよ。買い物と言いつつまだ帰ってないんだから」

「そ、そういうわけじゃ。ただエレナ殿下もまだだし」


 純粋に、何か大変な仕事があるなら手伝いたいと思っただけだ。レイナにもエレナにも本当に世話になっているし。


 俺が呟くと、アルノは思い出したように言う。


「エレナ殿下なら、本日帰還されたって話ですよ。お昼に陛下と話されているでしょうけど、もう終わったんじゃないかな」

「とするとレイナも」


 アルノはニヤリと笑う。


「行っちゃいなよ、先生」


 シェリカとアネアも行っちゃえ行っちゃえと口にする。


 ヴェルガーはいつもの口調で言う。


「いつもトール殿とご一緒でしたからね。ご心配になられるのも無理はないかと」

「まあ、あいつもおっさんのこと待っているかもしれないし」


 ルーナでさえもそんなことを口にした。


 逆に行きにくいんだけど……


「ま、まあ、今日は早めに帰らせてもらうか……誰かさんにまた飲まされるかもしれないしな……ヴェルガー。アルノを頼むぞ」

「はっ、ちゃんと見張っておきますのでご安心を!」


 そうして俺は、宮廷へと帰ることにした。


 エレナの部屋は俺の隣。特に迷うことはない。廊下をスタスタと進んでいく。


 だが、途中で急に使用人たちがざわめき出すのに気がつく。皆、廊下の脇に控えて身なりを正し始めた。


 ……うん? これは。


 鈍い俺でも分かる。お偉いさんがやってくるのだ。


 同じく身なりを正し、脇に控える。


 ざっと皆が片膝を突くのに合わせ、俺も片膝を突き頭を下げた。


 それからすぐに、ざっざっと大人数の足音が響いてくる。


 しかし、その足音は俺の前でぴたりと止まった。


「トール殿。顔を挙げられよ」

「はっ」


 威厳のある声に深く頭を下げ、それから顔を上げる。


 そこには、コートの上からでも分かる筋骨隆々の男──皇帝ハインリヒが俺を見下ろしていた。


 近くで見る皇帝の顔は、威厳に満ち溢れていた。笑顔ではあるが、作り笑いにも思える。体もムキムキで正直勝てる気がしない。


 皇帝は俺に問う。


「どちらに行かれるつもりだったのかな?」

「エレナ殿下のもとです。任務から帰ってまいりました故、ご挨拶にと」

「そうであったか。だがあいにくあやつには、昼に余から命を下したばかり。朝には帰ってくると思うが、今行っても会えないであろう」


 政務かなんかだろうか。まあ皇女だから色々忙しいよな。


 レイナもその任務に同行しているのだろう。


「そう、でしたか。ご教示いただきましてありがとうございます」


 ハインリヒはこれで去ると思いきや、俺に告げる。


「そういえば、トール殿。そなたは独身と聞いた」

「は? は、はい」

「そろそろ腰を落ち着かせるべきであろう。よき令嬢たちに声をかけておる。お主へ爵位を与えるのと同時に、我が縁戚と婚姻も結ばせたい」

「そのようなことは……せっかく宮廷魔術師の仕事もいただきましたし、私は大した功も立てておりません」

「ふむ。エルド山の奪還でも活躍したと聞いたのに謙遜なさる」


 そう呟くと、ハインリヒはこう続ける。


「まあ良い……ところでエルド山だが、かのギスバールめの残党のせいだったようだな」

「はっ。ダンジョンコアを持つ魔物が強力になっております」

「エルド山だけでなく、帝国全土でも呼応するかのように、多くの魔物たちが動きを活発にしておる。国民たちの中には、かつての大惨事を想起し国を去ろうとする者もいるようだ」

「そんな……」


 皇帝は俺の肩に手を乗せる。


「手は打っておるが……また、そなたの力を借りる日がくるやもしれぬ。勇者アレンが帝国の民を救ってくれたときのように、そなたの力が。その日が来れば、貸してくれるな?」


 アレンという言葉が俺の頭の中に木霊する。


 アレンは俺を助け、帝国の人々を守った。助けられた俺は、どうすべきか──


 皇帝の言葉に俺は頭を下げる。


「もちろんです。アレンにもらった命。人々を守るためなら捧げても惜しくありません」


 命を捧げる……貴族にとってはただの決まり文句のようなものだろう。しかし、俺からすれば本心だ。


「その言葉、ありがたい──おや」


 皇帝は廊下の先に目を向ける。


 そこには、青いドレスを着たエレナがいた。


「エレナ」

「例の件は片付けてまいりました、父上。私のトール様に何か御用が?」


 スタスタとこちらまで歩いてきたエレナに、皇帝はこう答える。


「何。トール殿にいいご令嬢を紹介しようと思っただけだ。断られてしまったがね」


 笑顔のハインリヒとエレナ。しかしなんだか目は笑っていない気が……


「トール様はご自身で結婚相手を選ばれます。押し付けはご勘弁ください」

「ははっ。言うようになったな、エレナよ」

「父上。何を心配されているかは分かりませんが、私の切れ味は全く落ちていない。むしろ、鋭さを増している。さっきの任務から今帰ったのを見ればお分かりでしょう?」

「何も疑ってはおらぬ。余は本当にトール殿の才を惜しんで」

「警告します。私のトール様には二度と関わらないでください」


 皇帝とエレナは互いを鋭く睨む。


 なんだか険悪な雰囲気? どっちも何故か俺を買ってくれているようだが……


 しかし、やがて皇帝が笑った。


「ふっ……どのみち、余の全てはお主が引き継ぐ。お主の望むようにすればいい」


 皇帝は笑顔のまま俺に小さく頭を下げた。


「いや、トール殿。呼び止めてすまなかった。これからも期待しておるぞ」

「もったいなきお言葉です」


 俺が深く頭を下げると、皇帝とその従者たちは去っていく。


 その中でエレナの声が響いた。


「トール様、父に何か意地悪なことを言われませんでした?」

「まさか。ただ、殿下を訪ねるところだと申し上げたら、殿下はまだ戻られないと仰っていたので、少し驚きました」

「父も、ここまで早く戻るとは思わなかったのでしょう。そんなに難しい仕事でもなかったのですが……」


 俺なんかでは理解できないような難しい仕事をしているのだろう。大変だな。


「ところで、トール様もエルド山を奪還されたと聞きました。お見事です」

「俺は、別に。ほとんど近衛騎士団の皆やルーナ、それにレナのおかげです」

「トール様は本当に奥ゆかしい方ですね……」

「いえいえ、本当のことを申し上げたまでです。ところで……レイナは」


 エレナに付きっきりだと思ったが周囲にはいない。


「ああ、レイナですね。私の部屋におります。すぐ呼んで参ります!」

「そ、そんな! 殿下にそんなことをしていただくわけには」

「では、トール様が呼ばれますか? 今、レイナには風呂を掃除させているので、裸ですが……まあレイナはトール様に裸を見られても何も言わないでしょう。どうぞ」

「ま、待ちます! 明日にいたしますから」

「ふふ……レイナはトール様に心配していただき果報者ですね。ともかく、お部屋でお待ちください」


 スタスタと去っていくエレナ。


 俺はありがとうございますと頭を下げる。


 素直に部屋で待とう……


 部屋の椅子に座っていると、レイナがすぐに俺の部屋に入ってくる。


「先生。ご心配をおかけして申し訳ございません!」

「謝る必要なんてない。レイナがどこへ行くのも自由だし。ただ、俺にも手伝えることがあったらって思って……」

「先生……ありがとうございます。ただ、今回は本当に楽な依頼でしたので」

「そうか。騒がせてごめん」

「いえいえ。先生に心配していただき……その、私はとっても嬉しいです!」


 いつもの笑顔を見せてくれるレイナ。


「俺こそ、いつもレイナには良くしてもらっている。何かあったら相談してくれ」


 レイナは頷くと、こんなことを訊ねてきた。


「先生も何かあればご相談ください。先ほどエレナ殿下が、先生が何やら難しい顔をされていたと仰ってましたが……何か、ございました?」


 難しい顔をしたのも無理はない。

 皇帝と皇女が一瞬ばちばちとしているのを見てしまったのだから。


 俺はレイナを安心させるように笑って答える。


「なんでもないよ。俺は大丈夫」

「そう、ですか」

「ただ……久々の山登りで割と足腰はやばいかもしれん」


 ここにきて割と痛みが限界になってきた。【自然治癒】をかけないと……


 レイナは心配そうに俺の腰をさすってくれる。


「なんと! では、今から私が先生をマッサージして」

「い、いいよ! 今から浴場に行ってくるつもりだから。アルノたちもまだ向こうにいるはずだ。酔っ払ってないか確認しないといけないし……レイナも一緒に行く?」

「先生が望まれるなら、もちろん。私もお風呂に入りたい気分だったので」

「よし、それじゃあ行こうか」

「はい!」


 こうして俺とレイナは浴場へ向かうことにした。


 アルノたちはまだ浴場の飯屋にいて、レイナも加えて打ち上げは続くのだった。

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