秘密は蜂蜜
大変お待たせ致しました!
「フィルマール様、何だかお疲れのようですが、大丈夫ですの?」
「目の下が黒くなって、幾分げっそりされたような?」
朝、お部屋を出た所で丁度同じタイミングで出ていらっしゃったのは、私の左隣のお部屋にいらっしゃるシャロン・ページス様と、向側のお部屋にいらっしゃるカロリーヌ・トルテ様。
「………おはようございます。大丈夫ですわ。」
気力でニッコリ朝のご挨拶をしてみましたけど。
「おはようございます。あまり大丈夫そうには見えないのですがーーー」
オレンジ色の癖毛を頭の高い位置で人結びした、琥珀色の猫のような瞳のシャロン様が眉間に皺をつくります。
「おはようございます。食堂、行かれるんでしょ?ご一緒しましょ。」
赤茶色の髪をサイドに編み込みをして後ろで青色のリボンで纏めたカロリーナ様がニッコリと微笑みます。瞳が薄い緑色で目尻が少し下がっていて、左目の下にポツンとできたホクロが素敵なんですの。
私は何故かお二人に挟まれて、そのまま食堂へ連行されました。
「私、あまり食欲が無いのでオレンジジュースだけでーーー」
「朝は一日の始まりなんですよ!ジュースだけだなんてとんでもないですわ。」
「私、何か優しい食事ができないか聞いて参りますから、フィルマール様は此処でお待ちになって。」
お二人の勢いに驚いている間に、窓際のテーブルに私を置いて朝食を取りに行ってしまわれました。
シャロン様もカロリーナ様もクラスが違うのですが、入学当初からお部屋が近いと言うことと、同じ伯爵家と言う家格が同じである気安さで、仲良くさせていただいております。
お二人とも何かと気にかけて下さるのですが、少々過保護な傾向がございまして………。
「さぁ召し上がれ。お味を薄くしたリゾットですわ。普通のリゾットよりも水分を少し多めに作っていただきましたの。」
「スープも薄味にしてもらって具材も柔らかな物を少量にしてもらっております。」
目の前に用意されたお料理は熱過ぎず、口の中でホワリと優しく溶けて自然と喉を通っていきました。
「頭で思っていても、実際身体は正直なのですわ。」
山盛りフルーツサラダを食べるシャロン様と大きなクロワッサンを五個お皿に盛ったカロリーナ様が私に微笑みます。
毎朝ほぼ変わることのないお二人のルーティーンです。
「さて、フィルマール様がこれほど憔悴なされていらっしゃるのは、ビスデンゼ様ですわね。」
「あら、正確にはビスデンゼ様の裏・親衛隊ではなくって?ねぇ、フィルマール様。」
お食事後、まだ時間が早いからと、お茶をいただいておりますと、シャロン様がオレンジ色の瞳をキラキラさせて身体を乗り出して聞いてきました。
「表だってはおりませんけど、フィルマール様がビスデンゼ様から猛攻撃を受けているって。」
「正規の親衛隊は静観されてるのに、ビスデンゼ様のアプローチを無下にされるフィルマール様に制裁を!って裏・親衛隊が息巻いておられるとか。」
頬に手を当てて首を傾げるカロリーナ様に、ワクワク感を隠せないシャロン様が鼻息を荒くさせております。
ーーーシャロン様、伯爵令嬢ですからね。
やはりビスデンゼ様って相当な影響力なんですね。
「ビスデンゼ様から毎日お誘いいただいておりますけど、私には少々荷が勝っておりますの。」
「では、ビスデンゼ様から婚約の申し込みがございましたの?」
「シャロン様、まるでタブロイド紙の記者みたいですわよ。フィルマール様が困っていらっしゃるでしょう?ねぇ。」
ねぇ、って覗き込む紫色の瞳が楽しそうなのですが?カロリーナ様。
そうですわよね。外から観ている分には面白いのでしょうね。タブロイド紙なんて言うぐらいですもの。
でも………
「本当に、無理ですわ。何故こんなことになっているのか、私が知りたいです。」
どうして私なんでしょう?
「そもそもビスデンゼ様だって私のような見た目平凡で少しランクが下がる者を真剣に口説き落とそうなどとは思っていないと思いますの。だって、あの方の周りには高位貴族の麗しい御令嬢方がおりますもの。そうでしょう?」
何もかもが未熟な私と婚約したいだなんて、いつもメインディッシュばかりで、たまには添え物もつまんでみたいなぁ………そんな気の迷い的な感じなのだと思うのです。
「きっとビスデンゼ様は、リューやパティと同じ曾お爺様の曾孫なのにちょっと系統が違う私が物珍しいだけで、直ぐ飽きてしまわれるのだと思いますの。」
ーーー嫌ですわ。自分で言った言葉で気分が落ち込むだなんて。お母様の仰る通り、発する言葉には気を付けましょう。
「ーーー正しく、鈍ちんですわね。」
「えぇ、それもかなり重症の鈍ちんですわ。」
「ビスデンゼ様、浮かばれませんわねぇ。」
「本当に。ここまで自分を落とし込めるなんて、厚かましい人達が多い昨今、コレは希少ですわ。」
何故かお二人から、残念な者を見るような視線を向けられました。
そろそろ教室へ向かいましょうと、校舎への廻廊を三人並んで歩いておりますと、
「おはよう、マール。ページス嬢、トルテ嬢。」
「「おはようございます。イグウェイ様。」」
「おはようございます。どなたか待っておりますの?リュー。」
シャロン様とカロリーナ様がスカートを摘んでちょこんとご挨拶されてる横で、何故か私の眉間に力が入ります。
「何?今朝はご機嫌麗しく無いみたいだね、マール。」
そう言ってリューが薄いピンク色の紙をヒラヒラさせております。
「叔母様の包囲網を突破したこの手紙、欲しくない?」
「手紙?私への?」
「そう、曾お爺様からマールへの手紙。僕宛の手紙に入ってた。なんだか悪いことの片棒を担いだみたいだよ。」
はい、と渡されたリューには不似合いな可愛らしいピンク色の便箋。
さらりとなぞれば縁に細かなお花の型押しがされていて、仄かにスズランの匂いがします。
「マール、このことはパティにも内緒だからね。」
苦笑いのリューが手を振って少し早足に行ってしまいました。
「相変わらず麗しいですわ。サラサラ艶々キラキラでしたわ。どのようなお手入れをされているのかしら?」
落とさないように手紙を鞄に仕舞っていると、シャロン様が大きな溜息を漏らしながらウットリされておりました。
「コレ、未確認情報なんですけど、イグウェイ家の妖精の銀色の髪が裏オークションにかけられているらしいとか。」
カロリーナ様が小声で言われたことに私もシャロン様も驚いて思わず声をあげてしまいました。
慌ててカロリーナ様がしーっと指を口へ当てられます。
「本当かどうか判らない話しなの。でもね、欲しい方はいらっしゃると思うの。」
「もしも本当だとしたら、それってどのぐらいで落札されるのかしら。」
シャロン様が口元に手を添えて聞かれたので、私もカロリーナ様に一歩身体を寄せてみます。
「何でもーーー」
と、カロリーナ様が左手を目の前で開いて、右手の中指の一本立てて見せてきます。
「一本、金貨十五枚ですって。」
あまりの驚きに、シャロン様と両手を握り合ってしまいました!
恐るべし!で、ございますわ。妖精のネームバリュー!
「ですからお二人が座った席や通った通路にはそれを信じる輩が群がるんですって。輝く銀糸を見つけるために。」
「………それは、妖精への冒涜では?許されませんわ。」
「本当でしたら犯罪ではないですか。怖すぎます。」
私とシャロン様はお顔を見合わせブルリと震えました。
背徳感に苛まれるようなお話しをカロリーナ様からお聞きしながら教室に入って席に着くと、鞄から丁寧に手紙を出します。
顔に近づければスズランの香りが鼻腔を擽ります。
そっと開けば、書いた方が想像できる強い文字が便箋の中央に短く書かれております。
〜〜〜元気か?【ガリューベイラ】へ行こう。〜〜〜
名前は記入されておりません。
でも思わずお顔の筋肉が緩んでしまいます。先程迄のモヤモヤが綺麗さっぱり消し飛びましたもの。
はぁ………ホント、大好きです。曾お爺様。
読んで下さり有難うございました。
明日も投稿させていただきます。




