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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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忘却のレジュレ

お待たせしました。


どうぞよろしくお願いします。

 





「内緒事ってぇのわよぉ、漏れることを前提でやってんだと思うわけさぁ。なぁ、そうだろぅ?」


 月の無い新月夜。


 湖面も、ぐるりと取り囲む木々も黒く塗りつぶされた空間に浮かぶ幾つもの眼球。


 番小屋から少し離れた場所に全身黒ずくめの者達が五人そこにいた。


「そうだなぁーーーなんでかって聞かれたとしてもだ、それが何処ぞのキーゾク様の借金のカタだなんてこたぁ、言えんわなぁ。」


 細まった目と物言いで、黒い布で覆われた顔には下卑た笑いがつくられていることが想像できた。


『忌まわしき遺産』からひと呼吸の間に飛ばされたカダル達は、靴の底から感じる柔らかさと、湿り気のある臭いに飛ばされた現実を思い知らされた。


 暗く視界の効かないこの番小屋から注意深く辺りを窺い外へと出たが、まさかそこに()()〈ドゥール〉が待ち構えているとは思いもしなかっただけに、さすがのカダルも動揺を隠せないでいた。


「無駄口を叩くな。」


 黒尽くめの誰かが低く諫めれば、先程暴露したと思しき人物が両手を上げて肩を竦めた。


「ーーーーナユル、ケート。メイローズ嬢を連れて屋敷に向かって走れ。」


 前方を向いたまま硬い表情で頷くナユルとケート。その二人の間に立つメイローズも強く頷く。


「二人とも武器は?」


「ございます。」


 即答したケートが纏めた髪の中から細く先端の尖った棒状の物を引き出した。


 手を広げたぐらいの長さのそれは、飾り気が無く、銀色の表面が滑らかに研磨されていた。


「私も、」


 ナユルもお仕着せのスカートの裾を上げ、脹脛に携帯させたダガーを取り出した。


 カダルはフィルマールを抱く腕を少し上げ、右の腰に提げていた剣を左手でゆっくりと抜いた。


「フン、滑稽な。」


 子供を脇に抱えて剣を抜くカダルの姿を一人が揶揄すれば、侮蔑の笑いがたつ。


 カダルは感情を露わにせず、大振りの剣を構えると、


「行けっ!」


 抑えた、だが強い声で発した言葉に弾かれるようにナユル、ケート、メイローズが走り出した。


 合わせてカダルもフィルマールを抱え走り出す。


「逃げろ、逃げろ。」


「俺らは速ぇーぞぉ。」


 黒尽くめの〈ドゥール〉がゆっくりとカダル達の後を追って行く。





 同じ頃ーーーー






「ページル!ミュリネア様を!」


 ページルは黒尽くめの〈ドゥール〉から隠すようにミュリネアの前に立ち剣を構える。


 ディルヴァイスもエルヴィーダを背に隠すように立った。


【ルギの洞】と呼ばれる小規模な洞窟内に飛んだ四人が街道へ向かおうと外へ出ると、それを待ち構えていた〈ドゥール〉の者達が無言で剣を向けてきた。


 まさか王家の秘匿とされた魔法の脱出方法が知られているとは………それも〈ドゥール〉に。


 ディルヴァイスは樹々の向こう側ーーー黒い空に立ち昇る真っ赤な炎を睨むように見る。


 こちらに〈ドゥール〉がいるということは、カダル達の番小屋も間違いなく同じ状況であるだろう。


 ジルとケートが訓練を受けた護衛侍女であったとしても、〈ドゥール〉相手にどれほど持ち堪えることができるのか。


 カダルとて、若い時分に比べれば体力的にも厳しいだろう。


 ましてやフィルマールを抱えての攻軍ではーーーー


「殿下が戻られるまではどうにか堪えてくれ………」


 眼前に立ちはだかる黒尽くめ達を睨みながら小さく呟くディルヴァイスの声は、熱を含んだ風にかき消された。


「どうしますーーー」


 斜め左側後方のページルが視線を〈ドゥール〉から外さず聞いてくる。


 ディルヴァイスは暫し逡巡すると、


「ーーー街道へ。先ずはここを突破する!」


 腰の剣を引抜き、背後に居たエルヴィーダの腕を掴むと


「ページルに!」


 ページルの方へとエルヴィーダを押し出した。


 それを合図にページルはミュリネアを支えエルヴィーダを先に走らせる。


 〈ドゥール〉が追うのを、剣を構えるディルヴァイスが進路を塞ぐ。


 睨み合いは一瞬。


 〈ドゥール〉達がディルヴァイスに斬りかかった。





 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘





 月無し夜の空を赤く染め、勢いよく吹き出す炎に包まれた屋敷へと、木々の合間を縫ってメイローズを先頭に走っていた。


 後方でフィルマールを抱いた状態で〈ドゥール〉と対峙するカダルは、五人いた内の一人の足を斬りつけ離脱させた。


 子供を抱えたカダルに対して甘く見ていた〈ドゥール〉に動揺が走ったがそれも一瞬だった。


 〈ドゥール〉がすぐさま二手に別れた。


 繰り出される剣をナユルがダガーでなんとか躱す。


 振り下ろされる剣は重く短刀のダガーで受けるには厳しいのだろう、受け止める度に表情は苦し気に歪み額には汗が浮き出ている。


 ケートはメイローズを背に庇い長さ二十センチ弱の鉛色した細い棒を右手で構え、対峙する〈ドゥール〉を強く睨む。


 ケートが持つ寸鉄に〈ドゥール〉の目が蔑視を孕む。


 お互いの間合いを探るようにジリジリと足を進めて行く。


 そして、先に動いたのは〈ドゥール〉。


 横から薙ぎ払われた剣にケートは寸鉄を振りかぶろうとしたときだった。


 飛んできた土塊のついた草が勢い良く〈ドゥール〉の顔面に打ちあたった。


 さすがに〈ドゥール〉もたまらず声を上げ、剥き出しの両眼に入った土を必死に擦り払った。


 ケートも何が起きたのかわからず一瞬呆けたが、再度寸鉄を握り直し目の前で慌てふためく〈ドゥール〉に向かって力強く投げた。


 放った寸鉄はもがく〈ドゥール〉の首元に深々と突き刺さりその場に倒れた。


 ケートは背後にいるメイローズの手を掴み走り出した。


「メイローズ様のお手を汚れさせてしまいました。申し訳ございません。」


 緊張を隠すように満面の笑みを向けるケートにメイローズも笑顔でこたえた。


「私は大丈夫。」


 汗で貼り付いた前髪を袖口で拭いぎこちなく笑うメイローズに、震えそうになるのを誤魔化すように繋いでいた手をギュッと握るケート。


「でも、ナユルは?それにマールとカダルは大丈夫?」


「ナユルも私も護衛としての訓練は受けております。フィルマール様はカダル様がご一緒ですから大丈夫です。メイローズ様はご自身のことだけーーーー」


 と、ケートの耳横を矢がかすめていった。


 ケートはメイローズの身体を引き寄せ、矢が放たれたであろう方向からは死角となる木の幹に身を隠した。


「ケート、アレは何?とても手慣れた集団だわ。」


 ケートを見上げ不謹慎にも目を輝かせ聞くメイローズ。


「ーーー〈ドゥール〉という集団です。あのように黒尽くめの服装で、お金さえ出せば何でもすると言われておりますが〈ドゥール〉に関してはほとんど知られておりません。」


 ケートは苦笑いでこたえた。


「〈ドゥール〉は女であろうと、子供であろうと容赦なく依頼を全うするそうです。宜しいですかメイローズ様。私やナユルは捨て置いて下さい。ご自分の無事だけを思って下さいませ。」


「どうして?みんな一緒でしょ?」


「申し訳ございません。〈ドゥール〉が相手では私もジルもメイローズ様を護り切れるかどうか………ですからメイローズ様はどのような状況であっても逃げて下さい。」


 ケートはそう言いながら小さく膨よかな、それでいて掌には剣の稽古でできたまめのあるメイローズの手を優しく包み込み、少し上にある金色の瞳を見つめた。


 時折聞こえる喧騒と熱を含んだ空気。


 黒い夜空を染めあげ揺らめくオレンジ色と焦げた臭い。


 つい数十分前までいた屋敷は近いだろう。



「メイローズ様を無事に侯爵家へお送りしなくてはなりません。これはミュリネア様のご意志でもあります。」



 想像できただろうか?


 ーーーーこの事態を。


 メイローズに今の気持ちを悟られないようにケートは俯く。


 そして硬く両目を閉じて自分に言い聞かせる。



 ーーーー大丈夫。大丈夫。私はこの少女の盾となる。



 主人を守るために学んだ剣技だが、騎士には到底及ばないことはわかりきっている。


 ただ、主人が逃げるための時間稼ぎと教えられた小手先戦法で〈ドゥール〉を相手にどれほど保たせることができるのか。


 頭に過ぎる最悪の場面を打ち消そうとして気持を奮い立たせる。


「………わかったわ。」


 少し間を置いてメイローズが小さく返事をするのが頭上から聞こえた。


 ケートは自分の手の内にある小さな手を痛くないようにキュッと握りしめた。


「お守り致します。メイローズ様。」


 渾身の笑顔を貼り付けてケートは顔を上げた。





 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘





「ミュリネア様っ!」



 ページルが慌てて差し出した手は数秒遅く、ミュリネアが縋るように伸ばした手は空を切り身体が傾いだ。


 足を取られその場に倒れ伏したミュリネアをページルは慌てて抱え上げた。


「ミュリネア様、お許しいただけるのであれば、僭越ながら私が抱えて走りましょう。」


「ページルにそこまでの負担をかけたくないわ。大丈夫、こう見えて私走るのは得意なの。」


 血の気を失った顔に笑顔を貼り付け、上がる息を抑えるように胸を手で押さえるミュリネアは、声が震えないようお腹に力を入れて言う。


「足取りが危のうございます。ドレスが枷となって身体に負担がかかるでしょう。どうかその身に触れることをお許し下さい。」


「母上、ページルの言うとおりです。」


 エルヴィーダが心配気にミュリネアの手に触れる。


「痩せ我慢はときと場合があります。今はページルの申し出を受けるときだと思いますよ、母上。」


 ミュリネアを見上げるエルヴィーダの顔に汗が浮かび、頬が赤く上気していた。


「二度とドレスなど着ないために、稽古の時間を増やさないといけないと思うぐらいなのです。ドレスを鎧と見立てて言ったのは誰だったでしょう?的を得た言葉だと思いませんか?」


 少し身をかがめたミュリネアが、エルヴィーダの顔に張り付いた髪を救い上げて後ろへ撫で付け、


「………そうね、ページルに甘えましょう。」


 目を細めて微笑むミュリネアだが、暗闇の中にあってもその顔色は悪いのがわかる。


 ミュリネアを抱え足早に進むページルの横を、ドレスをたくしあげて走るエルヴィーダが後方に顔を向ける。


「ディルは大丈夫………なのか………なぁーーー」


 息を切らし呟いたエルヴィーダの声が過ぎていく。


 チラリと後ろへ視線を流しページルが一つ頷いた。


「ディルヴァイス殿は強いです。〈ドゥール〉なんぞまったく問題ありません。」


「ディルはお爺様がつけてくださった護衛騎士ですもの。強いに決まっております。」


 ページルと弱々しい笑顔を向けるミュリネアを見上げ、エルヴィーダはもう一度後ろを振り返った。


 木々の合間から見えるオレンジ色の光。


 纏わりつく焦げた臭い。


 切れ切れに聞こえる喧騒。


 そして、黒く塗りつぶした空間のそう遠くはない場所で一人戦うディルヴァイスの姿を探すエルヴィーダ。


「無事に戻って来て、ディル。」


 その言葉に呼応するように、熱を含んだ風が後方へ吹き抜けていった。







ごめんなさい。


重いのまだ続きます。


明るく楽しくを目指して書いていたはずなのに……。


読んでくださりありがとうございます。


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