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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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忘却のレジュレ

またもや大変間が開いてしまいました。


今回も乱暴な表現、残酷な場面があります。気分を害す内容ですのでご注意下さい。


よろしくお願いします。

 





「エルをっ!!」



 弓を構える《ドゥール》に向かって体当たりするミュリネアが声の限りに叫ぶ。


「チッ!この女っ!」


「私に構わずエルをっ!!」


 共に倒れ込んだ《ドゥール》が、ミュリネアの顔を弓を持った手で殴りつけた。


「ミュリネア様!!」


 ディルヴァイスが剣を振り上げ《ドゥール》に襲いかかる。


 ドレスを抱え走っていたエルヴィーダも自分の名を呼ぶミュリネアの声で足を止め振り返る。


「はっ!ははうっ!!」


 《ドゥール》に殴られるミュリネアの姿が闇夜の中にあっても鮮明に視界に入る。


「動くなって言っただろーがっ!」


 ディルヴァイスの剣を躱した《ドゥール》が怒鳴り上げる。


 そして素早く詰め寄るとディルヴァイスの左太腿を斬りつけた。


 身体に駆け抜ける痛みに顔を歪ませ《ドゥール》と間合いをとるディルヴァイスがミュリネアと後方で固まるエルヴィーダに素早く視線を向ける。


 エルヴィーダは自分を逃すために《ドゥール》に抗うミュリネアの元へ駆け出そうと数歩進む。



『逃げて!!』



『全力で逃げて下さいーーー』



 しかし、頭の中で繰り返すディルヴァイスとミュリネアの言葉に歩みが鈍る。


 今戻れば足手纏いになるのはわかっていた。


 けれど《ドゥール》に暴力を振るわれる母親を、自分を守るために抗い抵抗する母の姿を目の当たりにしたエルヴィーダは、自身の内側から湧き上がる熱く、重苦しい感情に足元が揺らぐような錯覚を覚え、足が止まる。


 それが怒りからなのか、恐怖からなのか。


 抱えたドレスをギュッと抱き潰し唇をキツく噛み締め、ともすれば曇りそうな瞳で踞るミュリネアを凝視めた。


「捨て身か?うっとぉしーんだよっ!」


 腰にナイフを突き立てられた《ドゥール》がそう叫ぶと同時にミュリネアの身体を蹴り上げ、手にした剣を振り上げた。


「逃げぇてぇぇーーーっっ!!あああああっっっ!!!」


 《ドゥール》の剣が真っ直ぐ振り下ろされ、ミュリネアの背中に突き立てられた。


「!!!やめろぉーーーーっっ!!」


 エルヴィーダが絶叫し駆け出す。


「ミュリネア様っ!!」


 ディルヴァイスが対峙していた《ドゥール》を斬り伏せると、ミュリネアに剣を突き立てる《ドゥール》へと飛びかかった。


 が、それを至近距離から放たれた矢によって阻まれる。


「ガキを止めろ!」


 弓を連打する《ドゥール》に向かって腰にナイフが刺さった《ドゥール》が声を張り上げる。


 その言葉に素早く反応したディルヴァイスが此方へと駆けて来るエルヴィーダの前へ走り出て、飛んでくる矢を剣で弾いていく。


 ミュリネアに突き立てた剣を引き抜き、ナイフが刺さった腰を庇って歩き出そうとした《ドゥール》だったが、不意に足元に視線を向け大きく舌打ちする。


 ミュリネアが震える細い腕を伸ばし、《ドゥール》の足を掴み動きを止めようとしていたのだ


「ーーーーーにぃ、げ……てぇ………」


 朦朧とした意識で、最後まで抵抗するミュリネアに《ドゥール》が掴まれた足を振り上げれば、絡めていた腕は簡単に払われ、


「しぶといっ!」


 怒気を孕んだ声とともに《ドゥール》の足がミュリネアの身体を何度も踏み潰す。


「さっさとくたばれ!!」


 吐血するミュリネアを容赦なく踏みつける《ドゥール》の表情は黒い布に包まれて分からないが、唯一曝け出す両目は大きく見開き、白目が血走っていた。


「くそっ!」


 ミュリネアの下へ行くことができず、焦るディルヴァイスの脇を一本の矢がすり抜けていく。


「!!!」


 咄嗟にディルヴァイスが後方へ駆け出すが、続け様に放たれる矢がディルヴァイスの肩や背中に突き刺さり、力が抜けるように地面に膝をついてしまう。


「エルヴィーダ様っっ!!」


「うあぁぁっっーーーーー!!」


 ディルヴァイスの切羽詰まった声と、エルヴィーダの絶叫が闇夜に重なった。


 矢はエルヴィーダの右肩に刺り、その衝撃で後方へ弾かれ背中から地面へ打ちつけた。


 歯をくいしばり、痛みを散らすように数回息を吐き出すと、ミュリネアを執拗に足蹴る《ドゥール》に向かってディルヴァイスが一気に駆け出した。


「いい加減にーーー」


 ぐったりと横たわるミュリネアに口汚く罵倒する《ドゥール》に向かって剣を振る。


「ーーーしろっっ!!」


 勢いのまま切り上げれば、驚愕の表情でその場に崩れる《ドゥール》をよそに、少し離れた場所から矢を射る《ドゥール》の元へ素早く駆け寄り、渾身の力で剣を振り下ろした。


 圧を纏った剣をもろに受けた身体が、吹き出す血とともに後方へ勢いよく飛んだ。


「ミュリネア様っ!!」


 肩で息するディルヴァイスが、ミュリネアに駆け寄り抱き起こそうと身体の下へ手を差し入れた途端、ディルヴァイスの身体が大きく跳ね上がった。


 差し入れた手をゆっくりと引き抜き顔の前に掲げる。


 小刻みに震える掌を染める………生温かな赤い血。 


 愕然とした表情でミュリネアを見下ろせば、血の気を失った口元を血に染め、殴られて腫れ上がった顔面は赤黒く変色しーーーそれは、《ドゥール》相手に最後まで必死に抗ったミュリネアの壮絶な勇姿だった。


 デルヴァイスは耐えるように強く目を瞑り、赤く染まった手を固く握り締めると、自分の胸に押し当てた。


「ミュリネア………さ、ま………」


 暫くの間、丸めた背中を震わせていたディルヴァイスがゆっくり頭を上げると、ミュリネアの身体を抱えてエルヴィーダの下へと向かう。


 矢を右肩に受けて倒れるエルヴィーダの傍らに、ミュリネアの亡骸を寝かせ、自身の背中に刺さった矢を引き抜き、ボロボロになった上着を脱いで地面の上に広げると、ミュリネアの身体をその上に寝かせ直す。


 そしてエルヴィーダに向き直り、矢の刺さった腕を少し持ち上げた。


「良かった。深くない。」


 ふんわりと膨らむドレスの肩口は破れ、そこから覗く腕の浅い所で鏃は貫通していて、出血も少ない。


「抜かずに、このまま。」


 腕をゆっくり下ろし、エルヴィーダをミュリネアの隣へ寝かせ、顔に張り付いた髪を除けながら、汗と涙と砂で汚れる血の気の失せた顔をジッと見つめたディルヴァイスは、地面に広げた上着の内ポケットを探り、真っ白なハンカチを取り出し、ミュリネアの顔の汚れを拭き取り、汚れの付いたハンカチの面を返して、綺麗な面でエルヴィーダの顔の汚れを拭き取っていく。


「オレは………」


 砂の混じった涙の後は乾いていて、綺麗に落とすことができない。


 ディルヴァイスはグッと息を詰め、手にしたハンカチを握り締めた。



 と、そのときだった。


 ヒュッと風を切る音が聞こえ、ディルヴァイスが素早くそれに反応し、隠し持ったナイフを音のした方角へ投げつけた。


 短い呻き声と共に地面に倒れる音が聞こえたのと、ディルヴァイスの身体が大きく仰反り声を上げたのは、ほぼ同時だった。


「アッ!!ガハッ!!」


 ディルヴァイスが右目を両手で押さえ背中を丸め踞る。


 指の隙間から滴り落ちる血が地面に幾つもの円を描いていく。


 最後の足掻きで放たれた矢は、ディルヴァイスの右目の目尻を深く抉った。


 身体中の熱が沸き上がり、激痛に全身を酷く震わせたディルヴァイスが、言葉にならない呻き声を切れ切れに紡ぎ出すが、それは全て闇夜に塗り込められて、儚く消えてしまう。


 ディルヴァイスは、蹲った身体がゆっくりと横へ傾いで行く中で、微かに、でも確実に近づいて来るであろう蹄の音を耳が拾った。


 しかしそれは、早急に薄れていく感覚が作り上げた都合の良い願望かもしれないと、深い底へと引っ張られる意識の中、自嘲するように僅かに口の端を上げた。







 地面に倒れたディルヴァイスとミュリネア、エルヴィーダがゴディアス達に発見されたのは、それから約十分後のことだった。






じつは、この話夏前には出来上がっておりました。


でも内容が重いため、出すことに躊躇いがあって、でもこれしか無くてどうしようとグズグズしてたら秋になってしまいました。……ごめんなさい。小心者なんです。


これではいけないと思いまして、意を決しました!


待って頂いた皆様には本当に感謝です。


ありがとうございました。

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