第七節 本当の意味での復帰 1話目
『一時はどうなるかと思ったが……』
「ぐぬぅぁああああああッ!! 彼奴等を逃がすとは、我にとって一生の不覚ッ!!」
一人で充分、とはいえ念の為にガイデオンの後を追った俺達だったが、そこにいたのは獲物を取りのがしたことによる苛立ちを募らせる両手剣の姿だった。
『……逃がしたのか?』
「ああぁん? ……言っておくが、我が推し負けていた訳じゃない。彼奴等、幾重にも転移魔法の魔法陣を仕掛けていたようで、それで何度も一気に距離を離されることになった」
「チッ……!」
簡単に事が終わる筈が、いつの間にか面倒なことになってきた。インテリジェンス・ウェポン、亜人種を対象とした人攫い――そこに虚空機関が加わって一気に不安要素が膨れ上がっている。
『……次に奴らが出てきた時には、何と言われようが俺が出て戦うからな』
「ほざけ異端者風情が! 我々のことを何も知らぬくせに――」
『もう知ってる知らないで関わる問題を超えている。導王との約束もあるんだ、無関係でいるつもりはない』
ガイデオンの苛立つ気持ちも分からなくはない。俺だってそうだ。このままつつがなくソーサクラフへの遠征が終わるかと思っていたというのに、次々と面倒ごとが雪だるま式に積みあがっていく事実を前にして、皮肉なことに俺自身が暴力でもって突き崩すことしか頭に思いつかない。
『プレサス田中とかいうアフロの男はどうでもいい。モリモリモリオンヌの方を何とかして捕らえて吐かせるしかない』
「とは言いましても、いかがいたしましょうか主様。魔法で追跡しようにも【転送】で遠方まで飛ばれていたとしたら――」
『良くも悪くもガイデオンが徹底的に追い回したからしばらくは帰ってこないと思いたいが……次来るときには恐らく対策を立ててくるはずだ』
とはいえインテリジェンス・ウェポンへの対策と言われて、俺がとっさに思いつくものはない。何せ前作には無かったもので、俺ですらシロさんの持っていた報復者で初めてそういうものを目にしたし、そして導王の口から聞かされるまでは認識できていなかったからだ。
――しかしあいつらは、明らかにアイゼ達を狙っていた。人攫いのついでに偶然という訳ではなく、明確な目的をもって狙っていた。つまり奴らは俺達よりも、インテリジェンス・ウェポンについて知っているということになる。
「……チッ! 情報が足りなさすぎる……!」
この感覚は久々だ。前作も中盤を過ぎたころにはほとんどの知識がギルドの下に集められていて、知らないことは無いに等しかった。
しかし現状はどうだ。虚空機関とは情報の差で圧倒的に負けていて、それ以前に敵を取り逃す機会も何かと増えてきている気がする。
シロさんがこの場にいれば、あの人がいればまた違っていたかもしれないが、現実問題俺一人でまともにできることは武力行使くらいだ。
一体何だ。この差の原因となっているのは――俺の中にある引っかかりは、一体なんだというのだ。
「…………そうか。俺が間違っていたのか」
「主様……?」
――そうだ、俺はいつの間にか慢心してしまっていた。本来の考え方とズレがあることに気が付くことができていなかった。
“初代刀王”という肩書に。“殲滅し引き裂く剱”としての考え方と、“無礼奴”としての考え方に。
確かに並大抵の輩はこの肩書だけで勝手に相手は委縮してくれる。道を開けてくれる。ギルドの名声を知っているプレイヤーが、畏怖の感情を抱いてくれる。
だが今戦っている相手は誰だ? かたや一国の中心にいて、オラクルという神の加護を受け、俺達を爪弾き者にできる位置にいて、きっとどこかでほくそ笑んでいる。かたや過去の栄光にすがる俺達を捨てて、心新たにこの世界に名乗りを上げて、最前線で暗躍するギルドを立ち上げている。
「……シロさんが言っていた“無礼奴”を復活させるという意味、ようやくあんたの考えに追いついた」
戦いだけじゃない。全てにおいてなりふり構わない。どんな犠牲を払っても、どんな
卑怯な手を使っても、最前線に三人で立ち続ける。それこそが本当の意味での“無礼奴”の考え方だ。それこそが、本来の俺達“三人”の姿だ。
「――だとしたら、やるべきことはいくらでもある」
その為にも、まずはアイゼに危険な道を渡ってもらう。そしてその先にある結果を最悪なものから捻じ曲げ、意のままにしてみせる。
『……アイゼに頼みがある』
「私ですか?」
『ああ。うまくいけばもう一度奴らを誘い出し、そして次こそは仕留められる』
キーボードに打ち込む言葉が、やけに冷静なものとなっていく。俺はそうして考え方をも変えて、アイゼ達に対してある一つの作戦の提案を行う。
「何か作戦があるのですね!? でしたら勿論、お手伝いいたします」
「異端者が、何か思いついたのか?」
『ああ。だが相応に危険な綱渡りをしてもらうことになる』
「なんだと!?」
当然ながら、ガイデオンは身内の危険に敏感になるだろう。だが俺にとっては関係ない。
所詮アイゼは俺達の仲間とは違う、“他人”なのだから。
『安心しろ。悪い方向には転ばせない』
――ようやく、正真正銘の“無礼奴”に、俺は戻ることができた。




