淑女の道は遠いのです!
大変、大変ご無沙汰しました。
どうぞよろしくお願いいたします。
「おはようございます。今日も良い青空ですね、フィルマール様。」
「………おはようございます、キャグッズ様。」
少し離れた木の下に佇んでいたルーヴィル・キャグッズ様が眠気を吹き飛ばす笑顔で私に駆け寄っていらっしゃいました。
そうですね、他のご令嬢ならば気を失うほどでしょう。
ですが私、ソレに対しての免疫がしっかりできておりますからっ!
ええ!パティとリューに感謝ですわ!
「その赤いリボン良いですね。あっ、レースなんですか。フィルマール様の可愛らしさが割増だなんて、今日の僕はとても運が良い。」
キラキラも倍増で、さすがの免疫力も濃度が高いと危ういですわ!
非常に目に毒です!精神的にも良くないと思われます。
「フィルマール様の好きな色は赤色ですか?」
よく曾お祖父様が目頭を抑えていたことを思い出して真似しておりましたら、何故か期待の眼差しで聞かれます。
別に嫌いでは無いですけど、アクセントで入れるくらいでしょうか。
「いぇ、赤色が好きなら私の髪色も好ましいのではと図々しくも思ってしまいまして。」
悪びれることもなくそんな恥ずかしい言葉を言うキャグッズ様は、やはりローズ様の縁戚なのだと大変納得でございます。
「赤は私、負けてしまいますの。」
ボヤけた髪色の私には赤色は鮮やか過ぎるのです。
胸元に流れる主張の薄いハニーブロンドの髪にはやはり目立っているのでしょう。
どうして今日は赤いレースのリボンにしたのかしら………
「そんなことはありません。実際こんなにも愛らしく仕上がっているではないですか。フィルマール様に赤はお似合いです。」
真面目なお顔で頷く姿に何故かもやもやと不快感?
最近、気持ちが消化不良を起こしたように身体の中でぐるぐる蠢いて何だか気持ちが悪いのです。
目の前にいらっしゃるルーヴィル・ギャグッズ侯爵令息と初めてお会いした日から。
〜〜〜 回想 〜〜〜
「気分が優れないのでは?」
ギャグッズ侯爵夫妻と御子息が我が家にご来訪くださりご挨拶した後のこと、何故か二人でお庭へと出されてしまってさぁ、どうしましょう?と帽子のリボンをいじいじしていましたらそんな言葉をかけられて、
「………いえ、そんなことは、」
「無理は駄目です。ご挨拶もすみましたし、今日はこのまま失礼いたしますのでご令嬢は身体を休めてーーー」
「いぇ、体調が悪いわけではございませんの!申し訳ございません。私が未熟なばかりに気を遣わせてしまって。」
実は馬車から降りられたルーヴィル・キャグッズ令息のお姿を見た途端、心臓が大きく打ち鳴って、その痛みに顔を歪めてしまったのを見られていたようですの。
淑女足るもの、如何なる場面においても本心は笑顔の下に隠すのだと教えていただきましたのに、ましてや崇拝するキャグッズ侯爵婦人のいらっしゃる面前での失態なんて!
自分の感情もコントロールできない未熟者だと思われてしまったのではないかと余計な考えに囚われてしまって表情を取り繕うことなどすっかり忘却の彼方。
淑女として恥ずかしく、頭を下げてお詫びいたしますわ。
「気分が優れないわけでは………ないのですか?」
「はい、お気遣いありがとうござーーー」
「頭が痛いとか、気持ち悪いとか、身体が熱っぽいとか、お腹が痛いとかではなく?」
と、勢いよく詰め寄られるのは何故?!
言葉が出なくて反射で頭を振ってしまって、ああっ!今日は何て日でしょう!
本日も寝る前に反省文を書かなくては!
ええ、完璧な淑女を目指すために自分を戒めることは重要ですから、反省文ですわっ!
………ただ口にできない荒ぶる感情を昇華するために書き殴っているモノなので、誰かにお見せするなんてことはできませんけど。
「そうーーー良かった。」
大きく息を吐くと、安心されたように満面の笑みを返されましたが、
「こっ!!?」
その破壊力の凄まじさっ!
直ぐに手でお口を塞いで事なきを得ましたけど、コレも反省文の対象になりますでしょうか⁈
「実は今日の日をとても楽しみにしていたんです。フィルマール様とお会いできることを。」
気が付けば、自然な動作で私の右手がルーヴィル様の両手に包まれております。
「やっと、こうしてお会いできることが嬉しすぎてあまり眠れなかったのです。」
お恥ずかしいと右の耳裏を掻く仕草がヴィの姿と重なってーーー何故かしら?お鼻の奥がツンとなるのは。
キャグッズ侯爵夫人と同じ赤い髪色。
瞳の色は夫人よりも明るい金色。
背も高く、立ち姿、歩く姿も綺麗で洗礼されております。
ーーーこう言ってはなんですが、ローズ様とも似ていらっしゃいます。
そうですわ。
ヴィもローズ様も良く似ていましたもの。
確かローズ様のお母様、キャグッズ侯爵夫人とヴィ………エルヴィーダ様のお母様、ミュリネア・ガディべルア公爵夫人は姉妹。
ラジグール王国の伯爵家でお二人とも家が決めた結婚ではなく、相愛なのだと聞きました。
貴族の家に生まれた者の宿命とでも言いますか、家のための結婚が暗黙のルール。
まったく無いとは言えませんが、世間一般ではとても稀だと思います。
それも姉妹で想いが通じ合った異性と添い遂げるなんて。
ちなみに、曾お婆様の家系は女傑でして、パートナーは全て自分で見つけております。
ですから私も、できれば自分で最良のお相手を探したいのですけど。
ーーー元婚約者様に関しては問題外ですが。
「庭園の美しさも義母から聞いておりましたが、話で聞く以上ですね。それに花も珍しい種類が多い。なるほど、素晴らしい。」
気付けば、ルーヴィル様に手を引かれてゆっくりと歩いております。
「実は朝から義母に叱られました。浮かれ過ぎだって。」
そう言ってはにかむお顔がやっぱり似ているのです。
ローズ様にも、ヴィにも。
お話して下さるルーヴィル様の表情や仕草が、二人の姿と重なって、お顔に力が入ってしまう私に気付いたルーヴィル様が困り顔に。
少し気不味くて、帽子のリボンを再びいじいじしておりましたら、
「フィルマール様?」
その声に見上げれば、青い空と太陽の光を浴びた薔薇色の髪に煌めく金色の瞳の少年ーーーなんて思っても口に出しては失礼なのでしょうが、青年と言うよりもまだ少年に近い雰囲気のお姿。
「なぜルーヴィル様はそんなにも気遣って下さいますの?」
「ーーーえっ?」
驚くルーヴィル様のお顔に、無意識に出してしまった言葉に私が一番驚きましたわっ!
脳内で処理するべき言葉を口にするなんてことはございませんのよ、いつもは!
えぇ!淑女は発言にも注意が必要だと心得ておりますから!
………重々心得てますのに、まだまだ未熟者ですわね。
ルーヴィル様を盗み見れば、不思議そうなお顔で私を見ております。
いぇ、そのお顔も何か狙っておりますの?ご令嬢方が卒倒してしまう威力がございましてよ。
むむむ?でしたらルーヴィル様とビスデンゼ様は同類?と言うことでしょうか?
「僕がフィルマール様を気遣うのはヘンでしょうか?」
似てると言えば似ている?ーーーと?今何と?
「僕は、フィルマール様と仲良くなることを一番に今日ここに来たんです。」
されるがまま持ち上げられた右手を見ていれば、何故でしょう?いつか見たようなこの光景。
「どちらかと言うと、フィルマール様は人見知りするタイプだと聞いております。だからたくさん話して次に学園で会うときには自然に話ができるぐらいには仲良くなろうと思いまして。」
金色の瞳がキラキラしておりますのに、とっっっても悪いお顔で私の手の甲に口づけされたんですのっ!
その途端、私の頭の中でボンと大きな破裂音が響いて同時に全身が熱くなって、ニヤっと笑うルーヴィル様のお顔と、何やらお話しされるお声が遠く霞んでーーー
〜〜回想終了〜〜
気がついたときにはすっかり日が暮れておりましたわ。
お母様によると、倒れる既のところでルーヴィル様に抱き留められ大事には至らなかったようです。
私の卒倒理由もルーヴィル様から聞いたそうで、
『慣れなさい。』の一言でしたわ。
ですが、これは慣れるものなのでしょうか?
だいたい、どれほどの殿方からあの恥ずかしい行為をいたされれば慣れるのでしょう。
もしかして、私の反応が過剰でおかしいのでしょうか?
慣れろと言われてすんなりと慣れるものでしょうか?
斜め上から降り注がれる美しい微笑みが何故私に向けられるのでしょうか?
一度そのお美しい瞳をお医者様に見ていただいたほうがよろしいかと思いますの。
ビスデンゼ様も、ルーヴィル様も。
非常に危険で優美なお色は、淑女未満の私には衝撃が強過ぎなんですの!
読んでいただきありがとうございます。
まだ書いておりました。
待っていてくださる奇特な皆様には感謝しかございません。
本当にありがとうございます。




