獲物は魚では無いそうです。
よろしくお願いします。
「曾お爺様?ここに魚はおりますの?」
「おるとも。」
「では競争ーーー」」
「だがなぁ、魚では無いんじゃよ。」」
「えっ?魚釣りじゃないのですか?」
「まぁ、目的のブツが捕れたなら勝敗を決めることも出来んでもないが………なかなかに難しくてなぁ。」」
「………何を釣ろうとしてますの?」
「それは釣れた時の楽しみとしておこう。釣れなかった時の赤っ恥は避けたいからのぉ。」」
「よく………わかりませんがーーー」
【ガリューベイラ】は大小六つの湖からなるそうで、連れてこられたこの湖は一番小さく山寄りにあるためか、普段から人が立ち入ることは少ないと曾お爺様が教えて下さいました。
「では、私が勝ったときは………今日のようなことはおやめ下さいませ、曾お爺様。」
「ーーー令息が苦手だと言うのはほんとうのようじゃな。」
空気を裂くような音を立てて釣り竿を振る曾お爺様が湖面投げ入れます。
「あれだけキラキラしておるんじゃ、ただ立って居るだけで蝶も蛾も集るだろう。それも高位貴族。侯爵家の嫡男だ。」
「………困るのです。あのようにグイグイ来られると、逃げたくなりますもの。」
私も竿を振って投げ入れます。
「だが婚約の話は聞いているだろう?」
大きく息を吐き出して頷けば、曾お爺様が首を傾げます。
「あのボンクラとは雲泥の差ではないか?何故困る?」
「曾お爺様はそう仰いますが………どう対処して良いのかわからないのです。」
「対処………」
「曾お爺様、私美しいお顔立ちには免疫がありますけど、言い寄られる事には全く免疫がありませんの。それも男女間のーーーその、恋愛?的な?こう、押し入って来るような、私がどうやって返せばいいかと考える間も容赦なく引っ掻き回すんですの。曾お爺様の言う通り大変人気の高い方ですから他の方々の威圧が凄まじくて、それでもうぐったりなんですの。」
何気なく釣竿を握る右手の甲を見れば、ビスデンゼ様に触れられたときのことを思い出して一瞬で身体中が熱くなってしまいました。
「まぁなぁ、今が攻め時だと思えば彼の行動も致し方なしとも思うが、報われんのぉ。猛アピールもマールに苦手意識を植え付けるだけだったとは………」
パタパタと手でお顔を扇ぎながらチラリと曾お爺様を見れば、同じように曾お爺様も私を見ております。
「だが………それほど求められての求婚はそうそう無いと思うぞ?ビスデンゼの息子ーーー名は何と言ったかのぉ?」
「………レダグロット・ビスデンゼ侯爵令息ですわ。曾お爺様。」
「そうそう。レダグロット!名前が少々言い難いのと容姿がきらきらしいのが難点ではあるが、その見てくれに騙される者は多いじゃろう。上手く自分の外ヅラを使って社交場での足場固めと見たが、ご婦人方からの受けが良いのもまた事実。婚約もマールに決定権があるから自分は自分の良さを売り込んでマールに決めてもらいたいと、わしに言って来をった。」
竿をサッと引き上げた曾お爺様の手がぴちぴち跳ねる小さなお魚を掴んで針を取ると、そのまま湖に投げてしまいました。
「曾お爺様?!」
驚きですわ!お魚がいました!いえ、そこでは無くて、折角釣り上げたお魚を湖に戻してしまうなんて!
「ああ、狙いはコレでは無いからのぉ。」
確かに言っておりましたが、折角釣れましたのに。
「捕れる確率は万に一つと言われておる代物。マールも喜ぶじゃろ。」
「何ですの?何を釣るんですの?」
「それは捕れたときのお楽しみじゃよ。」
謎ですわ。でも私が喜ぶ物って何でしょう?
そう思って湖を覗き見ますが、濁っているわけでも無いのに水の中が良く見えません。
「焦らず、ゆっくりと落ち着いた心持ちで釣りを楽しむことじゃ。」
目を細めて言う曾お爺様のお顔が楽しそうです。
「人も同じだと思わぬか?」
続いて言われた言葉に首を傾げてしまいます。
人も同じとは?何に繋がると?
「苦手、苦手と言って相手の言葉や想いを跳ね除けてはおらんか?」
えぇ、思いっきり拒否しております!
「良く解らん者が言葉巧みに寄ってこれば、それは意図せず拒否してしまうのは当たり前だとわしも思うさ。マールはディルヴァイスも苦手だろ?違う意味で。」
「………侍従として言葉が過ぎます。」
会えばいつも嫌味ばかりで頭にきます。
「あれはディルヴァイスなりの気遣いじゃよ。」
「アレが気遣い?!」
聞いて頭の中で何かが弾けるぐらいの衝撃ですわっ!
どうして気遣いと言う言葉が出てきますの?おかしくないでしょうか?
「気遣いーーーその言葉で合っているとは思えませんが?」
「まぁ、彼奴は実直のガチガチだからいろいろと拗ねらせておるからのぉ。近い意味でレダなんちゃら殿もマールに気を遣っておると思うがーーーそうだのぉ、ここは何としてもひっくり返して同じスタートラインに立ちたいんじゃろうかのぉ。」
ううん?曾お爺様は何を言われておりますの?
「曾お爺様、侍従の話ですよね?」
「その流れからのレダなんちゃら殿のことじゃ。」
「レダグロット・ビスデンゼ侯爵様はただ少し私が目に付いただけで、一過性のもので風邪をひいたようなものですわ。」
「ふむ。だが風邪のようなものが婚約を申し出るものか?マールに苦手意識を向けられても茶に誘うか?」
「………でも、」
「初めてのことでマールもどうすれば良いのか戸惑うのは仕方がないと思う。元がアレだからな。それと周りの口さが無い大人やその子供らもだ。知りもせず見かけだけで判断するアホどもの所為で、可愛いマールの自己評価が低過ぎることがわしの最大の悩みだ。だがなぁーーー」
曾お爺様は語りながらもお魚を釣り上げております。
でも全て池へ戻してしまいます。
一体何が釣りたいのでしょう?
ちなみに私はこの時点でまだ一匹も釣れておりません。
餌?いえいえそんなことはありません。同じ物ですわ。
竿?いえいえそんなことはありません。同じ物ですわ。
ならば何?
「マールは良いと思う男はいないのか?学園に。」
「曾お爺様?場所を代わって下さいな。私まったく釣れませんの。」
「おぅ?場所?」
「曾お爺様は沢山釣っているでしょう?きっとその場所にお魚が集まって来るのだと思うの。」
「………同じだと思うがのぉ。それに魚が目的でも無いんじゃが、承知。」
場所を交代してこれで釣れると思ったのですが、まったく釣れません。
場所でも無いとしたら何?ちょっとムカムカするのですが。
横を見れば私がいた場所で曾お爺様が釣っては投げ、釣っては投げを繰り返しているんですもの。
「今日は不調だのう。マール。」
「ここのお魚とは相性が良く無いのですは、きっと!」
子供のように頬を膨らませて抗議いたします。
「こりゃいかん。ライラ、昼にいたそう。」
目をぱちぱちとさせた曾お爺様が、後ろにいるライラに声をかけます。
でも仕方がないでしょう?一人勝ちの曾お爺様が悪いんですもの。そもそも何を釣れば正解なんですの?
「ご用意できておりますよ、御前様。」
ライラの返事を聞くと曾お爺様は竿を上げて立ち上がり、私の手から竿を取り上げてご自分の手で一纏めにしてしまいます。
「昼にしよう。」
そう言って差し出された右手を、思わずむぅっと口を尖らせて暫し見つめます。
小さな子供でも無いのにお魚が釣れないだけでごねてしまった自分が恥ずかしくて、お顔を反対側に向けて曾お爺様の大きな掌に小さな私の手をのせます。
ライラの元までエスコートして下さる曾お爺様の歩幅は私に合わせているためゆっくりで普段よりは半歩歩幅も小さめです。
進んだ先には、厚手の大きなクロスの上に並べられた白磁の食器と私の好きな物。
「鴨肉のサンドイッチはマールの好物だろ?こっちの野菜サンドは薄く焼いた卵が入っておるし、前に臭いから嫌だと言っておったチーズは入っておらんからな。それと温かいタルトは生クリームをのせて食べるからサンドイッチは少し控えめにしたほうが良いじゃろう。あとは冷やした茶とフルーツの入った茶もあるからな。」
「料理長のマイルさんがフィルマール様のお好きな物を選りすぐって作ったんですよ。それも一週間も前から厳選して。ほんとうにフィルマール様は老年キラーでいらっしゃいますね。」
ニッコリ笑うライラは私が見慣れたいつものライラで、馬車でのライラは外向き仕様で、だから私は未だにあのライラに慣れませんの。
「確かにジジイばかりが誑かされておるの。」
「嬉しいけど、みんなちゃんとお相手がいらっしゃるから。」
「ですが、ビスデンゼ侯爵家の御令息もフィルマール様の魅力がわかっていらっしゃるように身受けられましたが?」
私におしぼりを手渡すライラの意味深んな表情に曾お爺様がほぉ〜っと声を上げました。
「違います。先程も言いましたがビスデンゼ様は私で遊んでいらっしゃるのです。だってご本人がそう言っていたんですもの。面白いって。それって婚約を申し込む理由になるんですの?今は物珍しさでちょっかいをかけてくるだけですわ。直ぐに飽きてしまわれますわ。」
「マールは真実とは思っておらぬのか?」
「どうして真実だと思えるんですの?」
バチンと良い音を立てて額を押さえ空を見上げる曾お爺様。
それを無視してサンドイッチに手を伸ばします。
やっぱり最初は鴨の入ったサンドイッチですわよね。
「フィルマール様は良いなと思われる方はいらっしゃいませんの?」
あんぐりと開けた口へサンドイッチを入れようとしたところで首を傾げたライラが言います。
そう言えば、先程曾お爺さまにも聞かれたような?
「学園には沢山の御令息方がいらっしゃいますでしょう?選り取り見取りではございませんか。障害物も無くなりましたし、フィルマール様を小さな頃から熟知している私達使用人が色眼鏡で見ることなく吟味させて頂きますから安心して下さいね。」
何故でしょう。満面の笑顔が怖いなんて。
喉からおかしな音が出てしまいましたわ。
「わしの眼の黒いうちは間違ってもあのボンクラのような奴は近づかせんから安心せい!」
待って?2人とも何を言っておりますの?安心?
私の未来の伴侶を曾お爺様や御屋敷の人達で吟味することは決定事項なんですの?
「………そこに私の要望を聞いてもらう余地はございますの?」
控え目に私が聞けば、二人からとても良い笑顔が返ってきました。
ーーー不安しかないと思いません?
読んでいただき有難うございました。
明日も投稿させていただきます。




