第三節 王の懐刀 4話目
――俺は自分の目を疑った。そいつは確かに真っ黒なタイラントコートの縁を青で彩っていて、腰元には前作から愛用していた黒刀“無間”を挿げている。
唯一違うのが、俺と違ってキーボードを使わずに、かつて僅かに発してきた肉声データを元にした声でもって、直接俺に語り掛けてくるところぐらいか。
「驚くのも無理はない。私の姿は見た者によって違って見えるらしい。それで君にどう見えたのかは知らないが、この姿こそが、君だけが見る導王の姿だ」
『……だとしたら、あまり笑えない姿だな』
「あの姿は……百年前の、主様!?」
「なるほど。かつて百年前に降り立った時の姿として、君たちの目に私は映っているということか」
『余計な情報を与えるな、ラスト。無駄な動揺は足元を見られるぞ』
「それもそうだ。君の言う通りだ」
確かに若かりし頃の自分の姿に多少の動揺はしたものの、今目の前にしている相手は俺自身ではなく、俺の姿を借りた導王だ。中身はまるで異なっている。
『それで? 俺達をわざわざここまで呼びつけた理由はなんだ?』
「返す言葉で悪いが、君たちの方こそ、敵国の身でありながらわざわざここまで来たのは何故かな?」
『その口ぶりだとこっちの用件を先に澄ませてもらえるのか? だったら話が早い――』
キィイン!! と、次の瞬間には刃を交える音が空間に響き渡る。
「……ねぇ、さっきから黙って聞いてたんだけど、ちょっとは頭を垂れるなりなんなり、礼儀を見せたらどうなの?」
「礼節を説くのであれば、わざわざ昔の俺の姿を借りている導王の言い分から欲しいところだが」
刀で止めてなお、湾曲した刃先が俺の喉元近くまで伸びてきている。
いわゆるショーテルと呼ばれる曲刀を持つこの少年は、聖剣七人衆の中でも最も若いようで、あのガイデオンですら王の前で静かに膝をついているところを、その未熟さ故か見過ごせずにいたようだ。
「さっきおっしゃられたとおりだっての。導王様は見る者によってその姿を変えるんだよ」
「だったらお前にはどう映っている。神にでも見えたか?」
「いつだって俺にとっては大いなる主以外の何者にも見えないが」
「刃を納めろ、ケファロ。私の為に怒ってくれるのはいいが、今はそれを望まない」
「これは失礼しました、大いなる主よ」
ケファロと呼ばれた少年は急いで剣を納めるが、他の七人衆からしたら良くやったとでも言われる行為だったのだろう。表面上は詫びているが、納刀する姿があまりにも堂々としすぎていた。
『……それで、話を戻そうか。俺が今回来たのは、この書状を届けるためだ』
そう言って俺は懐から書状を取り出し、導王に直接渡そうとしたが、今度はアイゼが立ち上がって俺の方へと手を差しだす。
「私がお渡ししますので、こちらに」
『これは王子の書状であり、俺ですら中身を見ていない。それをお前達の手によって内容を暴かれる筋合いはない』
「貴方の腰に武器が挿げてある限り、我々としても貴方が大いなる主に近づくことを許すつもりはありません。そこのご理解を頂けませんか?」
表情からは相変わらず柔らかさが消えており、まるで機械人形のように冷酷。しかし良く見れば、ケファロとは違ってこちらに危害を加えるつもりは無い、ここは大人しく従って欲しい、と目で訴えているようにも見える。
『……いいだろう。ただし、中身を決して開かないことだ』
そうしてアイゼの手に渡そうとしたが、途中で横取りするかのように別の手が伸びてくる。
俺はとっさに反応して手を引っ込めたが、その手の持ち主である痩せこけた男は、手を伸ばす理由代わりに俺の条件を真っ向から否定する言葉を並べ始めた。
「未開封のまま渡す……それもできない相談ですな。中に何らかの魔法が仕掛けられている可能性も否定できません。ここはこの私、“信仰”のジュデスにお任せを――」
「その必要はない。ベヨシュタットの第二王子と言えば、初代直系の子。今の三代目ならともかく、そのようなくだらない真似はするまい」
「しかし大いなる主よ、万が一があれば――」
「魔法を司る王として他国から導王と呼ばれる私が、ベヨシュタットごときの魔法で後れを取るとでも言いたいのか?」
「ははっ、失礼いたしました。確かに大いなる主に限って、そのような事があろうはずがございません」
そうして再び俺はアイゼの手に手紙を渡すと、アイゼはそのまま俺の指示した通りに、封をしたままの手紙を導王へと渡した。
「どれ、早速開けてみよう………………ふむ……なるほど………」
一枚の手紙とはいえ、導王は何度も何度も目反復させている。それはまるで同じ文章から別の意図が読み取れないか、あるいは別の意図と間違って読み取っていないかを確認するように思えた。
「………実に興味深い」
そうして導王はその場で手のひらに炎を呼び出して手紙を燃やすと、不敵な笑みを浮かべた。
「随分と切羽詰まった状況のようだな。君の国は」
『まあな。俺としては三代目がどうなろうが知ったことではないが、直系の第二王子だけは助けてやりたいのが本音だ』
「確かに初代の血が絶やされない限り、そこに集まった者達で再びベヨシュタットを復興させることができるだろうが……それを他国の我々が黙って見過ごせとでも?」
俺も詳細は聞いていないが、シロさんから要約した言葉で聞いた限りではこういうことが書かれている。
現在のベヨシュタット国に攻め入るにあたって、我々殲滅し引き裂く剱は一切の関与をするつもりは無い。しかしガレリア領、ラグール砂漠、ギルサール領に至る一連の領地に手を出さないで欲しいという内容だ。
実質的に俺達のギルドは第二王子の身の安全と引き換えに、ベヨシュタットから手を引くことを意味する宣言を各国に書状として送っていることになる。そしてそれが受け入れられるように様々な条件を提示しながら交渉を成立させることが、今回俺やシロさんに課された役割だった。
「これ、本国に知れたらまずい書状だよね? しかも第二王子の独断ともあれば、いかに王族とはいえ処断は免れない」
『分かっている。だからこそ俺がこの場に立っている』
万が一、これが何かの弾みでベヨシュタット本国に知れ渡れば、敵に大義名分を与えるに等しい行為となり、一転して俺達のギルドは四面楚歌と化すだろう。しかしそのような綱渡りを、シロさんは敢えて選択肢として選んだのだという。
――正直、書状の内容を聞いた段階だと俺は反対だった。だがシロさんはそんな俺のような人間の退路を断つために、ある仕掛けをしていた。
それはイマミマイを使った例の配信である。ベヨシュタット国内には文明レベルの低さという点から、オラクル対策の情報を俺達が流したことは広がりにくい。
しかし冒険者間の噂話は誰もが耳にすることができる。多少のタイムラグはあれど、首都圏の人間の耳にまで届くのは時間の問題と言われてしまっては、俺もこの作戦を飲まざるを得なかった。
進むも地獄、進まぬも地獄。そんな落ちれば真っ逆さまの綱渡りを、俺達は王を相手に行っている。
「ふむ……書状を渡されただけでは呑めたものではないな」
『だろうな。だからこそ俺がいる理由にもなる』
「……というと?」
『信用を勝ち得る為に、現時点でソーサクラフを悩ませている紛争や戦争があれば、俺が匿名で参加して終わらせてやるってことだ』
「異端者の癖に随分と大きく出たじゃねぇか、てめぇで終わらせる戦争だぁ!? んなもんがあってたまるかってんだ!!」
遂に我慢の限界が来たのか、それまで大人しくしていたガイデオンが立ち上がり、俺が装備していたタイラントコ―トの襟首を掴み上げて喚き始める。
「大いなる主の手前、大抵のことは黙っておいてやったが、馬鹿もここまでつけあがると殺されねぇと治らねぇようだなぁ!?」
『丁度いい。お前の首の一つでも刎ねて実力を証明してやろうか?』
「いいだろう!! そこの女も含めて、まとめてこの場でブチ殺してやろうか!?」
「ガイデオン」
「大いなる主よ、暫しの辛抱を! このガイデオンが即座に血祭りにあげて――」
「ガイデオン」
「ッ!?」
二度目の呼ばれ方には、警告の意味も含まれていた。それまで襟首を掴んでいた手の力も抜け、即座に元の頭を垂れていた姿へとガイデオンは姿勢を戻す。
「二度も言わせるな」
「申し訳ございません、大いなる主よ」
「まあいい。ともかく、私としては戦争の手伝いをしてくれるのであれば歓迎だし、このような常日頃にはない刺激も大歓迎だ」
そうして導王は両手を広げて見せ、言葉の通り歓迎の姿勢を取ると、早速といった様子で俺に手伝いの依頼を出し始める。
「では早速、とある地域に行って紛争を終わらせて貰おう。かなりの長期に渡っていていい加減こちらとしても飽きていたところだ」
『相手はどこだ? 隣国だとリベレーターか、まさかまさかのベヨシュタットだが』
事実として北東よりに位置するソーサクラフが隣接する国と言えば、リベレーターかベヨシュタットの二択になる。南東まで行くとアシャドールも選択肢に入ってくるが、前作と同じなら表立っての戦争には参加しないだろうし、そうなると選択肢としては外れるだろう。
そうして冗談も交えつつ敵対勢力を聞き出そうとする俺の様子を見て、導王は不敵ににやりと笑ってこう言った。
「――その両方、といったらどうする?」
『……三つ巴か。なるほど、確かに長引いてもおかしくはないな』
「しかもオラクル出現のオマケ付きだ。七つの大罪を従えている君にとってはかなりきつい仕事だが、それでもできるかな?」
「主様……」
当然ながらオラクルという単語が出てきた途端に弱気になるラストだったが、ここは俺も覚悟を決めていくしかない。
『大丈夫だ。何度も言うが、俺が必ず守ってやる』
「…………」
『俺を信じろ、ラスト』
「……承知しました。その地へと向かいましょう」
「話も纏まったところだし、戦争を終わらせることを念頭にして、こちらも手駒をいくつか貸してあげよう」
意外にも導王側からも人員を割いてくれるらしく、俺は何人の兵を借りられるのかと聞こうとしたが――
「アイゼ。そしてガイデオン」
「はっ!」
「ハッ!」
二人の返事が重なると同時に、俺は目を丸くした。まさかまさかの懐刀の貸し出しに、俺は言葉を失う。
「二人には初代刀王の援護兼、“見張り”についてもらおうか」
なるほど、そういうことか。だったら全て合点がいく。
『こちらとしては支援してもらえるだけでもありがたい。それに、見張りをつけるのも当然だ』
「フハハハッ! 思ったよりも早く終わりが見えそうだなぁ!?」
それはどっちの意味だろうな。俺も楽しみだ。
「承知いたしました、大いなる主よ。この“希望”のアイゼ、名前の通りに戦場の希望となって、味方を鼓舞いたします」
「両名共に期待しているよ。さあ、今回は特別に私が【転送】で戦場まで送り届けてやろう」
そうして俺達の足元に、大きな魔法陣が展開され、転送する為に光を放ち始める。
「言っておいで、我が剣、そして我が仮初の刃よ」
終わらぬ紛争地帯――ヴァニクス平野を見事に平定してみせよ。




