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第33話 支援魔術師、最初の教え子と再会する

 山頂の要塞付近。

 俺たちの眼下に、エルド山の南側の山肌が現れる。


 そこにあったのは──


「血の河……」


 南側の山肌には赤い血がドロドロと麓へ流れていた。


 無数の魔物の亡骸。ゴブリンもデーモンも皆等しく刀剣で斬られたような跡があった。


 ヴェルガーが目を丸くする。


「……よもや、魔術を使わず剣術だけでやったのか?」

「相当すごい剣士たちなんでしょうね……」


 しかし、ルーナがある場所へと目を向ける。


「いえ、たちじゃないわ……一人よ」


 その視線の先には、俺も先ほどから感じている魔力の反応があった。


 そこには一人山を軽々と駆け上がる長い髪の女性が。


「あの人が帝国軍最高戦力? ひ、一人でやったってこと!?」


 ミアは思わず声を上げた。


 そんな中、僅かな魔物の残党が、最後まで女性の行手を阻もうとする。


 しかし、全く敵わない。女性は、ゴブリンやオークを一太刀で斬り伏せ、デーモンすらも数振りで仕留める。


 あれほどの剣士なら一人でやったのも頷けるな。でも、あの剣技──どこかで見たことがあるような。


 気になるが、まだ要塞が残っている。早く合流しよう。


 俺はこちらへ駆け上がる女性に声をかける。


「おーい!! こっちだ!!」


 その声を聞いて女性は一瞬体をびくつかせた。


 驚かせちゃったかな。


 だが女性は何事もなかったかのように、こちらへ駆け上がってくる。


 女性が近づくにつれ、ミアがおおと感嘆の声を漏らす。


「すごい綺麗な人……」


 シェリカとアネアもこう呟く。


「真っ赤な髪……綺麗な肌」

「なんか、どっかで見たことがあるような」


 俺もどこかで見覚えがある。無駄のない剣技に、あの槍のように長い刀……そして気の強そうな顔。あの子は。


「レナ……」

「え!? もしかして、あの閃剣のレナですか!?」


 ミアはそう言った。


「え? 閃剣?」


 俺が訊ねると、ミアが答える。


「伝説の冒険者ですよ! 落としたSランクダンジョンは三十を数え、倒した魔物は万を数えるという……閃光が走る瞬間に敵が倒れるから、閃剣という名の二つ名がついているんです」

「ああ、そういうことか」

「間違いない……あの人、閃剣のレナでしょう」


 皆、レナを見て感心している。ルーナでさえも驚いていることから、相当な有名人になっているのだろう。


 俺の時代からもそれはすごく強い子だった。

 まだ子供なのに、俺の仲間にも匹敵するような剣技を使っていた。


 やがて、レナがこちらへとやってくる。


「ま、待たせたわね」

「あ、いや。俺たちも今来たところだ」

「そ、そう」


 俺をチラリと横目で見るレナ。


 こうして見ると……本当に見違えた。すらりとした体に、艶やかな赤髪。レイナやエレナにも匹敵するような美貌だ。


 実は少なからず交流があった子だ。なんと声をかけようか。


 大きくなったねとか? いや、当時から子供扱いされるのを嫌がっていた子だ。


 というかそもそも、俺のことなんて忘れている可能性もあるよな……むしろ、怒っていたりして。


 レナは子供のころから、一人で行動していた。

 

 俺はそれを不安に思い、半ば付け回す形でしばらくレナを助けていた。それからは一緒にご飯を食べたり、支援魔術を教えたりしたが……


 お互い任務で来ているんだ。触れないでおこう。


「えっと……アルノは別の任務に行った。だから俺たちが代わりに来たんだ」

「そうなんだ……」

「俺は頼りないかもしれないが、こうして皆あの包囲網を突破してきた。実力は確かだから、安心してくれ」

「頼りないなんて──じゃなかった……せいぜい足を引っ張らないことね」

「あ、ああ」


 ふんと顔を背けるレナ。

 昔もこういう雰囲気だったが……どことなく違和感がある。


 レナは要塞に体を向けて言う。


「あなたの指示に従うわ」

「分かった……敵は打って出てくるか」


 要塞に目を向けると、城門から魔物たちが出てくる。


 篭っていてもルーナの魔術のいい餌食になるだけ。彼らも決戦を挑むつもりだ。


 全員がデーモン。先頭の重厚な鎧を身に纏ったデーモンが、彼らの長だろう。


 特筆すべき点はない……皆で先ほどのように戦えば勝てるだろう。


 敵は討死に覚悟で出てきたか──いや、違う。


 闇魔術には起死回生の一手がある。それを使う気なのかもしれない。


「皆、聞いてくれ……俺があの集団を抑える。その隙に、要塞自体を攻撃してくれるか? おそらくは兵器の製作を急いでいるんだろう。不完全でも一発撃たれれば、帝国中が大混乱になる」


 ルーナが心配そうな顔で訊ねる。


「それはいいけど……あんた一人でやれるの?」

「釘付けにすればいい。皆の到着までは耐える」


 そう呟くが、皆不安そうな顔を向けてくる。


 すると、それを見ていたレナがこう提案した。


「なら、私も残る……これなら、心配はないでしょう?」


 凄腕の冒険者。しかもルーナたちも、南側の山を一人で駆け上がってきたのを目にしている。


 ルーナは首を縦に振る。


「……分かった。でも、気をつけて」

「トールさん、無茶はダメですよ」

「我々も終わり次第、加勢に向かいます」


 ミアとヴェルガーの声に俺は頷いた。


「ああ。俺と……この人が、奴らと戦いを始めたら、皆で要塞に向かってくれ」


 その声に皆がおうと応える。


 やがて、デーモンたちがこちらへやってきた。


 先頭のデーモンは恭しく頭を下げる。


「いやはや、皆様の戦い振りにはただただ舌を巻くばかり」

「御託はいい。時間稼ぎをしたいなら、戦ってしてみろ」


 そう答えると、デーモンははあと息を吐く。


「ゴミクズが……こんな奴らを屠るためだけに我々の身を捧げなければならぬとは。しかしこれも、ギスバール──なっ!?」


 デーモンがぶつぶつと呟く内に、レナが刀で他のデーモンを斬る。


「くそ!!」


 慌てて手を掲げるデーモン。


 すると周囲のデーモンたちも含め、全身が黒い瘴気へと変わっていった。


 その黒い瘴気は空に向かって集まると急に膨張する。


「やはり、大魔召喚か──」


 生贄を差し出し、強力な魔物を呼び出す闇魔術だ。生贄の数や強さで、召喚される魔物や強さが決まる。


 俺はルーナたちに言う。


「今だ! 皆、要塞を頼む!」

「わ、分かった!!」


 ルーナたちは急ぎ要塞へと向かった。


 やがて黒い瘴気が晴れる。


「……ダークドラゴン」


 そこには漆黒のドラゴン──ダークドラゴンがいた。 


 ダークドラゴンは天に向かって咆哮を上げる。


「がぁあああああああ!!」


 四階建ての建物に匹敵するような高さ。その胴体は、象の十倍はあろう大きさ。爪は人の背丈ほどもあり、まるで鎌のようだった。


 その上、闇魔術を使う──ドラゴン種の中でも最強のドラゴンだ。


 昔は一人でも対峙できたが、今は辛いかな……


 そんな中、レナが訊ねる。


「私は、いても大丈夫なのね。他の皆は行かせたのに」


 レナは俺の考えを見抜いていたようだ。


 残念だが、この相手に皆を支援しながら戦う余裕はない。勝てるだろうが、皆の安全は保証できない。


 しかし、レナは別だ。レナほどの腕なら、一緒にいてもらっても問題ない。むしろ、ありがたいぐらいだ。


「皆、俺の教え子だ。絶対に怪我はさせたくない」

「そう……」


 それからも何か言いたげだったレナだが、刀を構える。ダークドラゴンがこちらに顔を向けたからだ。


「レナ。守りに徹するのは逆に危ない。攻めていこう」

「分かった」


 レナはそう応じると、敵へと走り始めた。


 既に速い……そこに【加速】も使っているように見える。昔教えた俺の魔術を今も使ってくれていたのか!


 なら、さらに俺の【加速】と【俊足】をかけよう。


 するとレナはさらに速度を増した。瞬く間にダークドラゴンの足元に潜り込み、その足元に刀を振るう。


「……トール!!」

「分かってる!!」


 俺はレナの刀に【聖纏】をかける。


 聖魔術の力を宿したレナの刀は、ダークドラゴンの脚に深い傷を負わせた。


「がああああ!!」


 ダークドラゴンは足を切られ悲痛な叫びを上げる。


 驚いたことだが、数秒の間にレナはダークドラゴンの脚を十回以上も斬っていた。


「流石だな、レナ。だが」


 ダークドラゴンの脚は太く、切断するには至らない。


 やがてダークドラゴンは腕を振るいレナに反撃する。


 しかし、風のように走るレナには当てられない。空振りを続けている間にまた脚を斬られてしまう。たまらず、今度は翼を広げ空へと上がった。


 接近戦を避け、魔術で攻撃するつもりだ。口に黒い瘴気を宿し始めた。


「分かりやすいやつで助かった──レナ! 回避は難しい、こっちへ!!」」


 俺が言うと、レナは俺の近くに戻ってくる。


 【シールド】を展開しそこへ【聖纏】をかけると、ダークドラゴンの黒いブレスが飛んできた。


 俺たちをピンポイントで狙うのではなく、回避ができないようにするつもりだ。周辺を焼き払うようにブレスが吹き付けてくる。


 ブレスは拡散しているため、大した威力はない。俺の【シールド】は難無くブレスを防いでいく。


「さて。このブレスが終わったら、俺はダークドラゴンを引きずり下ろす。あとは」

「逆鱗を狙って刀を振る。一撃で仕留めるわ」

「そうか……無理はしないでくれ」

「……え、ええ」

「?」


 俺はレナに顔を向ける。


「大丈夫か? さっきから様子が変というか」


 口調が変だ。体の具合でも悪いのだろうか。


「へ、変じゃないわよ! というか、あんたこそ変よ。なんでそんな他人行儀なの?」

「いや、俺のことなんて覚えてないかもって」

「忘れるわけないでしょ!! ああもう……なんでいっつもそんな後ろ向きなの!?」

「ご、ごめん」


 レナは呆れたような表情を見せると、顔を背けた。


 自分に自信が持てない。それがレナをイラつかせてしまったのだろう。


 だが変だ。レナには昔、そんな姿を見せたつもりはなかったのに……


 やがてレナは静かに訊ねてきた。


「……私のこと、覚えていたのね」

「もちろん……レナは俺にとって、最初の教え子みたいなもんだし」

「先生……」


 一瞬聞き覚えのあるような声が聞こえた。だが、周囲には当然レナしかいない。


 レナは慌ててこう続ける。


「せ、先生、ヅラしないでくれる?」

「す、すまない。ただ……君のおかげで大学でも頑張れたんだ」


 レナには魔術を教える大変さを教わった。他にも人に教えた魔術を使えるようになったときの達成感や嬉しさは、レナが教えてくれた。


「せ、先生──ヅラしないでっていったでしょ!」


 レナは少し怒ったような顔を向けて言った。


 ちょっと変だが、やっぱり昔のレナだ。レナは少しでも俺が先生ヅラするとよく怒っていた。


 昔を懐かしんでいると、やがてダークドラゴンがブレスを吐き終えた。


「よし、レナ」

「分かってるわ。いつでもいいわよ」

「わかった──【不動】! 【魔撥】!!」


 ダークドラゴンの翼に重みをかけ、さらに魔力の供給を止めさせる。


 翼を動かせなくなったドラゴンは、バランスを崩し地上へと落ちていった。


「レナ、今だ!」


 すかさずレナが走り出して叫ぶ。


「【飛躍】、お願いし──お願い!」

「ああ」


 跳躍力を向上させる支援魔術──俺からそれを受けたレナは、地面を蹴って高く跳んだ。


 再び翼を動かしなんとか空中に留まるダークドラゴン。しかし、その喉元にはレナが刀を脇に振りかぶって迫っていた。


 ダークドラゴンの喉元へ刀を振り上げるレナ。


「がぁああああああ!!」


 短い悲鳴を上げるダークドラゴン。その首は一瞬にして両断された。


「一撃か……」


 ダークドラゴンの亡骸が落ちる中、レナも地上へ着地する。


 それから少し遅れて、要塞もルーナの魔術によって破壊された。


「皆、やってくれたか。しかし……レナはやっぱりすごいな」


 十年前ですらレナの剣技には圧倒されていたのだから無理もない。彼女の動きはもはや神の領域に達している。


 レナはこちらにトコトコと歩いてきて言う。


「久々だけど……なかなかやるじゃない」


 昔のレナは、こんなふうに俺を褒めてはくれなかった。俺の支援魔術がいらないとか、弱いだとかよく馬鹿にしていた。


 だから、レナは衰えた俺を気を遣ってくれているのだろう。


 大人になったな。


「いやいや、俺はもう駄目だ……はは、もう、足元にも及ばない存在になっちゃったな」


 笑って言うと、レナは急に寂しそうな顔をした。それから俺に背を向ける。


「そんなことない……」

「え?」

「あんたはまだまだやれる。だから……そんなふうに言わないで」

「レナ……」


 レナはそのまま山を下っていく。


 頑張れってことか。レナなりの励ましだ。


 ……教え子も増えてきたんだ。駄目なんて言ってられない。


「レナ……ありがとう! また一緒にご飯でも食べよう!!」

「もちろ──考えておくわ!」


 こうして俺たちは、無事エルド山を奪還するのであった。


~~~~~


 レナは急ぎ足で山を下りながら、顔を青ざめさせていた。


 まさか、先生がいらっしゃるなんて……


 慌てて昔の“レナ”を演じたが、準備していなかったため全くうまく演技ができなかった。ギスバール討伐後の“レナ”は、ほとんど誰とも会話をすることがなかったためだ。


 そもそも先生にあんな生意気な口を……ああ、昔の私を叩いてやりたい。


「でも……先生」


 先生はあんなに変わってしまったけど、自分のことは覚えていてくれた。かつての仲間たちとの会話も拒んだあなたが。


「最初の教え子……私は、今の先生の中に生き続けていたんですね」


 涙を浮かべるレナ。


「これからも、先生は私がお支えします……先生が私を支えてくださったように」


 レナはそう心に誓うのだった。

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