そして新たな展開への幕開け?
よろしくお願いします。
凡そ子供が読む本にしてはそれはそれは手の込んだ美しい装丁で、表紙に光を当てれば、嵌め込まれたビーズがキラキラと色を放ち気持ちを昂らせます。
【ガリューベイラ】
この装丁だけで女の子ならば一眼で魅了されてしまいます。
いえ、年齢問わず誰もが広く魅了されるでしょう。
ですがこの本は装丁だけでなく、挿絵も繊細で美しく描かれていて美術品としての価値も高い物だと聞きます。
曾お爺様から頂いたこの本は、元々曾お婆様が大切にされていた物だったそうです。
冒険譚を読み漁っていた私に曾お爺様が下さったのですが、この【ガリューベイラ】は私の好きな冒険譚では無く、どちらかと言えばロマンス。
永い刻を一人で生きてきた妖精が森を彷徨う少女と出会い心通わせて、手に手を取って欲深い者達から逃れ妖精の国への道を開くお話なのです。
心清らかな少女の置かれた境遇は厳しいもので、初めて読んだときはイライラしてしまい途中読むのをやめてしまったほどです。
それに、妖精が絡むと更にイライラしてしまって、この物語を読むのに半年もかかってしまいましたわ!
………純粋に夢見る世間一般の無垢な少女達(いえ一概に少女だけとは語弊が生じるかもしれません。)はきっと妖精の甘い言葉に胸ときめかせて夢中で読んだことでしょう。
曾お爺様が下さった曾お婆様の大切なこの本。
読み進める気力を何度も失った私がやっとの思いで読み終えた感想としましては、美しい妖精でありながらその腹の黒いこと!
対照的に心清らかな少女は自分に自信が全く無く、周りの言葉にぐるぐる流されてそのまま光り輝く湖面に飛び込んでしまうのです。
妖精に抱きしめられて一緒に。
ーーー苦手なんですの、私。砂糖多めは首の後ろが痒くなるんですもの。
それでも、世の少女(もちろん少女枠は広範囲ですわ)からの人気は高く、作中にも出てくる妖精の国への入り口となる湖の場所の描写が、曾お爺様と出かけた場所に酷似しているため、あの場所が恋人達の聖地?となったようです。
「【バレラの祝福】は妖精が少女に贈った結晶石。物語のように騎士が私を捕まえに来ることは‥……無いでしょうね。もちろん無いですわ。」
物語の後半は、珍しい結晶石と妖精を手中にしようとする人達から、二人が必死に抵抗して逃げる姿はそれはもうギュッと読者の気持ちを強く掴みに来る場面でしょう。
ーーー私は終わりが見えたことで、読む苦痛から解放されると言う喜びだけでしたけど。
「でも、綺麗。」
あの日、曾お爺様が頑張って釣って(獲って)下さった【バレラの祝福】はネックレスになって私の元に贈られてきました。
届けてくれたのは今回もリューですわ。
【パレラの祝福】を中心に淡い色目の宝石が数個散りばめられています。
「私の好みをちゃんとわかっていらっしゃる曾お爺様が素敵すぎます。」
年の近い殿方には是非、曾お爺様の爪の垢を煎じて飲んでいただきたいものですわ。
「円熟された大人の魅力?私のような小娘にも曾お爺様は淑女として扱って下さいますし、騎士様のように守って下さるもの。私の理想が高くなるのは仕方がないわ。」
おもわず漏れた吐息は、側から見れば恋する乙女よね。
「でも、妖精に恋することは無いですわねぇ。」
そう呼ばれる二人が近くに居るから美しさには免疫がありますし。
「一緒に冒険して下さる方が良いのだけど………そんなお相手いるかしら?」
時計の秒針の音を頭の中で刻んで少し考えます………うん?待って。
「立派な淑女になるのに冒険?」
マティアス様との婚約は解消されましたし、お父様は養子を迎えても良いと仰ってましたわ。
ならば立派な淑女に成らなくとも、一緒に冒険して下さる方を探せば良いのではないかしら?
もちろんお相手は曾お爺様に吟味して頂いて、ですけど。
「でも、貴族の男性で冒険して下さる方っているのかしら。」
それもそうなんですけど、
「そもそも曾お爺様を前にして萎縮しない方がいるのでしょうか?」
問題はそこですわよね。
ふと、ビスデンゼ様の大笑いするお顔が浮かびます。
「………あの方は曾お爺様に萎縮しなかったわ。」
【ガリューベイラ】に行ったときも曾お爺様と無言の遣り取りをしていました。
目だけで会話?が成立するだなんて高度ですわ。
いったいあの二人の間でどのような取り決めが成されていたのか。
私にはまったく想像できません。
「ヴィも曾お爺様と仲良しでしたし、ザールやモスダークもヴィに懐いておりましたわ。」
私が声を掛けても知らぬ顔で触らせてもくれないのは悲しい記憶。
無くしていた記憶は恐ろしくて悲しくて切なくて幸せで、気持ちに折り合いをつけるのが酷く難しかったのです。
それでも今こうしていられるのは、お母様やお父様が私の側にいて下さったから。
パティやリュー、お屋敷の人達がいたから。
そう言えば、曾お爺様はいつお咎め解除となるのかしら?お母様………には聞けないし、お父様………ではお話にならないでしょうし、だからと言ってマルスでは………。
「そもそもイグウェイは女性上位の家系ですもの、当主のお父様もお怒りのお母様には何も言えないから、やっぱり当分無理かしらねぇ。」
ふふっ。
でも、秘密のお手紙はとってもドキドキするからこのままでも良いかも?ってちょっと思ったりしますしねーーー
〈〈バッダァーーーン!!〉〉
などと思っておりましたら、書庫の扉が勢いよく開きましたわっ!
「まぁ、まぁ、まぁ!ここにいらっしゃったのですね、フィルマール様!」
「ルーネ?!」
開ききった扉から現れたのは大きな身体の侍女長、ルーネ。
えっ?何でしょう?ルーネの背後からメラメラと煙のようなモノが見えるのですが、目が疲れているのでしょうか?
「今日はキャグッズ侯爵家の方々がいらっしゃると申し上げておりましたのに、書庫で読書とは………デェイジィー!!こっち!書庫にいたわ!」
「!!!」
そうでしたっ!!
「こんな大事な日にまったりもの想いにふけっていた私ってばっ!なんてことっ!」
〈〈グゥァッガァーーーン!!〉〉
また凄い音がっ?!
「あああああっ!まさかの書庫でございますかっ!?」
悲壮感いっぱいのお顔で飛び込んで来たデイジーが、脱力するようにその場に座り込んでいます。
えっ?!怖いです!怖いです!
「兎に角見つかって良かったです。ささっ、お支度致しましょう!」
はっ!?そうですわっ!
「麗しのキャグッズ侯爵夫人に見苦しい姿はお見せできませんわ!デイジー!」
「はっ?ヘェ〜ッ!」
「惚けてないで急ぎなさい、デイジー!」
「ははははぃぃぃっ!」
急いで身支度を済ませて、淑女たる者の心得を反復しながら気持ちを落ち着かせてからキャグッズ侯爵夫人とお会いしなければ!
お会いするのはどれほど振りかしら?
ああっ!お会いしたら先ずは謝罪をしなくてはダメですわ。
ローズ様が体調を崩された原因は私ーーー
「ラジグールへ行かれてからのローズ様のご様子はどうなのかしら?良い先生は見つかったのかしら?体調は少しでも良くなっているのかしら?」
私が不覚にも拐われたために、ローズ様の心と身体に余計な負担をかけてしまったんですもの。
ここ暫くは体調も良くお過ごしでしたのに、私が不甲斐無いばかりに。
でもーーー私を抱き上げるぐらいには鍛えていらっしゃったんですもの、きっと大丈夫と私が信じていなければ!
「信じる者は救われると言いますわ!」
曾お爺様もよく仰っておりましたもの。
ーーー曾お爺様の言葉を真に受けてはいけないとよくレーネ(曾お爺様のお屋敷の)に言われましたが、今回に限っては忘れることにいたしますわ。
馬車から降りるキャグッズ侯爵夫人に手を差し出す男性。
初めて見る方だと思うのですが、なぜか胸の辺りが落ち着かなくて。
「紹介しますは、息子のルーヴィルです。」
「初めまして、ルーヴィルです。まだいろいろと勉強中ですが、よろしくお願い致します。」
にっこりと微笑む姿はローズ様に似ていると思ったのですが、何故だかヴィの姿にも被りますの。
きっと真っ赤な髪と金色の瞳のせいですわね。
読んでくださりありがとうございます。




