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曾お爺様を負かしてから来て下さいませ。  作者: み〜さん


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31/56

掛け違う想い。

またまた大変お待たせしました。


前回が遠過ぎて話がどうで、人物が不明になってしまっていると思います。ごめんなさい。


今回はお爺ちゃん達がメインです。

よろしくお願いします。


 





「半日振りかのぉ。」


「半日は大袈裟だと思いますが、そうですねーーー」


 上着の内側から時計を取り出すディルヴァイスに、ゴディアスの口が不服そうに歪む。


「真面目に答えんでよいわ、ディルヴァイス………」


「左様でございますか。」


 ニッコリと笑顔で答えたディルヴァイスにフンと鼻を鳴らし視線を正面に戻す。




 惚けたことを言い合う二人だが、このとき辺りでは剣と剣が激しくぶつかり合い、殺伐とした情景が繰り広げられていた。


 沢山の人間の怒声、踏み鳴らす足音、土を蹴る馬の蹄、嗎、弓の弦が弾く鋭い音。


 しかし、周りの喧騒とは画されたこの場所は何故か不思議なほど静かだった。




「カビレン、血迷うたか。」


 焼け落ちた建物の中、中央の辺りが崩れ落ちた階段の下に杖を突き少し前屈みで立つカビレンがいた。


「血迷ったかと言われたら、確かに私は血迷ったのでしょう。」


 血の気を失った白い顔で答える初老の男、カビレンが悪びれた様子もなく言う。


「ですが閣下、日に日に大きくなる疑念に抗うことが私にはどうしてもできなかったのでございますよ。」


 カビレンの言葉にゴディアスが眉間にシワを寄せ苦い表情を見せる。


「ーーー胸の内に溜め込むお主のこと、何故昔のように儂にぶつけなんだ。」


「何度も思い、考えましたとも。ですが閣下にぶつけたところでどうにも晴らせるものではないのです。」


「儂では晴らせん……とは?」


 カビレンはジッとゴディアスを睨め付けた。


「ーーー娘は………確かに罪を犯しました。罪を犯してしまった。」


 杖を握る手が硬くなる。険しい表情だというのに言葉を紡ぐ口がわずかにヒクついている。


「何故、殿下は直接御答えして下さらなかったのでしょう。何故、使者だったのでしょう。」


 ゆっくりと頭を振り視線を青く澄み渡る空へと向ける。


「はじめから間違っていた………すべてが。私は間違った選択をし、娘を咎人(とがにん)としてしまった。閣下、どうして私の娘なのでしょう。どうして殿下は娘のもとへ戻って来てはくれなかったのでしょう。四年前のあの時から何度も何度も頭を過るのです。私の娘が幸せな人生を歩む未来への道筋が何処にあったのかと。」


 目を細め呟くように言うカビレンの言葉は、心の奥底に押し込んでいた本心。


 疑問に思いながらも自分の置かれた立場が邪魔をして問うことを許されなかったその思いを今、一気に吐き出そうとしているように見えた。。


「………人の気持ちはままならん。お主自身を責めるな。」


「閣下はーーー」


 見上げていた視線がゴディアスへ向けられる。


「そもそも他人事なのでしょうーーー私もそうでした。娘の気持ちなど、表面ではさもわかったようなことを言ってなだめ、次に気持ちを切り替えろと残酷な言葉を叩きつけるのです。悲しみや絶望がどれほど深く娘の心と身体を苛んでいたのかもわからず。」


 向けられたカビレンの目に浮かぶのは仄暗い焔。


「娘は………マーニルネは殿下の婚約者として相応しくあろうと一生懸命でした。苦手な馬も殿下が乗馬が好きだと聞けば、恐怖する気持ちを奮い立たせなんとか騎乗できるようにもなりました。」


 その頃の様子を思い出したのか、口元が俄かに笑む。


「今殿下は何をしているだろう、昼の食事は何だろう、今日はどんなことを学ばれ、どんな方々といらっしゃるのだろうーーー口を開ければ殿下、殿下とそれは毎日のことで、思えばあの時が一番幸せだったのだとーーーー」


「カビレン、お前は何を望んでおる。このような大それたことを………〈ドゥール〉などと手を組んで全く関係の無い人々まで殺め。」


「それは、おわかりでしょう?皆様が隠すそのお方ーーー」


 言いながらカビレンが背後に立つ黒尽くめの人物へ視線を流す。


 目の部分だけを露わにした背の高い人物がそれを受け一つ頷けば、


「ーーーー連れて来い。」


 こもった声は低く、それを合図に崩れかけた壁の奥から現れた同じく黒尽くめの大きな体躯の人物。


 のしり、のしりと足元の瓦礫をその体重で潰し、肉厚い肩には茶色いズボンを履いた人間の下半身がぶらぶらと揺れていた。


「ここへ下ろしてくれ。ああ、丁重にーーー」


 カビレンが言い終わらない間に担いでいた者をドシャッとその場に投げ落とし、元来たように瓦礫を踏み潰し崩れかけた壁の奥へと姿を消した。


「ーーーー!!」


 ゴディアスの背後に控えていたディルヴァイスが息を呑む。


「まったく、言葉がわからんのか。」


 カビレンは手に持つ杖の先端を使い、足元に転がされた人物の顔にかかった真っ赤な髪を掬い払う。


「………この見事な髪色はラジグール王国、サリドュール伯爵家の者に受け継がれる〈レッド・トパーズ〉の髪色だとか。なんでもサリドュール家は炎の女神に愛されし一族で、この髪色は女性に多く出ると言われているそうで。」


 汚れた生成り色のシャツに汚れた茶色いズボン。


 ところどころ破れたシャツの先端が赤く染まっている。


 乱暴に降ろされたにもかかわらず、ぐったりと地面に横たへ瞳は閉じられたまま。


 よく見れば、首にロープが括り付けられ、力無く垂れ下がったそのロープの先を崩れた階段の二階フロアーにいた別の黒尽くめの者の手に握られていた。


「ーーー抑えろ、ディル。」


 前へ踏み出しかけたディルヴァイスにゴディアスが小声で制す。


「殿下ーーーには似ておりませんな。これほど濃く()()()にサリドュールの血が表れるとは、すぐには殿下のお子とはわかりますまい。」


「カビレン、マーニルネ嬢と同じ罪を犯すつもりか。」


 ゴディアスの横で殺気立つディルヴァイスを抑えながらカビレンを強く見る。


「………あの時、亡くなったのが殿下のお子では無く、キャグッズ侯爵家令嬢であったとは思いもしますまい。よく似ていたそうですが〈ドゥール〉さえ欺くとは。あの状況で意図したものでは無いとしても上手く躱せたこと、いや感服いたしました。」


 カビレンの言葉にディルヴァイスが低い唸り声を漏らす。


 それを横目にゴディアスの脳裏には、在りし日のカビレンと自分の姿が過ぎった。


 真面目で何事にもきっちりとした性格のカビレンとはよくぶつかっていた。何度も言い争い、ときには剣で撃ち合いお互いを潰し合った。


 しかしそんな二人であっても事が戦となれば考えが、行動が手に取るように分かり合えていた筈であったのに、歳を重ねお互いの状況が隔りとなってしまった今、理解することの難しさにゴディアスは重い息を吐き出した。


「こうでもしませんと出ては来て貰えないと………思いまして、ねぇ。」


「何をーーー」


「ーーールーランド・ファロナ・ヴェグダルン王弟殿下でございますよ、ゴディアス閣下。」


 カビレンがニヤリと笑う。


「四年前のあの日以降、殿下の所在が隠されてしまい〈ドゥール〉の者でさえ掴めないのです。ですが、閣下であればおわかりだろうと思いまして。」


 ゴディアスは両手を握りしめギリっと奥歯を噛んだ。


「ーーーーカビレン、貴様はそんな」




「残念ながら殿下は既に身罷られております。」





 近づく足音にそこに居た者達が視線を向ける。


「お久しぶりでございます。ゴディアス閣下、スヴァニア様。」


 深々と礼をする男はゴディアスとあまり変わらない年齢に見えた。


 髪は白髪。身なりは良くそれほど高くない身長と細身の身体。身のこなしの柔らかい感じから、ゴディアス達と同じ騎士ではないように見受けられた。


「あなたはーーー」


 カビレンが目を細める。


「ルーランド様の侍従を勤めさせていただいております、ラヴィル・フェルムにございます。この度は閣下より要請がございまして、此方へ馳せ参じました。」


「すまぬのぉ、ラヴィル。忙しいところを呼び立ててしまって。」


 ゴディアスが頭を下げて詫びると、ラヴィルは軽く頭を振り柔らかく微笑んだ。


「そのような心遣いは不要でございます。もともと我が主人ルーランド様がしでかしたこと。故人となりましたが、私は生涯をルーベンス様にお仕えさせていただくことを許されておりますれば、これも私の勤めでございますのでーーー」


「殿下が亡くなっている?」


 カビレンの訝しむ言葉が二人の会話を遮る。


「………はい、亡くなっております。三か月前でございます。」


「三ヶ月………前?」


「このことは、未だ伏せられておる。本人の希望もあっての。」


 ゴディアスの言葉にカビレンの細い目が見開き、杖を握る手が小刻みに震えるそのさまを、ラヴィルは目の端に捉えて言葉を発した。


「閣下、今から述べますことは当事者であるルーランド様の意思ではなく、あくまでも私の主観で申しますことご理解いただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


「ルーランド様の侍従であるラヴィルだからこそ語れることだと知っておる。」


 ラヴィルが目を細め微笑み小さく頷くと、顔をカビレンに向けた。


「スヴァニア様、こちらはルーランド様から生前預かっておりました手紙でございます。」


 そう言いながら上着の内側から白い封書を二通取り出して見せる。


「スヴァニア公爵カビレン様宛と、ご令嬢マーニルネ様宛の手紙でございます。」


「な………に?」


「今更とーーー思われますことごもっともでございます。ですがルーランド様も随分悩まれたのでございます。ご自分のしたことによって払った代償は大きく、四年前のあの日以降想い悩み、心も身体も病んでしまわれた。この手紙は私が代筆させていただきました。亡くなる一年前から起き上がるのもままならぬ状態でございましたので。」


 手に持った二通の手紙に付けられた封蝋をラヴィルは指の腹でそっとなぞる。


 その目には複雑な色を滲ませている。


「酷い裏切りに、ご息女マーニルネ様が受けた悲しみの深さが四年前の悲惨な出来事を招いてしまったと………それはルーランド様自身も身に染みておられた。だからこそ、その後の判断が甘くなってしまった。本来であればマーニルネ様の出自である公爵家の者はすべからく極刑となるべきでございました。ですがルーランド様はこの事を秘匿し関係者全員に箝口令を敷いてしまわれた。兄王の威を借りて。そしてーーー公爵家はお咎めとは名ばかりの沙汰と、マーニルネ様の修道院への生涯幽閉。謀によって、ご自分のもっとも愛した奥方とお子様を失ったというのにーーー」


 身体を震わせ動揺を隠せないカビレンの足元に転がる赤い髪色の人物にラヴィルは視線を移し、眉間に深くしわを刻んだ。


「婚約者がいながら他の女性に心を移したルーランド様も、婚約者がいる殿方に心を許してしまったミュリネア様も、マーニルネ様の受けた傷の深さを本当のところは理解されておられなかった。自業自得と言ってしまえば………それまででございましょう。」


 主人であった者達への辛辣な言葉に、カビレンを睨み見る厳しい表情のラヴィルの横顔を、ゴディアスは驚きの表情で見つめた。


「だからと言って、謀で人の命を奪って良い道理などございません。マーニルネ様の心情を鑑みたとしても、越えてはなりませんでした。ましてや子供を巻き込むなどもってのほか。」


 手紙を持つ手に力が入って小さく音をたてる。


「いけません。これはいただけません。何故、貴方様まで同じ過ちを繰り返すのでしょう。意味が無いことはわかっていらっしゃるはず。ましてや子供に何の罪があると言うのか。」


 怒りを隠すことなくストレートにカビレンへぶつけるラヴィルの目に、薄く膜が覆っていることに気付く者は誰もいない。


「お願いでございます。どうかお辞め下さい、スヴァニア様。エルヴィーダ様はそれこそ何も知らなかった。ただ、お二人の間に産まれてきただけだというのに、あまりにも酷ではございますまいか。」


 未だ微動だにせず横たわる真っ赤な髪をした人物、エルヴィーダにゴディアス、ディルヴァイス、カビレンの視線が注がれる。


「………ご自分が産まれなければあのような惨劇は起きなかったのではないか。あの日剣で負けなければ、ドレスを着ていなければ、メイローズ様が亡くなることはなかったのではないか………十四歳で何故このような想いに苛まれなければならなかったのでしょう。」


 ラヴィルの言葉が辺りに重く響く。


 ゴディアスが目頭を指で押さえ苦しげに息を吐き出した。


「メイローズ嬢の母君の痛哭が………スヴァニア様ならおわかりでございましょう?」


 ラヴィルが手に持つ手紙を胸に押し当てゆっくりと息を吐く。


「スヴァニア様………エルヴィーダ様をお離し下さい。どうかこれ以上、遺恨を残さないで下さいませ。」






次回もほぼ、お爺ちゃん達です。

一応お爺ちゃんターンは次で終わりです。

その後は回想になります……重い話が続きます。


なかなか進みませんが、読んで下さる方、待っていて下さる方、本当にありがとうございます。


読んでいただきありがとうございました。



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