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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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やっぱり苦手なんですの。

初夢の、一富士二鷹三茄子って見るのなかなか難しいと思う今日この頃。


どうぞよろしくお願いします。

 





 とても気持ちの良い風がゆるゆると頬を撫でて行きます。


 木々の葉を揺らす音、鳥の囀りと色とりどりに咲く花々に囲まれた小さな噴水にウットリしてしまいますわ。


 ここが三階建ての中央校舎の屋上にある庭園だとは思えないほど、緑に溢れ一面眩く輝いております。


 軽食をいただけるカフェのオープンテラスはいつも賑わっていて、なかなか席を確保するのが難しいと聞いた覚えがございます。


 いつもは、温室でパティとローズ様とご一緒させていただいておりますから、ここに来るのは初めてですの。


 花から花へと飛び回る虫たちを見つめ、あぁ、なんて優雅な午後のひと時なんでしょうと、乙女テイストに浸っておりましたら、



「急いで用意したんですよ。貴方と午後のひと時を共にできると思って。」



 嬉しさいっぱいの声で、見たくもない現実を意識してしまいました。


 目の前には、それはそれは麗しく微笑むビスデンゼ様がいらっしゃって、普通令嬢であればときめいて頬をピンク色に染めるぐらいの芸当はするものでしょう。


 しかし、優雅な雰囲気を打ち砕かれてしまった私にはまったくもって響くことはございません。


 それよりも、『午後のひと時』が被ってしまったことが非常に腹立たしいんですの!


「ガヴァレア令嬢はここは初めて?」


「………いつもは温室ですから。」


「ああ、【妖精姫】はサロンをお持ちでしたね。と、するとガヴァレア令嬢がサロンの継承者に?」


「どうでしょう、まだそのような話は出ておりませんが………」



 ーーーやっぱり今日の今日でしたわ。



 言葉を発しながら息を吐いて、斜め横に視線を向けながら黄昏てみます。


 授業終了後、直ぐに教室を出ましたのに、エントランスで柔かに出待ちするビスデンゼ様に確保されてしまい今、この現状ですの。



「そうですか。さぁ、どうぞ召し上がって下さい。最近ポード産のローズヒップの紅茶が人気だと聞いたので、取り寄せてみたのです。ガヴァレア令嬢に気にいってもらえるとよろしいのですが。」



 ビスデンゼ様の満開の笑顔と優しい語り口に、何故か先ほどから私の膝がワナワナと震えて止まりませんの。



「色も綺麗なピンク色をしているんですよ。今日はそれも見ていただきたいと思ってカップをガラスにしてみたんです。」



 よりにもよってガラスのカップなどと、態々割れやすい物をチョイスするなんて!



「少し酸味があるのですが、甘い物と一緒だと口の中がサッパリとするんですよ。」



 その、期待するようにキラキラした眼差しで見ないで下さいませっ!足の震えが加速するではありませんか!



「さぁ、ガヴァレア令嬢、召し上がってみて下さい。」



 震えをどうするか悩んでいましたら、ふと、マナーの時間にマリリ先生がおっしゃっていた言葉を思い出しました。



『どうしても緊張して震えが抑えられないときは、究極、ドレスの生地で手元を隠しながら【腿】を抓りなさい。痛みで直ぐに震えが止まります。ですが、それを表情に出してはいけません。淑女たる者、いついかなる時も目元柔らかに、口元はキリリと上げて心内を決して読ませてはならないのです。』


 ………今はテーブルで見えませんもの。


 痛いのはこの際我慢いたしましょう。淑女として、醜態を晒すなど、絶対に避けなくてはなりませんから。


 と、


「ムッ!」



「ーーー?どうされました、ガヴァレア令嬢?」


 なんてことでしょう!ドレス越しに腿を抓っても、それを阻む生地の層によって痛くも痒くも無いではありませんかっ!


 実践した後の絶望感ーーーあの、マリリ先生の教えわっ?!


 チラリとビスデンゼ様を見遣れば、整った柳眉を下げて瞳を不安げに揺らしていらっしゃいます。


「ーーーやはり、私と席を同じとするのはガヴァレア令嬢にとってご迷惑でしたか?」


 確かに私はビスデンゼ様が苦手ではありますわ。殺意も湧きましたし、おかしな汗や震えまで出てしまいます。


「ボンゴードル殿とヴェンガァ令嬢には、学園長と担任のゾマーリ先生、それと彼等の担任のナジル先生とナッザーレ監視官で懇切丁寧に噛み砕いて説明させてもらったから、これからはあんな絡まれ方は無くなると思うよ。」


 ………無理矢理につくる笑顔って、どうして罪悪感を煽るのでしょう。悪者みたいではありませんか。


 思わず握った手に、私ハッ!と気付きましたの!


 震えを止めるのなら、別に腿でなくても手のひらで大丈夫ではないかと。


 思い立ったら直ぐ実行ですわ!


 ギューーーッと手のひらを抓って………


「はぅっ!」


「ガヴァレア令嬢?」



 なんてことでしょう!痛すぎましたわーーーっ!




「………お茶、頂きますわ。」




 痛みで震えは止まりましたが、涙がジンワリと視界を覆います。痛いです。ジンジンしますわ。


 淑女たるもの、それを悟られてはいけません!何事も無いようにピンク色の液体が揺れるガラスのカップを少し眺めて口を付けます。


「まぁ、美味しい。」


 思わず出てしまった言葉に、ビスデンゼ様が良かったと小さく呟きました。


「………今朝、貴方の姿を見たときはほんとうに安心しました。快方にむかっていると人伝に聞いてはいましたが、お顔を見るまで落ち着かなくて。」


 情けない表情をされたビスデンゼ様の言葉は、いつもの飄々とされた姿からは想像し難くて、思わず首を傾げてしまいましたわ。


 ………それにしても、このお茶本当に美味しいですわ。何処のお店でしょう?色も綺麗ですし、ガラスのカップに彫られた蔦がとっても素敵。



「貴方を助けに行く閣下に無理を言って着いて行きましたが、己の未熟を痛感しました。コレでも剣には自信があったんです。でも、早々に出鼻を挫かれました。私の剣は、お手本のように綺麗で正確だと言われ、それはもう散々な防戦一択でした。笑ってしまいましたよ。無様にも指の一本も動かせず、地面から立ち上がることができなかったのですから。」



 最近流行りと言いますと………ルマン通りのお店かしら?



「馬車に担ぎ込まれるときに、抱えられた貴方の姿が目に焼き付いて………恥ずかしいことに、怖くてなかなか寝付けない日が続いたんです。」



 待って、確かベーラ通りにも新しくオープンしたお店があったはずですわ。色々な種類のマフィンが売りだと聞いたような………



「周りからチヤホヤされていい気になって、見掛け倒しの男だったと………漸く気付いたんです。」



 うん?でも………西門通りにお茶の専門店ができたと言っていたのを聞いた覚えがーーー



「二度とあのような姿は見たく無いと、父の伝手を使って騎士団の一回生に紛れ込みまして、一から鍛え直すことにしたんです。」



 他にオープンしたお店わぁーーー



「ガヴァレア令嬢、今までの私を忘れて下さい。そして今一度、婚約者候補に名乗り出るチャンスをいただきたいのです。」



 メルナ通りに可愛らしいカフェができたと、マエラが言っていましたわ。雑貨も置いてある、ノスタルジックな雰囲気のお店だと言ってましたわ。



「ガヴァレア令嬢?………コレは?!」



「えぁっ?」


 突然掴まれた右手に、淑女らしからぬ声を出してしまいましたわっ!


「どうされたのですか?手の甲が赤くなって、熱ももっているじゃありませんか。朝ですか?あの男ですか?」


 カップを持つ右手の甲は、先程震えを止めるために私自身が抓ってできた痕です。


「いぇっ!あの、違いますわ!コレは私が仕出かしたことで、」


「あの男からされた訳ではないのですか?」


 カップを持っていた指をひと指ごとに解いて、カップを脇へと追いやるビスデンゼ様にアワアワしてしまいます。


「違いますわっ!マティ、ボンゴードル様では決してございません!」


 目が!疑うようなその目が怖いですわ、ビスデンゼ様!


 そして痛いので、右手を握り締めないでくださいまし!


「本当ですか?元とは言え、あの勘違い男を庇うなどと言うことはないでしょうね?庇う価値も無いクズですよ。あの男は。」


「全く庇っておりません!コレは自分で抓っただけーーー」


 咄嗟に左手で口を塞いだのですが、出た言葉は戻ってきませんわっ!


 ああっ!なんてことでしょう!自分で自分の恥を暴露してしまうなんて!


「自分で?どうしてそんなことを………」


 赤くなった手の甲を、ゾワゾワするような手つきで摩るビスデンゼ様から右手を抜き取ろうとするのですが、何故かどうしても抜けません!


「涙目になって。どうしてご自分で?痛かったでしょう。」


 この涙は羞恥と生理的なものですわ!


「ビスデンゼ様、手を………離して下さいませ。勘違いされてしまいます。」


「私はガヴァレア令嬢に婚約の申し込みをしております。周りの勘違いも後押しだと思えば大歓迎ですよ。不利ですからね、少しでもガヴァレア令嬢と距離を詰めておきたいのですよ。」


 そう言いながら上目遣いで私の右手をご自分の方へと引き寄せられます。


 ああっ!コレは嫌な予感しかございませんわっ!


 頭の中ではわかっていますの。連れて行かれた私の右手に危機が迫っていますことを。


「ガヴァレア令嬢が、私を苦手としていることはわかっております。ですがどうか周りに振り回されず、貴方自身で生まれ変わった私を見定めてもらいたいのです。」


「みみみみみさだ、みさ、えっ?」


「他人から聞いた私、レダグロット・ビスデンゼでは無く、フィルマール・ガヴァレア令嬢の目と耳で私を見定め感じてもらいたいのです。」


「ーーーーかっ!」


 ななな何てことでしょう!フェロモンダダ漏れで窒息してしまいそうですわっ!


 そもそも、ビスデンゼ様であれば私に構うこと無くとも、周りに沢山煌びやかな方々がいらっしゃるではありませんか!


「ーーーできれば、貴方の名を呼ぶ許しが欲しいのです。」


 視線を外すこと無く、持ち上げていた私の右手をビスデンゼ様の唇が赤くなった手の甲に柔らかく押し当てられるのを、只見つめることしかできない私は、大蛇に睨まれた仔羊の様と言えばよろしいのかしら?!


 百戦錬磨の殿方にはお手の物なのでしょう!


 正に実体験中の私はこの後どう反応すれば良いのでしょう!


「魔法が使えたならば、この口付けで癒せたのに。」


 極上の微笑みで言うセリフは、ビスデンゼ様だから媚薬の効果があるのでしょう。


「ああ、貴方の可愛らしいお顔も真っ赤になってしまいましたね。コレは私としては嬉しい反応です。少しは意識してもらえていると、思ってもいいのでしょうか?」


 見目の良い人達に対しての免疫力は培ってきましたけど、このムズムズする空気や言葉には私、全く耐性が無いのです!


「………フィルマール様と、呼ぶことを許していただけませんか?」


 ですから軽くパニックに陥った私は、握られた右手を思いっきり引っこ抜いて、椅子を倒す勢いで立ち上がってしまったのは致し方ございませんの!


「何を仰っておられるのやら!有難うございます。失礼いたしましたっ!」


 ビスデンゼ様の許しも無くその場を離れた私は絶対に悪く無いと思いますわっ!


「あっ!フィルマール様ーーー」


 はしたなくもバタバタと走り出した私に慌てて声をかけるビスデンゼ様。


 でも無理ですわっ!今の私に余裕など皆無ですの!


 そもそも、名前呼びを許してもおりません!


 熱い両頬を手で押さえて階段を駆け下りれば、すれ違う生徒達が振り返ります。


 恥ずかしくて、恥ずかしくて!恥ずかしくて!


 どう見られようが、構ってなどいられませんわっ!


 そのまま寮のお部屋まで走りきった私は、ベッドへ飛び込み枕に顔を埋めて、もんどり打っていたのですが、いつの間にか眠っておりました。




 ーーーコンコン




 扉を叩く音に飛び起きてみれば、部屋の中は薄暗くなっておりました。


「お嬢様、お忘れ物の鞄が届いております。」


 そう声をかけられて、寝起きの頭で考えます。


 かばん?カバン?鞄?


「あーーーーー」


「お部屋に入って宜しいでしょうか?」


 ビスデンゼ様から逃げ出したときに忘れたんですわ。


 鞄を持って入って来た侍女が、ベッドの上で座り込んだままの私に差し出したのは水色のカード。



「ご一緒にお渡し下さいと申し付けられました。」




 〜〜〜貴方が忘れた鞄が、物語の様に次の逢瀬を引き寄せてくれたのだと、盲目な私が一途に想い願うのを許して下さい。


 僅かな慈悲を願う者 レダ 〜〜〜






 ああああっ!曾お爺様ぁーーーー!!





 私にこの壁を飛び越える勇気を下さいませっ!!





読んで下さり有り難うございました。





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