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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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やっとですわ。

よろしくお願いいたします。

 





 サワサワと穏やかな風が湖面に波紋を描いております。


 木々の葉も陽の光を受け煌めいて、その眩しさで思わず目を細めます。


「………何故捕れん。」


「いえ、私よりは釣れてますわ、曾お爺様。」


 先程と同様、釣っては投げ釣っては投げを繰り返しております。


 そして私も相変わらず全く釣れる気配がありません。


 何故?


 釣りは欲を出せば不思議なことに魚は寄ってはきません。無心に糸を垂らした方が釣れると言うのが曾お爺様の教えです。


 確かに競争などと言ってはいましたが、それをここの魚達が理解するでしょうか?


「やっぱり謎ですわ………」


「マールが喜ぶと思って張り切って来たが全く捕れぬとは………」


 大きく息を吐き出す曾お爺様の大きな背中が縮こまったように見えます。


「マール」


「?」


「此度のことでマールには怖い思いをさせてしまった。本当にすまなかった。」


「曾お爺様。」


 曾お爺様が私に深く頭を下げられます。


「マールに何かあれば今、こうして過ごすことは叶わなかった。マールに………いや、何をどう言い募ったところで起きた事を無かった事にはできん。マールが負ったキズや恐怖も然りじゃ。」


「曾お爺様?私はこの通り元気です。痣も傷も完治しております。若いから治りも早いってお母様が泣きながら手を摩ってくださったの。お母様やお父様、マルス(家令)ルーネ(女中頭)デイジー(フィルマール付きメイド)、ガイス(調理長)バーヴェ(侍従)みんなに心配をかけてしまったわ。」


「…………」


 釣り糸を垂らした湖面を見つめる曾お爺様の横顔は何故か緊張しているように見えます。


 曾お爺様の名が良くも悪くも知れ渡っていれば、今回の事態は想定内のことなのかもしれないとは思うのです。


 でもそれは曾お爺様にとってはもっとも許し難い事で、今回の事も、忘れていた()()日のことも、不可抗力だったのではないかと思いますの。


 ーーー誰も何も教えてはくれないので私の想像の域を超えませんけど。


 ですからこの件に関してはにっこり微笑んで幼さを前面にアピールしております。


 聞かれたく無い大人の事情に分からないフリをすれば周りが安心するんですもの。


「私、曾お爺様が大好きですわ。お母様には無期限接触禁止と言われておりますから、暫くは内緒で曾お爺様とお逢いするしかないと思いますけど。でも、今日の様な秘密の逢瀬はドキドキしますし、お許しが出るまでは今回のようにリューを間に置いてお手紙の遣り取りをしましょう。ふふっ、秘密ってなんだかゾワゾワして大好きですわ。」


「ーーーマールはワシを許すと?」


「許すも何も、曾お爺様とこうして釣りをしている今がとっても幸せなんですの。」


 最上級の笑顔で曾お爺様を見ればなんだか困り顔で見られました。


「曾お爺様、私はーーーこのままでも良いと思ってますの。実際、お父様やお母様からはずっと家に居て良いからと、家は養子をとるからと言われてますし、それに曾お爺様以上の男性はおりませんもの。」


 そう言うと、何故かとても渋いお顔をされました。


 でも本当ですもの。


 と………一瞬過ぎった真っ赤な髪と金色の瞳の男の子。


「………曾お爺様やヴィとならば、私幸せになる自信がありますのに。」


「マール!」


 曾お爺様に笑顔で頷けば、渋いお顔に苦味が加わりました。


「そんなお顔しないで、曾お爺様。私ね、この二ヶ月の間に自分なりに気持ちの整理をしましたの。ヴィのことも………まだ、思い出せば苦しくて、悲しくて、とても怖くて………でも私は色々な方々に大切に守られているのですもの、らしく無い姿など見せられませんでしょう?」


「あの日のことをーーー」


「思い出しましたわ………と言っても寝ておりましたし、ガダルに抱えられておりましたから断片的ではありますけども。」


 ーーー最後に見たヴィの姿は鮮明に思い出してしまって、寝ていても起きていてもあの場面が繰り返されて熱に浮かされた状態がつづいたのは内緒ですわ。


 曾お爺様にこれ以上の心配はかけたくないですから。


「………マールはでっ、、、エルヴィーダ殿であれば婚約者として受け入れておったと………?」


「私、ヴィのお嫁さんになるのだと思っていましたの。ふふっ、だってヴィが事あるごとにそう言ってくるんですもの、ですからそうなのだと。思えばそれも『言葉』なんですわ。『言葉』には力があるって以前お母様が私に教えて下さったんですの。」


 私のお顔をジッと見ている曾お祖父様の竿の垂らした糸が、ヒョコヒョコしておりますけど大丈夫でしょうか?


「よく………ベルも言っておったな。」


 と、言っている先で竿の先端が大きく曲がっています!今までとは違う力強さです。


「ーーー引いてますわ!曾お爺様。」


「なっ、ムぅ!」


 可笑しな声を上げて竿を引いた途端、曾お爺様の小さな瞳が大きく?見開きました。


 今までにない引きの強さに竿がミシミシ音を立てております。


「マール!やったぞ!」


 瞳をキラキラさせて振り向く曾お爺様って………


「可愛いすぎます。」


 そのお姿、ずぅーっと見ていられますわ。


「もぉうーーー少しだっ!」


 ピンと張った糸を宥め透かすように引っ張ったり、緩めたりを繰り返しながら少しずつ立ち位置を後ろへと後退していく曾お爺様の額からはいく筋もの汗が流れています。


「曾お祖父様!頑張って!」


 見ているだけの私も身体に力が入ります!


「これでーーーどうじゃぁぁぁっ!」


 渾身の引きにブンと音を立てて竿が弧を描きます。


 同じように曾お爺様の身体も大きくのけ反っております。


「ーーーよしっ!」


 大きな曾お爺様の頭上を、竿の糸を咥えた真っ黒いモノが飛んで行きます。


 でもそれは途中でブチッと音を立て、私達の頭上を大きく超えて地面に落ちて転がって行きました。


 その黒いモノは思った以上に大きくて、縦に小さな穴が四か所空いていました。


「形がオカリナに似てますのね。真っ黒で石のようですけど。」


 曾お爺様の大きな手の中にあってもその大きさを強調する()()に何だかワクワクしてしまいます。


「これはな、【パレの内包石(ないほうせき)】と言ってな、誠に不思議な石でのぉ。なかなかお目にかかれる代物では無いんじゃよ。」


「ステキ。」


 はやる気持ちを抑えるのは難しくて、期待をこめた目で見上げれば、曾お爺様がその真っ黒な塊を私に差し出します。


 でも濡れてますし、何でしたら砂まで付いておりますから差し出されても手には取りたくありませんわっ!


 私が拒否するように首を振れば、少し残念そうなお顔で腕を引っ込める曾お爺様。


「コレが獲れるのは稀でな。釣ろうと思っても簡単には獲れん。それに開けてみるまで中に何が入っているのか解らん。」


「開けて見ないと解らないなんてますますステキ。」


「わしが聞き及んだところでは、稀少な鉱石ーーーまぁ色々あるが、【ダナの月】【ジェンヌの雫】【新緑のローヌ】【ザイラの環】と、それこそマールの好きな冒険譚などに出て来るような物ばかりじゃ。」


「まぁ………」


「鉱石ばかりとは限らん。香木や育てるのが難しい植物の種が出てきたとも聞いた。ワシもこの鉱石を見るのは二度目じゃ。」


「えっ?そうなんですの?」


「三日三晩頑張ってな、やっと獲ったときは嬉しさのあまり鬨の声を上げて池の周りを何周も駆けたものよ。その足でベルにプロポーズしに行ったのが昨日のことのようじゃよ。」


 空を見上げて微笑む曾お爺様にドキッといたします。


「運が良かった。コイツから出てきたのが【火龍の眼(かりゅうのめ)】じゃった。」


「それってーーー」


 曾お爺様の右耳に着けられた少し大きめなピアスへ視線が引き寄せられます。


 黒く艶めくその石は光りにあたれば深い赤色を放つ不思議な石。


 私の視線に気が付いて曾お爺様の大きな手がスリッと石に触れます。


「ベルの耳には大き過ぎてな、鎖に通して首から下げておったんだが、今はわしと寝ても覚めても一緒じゃ。」


 嬉しいが溢れる笑顔の曾お爺様に少し、ほんのすこぉーし、モヤっとしてしまう私って………心が狭いのでしょうか。


 子爵家の長男だった曾お爺様に猛攻撃を掛けて射止めた曾お婆様の武勇伝は、一族が集まるときのお約束の様なモノですわ。


「やっぱり曾お爺様が一番だと思うのは、私の我儘なの?」


 思わず出てしまう本心は呟くように小さかったはずなのに、曾お爺様には聞こえてしまったようです。


「わしはマールが幸せであれば相手など誰でも良いと思っとるよ。だがな、貴族と言う(おび)は付いて回る。マールの両親とて娘の幸せ第一と思っておるからこそ養子云々と言っておるのじゃろう。そんなに急いで婚約なんぞ決めんでも、マールがマールで在ればそれで良い。」


 本当に!曾お爺様は私を喜ばせることがお上手なんだから!


 上目遣いに頬を膨らませれば、大きな掌で頭を撫でられました。



「さて、では中身を確認しようかのぉ。」



 案外と簡単に開いた黒い塊りの中には濃い緑色のブヨブヨした物が詰まっていました。


 躊躇うことなく曾お爺様がそのブヨブヨの中に指を挿し入れ弄ると、



「これはーーー【バレラの祝福】」



 目の前に差し出された大きな掌に乗せられた金色の結晶。


「妖精が乙女のために贈ったといわれる結晶石じゃ。」


 指でつまみ上げて太陽に翳せば、金色の結晶石の真ん中にインクを垂らしたような赤色が小さく滲んでおります。


「この中心の赤は妖精の涙の痕だとか、氷解した心から流れ出たものだとか言われていてな、この【ガリューベイラ】に伝わる話にも出ておる。」


【ガリューベイラ】を舞台とした妖精と少女のお話は、挿絵の綺麗な絵本で、今でも大切な宝物。


「願いを叶える人間を選ぶ石。本人さえ意識しておらぬ心の奥底に埋没した願望を叶えると言う石じゃ。」


【バレラの祝福】と言われる結晶石を掲げて曾お爺様のお顔を見れば、それは見事な笑顔で何度も頷いております。


「本人も自覚していない願望………」


 でも私はこの石よりも、曾お爺様の妙に詳しい石の知識の方がとても気になるのですが、案外ロマンティストなのでしょうか?



読んでいただき有難うございました。

明日も投稿いたします。

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